束の間の平穏編

第13話 メスガキ妖怪 ザコちゃん

「まだ起きないのー? 神さまのくせしてよっわ。よわよわおにーさん。ザコ。ざーこざ――ぺぶ!」


 ……目を覚ましたら汚いティンカーベルみたいなのがいたから潰してしまった。

 なんだ今の。昨日の疲れで幻覚が見えたのだろうか。それにしてはずいぶんと自我があったような気もする。あれ? 幻覚だよな?

 どうしようト〇ロのメイちゃんみたいにバチンとやっちゃったんだけど。


「むー! むー!」

「うわぁ生きてる……」


 両手を開くとぜーぜーと息を切らして彼女は出てきた。手のひらサイズの人間で容姿はずいぶんと幼い。なのに着ているのはうちの制服だ。青色の髪をツインテールにまとめ、挑発気な釣り目をしている。どういうわけがふわふわと宙を浮いていた。


「いきなり何すんのよ!?」

「悪かったけどきみ誰? ふざけんなよ……うちの家不法侵入されるの二回目だぞ」

「うぇええ!? そ、そんなことあたしに言われても」


 よく見ると彼女の背に黒い靄が見えた。なるほど、これがさっき汚いように感じた原因か。いや、これどこかで見覚えあるような……。


「お前! 昨日の低級妖怪か!? よくものうのうと」

「待って待ってもう悪さしないからぁ!? ごめんなさいぃ!?」


 再び両手を構えた俺に妖怪はぶんぶんと首を振った。ああそうですかと許してやるほど俺は優しくない。じりじりと距離を詰めていると部屋のドアをノックしてミコが入ってきた。今日は珍しく巫女装束だ。


「おはようございますサダヒコさま。怪我の具合はどうですか?」

「おおミコ。ちょうどいいとこに」

「うわぁんミコー!」


 ミコに飛びついていった妖怪に俺はぎょっとする。なんだ自殺志願者か?

 俺は一瞬で滅される妖怪の姿を予見したが、ミコは妖怪を両手で優しく迎え入れるとその頬をぷにぷにとつついた。


「もー。駄目ですよザコちゃん。サダヒコさまにいたずらしたんですねー?」

「うう、ごめんなさいぃ……本能なのぉ……」

「仕方ない子ですねー全く」


 これはどういうことだ。俺が茫然としているとドアからさらに二人入ってきた。まめと委員長だ。まめは元気いっぱいに手を振って、委員長は動きがぎこちない。


「あ! サダヒコ起きてる!」

「お、お邪魔します」


 まめは黄色のTシャツにショートデニム、見慣れた格好だ。委員長は白いシャツの上にベージュのワンピースの、たしかジャンパースカートとかいう名前だったかな。制服しか見たことなかったから新鮮だ。

 なんで二人とも私服なんだろうか。


「……あ。今日休日か! 委員長もまめも朝早くから悪いな。ありがとう」

「もうお昼よ。お寝坊さん」


 呆れたように委員長が首を振った。目覚まし時計を手に取ると時刻は12時を過ぎている。


「だからザコちゃんに様子見に行ってもらってたの! 体調どう?」

「あ、ああ。大丈夫だ、ほら。まめは?」

「平気! えへへ」


 俺はぐるぐると腕を回す。栖孤すこに噛まれた場所がまだ痛むが我慢だ我慢。

 まめが真っすぐな目で俺を見つめてくる。昨日のキスを思い出して俺は視線を逸らした。俺の顔は赤くなっていないだろうか。とにかく元気そうでよかった。


「これで一安心……じゃねぇ!? なんでみんなその妖怪受け入れてんの!?」

「そうでした! 説明を忘れてました」


 ミコがぱんと手を叩く。ザコちゃんがそれを見てビクッとしている。

 な、なんだよ……こっち睨むなよ……。


「サダヒコさまがご自身に取り憑かせた下級妖怪たちの残りカスをまるっと取り込んで、この度晴れて妖怪となりました! ザコちゃんです。私が名付けました」

「う、ぐ。ザ、ザコです」


 ふふんと胸を張るミコに対して、ザコちゃんは目に涙を浮かべている。歯ぎしりの音が聞こえてきそうだ。


「すげぇ嫌そうだけど……もうちょっとマシな名前なかったの?」

「サダヒコさまのせいですよ? ザコちゃんは一時的とはいえ神さまの一部だったんです。言わばサダヒコさまの分身ですね」

「これがぁ?」

「ちょっと! これって何よ!?」


 ザコちゃんが俺に向かって憤慨する。

 だって俺のことザコザコ言ってくるし……。でも分身と言われると不思議と可愛く見えてくる。そんな呼び方するのは可哀そうじゃないか?


「だからサダヒコさまのお名前から二文字と濁点を頂いてザコちゃんです!」

「俺の名前からザコを連想するんじゃねぇ!?」

「仕方ないじゃないですかー。名前で縛って抑える必要があるんです。貧乏神の力を持った妖怪なんて厄介なんてものじゃないですし。ザコと定義しているおかげで無害なんですよ?」


 俺は顔をしかめる。ザコちゃんが俺に向かってべーっと舌を出していた。まめが「め!」とそのわき腹を指でつつく。


「……あれ? もしかしてザコちゃんって誰にでも見えるのか?」

「わたしは見えてないよ」

「え? 委員長に見えないのに、なんでまめに見えてるんだ?」


 委員長が「ここにいるの?」とまめの指さしている辺りを手で探るがてんで的外れだ。本当に見えていないらしい。


「まめさんにも取り憑いていた影響だと思います。まめさんは自分の一部と認識しているから見えているといったところでしょうか」

「えへへー。あたしとサダヒコの子供みたいだね」

「ぶふっ!?」


 まめが変なこと言い出すから思わず吹き出してしまった。ミコが一瞬般若みたいな顔をしてたぞ。委員長はまめが天然で言っているのかどうなのか、わからなくなってあわあわしている。


「ザコちゃんはねー、他の子が悪いことするのを止めようとしてくれてたの」

「え? そうなのか?」

「べ、別に! もっと苦しめようと思っただけだから! 勘違いしないでよね!」

「照れることないのに! ありがとね。いい子いい子」


 ザコちゃんはツンデレなのか……? まめに頭を撫でられてザコちゃんはまんざらでもない顔をしていた。あんなに子どもっぽいまめなのに母性を感じる。俺がじっと見ていたからか、まめが慈愛に満ちた表情で俺の頭も撫でた。


 あ、すごくいい。心が安らぐ。何だこの気持ちは。


「……サダヒコ?」


 委員長に声を掛けられてはっとする。抵抗もせず撫でられ続けるなんて俺らしくもない。

 ばっと離れるとまめが残念そうに唇を尖らせる。これが噂に聞くバブみとかいうやつか。危険だ。戻れなくなる。俺が新しい性癖の扉を開きそうになっているとコホンとミコがわざとらしく咳をした。


「お話はこの辺りにして、ご飯にしましょう」


 ご飯と言われた途端に腹が減ってきた。そうだ。昼間まで寝ていたんだった。布団から出てみんなで食卓へ向かうと時同じくして妹のサツキが隣の部屋から出てくる。勉強していたようでげんなりしている。


「起きたの兄ちゃ――カオリお姉さま!?」


 委員長を見た瞬間にサツキが目の色を変える。ばっと部屋に戻っていくと秒で着替えて戻ってきた。どこにいくんだといいたくなるほどの勝負服だ。


「どうしてここにお姉さまが!?」

「言ってなかったのか、委員長? 何時から来てたの?」

「10時くらいだよ。うるさくしたら悪いと思って」


 委員長が耳打ちしてくる。興奮しているサツキに、違いないと俺は苦笑した。ミコが作って待ってますよーと先にリビングへと向かった。ミコはミコで慣れ過ぎていないか?


「私服素敵です!!」

「ふふ、ありがとう。サツキちゃんも、その。決まってるね?」

「ありがとうございます! ほら、兄ちゃんも褒めて褒めて!」

「え……? ああ。似合ってるぞサツキ」

「私じゃなくて! お姉さまの私服を! どうせ何も言ってないんでしょ!」

「へ!?」


 サツキが委員長の肩を摑んで俺の前にずいと押し出した。「ちょっとサツキちゃん!?」と抵抗しているが今だけは何を言っても聞かないだろう。

 何やってんだサツキは……まぁ、確かに何も言ってなかったな。


「似合ってるよ委員長。いつも制服だったから新鮮だった」

「あ……ありがと。も、もう! サツキちゃんいつまで掴んでるの!」

「兄ちゃん、もう一声!」

「サツキちゃん!?」

「カワイイ服だよなコレ。着ている人が可愛くないと成立しないっていうか。委員長は可愛いというより綺麗系なのに着こなしてるあたりさすが――」

「も、もういい! もういいから!」

「可愛いよカオリちゃん!」

「まめちゃんまで!?」

「いつまでも廊下にいないでご飯たべますよー」


 いつも通りのわちゃわちゃ、昨日死にかけたのが嘘みたいだ。ザコちゃんが俺の頭の上で「あたしのこと忘れてなーい!?」と叫んでいた。

















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る