第2話 準備

 太陽は真上に昇り、街では住民たちが昼食をとっていた。自分で料理する者、外食をする者様々だ。この時間帯になると、屋台やレストランが多くある通りは人でいっぱいになる。

 焼かれた肉。脂がとろけて舌の上でうまみが爆発する。レジーはベンチで肉を食らっていた。豪快に焼かれた肉をパンで挟んだサンドイッチだ。値段も手ごろで美味い。甘辛いタレと肉汁がパンに染み込んでいる。新鮮な野菜のシャキシャキとした食感と甘味が、このままだとクドい肉を食べやすくさせている。この街の名物の一つだと言えるだろう。

 (もうそろそろ死んだかな?)

 サンドイッチをほおばりながら考えるのは、あの忌々しいハゲのことだ。このまま今日一日姿を見なければ始末は完了だろう。

 (さて、そろそろ戻るか)

 最後の一口を放り込んで、空になったサンドイッチの包み紙を丸めてベンチから立ち上がった。

 ギルドに戻ると、なにやらざわめいていた。冒険者がいつもより多く、落ち着かない様子だ。いったいなにがと、レジーは思ったが、その疑問はすぐに解消した。

 クエストボードの前に金色の髪をポニーテールにした、大きな灰色のマントを羽織った背の高い女がいた。彼女の正体は新人でない限り、冒険者ギルドに関わる者ならば誰でも知っている有名人だ。『神剣のリオネット』男ばかりの冒険者の中で数少ない女性であり、さらには一番高いランクに属する正真正銘の超一流の冒険者だ。

 (マジか、なんでこんなところに。うちじゃあ、あんたが満足できるような高難易度のクエストはないぞ。緊急の案件もないだろ)

 レジーはギルドの職員であるが、リオネットほどの冒険者に会う機会は今までなかった。この街では凶悪で超がつくほど強い危険なモンスターが近くで発生することもない。一番の高難易度でも彼女なら片手間で済んでしまうだろう。辺境や地方の厄介なクエストは本部が取り扱っていて、支部には来ない。

 「神剣いるけどなにかあったの?」

 「あ、レジーさん。怪我大丈夫ですか?」

 「問題ないです」

 「それはよかった。いや、それが何もないのに急に来たんですよ」

 「え、何にもないの? 緊急のクエストとか」

 「ないです。さっき支部長が話しかけにいってましたけど、特に用事はないらしいです」

 「用事がないってなんだよ」

 (ギルドなんて用事がなければ来るようなところじゃないだろ)

 カウンターの奥の事務所に戻って同僚に聞いてもよくわからなかった。支部長がわからないなら一般職員にわかるはずもない。気になるが、自分の仕事がある。昼休みもそろそろ終わる。仕事に戻らなければ。

 「あ、次の受付当番レジーさんですよ」

 受付は当番制だ。日ごとと時間ごとに順番に受け持つ。座って待ってるだけでではヒマな時もあるから仕事を持ち込んで行う。

 冒険者ギルドは冒険者だけでなく、それ以外の人間も利用することがある。クエストの発注だ。こことは別で組合から書簡で送られてくることが多いが、一般市民が発注する場合は直接ギルドに来て手続きすることになる。そういう場合もこの窓口で受け付けている。クエストにも色々ある。モンスターの討伐や、鉱石や植物の採取。様々な理由で危険な道中故に商人や郵便が行けないようなところへ荷物を届けるようなものまである。人はどこにでも住んでいるし、どんなものでも必要とする人はいる。冒険者なんだってするしどこへだって行くのだ。

 窓口にちらほら並ぶ人の姿が出てきた。クエストの受注手続きや発注手続きを次々としていく。

 「次の方どうぞ」

 「失礼。これを受けたい」

 「はい、こちらです……ね」

 列に並んでやってきたのは神剣のリオネットだった。まさか来るとは思っていなかったレジーは一瞬止まってしまった。

 (クエストボード見てたけど、まさか受けるなんて思わないって)

 「えっと、本当にこれでよろしかったですか? かなり簡単なものですが」

 (配達のクエストじゃないか。道中そこそこ険しいけど、こんなの駆け出しがやるようなやつだろ)

 「それで構いません」

 どうやら間違いではないらしい。やりたいというならギルドとしては断る理由はない。

 「それでは、こちらにサインをお願いします」

 一応、死んでも自己責任という書類を書いてもらう。報酬の受け渡しや事務的な理由で書いてもらう書類もあるが、一番はギルドは責任を負わないという署名がなければならない。もっとも、リオネットには必要なさそうであるが。

 「あなた、強いですね」

 突然降りかかった言葉。レジーは凍り付いた。まさか自分の正体を知っているのか? いや、彼女は超一級の腕前を持っている。腕がいいということは目もいい。冒険者に限らず、戦う者は戦闘の最中に最も重視するのは武器でも自分のコンディションでもなく、倒すべき相手をよく見る。観察してどんな手があるのか、今の体の調子はどれくらいか、何を考えているのか注意深く観察して考える。そのため強者は見る目というのが非常に良くなる傾向にある。もちろんその中でも個人差はある。類まれな観察眼があるからこそ強い場合もあるし、圧倒的なパワーがある故に最低限の目あればいい場合だ。神剣のリオネットの場合は、聞こえてくる高い剣技を持つという噂から、こうしてレジーの実力を見抜いた事実から、確実に前者。ただ実力が高いということだけ見抜かれたのならいい。

 (まさか、バレた? 悪人以外は抵抗あるけど殺すか)

 しかし自分の正体がバレると都合が悪い。その可能性は少しでも潰しておきたい。口封じのために殺害することを考えるレジー。

 (いや、無理だ。こんな怪物、正面からじゃ殺せない。だからって闇討ちしても一撃じゃ殺しきれないだろうなぁ。そうなると戦闘になる。戦闘じゃ勝てない。毒を使っても多少は抗える耐性はあるだろうし、まだ息があるうちに戦闘になって相討ちだな)

 レジーにも観察眼がある。リオネットを視て、自分の戦闘力と比べて殺害可能か考えるが、おそらく殺せても自分も殺されることになるという結論にいたる。

 (さて、どうしたものか)

 強硬策には出られない。いっそ、こっそりと記憶でも消せたらいいのに。消せたとしても再び会えば実力が知られてしまうが。

 「冒険者だったんですか?」

 「え? あぁはい。こことは別のところで少し」

 (よし、このまま元冒険者ということにしておこう。実際ほんの少しだけどやってた時期もあるし)

 渡りに船ということで乗っかった。それから手続きを踏んで、彼女は簡単な配達のクエストに行った。

 討伐クエストは、証拠の体の一部をギルドに持ってこなければならない。体の一部は一番分かりやすい首が一般的だ。他の部位だと、討伐対象なのに判別ができず認められないことがある。それ以外のクエストに行けば、冒険者はギルドには帰ってこない。クエストが達成されたことを依頼主が確認すればギルドの口座に入り、後日冒険者が受け取りに行く形になっている。配達クエストに行けば直帰なのだ。それなのにリオネットは夕方にギルドにやってきた。

 「一緒にクエストに行きませんか?」

 レジーのところにやってきてクエストのお誘いをしてきた。ちなみに冒険者の間ではこういったやり口でのナンパがあったりする。

 「お断りします」

 「でも強いじゃないですか。その強さ、見たいです」

 「職員の仕事がありますので」

 「じゃあ休みの日にでも」

 「休みの日は私用があるので」

 レジーの強さが彼女の琴線に触れたのか、熱烈に誘う神剣のリオネット。当然、有名人がそんなことをすれば目立つが、今の時間はギルド内にいる冒険者はあまりいない。職員もほかの仕事に行っているせいでレジーだけだ。

 「では、また今度誘います」

 そう言って帰っていった。のらりくらりとかわしていたが、なかなか引いてくれなかった。ようやく今日のところは帰ってくれたが諦めてはいないようだ。

 「なんであんなに誘ってくるんだ」

 その疑問に答えは探しても見当たらなかった。もう帰ろう。今日の分の仕事は終わったしそろそろ閉める時間だ。ギルドの業務は夜にはやっていない。緊急で招集されることもあるが、基本的に日中のみだ。わざわざ夜にクエストを受ける冒険者も発注する人間もいない。道すがら屋台で買った串焼きやピザを食べながら帰宅。今日も疲れた。さて、趣味の害虫駆除にでも行くか。帰って早々に闇に溶け込む服に着替えた。

 今日のターゲットが映った写真を取り出した。最近開発された、魔法の力が込められた写真機というもので風景を写し取った精巧な絵だ。これは便利でよく下調べによく使う。屋敷の設計図と家族と使用人の顔と人数を頭に叩き込んで、全てが寝静まる時間まで武器の手入れをして待つことにした。

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