第14話 狐の取り立て

 あくびを一つして俺は自分の部屋で寝転がっていた。

 昨日は人が集まってたから飯の後に何か遊ぶのかと思えばまさかの勉強。確かに最近いろいろあって遅れていたとはいえ、俺は勉強が嫌いだ。委員長に抗議したがミコもまめもサツキも敵だった。まめまで勉強やろうと言い出すとは……。

 サツキは友達と勉強。ミコは買いだし。ザコちゃんはどっかいった。

 暇だ。何かやろうにも安静にしてるように言われている。そのまま寝ようとしたときコンコンと窓が叩かれた。


「よーサダヒコ―」

「……栖孤すこ?」


 窓には栖孤の姿がある。休日なのに制服のままだ。窓を開けてやるが、中に入ってこようとしなかった。


「どうした? 玄関から入れよ、ここ二階だぞ」

「いやー。この前の貸しを返してもらおうと思ってな―」

「貸しって……あー、言ったな。そんなこと」

「そーそー」


 へらへらとしている栖孤に俺は苦笑いで返す。非常事態だったとはいえ栖孤に貸しを作ったのは間違いだったかもしれない。まぁ、本人も笑ってることだし別にそんなに気を張らなくてもいいか。

 俺が警戒を解いた瞬間、栖孤の頭から狐耳がぴょんと出た。人の姿のまましっぽが出現し、俺の胴体にぐるりと巻き付けた。


「す、栖孤?」

「ちょっと面貸せよー」

「おい待――」


 栖孤はにっと笑うとそのまま化け狐の姿へと変化する。俺の静止の声も間に合わず、栖孤とともに俺は風となった。



 * * * * * *



「着いたぞーここだ!」

「ええぇ……」


 ウキウキな栖孤の隣で俺はげんなりしていた。いきなり連れ去られたかと思えば目の前にはピンクでド派手なスイーツ店。テラス席にはカップルの姿だらけだった。とても俺が立ちいっていい雰囲気の店ではない。


「サダヒコ、お前アタシの彼氏な」

「……はぁ!?」

「なんだ? 嫌かー?」

「嫌、ってわけじゃないけど。でもそういうのはちゃんと段階を踏んでさ」

「あー? 何言ってんだよー。ここにカップル限定スイーツがあってよー。どーしてもそれが食いたくて」

「あ、ああ……そういうこと」


 慌てふためく俺を栖孤が「なに期待したんだよー」とからかってくる。

 い、いや。わかってたよ? こんないかにもな店の前だし。


「ほら、いくぞー」

「待て待て待て俺みたいのが入っていい空気じゃないっていうか、それに突然だったから金も家に置き忘れてるし」

「あー? 何でもするんだろー? つべこべ言わず来い。 金はアタシが出すからよー」


 なんだこいつイケメンか?

 くっそ、なんで俺が堕とされる側になってんだ。


 店に入るとあまりの場違い感に鳥肌が立つ。店の全体が甘い空気で満ちている。栖孤がいい景色で食べたいと言い出したせいで外からがっつり見えるガラスの席だ。早くも胃が痛い。

 それにしても妙に机が狭い。一人分の大きさしかないが、オシャレな店ってのはこうなのか。

 栖孤は手早く注文するとふんふんと鼻歌交じりに左右に揺れていた。


「スイーツが好きなのか?」

「んー? おいしいものは何でも好きだぞー」

「へー。狐だからってお稲荷さんが好きってわけでもないんだな」

「ははは。他の連中は比較的好きだと思うぞー。あと次に正体バラすようなこといったら真っ二つなー」


 どこが、とは聞かない。噛まれた腕が疼く。俺は両手を上げて降参していた。

 栖孤ははぁとわざとらしくため息をつく。


「お前さぁ、迂闊だよなー」

「そうか?」

「アタシがお前を食うって言ったらどうするつもりだったんだよー」

「まぁ、何とか説得して、それでも駄目なら仕方ないかなって」


 呆れた顔をした栖孤は俺の額をびしっとデコピンする。本人は軽くやったつもりかもしれないが、俺は視界がちかちかしていた。


「痛ぇ!?」

「お前アレだなー、自分の命を軽くみるタイプ。自己評価が低いというか周りが見えてないというか」

「そんなことないと思うんだけどなぁ」

「じゃあアタシとお前、どっちか死ぬとしたらどっち助ける?」

「栖孤」

「はい駄目ー」


 もう一度デコピンしようと手を構える栖孤に、俺は慌てて額を押さえた。次こそ額が割れてしまう。


「いやいや! 今のは当たり前だろ」

「当たり前じゃねーよ。アタシは妖怪だしお前は神さまだ。価値が違うし、知り合ってそんな時間経ってないだろー」

「関係ないだろそんなの。友達だろ?」

「そ、そうやって話を逸らそうとすんなー! ずるいぞ」


 話を逸らしただろうか?

 栖孤はンンと咳をするとびっと俺に向かって指を指した。


「じゃあアレだ。自分が死んだらそれで終わりって考えてるだろ」

「ん……まぁ、それはあるかな」

「そんなわけないだろー? だから周りを見てないって言ってるんだよ。お前が死んだら悲しむやつがいるだから。特にこの間助けたちっこいのなんて後追いしかねないぞー。命を大事にしろー」


 俺は何も言い返せなかった。その通りだ。まめは唆されていたとはいえ自殺未遂を起こした。命を大事に、か。言われてみれば迂闊なこと結構やってたな。よくわかんない紐引っ張ってみたり……見ず知らずの巫女が出した雑煮食ったり。

 いや、違うんだアレは。腹減ってたし、混乱してたし。


「おい聞いてるのかー?」

「……栖孤は優しいな」

「べ、別に優しくねーよ」


 話し込んでいると店員が「おまたせしましたー」と声を掛けてくる。そうだった栖孤が食べたいのがあるっていうから来たんだったな。机に置かれたメニューに俺は思わず固まった。


「こちらカップル限定のジュースとビーフストロガノフです」


 目の前に並んだ大きめのコップに入った柑橘系の色合いのジュースにはストローが二本、ハートの形を作っていた。ビーフストロガノフも大きな皿の中央に白米が山を作っており、スプーンが二つ。

 おいコレまさかどっちもシェアしろってことか!?


「スイーツじゃねぇ!?」

「先に腹ごしらえだろー? おー! これこれ! ビーフ何たらっていうの! よし、食うぞ!」

「待て待て、ジュースは最悪飲まないで耐えるにしても同じ皿の食うのはさ」

「はー? アタシこんなに飲めねーし食えねーよ。食い物粗末にする気かー? それとも何でもするってのは嘘か―?」

「う、ぐ……」

「あむ。んー! うまいぞこれは!」


 席に座ったときの違和感はこれか。確かにこれなら一人分の机で十分だ。

 栖孤が口を付けた皿から食べるのが妙に気恥ずかしい。周囲の視線もある。緊張で味なんてわからない。


「な! うまいだろー?」

「あ、ああ」


 満面の笑みの栖孤に何も言うことができず、俺は羞恥に悶えながらスプーンを口に運ぶ。一緒にストローに口をつけたときは、さすがに栖孤も恥ずかしそうだった。

 ……ちなみに後から来たスイーツは全部栖狐が食った。やっぱスイーツ好きなんじゃねぇか。




「いやー満足満足!」

「ああ、おいしかったよ、ありがとうな。今度は俺が奢るから」

「そーか? 実はもう一軒カップル限定の――」

「それ以外でな!?」

「ちぇー」


 栖孤に羞恥心というのはないのだろうか。こういうもの目当てに悪い人に騙されないか心配だ。


「というか栖孤は美人なんだから俺じゃなくても彼氏役いるだろ」

「やー、美人だから駄目なんだよ。一回飯行っただけで勘違いするし体目当てなやつばっか」

「俺みたいなのには一生わからない感覚だ……」


 店にいるときもカップルの男が栖孤に視線を送っていたときがあった。その度に彼女さんに足を踏まれていたが。あの席のシステムやっぱおかしいよな。


「あー……そ、そんなこともないんじゃないかー。その。楽しかったぞ、今日は」

「はっはっは! ないない! 楽しんでくれたならよかったよ」

「……こういう自己評価の低さは逆にプラスなんだけどなー」

「え?」

「なんでもねーよー」


 足を早めた栖孤を追って駆け足する。ふと通りがかった本屋の中、棚に本を戻している店員と目が合った。


 大きな眼鏡にベリーショートのオレンジ髪。捲った袖から細い腕が覗いている。制服なのだろうがエプロンがよく似合う。少しだけ猫背気味で内向的な印象だ。この雰囲気を俺はよく知っていた。

 店員は俺と同様に目を大きく見開いている。


「……りっちゃん?」


 かつて引っ越して行ったはずのもう一人の幼馴染の姿がそこにあった。









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