ザコちゃんの大冒険 その4

 瞼を開くとアタシは霧の中にいた。朝の山だからかと思ったけど、違う。寝床にしていた机もガラクタの秘密基地もない。わかるのは土の地面だけ。顔を上げても霧が濃くて何もわからない。


「えー……何これー」


 霧自体はただの霧みたいだった。呪いの類いじゃない。


 誘拐されたのかな。それにしては地面に転がされてるのは変だ。誘拐した途中で落としたとかならあり得るのかもしれない。でも攫っておいて落としましたは間抜け過ぎる。


 そもそもさっきいた山かさえ怪しい。

 地面の土を摘まんでみる。やわらかい。でもコレを見たところで、さっきの山の土と同じとかアタシわかんないし。


「ちょっと歩いてみようかなぁ」


 元いた位置から動くと危ないかもしれないけど、幸い下は柔らかい土だ。足跡が残るからコレを辿って戻ってくればいい。歩くなら小さいままだと歩幅が小さすぎる。体をできるだけ大きくしてみる。小学生くらいの大きさにしかならないけど、手のひらサイズよりはマシかな。


 しばらく歩いてみるけど何もなかった。一つだけわかったのは、ここがあの山じゃないこと。こんなに歩いたのに木が一本もないのはおかしい。地面も土のままだし霧は晴れないし。これじゃ足場がいきなりなくなったりしたら危険だ。

 まぁ、アタシは浮かべばいいだけなんだけど。


 あ。そっか、飛べばいいんだ。

 霧が発生して下に溜まっているなら歩いて抜けるよりも飛んだ方が早い。地面も勾配がなかったわけだし、どうしてもっと早く思いつかなかったんだろう。可能な限り上空まで飛んでみた。


 ……おかしい。とっくにさっきいた山の標高よりも高い位置まで飛んでる。妖怪のアタシにはあんまり関係ないけど、酸素が薄くなることもない。どこまで飛べばいいんだろう。妖力の減りは感じない。まだまだ飛べる。だけど、このまま戻れなくなったら?

 ごくりと唾を呑む。さすがにそれはないと思うけど、まっすぐそのまま降りる。少し着地位置がずれたみたいで、一瞬足跡を見失って焦った。


「よ、よかったぁ……足跡あった」


 ほっと一息つく。こんな空間で足跡を見失ったらさすがに正気を保てる気がしない。だけどこの場所は本当に何なんだろう。


「あ、もしかしてコレが夢ってやつ!?」


 低級の妖怪だった頃は寝るということをしなかった。実体を得てからよく寝るようになったけど、まだ一度も夢を見たことはない。


「そうだよー、夢さ」

「うわ誰!?」


 いきなり声を掛けられて振り返ると、霧の中に人の影があった。姿は見えないけどこの声を知っている。


「あれー……? おにーさん?」

「あー、うん。そうそう。オレだよオレオレ」


 ものすごく胡散臭い回答が返ってきた。これ、アレだよね? テレビでよく聞く詐欺のやつ。本当におにーさんなのかな。でもおにーさんならそういうことしかねないし。

 でも、そっか。おにーさんか。おにーさんだと思うとちょっといたずらしたくてうずうずしちゃう。


「あっは! おにーさん、アタシの夢に出てくるとかキモいんですけどー! きっも! キモすぎ! キモキモおにーさん!」

「い、いいすぎじゃあないかい?」

「きゃー! おにーさんのへんたーい! 誰かー! ここに変質者がいまーす!」


 おにーさんがいつもより引き気味だから、つい言い過ぎちゃった。怒られるかなと思ったのに、いつもみたいに怒らない。よく聞こえないけどなんかぶつぶつ呟いてる。


「おかしいな……この子に近しい人物のはずなんだが、そんな異常者が一番近しい人間というのは危険というか何というか。うちらの間じゃ子どもが好きだなんて珍しくもないが」

「ちょっと! あたしのこと放っといて何をぶつぶつ言ってるのよ!」

「ん……いや、何でもないとも。それより、君はどうやってここへ?」

「どう? どうって、気づいたら、ここにいたのよ!」

「そっちじゃあなくてね……山の開けた場所に入っただろう?」


 ああ、アタシが寝る前のところか。


「入ったわよ、それが?」

「……普通に入れたのかい? 何もなく?」

「そうだけど」


 アタシがそう答えるとおにーさんはまたぶつぶつと呟き始めた。おにーさんってこんなに口に出す人だったっけ?


「おっかしいねえ。そんな簡単に入れるようにはしてないんだけど……前にもこんなことあったわけだしなあ」

「ねぇ、おにーさん。これいつ目覚めるの? もう飽きちゃった」

「ああ、待ってくれたまえよ。もう少ししたら返すから」


 返す? 起きるじゃなくて?

 なーんか怪しいんだよね、このおにーさん……本当におにーさんなのかな。


「飛んでいたところを見るに君……妖怪だよね? どこかの神職の式神だったりするかい? それとも神さまの道具だとか何か持ってたりとか」

「持ってるも何も、栖孤すこが言うにはアタシって一応神さまなんでしょ? 何言ってるのよ」

「おいおい、何を馬鹿なこと――」


 おにーさんはいきなり黙り込んでしまった。一体、どうしたんだろう。


「ねぇ、やっぱりアンタはおにーさんじゃないんじゃ……」

「――気づくとは。なるほど、本当に神なわけか」


 霧が晴れていく。そこに一瞬だけ男の姿が見えた。

 甚平を着込んだ顔に皺のある壮年の男。長い黒髪を一本に縛り、髭を撫でてこちらを見ている。どこも似てないのに、なぜか私は男がおにーさんに似ているように感じた。


「君はここで見たものを忘れる。」

「はぁ? 何言って……」


 ぐらりと視界が揺れる。瞼がだんだん重くなる。アタシはそのまま眠ってしまった。

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