間引きの受付

熊山賢二

第1話 間引き

(クソが)

 レジーは胸中では悪態をつき、腹の中は煮えくり返っていた。

 冒険者ギルドはいつも賑やかだ。腕自慢の巨漢と魔法使いが次のクエストの打ち合わせをしたり、剣士とシーフがクエスト達成の打ち上げをしている。

 荒くれ者の多い冒険者たちは喧嘩も多い。当然、冒険者ギルドでは揉め事が日常茶飯事だ。俺のほうが強い。この装備はすごい。最近生意気だ。そのクエストをよこせ。様々な理由で数多くの面倒事が起こっている。そしてその矛先がギルドの受付に向くことは珍しくない。むしろ頻繁にあるのだ。その対応をする受付の職員のストレスは非常に高い。

 「だからよう! なんでこの俺が降格だってんだ!!」

 (てめーが無能だからだろ)

 冒険者ギルドの職員であるレジーはスキンヘッドの大男の応対をしていた。いつもいつも、文句や言いがかりをつけてくるこのスキンヘッドのことがレジーは心底嫌いだった。

 (くっせー口だ。体臭も結構キツイぞ。風呂入ってんのか?)

レジーもプロだ。決して口にしないし表情にも出さない。仕事はちゃんとやる。だがそれはそれとして悪態は止まらない。

 「ですから規定を破られましたので、これは相応の対応です。ギルドに加入した時の契約書にもはっきりと書かれていたことです。クエスト依頼者からドスキン氏への苦情も少なくありませんし、このままではクエストを受けることもできなくなる可能性もあるので注意してください」

 荒れる冒険者に簡素なカウンター越しで対応するのは恐ろしいものだ。他の職員は男女問わず怯えてしまっていた。

 「わけわかんねーこと言ってんじゃねー! いいから言う通りにしろ!」

 「ですから、それは出来かねます」

 受付の中でレジーだけが怯えずに堂々としていた。頭は下げるし態度も大きくない。末端の職員ができる最大限のことをしていると言える。だが、それはドスキンには伝わない。自分の思い通りにいかないことは気に食わないし頭にくる。今も額には青筋が浮かび、声を荒らげて唾を吐き散らかしている。

 木が砕ける音。脆く軽い木が踏まれて折れるような音ではなく、硬くて丈夫な木材が強い力で破壊された音だ。カウンターの天板にドスキンの拳が突き刺さっていた。冒険者の中でも中級レベルの実力を持ち、見てわかる通り筋骨隆々の肉体が生み出すパワーは突出していた。ドスキンからすれば、日々戦っているモンスターの硬い毛皮や鱗に比べればこんなものはなんてことはなかった。

 レジーは拳がめり込んだところを指差した。

 「これの修理費用も請求させていただきます」

 ドスキンのスキンヘッドに浮かんでいた青筋がさらに浮かび上がり、顔がひきつった。

 天板に突き刺さっていた拳を持ち上げて、今度は正面に突き出した。その行方はレジーの顔面だった。目的にたどり着いた拳は秘めたエネルギーをそのままぶつけて、レジーは後方に大きく吹っ飛んだ。

 話し声も止みギルドが静まり返った。ドスキンは怒りの元凶を殴って少し気が晴れたのか、鼻息を荒くして帰っていった。

 嵐が去っていったおかげで怯えていた他の職員がレジーに駆け寄る。

 「大丈夫ですかレジーさん! 誰か治療箱持ってきて!」

 木の床に血が垂れる。その出どころはレジーの鼻からだった。

 「いてて、まったく野蛮だね。手を出すなんてさ」

 やれやれといった感じで、レジーは鼻を押さえて起き上がった。

 「レジーさん頭とか打ってないですか」

 治療箱はすぐにやってきた。ギルドでは大小様々な怪我人がよく出るから自然と近くに置いてある。

 急いで治療箱を持ってきた女性の職員が傍らでタオルやガーゼを取り出した。こういったことには慣れているせいか手際がいい。

 「いやぁ大丈夫。大したことないよ」

 女性職員から受け取ったタオルで血を吹く鼻を押さえる。心配そうにする周りの職員に手を上げて大丈夫のハンドサイン。その手にも血がついていた。タオルに少なくない量の血がにじむ。

 「でも血がだいぶ出てますよ」

 「見た目だけだよ」

 「一応すぐ医者に行ってください。後は大丈夫ですから」

 「でも仕事が」

 大きな音を聞いて二階から誰かが降りて来た。慌てた様子の革靴の音が近づいて来た。

 「何の音ですか?! あぁレジーくん血まみれじゃないか! 今日は早引きして結構ですから早く医者に行きなさい」

 「支部長」

 支部長と呼ばれた恰幅のいい中年の男は、現場の状況を瞬時に察してテキパキと指示を出した。

 「立てるか? 一人で行けるか?」

 「ええ、病院は向かいなので問題ないです」

 「そのまま帰っていいからな」

 少しふらつきながらも立ち上がって、少しの荷物を持ってレジーはギルドを出た。

 こんな流血が起こるような騒ぎはたまにしかないが、冒険者ギルドでもめ事はいつものこと。暴力を振るわれる自体に慣れることはないし、問題が起こるのは心底嫌であるとギルド一同思っているが、もめ事や喧嘩にはすっかり慣れてしまった。必然、その事後処理にもオロオロしているような職員はもういない。しかし医療箱を持ってきた彼女はまだ働き始めて日が浅く、他の職員と違って事情をよく知らなかった。

 「どうしてレジーさんばかりが、その、怖い人の対応をしてるんですか? いつも警告とか降格処分を伝えてるじゃないですか」

 冒険者に不都合なものの通告はいつもレジーがしていた。ある時は高飛車な騎士に、ある時は手癖の悪いシーフに。厳格に、毅然とした態度で。

 「あぁ、マイア君はまだ入ってから日が浅かったね。彼はああいった役を進んで引き受けているんだ。冒険者というのは気性が荒い者が多い。処分を言いわたすと激昂されるのも珍しくない。でも、仕事だからやらないわけにはいかない」

 事務作業するだけであればひ弱な人間でも問題はない。しかしここは冒険者ギルド。力がものをいう実力の世界。力が強い冒険者を管理するのは容易ではない。

 「そんな時に、本部のほうから彼が派遣されてきてね。手を出される可能性が高い業務を担当してくれることになったんだ。受け身とかが得意みたいで大した怪我もない。武術でもやってたんじゃないかな。一応いつも大事をとって病院に行かせてるけど。」

 「へー、レジーさんてすごいんですね」

 「そうだよ。もう彼がいてくれないと困ってしまうよ」

 向かいの病院ではレジーが診察を受けていた。ここは冒険者ギルドと提携している病院だ。冒険者が多く、自然治癒では難しい怪我や呪いや病気を患った屈強な男たちが診察を待っている。女性は別棟だ。冒険者というのは欲望が強い傾向にある。男女で完全に分けていないと色々と面倒なのだ。

 「特に問題はありませんね。軽症です。大きい血管が切れちゃったようですが、すぐに出血も止まりますので大人しくしてれば大丈夫ですよ」

 「ありがとうございます」

 診察したのは若い男の医者だった。眼鏡をかけた知的な印象で、しかしどこか気の抜けたような感じの青年だ。

 「しかし最近来るのが多いですね」

 「クエストが多く発行されていましてね、その分トラブルもあるのです」

 「たしか、モンスターの大量発生でしたか」

 「ええ、たまにあるんです」

 レジーはいつもこの医者に診てもらっている。かかりつけの医者というやつだ。冒険者なら怪我も多く、医者は頻繁に彼らの診療をする。冒険者でもない一般人であるレジーをこんなに診察するのは珍しい。いわゆる堅気の患者はここでは中々いないため自然と話しかけていって、こうしてそれなりに話す仲になった。

 腰を上げて帰ろうとするレジーを医者は引き止めた。

 「ああそうだ。例のあの薬は来週には手に入りますよ」

 「ああ、いつもありがとうございます。では来週取りにきますね」

 鼻に詰め物をしたまま、まだ太陽が上のほうにある空の下で帰路につく。賑わいのある市場を通り、用水路が流れる抜け道を抜けて、ジグザグとした経路をたどり自宅に着いた。レジーの家は隠れ家のようなあまり目立たないところにある。小道をあっちへこっちへ通らないと辿り着けない。これだけ変なところにあるから家賃が安い。レジーは住むところに贅沢なこだわりは無かった。集団住宅の借家だが、それぞれの部屋がどこも違う方向に窓があって完全に独立していて住んでる感覚としては一軒家に近い。他の住人とばったり会う機会も少ないから住み心地はとてもいい。奥まったよくわからなところにあるのも、インドアで用が無ければ引きこもって過ごすレジーにはグッドだった。

 鼻血は家に着くころには止まっていたから詰め物をゴミ箱に投げ入れた。自宅に入るとレジーはすぐにベッドに入って寝てしまった。そしてそのまま夜を迎えた


 レジーが住む街は国の中でも五本の指に入るくらいに栄えている。さすがに首都には劣るが、人も物も多く集まるこの街は活気に溢れて夜になってもその賑わいは治まらない。市場は少し落ち着いてきたが、それに反比例して飲食店が立ち並ぶ場所は人が増えてきた。この場所は夜になると飲み屋街へと変わる。昼間には定食を出していた店が、酒とつまみを出すようになる。女性が接待をする店も開き始める。

 冒険者は飲み屋街をよく利用する。受けているクエストがある場合は影響が出ない程度にして羽を伸ばし、今日も生き残ったと仲間を祝杯をあげる。意外な事に泥酔するまで飲む冒険者は少ない。二日酔いなんてすれば命の危険があるからだ。命の危険がある職業だからこそ、コンディションに影響がないように気を配っている。つぶれるまで飲むような冒険者は次の日にクエストを受けない者か、愚か者だ。

 クエストを達成するには力が必要であり、力が強い者は粗暴な輩が多い。しかし、ただ力が強いだけでは冒険者のランクもすぐに頭打ちなる。さらには降格することもあるだろう。

 ドスキンは飲んでいた。それもかなり。空けた酒瓶の数は人間の両手では足りなくなっている。レジーを殴った後に昼間でも開いている酒場に入り、その時からずっと飲んでいる。泥酔とまではいかないが、正常な判断ができない程度には酔っていた。

 「おう、あんたそのへんにしときな。明日に響くぜ」

酒場の店主がカウンターに突っ伏すドスキンに声をかけた。酒場の店主はドスキンよりも一回りは大きかった。服に隠れていない顔や腕にいくつか大きな傷が刻まれている。事故で負ったようなものではなく戦いの中で受けた傷だ。

 この酒場は元冒険者が営んでいる店だ。引退した後、酒を飲むのも集めるのも好きだったことと、後輩たちの様子を見たい気持ちから始めたらしい。

 「うるせーもっとよこせ! まだまだ酔い足りねーんだよ!」

 ドスキンは暴れそうな勢いでわめいた。レジーを殴っても、酒を大量に飲んでも不満は解消されない。

 他の客が突然の大声に驚いて何事かと様子を伺っている。

 「お前らもなに見てんだ!」

 悪酔いをしているドスキンはついに周りに当たりだした。

 「どいつもこいつもムカつくぜ! 喧嘩売ってんならなら買うぜ、オラ!」

 見ていただけの若い三人組に近づき恫喝する。酒場は静まり返った。一番近くにいた青年の襟をつかんで軽々と体ごと持ち上げる。さすがにこれはまずいと、見かねた店主がカウンターから出てきた。

 「たしかお前ら最近調子に乗ってるやつらだよなあ。あいさつも無しに飲んでいやがって、先輩への態度ってもんがなってないよなあ!」

 勢いよく振り上げた拳は振り下ろされなかった。振り下ろせなかった。背後に立つ店主が腕をつかんで離さなかったからだ。店主の指がドスキンの右腕にミシミシと食い込む。

 「そのへんにしときな」

 腕の痛みに、たまらず襟を離した。持ち上げられていた青年は解放されて椅子に落ちてせき込んでいた。

 店主はドスキンとは比べ物にならないほどの腕力で店の外にたたき出した。

 「ほれ、代金分はもらっておいた。頭冷えてからまた来な」

 そう言って巾着のような財布をドスキンに向けて放り投げた。中身は少なくなって、重量感はなくさみしくなっていた。

 ドスキンは恨み節を吐いて街をさまよった。違う酒場に行こうにもさっきの店で飲み過ぎて金が足りない。

 (昔はよかった。なんでも俺の想い通りになった。クエストはいつも順調に達成できた。狙った女はあっちから寄ってきたし、とっかえひっかえ何人も同時に楽しめた。金にも女にも困らなかった。地位もそこそこあったし名声もどんどん上がっていって、全部今よりも良くなるはずだった。それが今はどうだ? 女は寄り付かなくなるし、冒険者ランクは下がる。貯金なんてしてねーから昔よりも金がない。本当にムカつくぜ)

 イライラは止まらず増すばかり。

 夜も深くなり、飲み屋街も静かになってきて人もまばらだ。酒場から従業員だろう若い女が出てくるのが見えた。どうやら仕事が終わって帰るところのようだ。ドスキンは粘り気がありそうな笑みを浮かべた。

 (上玉だな)

 人前に出る仕事をしているおかげか、見た目に気を使っているようで髪はちゃんと手入れがされていて化粧も自然に見えるがバッチリされている。スタイルもよく、ウエストは細い。膝下ほどのスカートから伸びる足もスラリとした美しいものだ。特に目を引くのが主張の激しい胸部だ。たっぷりと中身がつまってそうなその部分は男の欲望を強く刺激した。

 女の後をしばらくつけて、人の目が無くなったことを確認したドスキンは一気に距離をつめた。

 「おい、そこの女ぁ。俺とあそぼーぜ」

 後ろから肩をつかんで強引に呼び止めた。当然、いきなり体に触られて気分がいいはずもなく女は抵抗した

 「なに? は、離して!」

 加えて今のドスキンは酒臭く、清潔感というものも無かった。そんな男にはどんな女もなびくはずがなかった。

 「いいじゃねーか。いいことしようぜ」

 「いや!」

 抵抗する女の平手打ちがドスキンの顔に炸裂した。

 「いてーなこのアマ! 下手に出てれば調子に乗りやがって」

 想定外の抵抗に激怒したドスキンは女の髪を掴みあげた。悲痛にうめくのもおかまいなしし欲望のままに扱う。

 「いい薬があるんだ。飲めよ」

 ウエストバッグから取り出したのはガラスの小瓶に入った燃えるように赤い半透明の液体だった。目の前に持ってこられたものに、女は目を丸くした。

 その正体に気づいてより強く抵抗するが、丸太のように太い腕からは抜け出せない。助けを呼ぼうと声を張り上げようとした瞬間に口をふさがれた。もうどうしようもない。

 「こいつを知ってるみたいだな。気持ちよくなって意識がどっかいっちまう薬だ。よく飲むけど、気持ちいいぜ。プレゼントしてやるよ」

 (気絶したところを今夜はこいつで楽しんでやる)

 一部の許可された冒険者と限られた医者のみが扱うことが許されている薬。強大なモンスター相手に毒として用いられるものだ。人間に使う場合はごく少量を塗布する程度だ。

 (欲しいものはこうやって手に入れればよかったんだ!)

  醜悪な思惑。昔の栄光など影も形も見当たらない。輝いていた時代は遠い過去。積み上げたものも自分自身で崩すような愚者となり果ててしまった。

 もう、救えない。慈悲はない。間引かなければ。

 上から飛び降りたレジーは一瞬でドスキンの意識を刈り取った。女は訳が分からなかったが、一心不乱に逃げ出した。その際にレジーの存在には気づいたが、かまわず走り去っていった。

 今のレジーの姿は昼間のギルドの職員としてのフォーマル格好ではなく、動きやすさを重視した夜の暗闇に紛れ込む黒一色の姿だった。

 これがレジーの夜の姿だ。昼間はギルドの職員として働き冒険者たちの素行調査をして、必要なしと判断した冒険者を闇討ちしていた。冒険者だけでなく犯罪者はもちろん、権力者や一般人もその対象にしていた。

 薬瓶が転がっているのに気づいたレジーはその中身をドスキンの口に一滴垂らした。これで意識が曖昧になり、さっきまでの出来事を現実か判別できなくなる。夢を見たと思うだろう。レジーはドスキンをそのまま残して音もなくその場を後にした。


 翌朝。ドスキンは路上で目を覚ました。昨日の記憶が途中から曖昧でよく覚えていなかった。

 「いてて。なんでこんなとこにいんだ?」

 体が妙に痛むが、こんな硬い石の路上で寝ていたらそうなるだろうと気にしなかった。

 「あーちくしょう。金がねえ」

 財布の巾着袋を持ち上げてみたらしぼんでいいて軽くなっている。盗まれた訳ではなく、ちゃんと飲み食いした代金として無くなったことは覚えていた。

 それにしても金が必要だ。ただでさえその日暮らしのような生活をしているのに、昨日はしこたま酒を飲んだせいでほとんど金が残っていない。ギルドに行ってクエストを受けなければ。

 「チッ」

 イラだっていることを隠そうともせず、舌打ちをついてギルドに向かった。

 まだ朝早いこともあってか、ギルドの中は人がまばらだった。クエストが張り出されているボードを見てみると人がまだ少ないせいかボードいっぱいに張り出されていた。なにかよさげなクエストはないか探して見ると、一つ目に留まった。ウシ型モンスターの討伐クエストだ。しかも報酬も割といい。

 (そういえば今の時期はこいつが繁殖するころだったな。報酬はいいが、ちと達成条件が厳しいな。ま、何度もぶっ殺したことあるし問題無ぇな)

 そうと決まれば善は急げとばかりに受付に向かった。受付には昨日のムカつく野郎がいたが、ドスキンはそれには気づかなかった。応対したのは別の職員であったし、そもそも殴った相手のことはあまり覚えていなかった。

 レジーの方はというと、特になにか思うこともなくドスキンを少し見ただけで自分の業務に戻った。昨日のことなど本当になにも無かったかのようだ。

 クエストの受理を終えたドスキンはさっそく討伐に向かった。街を出て近くの森に出るから日帰りで十分だ。軽装でも問題ないと考え、武器と防具だけ持って行った。本来なら回復薬や罠に使う道具や毒をそろえて討伐に向かうのがセオリーだが、ウエストバッグにはまだ薬が残っているし、毒も少しあるから大丈夫だと思ったのだ。冒険者は油断こそが一番の敵だというのに。

 街を出て森に入ると、さっそくターゲットの足跡を見つけた。幸先がいい。その痕跡を頼りに探すと、見つけた。討伐対象のモンスター、レギュエウスだ。獰猛は大型のウシのような見た目で、大きく尖った角で荷馬車を破壊してくる危険なモンスターだ。しかし、このドスキン様にかかればなんてことはない。この背中の大剣で真っ二つだ。見つけた一匹目を気づかれない内に死角から切りかかり、見事に一撃で絶命させることに成功した。やはりこのドスキンはすごいのだ。すぐさまもう一匹も見つけて、また同じように倒す。

 「これなら午前中には終わるな」

 調子がいい。さすがだドスキン。

 自然と笑みが浮かぶ。こんなモンスターも難なく倒すことができるんだ。降格なんて間違いだ。

 (このままいけば俺の評価も上がるに違いない。そうさ、俺はドスキン様だ。強い男だ)

 次々と発見しては倒していく。証拠の首を切り取っていくのも忘れない。こんなに調子がいいなんて人生で初めてだ。まるで急に強くなったかのようだ。ドスキンは達成条件のラスト一匹を倒すころには、もはや踊りながら戦っていた。

 鼻歌まで歌っていたドスキンは、大量の首を袋に詰めて帰り支度をする。邪魔な角は切り落として置いていくが、まとめて土に埋めておく。後で回収して売るのだ。今はクエストの達成が優先だから首だけ持っていく。さすがに全部持って行くには袋に入りきらないし重くて持って行けない。

 けっこう奥まで来てしまったが問題ない。昼飯時くらいには街に着くだろう。さあ! 英雄の凱旋だ。ドスキンは意気揚々と袋を背負って街に向かって歩き出した。だが、やはり少し疲れが出てきた。さすがにあんなハイペースで戦えば無理もない。ドスキンは一本残っていた回復薬を一気に呷った。

 ドスキンは街に着くまでもう少しというところまで来たのに、意識がひどく曖昧になっていた。物事を考えることもできなくなり、その足取りはふらついていて今にも転びそうだ。自分の体調の変化にも気づかず、気持ちのいい気分のままに、ただ歩いていた。ついには木の根っこにつまずいて転んだ。そのまま起き上がる気配はない。トロンとした顔で転んだことによる痛みもないまま、もぞもぞと身動きする程度のことしかしていない。

 実は、レジーはドスキンの口に垂らした毒薬の残りはウエストバッグに入っていた回復薬に入れていたのだ。死体はなるべく残さないほうが人の迷惑にならないし、クエストの最中に死んでしまえば誰にも怪しまれない。冒険者にとって危険は日常であり、死とは隣り合わせの生活なのだ。加えてドスキンの最近の態度は悪く、冒険者の中でも嫌われていたところだ。誰もその死を悼む者などいない。もっとも、レジーはそういう人間しか狙わない。

 意識がどこかへいってしまったドスキンの元へ、通常では考えられないほどの大きさのレギュエウスが現れた。同胞の血の匂いに引き寄せられて復讐に来たのか。モンスターに感情というものがあるのかは、意識があってもドスキンにはわからない。人間とモンスターでは根本的にあり方が違うため少しも分かり合えることはない。意思の疎通などできない。

 現れた特大のレギュエウスは少しも歩みを止めることなく、そのまま直進していき、障害物があるという認識もない様子で、倒れたドスキンの頭を踏み抜いて、胴体を踏みにじり、骨が砕かれる音がしても気にせず歩き去っていった。

 後に残された踏み潰された肉塊は、幸運なことに幸せな気分のままこの森の糧になることができた。

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