妹は推しを兄と結ばせたい その3
日曜となると朝の電車も混んでいる。席はどこも埋まっていて、私たち六人は吊革に掴まっていた。この大所帯だと一つに固まっているのも迷惑になるので、みんな少し距離を取って立っている。
カオリお姉さまは少し距離があるのが寂しい。それに栖孤さんとまめちゃんが近いけど、あの二人ってあんまり関わりないけど大丈夫なのかな。
「ねぇねぇ! 栖孤ちゃんはどういう動物が好きなの?」
「んー、どういうのが好きとかないな。動物ってみんな同じだろー」
「同じじゃないよ! 角があったり、あとは首が長いのもいるんだよ?」
「どっちも普通に見るしなー」
「えー? テレビとかでー?」
「いや、生で。あと一つ目とかペラペラなやつとか」
栖孤さんとまめちゃんは和気あいあいと会話を交わしている。この二人が絡んでいるのは始めて見たかもしれない。……なんか食い違ってる気がするけど。なんにせよ、珍しい組み合わせだ。兄ちゃんはその二人を眺めてニヤついている。
キモい。うん、言っちゃおう。
「兄ちゃん、キモい」
「キモ……!? ち、違うぞサツキ! 俺はただ二人が仲良くしてるのが微笑ましいと思っただけで」
「なんも違くないじゃん」
「いや違うんだって! あの二人、栖孤がちょっと避けてたのもあってさ。あんまり会話してなかったんだよ。ちょっと前まで栖孤はまめのことちっこいのとしか呼ばなかったし」
兄ちゃんが声を潜めながら、必死に弁明する。
本当にあんまり関わりなかったんだ。なんか意外。
「なんで栖孤姉がまめちゃんのこと避けてんの?」
「たぶんだけど、引け目があったんだろ。まめが死ぬ予感がしていたのを放置したことがあったから。あのときはまだ知り合ってなかった頃だから、しょうがないんだけどさ。ま、気にし過ぎだな。まめはそういうの気にするタイプじゃないし」
「……よくわかんないだけど?」
「栖孤はツンデレってことだ」
なるほどね。完全に理解した。
兄ちゃんの隣に立っているミコちゃんがため息をつく。
「サダヒコさま、あんまり適当なこと言ってるとまた栖孤さんに叩かれますよ?」
「おっと。それは勘弁」
初めから両手でつかんでいた吊革を少し上に上げて、兄ちゃんが降参のポーズをとる。痴漢に間違われたら大変なのはわかるけどアタシたちいるんだから間違えられることもないのに。
たぶんそうするように体に染みついてるんだと思う。男の人って大変だなー。
ていうか栖孤さんって叩いたりするの?
アタシにはしないのに、ちょっと嫉妬する。栖孤姉と呼ばせてもらってるけど実は壁があるのかな。栖孤さんもアタシの中ではかなり推せるんだけど、アタシにはすでにカオリお姉さまっていう推しがいる。
アタシは浮気なんてしない。
「おい、サツキ。妄想から帰ってこい。降りる駅だぞ」
兄ちゃんに声を掛けられる。はっと顔を上げると目的地に到着していた。慌てて兄ちゃんの後に続いてホームに降りる。
「まったく、お前なぁ。受験生なんだからそのぼんやり癖は直さないと駄目だぞ」
「大丈夫っしょ。兄ちゃんの頭で入れる高校くらいよゆーだし」
「へぇー? サツキちゃん、わたしも同じ高校なんだけどなー」
「カオリお姉さまの高校なんですから、もちろん一日三十六時間勉強してますよ!」
「おいコラ受験生。時間の概念から勉強し直せ」
兄ちゃんが無粋なツッコミをしてくる。アタシの愛はそんな概念なんてぶっ飛ばすのがわかんないかな。
アタシが膨れていると、ミコちゃんがフォローを入れてくれた。
「まぁまぁ、サツキさんはちゃんとA判定出るくらいちゃんと勉強してますから」
「へぇ! そうなんだ。偉いね、サツキちゃん」
「うぇへ、いやいや! そんなそんな!」
いけない。カオリお姉さまにいきなり褒められたから、汚い声が漏れちゃった。
そこにまた兄ちゃんが水を差す。
「いや、ミコ。コイツが頭いいことくらいわかってるんだよ。それを発揮できずに妄想してる間に試験が終わってて落ちたりしたら怖いって意味だ」
「はぁ!? そんなヘマしないし!」
「お前、カオリと一緒に登下校したらーとか妄想し始めたら絶対止まらないだろ」
「そ、そんなこと……ないけどぉ?」
アタシは思わず視線を逸らす。正直何億回妄想したかわからない。登下校一緒にするとか、もう実質デートじゃん。手とか繋いじゃって、校門の前まで繋いでようとか言ってどっちから手を離すか離さないかとかしてるうちに学校についちゃうとか。もう最高。早く一年経たないかな。
「ま、カオリの家は逆方向なんだけど」
「ああー! 聞こえない聞こえない! 夢を壊すなっての! 兄ちゃんにはこのロマンが分かんないの!?」
「お前が考えてるほど一緒に登下校しても何もないって。話してるうちに気付いたら家についてるから一緒に時間過ごした感がないし、うちの家は金ないからそんな買い食いとかもできないし」
「あー! あー! 兄ちゃんの馬鹿! アホ! 貧乏神!」
兄ちゃんは素がネガティブだから残酷な現実を突き付けてくるときがある。こういうときの兄ちゃん、本当に嫌い!
兄ちゃんは悪口を意に介さず、頬をかいている。
「最後の悪口じゃなくね? いや、悪口か。駄目だな、貧乏神に慣れ過ぎてる自分がいる」
「あはは……まぁ、仕方ないよサダヒコ。実際に貧乏神なわけだしさ」
「そうなんだけどさ。はぁ、カオリはいいよな。福の神だから困ることはないだろ」
「そんなことないよ。アイスの当たり棒とか勝手に当たっちゃうから、当たり付きのアイスは買わないようにしてる」
「え、何それ羨ましいんだけど」
「じゃあよー、サダヒコ。交換すればいいだろ」
兄ちゃんとカオリお姉さまの会話に栖孤さんが割り込んできた。栖孤さんの手にはまめちゃんが抱えられている。見てないうちにすごく仲良くなってるな……。
「栖孤姉、交換ってなんですか?」
「あー? サツキは知らないんだっけか。福の神と貧乏神は交換できるんだよー」
「い、いや。別にそこまですることじゃ……なぁ、カオリ?」
「う……うん。でも、サダヒコがしたいならしてもいいけど……」
兄ちゃんとカオリお姉さまがモジモジし始める。どうしたんだろ。
何やらエッチな気配を感じてアタシは踏み込んだ。
「栖孤姉、ちょっと詳しく」
「サダヒコと委員長はよー、キスで神の性質を入れ替えることができんだよ」
「キス!?」
キスって、あのキス!?
唇と唇を会わせて、熱いベーゼなあのキス!?
「おい栖孤! ヘンタイに餌をやるんじゃねぇ!」
「もう、栖孤さん。言っちゃうんだから……」
兄ちゃんもカオリお姉さまも顔を赤くしていた。ヘンタイ呼ばわりされたことなんてどうでもいい。大事なのは、大事なのは!
「兄ちゃんとカオリ姉さま、キスしたんだよね!? できるってことは試したんだよね!? ね!? ね!?」
「ほ、ホームにずっといるのも邪魔になるからな。ほら、行くぞー」
「兄ちゃん、したんだ! キスしたんだー!」
「う、うるせー! ほら、行くぞ!」
そそくさと逃げ出した兄ちゃんとそのすぐ後をついていくカオリお姉さまに、アタシは勝利を確信した。この二人はくっつく。でも兄ちゃんの周りにはたくさん女の子がいる。決めた。今日は絶対、ダメ押しする。
決意を新たにアタシは足を踏み出した。
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