ザコちゃんの大冒険 その5
目覚めるとアタシはガラクタの秘密基地の机の上にいた。なんで、こんなところにいるんだっけ……そうだ。昨日はここで寝たんだった。朝焼けが眩しい。思いっきり伸びをする。
「はー! やっと戻って来れた!」
口に出してからアタシは首を傾げた。
「あれ? 戻って来れたって……なんで?」
ただ寝て起きただけ。なのにどうしてそんな言葉が出てきたんだろう。何もなかったはずなのに、体が凝り固まっているからかな。でもそれは固い机の上で寝たからかもしれないし。
「うーん。なーんか忘れてる気がするんだけどなぁ……ま、思い出せないなら大したことじゃないだろうし、いっか!」
難しいことは考えないのは昔からの得意技だ。
そもそも妖怪は不老不死なわけだし、無駄なことばっか覚えてたら脳みそパンクしちゃう。実際はどうか知らないけど。アタシは長生きしているはずなんだけど、いつから存在していたのかわからない。覚えていないというより、妖怪の発生がそういうものなのかもしれない。
アタシがザコちゃんになったとき、生まれたというより最初から自分がザコちゃんだった気がした。ミコやまめの話を聞いていなかったら自分が低級の妖怪だったことすら忘れていたと思う。
「あーあ。今回もまた収穫なしかー」
妖怪が入れない山なのかと思ったら妖怪っぽいのいたし。違うっぽい。低級の妖怪を拒む程度には霊山ってことかな。山自体に神が宿るってやつ。そう考えると山神とか、その化身がいてもおかしくないんだけど。
「おーい! 神さまいたりするー!?」
試しに叫んでみるけど山びこしか帰って来ない。そりゃそうだよね。さっさと帰ろう。町を見下ろしてみると制服姿の子どもがチラホラ見える。そっか、昨日が休日で今日は平日か。
じゃあ今、帰ってもおにーさんいないじゃん。どうしよう。
「学校、ひさびさに行って見ようかな!」
目的地変更。アタシは山を背に学校へと飛ぶ。栖孤みたいに早くは飛べないけど、それでも歩くよりずっと早い。ふと視線を感じて振り返るけど、空き地に人影はなかった。……やっぱりあの開けた空き地、前にはなかったような気がするんだけどな。
ちょっとした薄気味悪さを振り切るように、アタシは学校まで急いだ。
* * * * * *
おにーさんたちの通う学校のことはよく知ってる。低級の妖怪だった頃の住処だったから。前はうじゃうじゃいたのに、もう低級の妖怪一匹すらいない。おにーさんにやられたぶんだけじゃなくミコが片っ端から処理してるんだろうな。
ふわふわと学校の上空から眺める。おにーさんたちはまだかな。
「あ!」
まめの姿を見つけて思わず声を出しそうになり、アタシは自分の口を塞いだ。まめはきっと声を掛けたら返事を返してくれる。だけどアタシは周囲には見えていない。自分のせいで変な目で見られるのは嫌だ。
朝の部活中なのか、同じユニフォームの人と走ってる。小さいけど他の人を追い越すくらい早い。
「邪魔しちゃ悪いよね……そうだ! 見えない人なら邪魔にならないじゃん!」
アタシって天才! 周りに妖怪が見える人ばっかりだったせいで忘れてたけど、ほとんどの人にアタシは見えない。でもせっかくなら身近な人がいいな。
窓から教室を覗くと委員長の姿があった。まだ教室に全然人がいないのに、てきぱきとプリントの山を整理をしている。
「あれー……? 委員長って先生じゃないよね? 働き過ぎじゃない?」
何のプリントだろうと思って覗いてみると、下手くそな絵に文化祭という文字が見える。そっか。文化祭があるんだ。おにーさんもなんか仕事したりは……ないか。部活も入ってないし、ぼっちだし。
飛ぶのも疲れたので体を小さく調整して、委員長の胸元のポッケに入った。思った通り収まりがいい。なんかポカポカするし。体温が高いのかな。
始めのうちは委員長の仕事を見学するのは楽しかったけど、やってることは同じ作業の繰り返しだった。判子押して次、判子押して次……なんかの許可なんだろうけどこの作業、だいぶ無駄じゃないかな。だんだん眠くなってきちゃった。
うとうとしていると、ガラガラと教室の戸が開く。するとぱっと委員長が顔を明るくして振り返った。いきなり動くから揺さぶられてぱっちりと目を開けてしまう。そこにはおにーさんがいた。委員長が手を振るのを見て、振り返している。
委員長はよくおにーさんだってわかったな。
「おはよ、サダヒコ」
「ああ……おはよう委員ちょ、う!?」
あ、バレた。おにーさんが胸元にいるアタシに気付いて目を丸くしている。
うん、そうだよね。普通びっくりするよね。
「……ちょっとサダヒコ。どうして胸ばっかり見てるの? えっち」
「違うよ!? いや、違くはないんだけどさ。そこにいたもんだからびっくりして」
「いたって何!? ないものとして見てたの!? ええ……わたしのそんなに小さいかな……」
「待って待って違う違う! そうじゃなくて!」
なんか勝手におにーさんが修羅場になってる。おにーさんの驚いた顔が面白くて、口を挟み損ねちゃった。かわいそうだしフォローしてあげたいんだけど、アタシが言ったところで委員長には聞こえてないんだよね。
うーんと悩んでいたら、誰かに背中をひょいとつままれた。
「わ!?」
「なーに騒いでんだと思ったらよー……何やってんだよお前ら」
振り返ってみると、化け狐の
「栖孤! いいところにきた。頼むよ、栖孤からも説明してくれ」
「あー? 説明って?」
「栖孤さん。サダヒコがわたしの胸を見て、あったんだ……みたいな反応するの。ひどくないかな?」
「それはこのザコが胸ポッケに……あー」
ザコじゃないんだけど! というアタシの文句を聞き流して栖孤が悪い顔をする。
「駄目だろーサダヒコ。ごめんなさいしろよー」
「即裏切りやがった!? 違うんだって! ザコちゃんが委員長の胸ぽっけにいたからで……」
「そ、そうなの? ほんとに?」
「委員長には見えないもんなー、セクハラしてもザコのせいにできていいよなー」
「サダヒコ?」
「ちょっと黙ってろ栖孤ぉ!」
今回ばかりはアタシが悪い。おにーさんに向かってごめんねと手を合わせる。ミコよりは小さいけど、と口を滑らせたおにーさんがこめかみをぐりぐりと拳で万力みたいに潰されてた。
あはは……南無。いたずらはほどほどにしよう。
こうしてアタシは賑やかな日常に返ってきた。冒険も楽しいけど、ほどほどにしなきゃね。
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