第6話 惹かれアイ
今の装備は大斧と魔法発動用の短剣だ。リオネットとの討伐クエストに行った時の装備じゃないからバレない。そう考えていたが、あの強力な観察眼のことは考慮に入っていなかった。冷静さが足りない。
「いきます」
リオネットの踏み込みによる突きは雷の如く、速く、強く、正確にレジーを捉えていた。
レジーのスピードは風よりも速かった。もし仮に二つ名あったとしたら、神速のレジーになっていただろう。身の丈よりも大きな斧を持っての動きであるから、なんの枷もない状態でのトップスピードは、神の領域だ。
両者とも神のような強さをほこる。神の剣に、神の速さ。剣は速さと技術によってレジーを捉えている。大斧のハンデが痛い。
ならばハンデを活かすまでと、大きな重量を利用しての攻撃に転じた。神の剣を迎え打った。レジーの攻撃のほうが強いかに思われたが、腕力はリオネットのほうが上のようだ。拮抗している。
初激は互角。すぐさま次の手に移る。
リオネットの袈裟斬りを斧を支点に体をひねることで回避する。
レジーの蹴りを片腕で受け止める。刀によるカウンターをしかける前に魔法の火炎が襲いかかるが、これを斬り払って対処した。
今度は大斧の水平斬りがリオネットを襲うが、これも斧よりも小さい刀で打ち払う。
斧と魔法による連撃を刀一本で斬り払い、打ち払う。
刀による一刀両断の剣筋を紙一重で避けていく。
お互い一歩譲らない超高度な戦闘だ。これほどの戦いは世界でも指折りだ。どれだけ大金を積んでも見れるようなものではない。不幸なことに観客はいない。この神業同士の激突を伝える者は一人としていない。
リオネットの表情は歓喜に満ち溢れていた。自分とここまで対等に戦える存在は今までいなかった。同ランクの冒険者では、一歩劣る。この男は自分と対等になってくれる。人生で初めての経験だった。念願の好敵手に出会ったようで、待ち侘びた恋人に出会ったようでもある。はたまた、両方を満たせる存在か。どっちでもいい、今はただ—
「もっと!」
戦いたい。この時間を永遠にしたい。ただそれだけだった。
レジーは不思議な気分だった。さっきまでの鬱屈したものが晴れていくのを感じる。心にのしかかった重い氷がだんだんと溶けていき、さらには温かくなってきている。戦いの最中にそんなことを感じた経験など、今まで一度たりともなかった。殺伐とした、血の香る戦場には到底似合わない感情。正体不明のこの状況で思うことは—
「まだ!」
終わらせたくない。この温かさをまだ感じていたい。ただそれだけだった。
二人の気持ちとは裏腹に、どんな物事にも終わりは訪れる。夜が明けるまで続いたやりとりは、警邏隊の介入により幕を閉じた。
レジーは家に帰り、熱いシャワーを浴びてから出勤した。昨日の出来事のせいで一睡もしていないが、不思議と心は晴れやかだった。
いつものように、受付に座り窓口を開ける。今日の当番はレジーだ。眠気は少し出てきたが、業務に支障はない。
今日も冒険者たちはクエストを受けるために大勢集まっている。朝早くから来ないと優良なクエストはとれない。うまいものは誰もが求めている。
長身の小汚い男がレジーのところにやってきた。イラだっているようだ。雰囲気で、なにを言いたいのかわかる。
「おい! このクエスト達成したぞ、報酬よこせ!」
突き出された紙は討伐クエストのものだ。
「えっと、あなたは……ノーボさんですね。このクエストは対象の討伐が認められなかったため、成功報酬をお出しすることはできません」
討伐の証拠に対象の体の一部を提出されたが、それはよく似た別のモンスターで危険度も低い。さらには、もっと似せるための工作をした跡もあったため、ギルドはこれを悪質であると判断し、降格にリーチをかけた。なお、本人には知らされない。
「んだとてめー!」
ノーボは逆上し殴りかかったが、レジーに当たらなかった。少し身を引くことで回避したのだ。この技は相手の距離感を狂わせる。
(手が早いな。嘘を無理矢理突き通すために、力づくでやろうってわけか)
いつもならわざと殴られて、早々に帰ってもらっていた。今日はそんな気分になれない。
レジーは座ったままの状態なのに拳が当たらない。理解不能な現象に混乱する。それから何度拳を振るっても当たらない。息切れもしている。
「覚えてろ!」
負け惜しみの捨てゼリフを言って去っていった。
後ろから拍手と感嘆が聞こえた。当然ながら、同僚たちが見ていたのだ。今まで殴られてばかりいる姿しか見てこなかったが、素人でもわかるほどの卓越した技術で避けてみせたのだから驚いている。
「すみません」
次の方が来た。
「はい、クエストの受諾です……か」
当然といえば当然。彼女はこの街にいる時は、毎日朝からギルドに訪れてクエストを受けにくるのだ。
(なんか気まずいな)
命のやりとりはいくらでもしてきたが、再会することは絶対になかった。命を狙った相手に戦場以外で会うだけでも気恥ずかしいのに、あんな濃密な時間を共にすれば目を合わせることも難しい。
「昨日はすごかったです。また相手をしてくれませんか」
(バレてる)
彼女の観察力を前にすれば、見抜かれない可能性のほうが低い。
幸い、コソコソと話しかけてくれたおかげで誰にも聞こえいない。
レジーはまんざらでもなかった。むしろもう一度やりたいとさえ思っている。だけど、自分のほうから誘うのは癪だ。それに、『死合いましょう』なんて言えるものじゃない。彼女の誘いは正直嬉しかった。
「一回だけですよ」
ギルド職員のレジーと、神剣のリオネットは互いを必要とした。いつまでも見つからなくて、もどかしかった最後のピースがやっと見つかったようだった。
間引きの受付 熊山賢二 @kumayamakenji
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