第4話 討伐

 「ふー」

 帰ってきたレジーは仕事を終えた一服を楽しんでいた。明かりもつけず、夜空を眺めて葉巻を吸って酒を飲む。手入れが終わった刀の柄を撫でる。そうすればあの感覚がよみがえる。首や手足を断つあの感覚が。別にそれが好きというわけではないが、悪人であれば別だ。世の中が少し良くなって気分がいい。やっぱり掃除は心が洗われる。調子に乗った悪人が絶望する顔も最高だ。掃除の後の葉巻と酒、これ以上の娯楽は知らなかった。レジーは今夜も気持ちよく寝ることができた。

 昼間の仕事も特に嫌いではない。同僚も上司もいい人だし、クエストを見ていると街や周辺の環境の状況がわかってくるから面白い。何を討伐してほしいかで、何に困っているかがわかって何が不足したりどこで影響が出てくるとか。例えば凶悪な川に住む水棲モンスターの討伐クエストが出れば、農作物に影響が出る。作物は川の水で育てるからモンスターの種類によっては大変な被害が出る。商人が緊急クエストを出せば商品の価格に影響が出る。だったら冒険者になればいいと思われるが、そうなるとこの支部以外の情報は入ってこない。本部で起きた事件や受理した大きいクエストは職員でないと知りえない。それに、冒険者をやるよりもギルド職員のほうが夜のターゲットによさそうな、救えないヤツを見つけやすいのだ。

 今日は朝から受付当番だ。そして、今日もレジーはリオネットと出会う。

 「これをお願いします」

 またもや簡単なクエストだ。レジーなら片手で倒せるモンスターの討伐だ。

 (ここに移り住んだのか?)

 昨日はレジーは休みだったため、ギルドに来ていないからリオネットがクエストを受けたかは知らない。だが受けていたのなら、もう三日になる。本部のある首都に住んでいる彼女が旅行以外で離れるとは考えづらい。旅行ならクエストは受けないだろう。受けたとしてもほんの気まぐれと考えられる。こう何度も受ける理由はここに住んでいるからとしか考えられない。それでは簡単なものばかりという理由が説明できない。

 「一緒にクエストに行きませんか?」

 (またか)

 「あの、なぜこんな支部の、それも簡単なクエストを受けるんですか? あなたなら本部でもっと報酬が高いクエストを受けたほうがいいと思うんですが」

 思い切って聞いてみることにした。別にしつこくてイライラしているわけではない。レジーはそこまで子供ではない。単純な疑問だ。そもそも、彼女はなにか理由がなければこんなところにいるような人間ではない。

 「噂を聞いたんです。高い技量を持ったすごく強い人がいると。それなら戦うところを見てみたい。手合わせしたい。探してみたけど、強い人は見当たらなかった。あなた以外には」

 リオネットの視線は熱がこもっていた。

 (こいつ、戦うのが好きなタイプだ!)

 たまにいる戦闘凶。そういった輩は大抵殺人も好きなクズであるが、リオネットは珍しい真っ当なタイプ。つまり、レジーとは相性が悪い。レジーの信条は、殺すのはゴミカスのみ。レジーにとって殺人とは掃除だ。極力善人は殺したくない。必要なら迷いなく殺すが、できればしたくない。

 (いいヤツなんだよなぁ。できれば殺したくない)

 最初はバレたら殺すと思っていた。だが、昨日適当にぶらついていると人助けをするリオネットを外で見かけた。重たい荷物を持つ老人を助け、転んで泣いている子供を慰めていた。ほかにも行く先々で彼女の善行を見ることができた。喧嘩の仲裁もしていた。二階から落ちてしまった植木鉢を間一髪で受け止めて持ち主に返していた。おかげでこの街の人気者だ。

 (そうだ、逆に仲良くなろう。信頼があれば疑われることもない。)

 信頼とは疑いの反対だ。問題は、ぼろを出さないことだ。もし一度疑われてしまえば、再び信頼を築くことは難しい。

 「わかりました。一回だけですよ」

 しぶしぶといった感じを出して了承した。喜んでだとか、是非なんて言ってしまうとよくない。あくまでも、しょうがないなといった感じがいい。こちらの立場を少しでも上にするのだ。

 「やった。よろしくお願いします。じゃあこれにしましょう」

 そう言ってリオネットが簡単なクエストと交換するように出したのは、この支部ではひさしぶりの高難易度クエスト。本部にあってもおかしくないようなものだ。

 (ちょっと待て! さっきのやつじゃないのか)

 レジーはてっきり、今出していた簡単な討伐クエストのことだと思っていた。誰もそんなことは言っていないのに。

 「言ったことは、取り消せませんよ」

 やられた。所詮は口約束だ、どうにでもなることではあるがレジーは負けたと思ってしまった。敗北感を感じたのだ。人間は敗北感を感じてしまえば、勝者との約束は成し遂げなければならないものと感じてしまう。つまり、うまいことやられたら文句を言いづらいのだ。

 レジーはしてやられたという顔をしていて、リオネットはしてやったりという自慢気な顔だ。

 「いつ行きます?」

 「よ、四日後で」

 次の休みの予定が決まってしまった。そして今は朝だ。人が大勢いる。神剣のリオネットが男を誘ったと噂になるのに時間はかからなかった。

 レジーはあれから同僚にからかわれたが、それよりも心配のほうがされた。彼らはレジーが戦えるとは知らない。受け身はやたら上手いが、戦闘のほうは見たことがない。神剣がついているから大事にはならないだろうけど、それでも心配してくれている。やっぱりいい人たちだと痛感する。一方、冒険者からはメンチを切られたり、絡まれたりした。リオネットは美人だからだろう。レジーはこういった冒険者のことが心底嫌いだった。

 (全員殺してやろうか)

 やさしい同僚たちには心を洗われていたが、冒険者には殺意を持っていた。

 なんだかんだと四日後。約束の日だ。クエストの受理はレジーが行った。自分で行くクエストの受諾手続きを自分で行った職員は全ギルドでレジーだけだろう。

 すでにギルドでの手続きは終わっているため、待ち合わせは街の門だ。

 (色気のないデートだな)

 女性と待ち合わせをしてどこかへ出かけるなんて、デート以外のなにものでもないだろう。しかしこれから向かうのはおしゃれなカフェでもなく、素敵な公園でもなくモンスター討伐。冒険者はこれをデートと言うらしいが、あいにくレジーは一般人の感覚を持っている。これは断じてデートではない。

 待ち合わせ場所にはもうリオネットがいた。可愛らしい私服なんかじゃなく、実用性重視の軽鎧に大きな灰色のマントだ。得物は刀だ。

 「……」

 こういう場合はお約束を言うべきなのだろうかとレジーは迷っていた。

 (服装は褒めなくていいよな)

 そもそもこれはデートではない。レジーの強さをリオネットが見たいだけだ。余計な事は気にしなくてもいい。

 「行きましょう」

 リオネットのほうはレジーが到着するのを確認したらすぐに行ってしまった。

 (気にしてるのは俺だけか)

 今回の討伐対象はヘベリケルドラゴンだ。近くの火山に住みついてしまって、噴火を誘発させるらしい。もう何度も小さな噴火は起きていて、溶岩が流れて麓の森にまで達すると大火事になってしまうため、その前に討伐してほしいということだ。

 ヘベリケルドラゴンは鱗がとても硬く、生命力も非常に強い。ドラゴンだけあって炎も吐く。首だけになっても動くとも言われている。生半可な実力では太刀打ちできないモンスターだ。

 今回のレジーの装備はショートソードを二振りだ。基本的になんでも使いこなせるからその日の気分で武器を替える。服装は適当な動きやすい服だ。暗殺の時の格好ではなく、本当にその辺の適当なものだ。鎧さえつけていない。

 (さっさと帰りたい)

 火山までは少しかかる。早く終わらせたいレジーは走りたくてうずうずしていた。その気配を感じとったのか、先を行くリオネットの歩調がだんだんと速くなる。レジーはそれについていく。だんだんと速くなっていき、そのうち馬よりも高い速度に達していた。平均的な冒険者はこんなに速く走れない。高すぎる二人の身体能力がそれを可能にしている。

 リオネットは、自分についてこれるかどうかは正直わからなかった。今出しているスピードはすでに人間の領域を超えている。それなのに、レジーは難なくついてこれている。息が切れている様子もない。こんなことができるのは自分と同ランクの冒険者くらいだ。それを冒険者でもないギルドの職員ができている。まだまだ世界は広いと、感動していた。自然と口角が上がる。

 森の中を猛スピードで疾走する二人。その間に言葉はない。リオネットは余計な事を言って実力を隠されてしまうのを嫌って、レジーは用もないのに話しかけることはしない性格だった。

 途中で見かけた駆除対象のモンスターはリオネットが通り魔のごとく、すれ違い様に命を刈り取っていった。

 (さすがに強いな)

 その剣技にレジーは舌を巻いた。同じ結果なら自分でも出せる。常人では見えない剣速で命を奪える。しかし、自分の目でもはっきりと見えないあの速度は出せない。それと明らかに剣筋が鞭のような軌道を描いている。なめらかな曲線を描くことはできるが、あんなしなりはできない。正に神剣。やはり、自分よりも強い。

 いくら距離があっても、森の中をこれほどのスピードで走っていれば昼飯時を待たずに目的地に到着できる。ここがヘベリケルドラゴンが住む火山だ。噴火の影響か山肌に緑は全くと言っていいほどない。ゴツゴツとした岩肌ばかりで、多様な生物が住むような山ではなさそうだ。

 「けっこう高いな」

 この火山は低い雲なら十分に届くくらいの高さはある。登るのに常人なら少し苦労するような高さだが、この二人であれば散歩にもならないだろう。

 「ヘベリケルは頂上にいますよ」

 リオネットが大きく跳躍して一気に小さくなった。その後にレジーも続いた。

 岩ばかりで生物の影は少しも見当たらなかった。凶悪なモンスターが縄張りとしている山だ。元々住んでいた動物たちも恐れて逃げ出してしまったんだろう。古い痕跡なら見つけることができた。

 「もう気づいてるでしょうね、俺たちに」

 「そうですね。どこかに隠れてこちらを伺っているんでしょう」

 ヘベリケルドラゴンは強くて頭もいい。用意周到に得物を追いつめて狩りをすることも珍しくない。それなのに普通に戦っても強いのだから手を焼く。文句なしの高難易度だ。

 「では、私が後ろにつきますので初撃はお願いします。あなたの実力を見せてください」

 (視られるのはなれてないんだけどな)

 普段は暗闇から一撃必殺を心がけているため、レジーは戦うところを見られない。むしろ見せない。暗殺者は誰かに見られるようでは二流だ。

 「わかりました。でも、がっかりしても知りませんよ」

 ショートソードを背中から引き抜いて臨戦態勢に入った。

 レジーは暗殺を得意としているが、生粋の暗殺者ではない。元々の戦闘スタイルは目にも留まらぬスピードを活かした、相手を翻弄する高速戦闘だ。

 気配は最初から感じ取っている。ここはもう山の七合目あたり。山頂まで一息もいらない。リオネットが見せた大跳躍よりもはるかに高く、レジーは跳んだ。真上に向かって。ヘベリケルドラゴンはずっと、こちらを見下ろして観察していたのだ。頑丈な上に色の変わる鱗によって空に溶け込んで見つかりにくくさせる。

 二振りのショートソードで皮膜を切り裂いた。

 「おっも」

 分厚い革をいくつも重ねたものを切ったような感触が剣を通じて手に伝わる。やわらかいようでかなり硬い。こんなもので飛ぶのだからドラゴンというのはすごいものだ。だが、これでもう飛ぶことはできない。

 ヘベリケルドラゴンとともに落下する。こんな高度でもレジーは無事に着地できる。それはこのドラゴンも同じだが、今回は無事ではいられない。下では神剣のリオネットが待ってるのだ。この世のどこよりも着地に向かない場所だ。

 刀を構えるリオネット。それを目にするヘベリケル。命の危険を感じ取ったのか、大きな咆哮を上げた。炎を吐いてはいない。苦し紛れの叫びでもない。これは、噴火だ。竜の叫びを合図に火山は噴火した。

 (でかい!)

 溶岩が山を下って森に触れればアウトだ。このクエストは達成できない。リオネットの注意が奪われてしまった。

 どんなに強くても、一瞬気を取られることはある。強者同士の戦いにおいて、その一瞬こそ命取りになる。ヘベリケルは体勢を立て直し、恐ろしい爪をリオネットに向かって振るった。だが、彼女は強者の枠に収まるような者ではない。よそ見をしつつ、爪を千切りにした。さらにはレジーが、背中を硬い鱗の上から右手に持った剣を奥深くまで突き刺した。突然の痛みに鎌首をもたげて絶叫するヘベリケル。その叫びは左手の剣ですぐさま止められた。振るわれた刃は、綺麗に首を両断した。地面が揺れて土煙を上げて、重量感のある音が響いた。とてつもない生命力でまだなんとか噛みつこうとする首は、リオネットが頭蓋に刀を突き刺すことで黙らせた。

 ヘベリケルドラゴン討伐成功。

 (さて、もう一仕事かな)

 見たいものが見れたと、リオネットの目は爛々としていた。だが満足はしていない。まだ、なにかを期待しているような顔だ。溶岩は勢いよく流れている。衰える様子は全くない。彼女が期待しているのは、レジーがこれをどうするのかだろう。それを見たいがために、彼女は動かない。クエストが達成できるか、できないかなどどうでもいいのだろう。ギルドとしては、このような形での失敗は最悪だ。レジーがやるしかない。

 (手の内を見せるのはなるべく避けたいんだが、仕方ない)

 リオネットならば剣一本でどうにかしてしまうだろうが、レジーにそんなことはできない。レジーの強みは手数だ。どんなものも、高いレベルで修めている。剣術も体術も魔法も。

 ショートソードの先を魔法の発動支点に指定する。魔法は棒状のものの先からの方が出しやすい。人それぞれ好みや効率は違うが、レジーはもっぱら剣先から繰り出す攻撃魔法が得意だった。

 生み出すものは純粋な力と水。それを周囲の空気を巻き込んで、螺旋状に出力する。これから出す魔法はレジーが愛用するもの。膨大な水と強大な風による圧縮された大嵐。より殺傷力を高める場合はこれに冷気を混ぜて氷の嵐にする。

 (大サービスだ! 全力でやってやる!)

 溶岩の津波に追いつき、追い越し待ち構える。火口から飛び出した溶岩は、水が溢れたコップのように一方向に向かって流れていない。四方八方に火の川を形成している。青い光を発する剣先を突き出す。口に出す言葉はこの魔法の発動キー。

 「ザウバア」

 放たれた水流は山肌を削って溶岩を押し返す。水に触れて冷えて固まったものは、高い水圧に耐えきれずバラバラに砕かれた。水流の軌道は流れる溶岩を残さず追うように這っていく。その様子は巨大な蛇がとぐろを巻くように火山を覆い尽くしているようだ。最後に水蛇の頭は火口に向かって突っ込んでいった。

 「このまま蓋をしてやる」

 冷えて固まった溶岩が火口を埋め尽くした。すっかり冷えてしまった火山は完全に休止状態になり、今後しばらくは噴火することはないだろう。

 ちゃっかりヘベリケルの首を回収したリオネットが、いつの間にかレジーの背後にいた。にんまりとした笑っている。どうやら満足したようだ。

 「お手合わせ願います」

 「嫌です」

 「冗談です」

 「……」

 そうは聞こえない。疑うレジー。

 「今度やりましょうね」

 「やりません」

 ほらやっぱり。

 「早く帰りますよ」

 レジーは早く帰りたかった。こんなところ、長居するような場所でもない。

 「ちょっと待ってください」

 先を急ごうとしたレジーは声をかけられて振り向いた。

 「女性にこんな重いもの持たせるんですか?」

 そこには、ヘベリケルドラゴンの大きな首を両手をまっすぐ上に伸ばして持ったリオネットがいた。血も滴っている。首は大きく、彼女が膝を折って体を丸めたくらいの大きさがある。重さはそれ以上だろう。首から落ちた血が彼女の頭を濡らしている。

 「そんものを持てる女性を私は存じ上げません」

 「いいえ、存じているはずです。ここにいます」

 「知らないです」

 逃げるように走り出した。ものすごいスピードでドラゴンの首を掲げた女に追われる男の構図ができあがった。

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