第12話 掴んだ手は離さないで
サダヒコが目の前で轢かれて、あたしは目の前が真っ白になった。わたしがぼんやりしてたせいだ。ぶつかった瞬間は目をつむっちゃってた。目を開けたらベットの上にいて、夢でよかったと言いたかった。だけど目を開けたら地面に血が飛び散ってた。
(お前のせいだ。お主のせいじゃ。あなたが悪いのよ。いけないんだー)
頭の中でいくつもの声が聞こえる。みんなあたしを責めてる。
そう。あたしのせい。あたしがぼーっとしてたから。
(君がいなければよかったんだ。あんたがいなければ死ななかったのに)
そうだ。サダヒコはあたしがいなかったら轢かれなかった。なのにあたしのせいで轢かれたんだ。
(人殺しめ。死んで詫びろ。彼一人だけをあの世にいかせるの? しんじゃえー)
そう、だよね。あたしは生きてたらいけないよね。悪いことしたらちゃんと償わないと。それにサダヒコがひとりぼっちになっちゃう。
(おいで。あそこがいい。誰にも邪魔されない場所よ)
うん。あそこなら誰もこないよね。目立っちゃったら迷惑だもん。ありがと、みんな。
(いいさ。いいのよ。や、やりすぎじゃない? お前はあの小僧に復讐したくないのか? そうだよ、あいつのせいで校舎から追い出されたのに。許さない。俺たちもあいつから奪ってやる)
みんな、どうしたの?
(何でもないさ。気にしないで。ほら、すぐそこだ)
うん。そうだね、あと少し。待っててね、サダヒコ。
* * * * * *
「まめ! どこにいる! まめちゃん!!」
「叫ぶなよー。周りから見えてないんだぞー」
「そんなこと知ったこちゃないんだよ!」
巨大な化け狐の姿となった
俺はスマホに話しかける。
「ミコ! 委員長! そっちどうだ!?」
「校舎の中を探してるけど見つからない! 校舎に残ってる人たちも見てないって」
「低級たちが分散して気配を散らしてます、探知できません!」
俺は必至に目を凝らす。屋上に人影はない。まだそんなに時間は立っていないはず。もう校舎の中にはいないのか……?
「栖孤! 捜索範囲を広げよう!」
「低級たちが分散してるんだろー? なら校内だ」
「取り憑かれてるっていっても主導権はまめにあるってミコが言ってた。ひと思いに死ねる手段を取るって。飛び降りか、首吊りか、さっきみたいに車道にでる可能性もあるか? ……絶対阻止するぞ!」
「頭が固いよなー最近のやつはよー」
「ああ!?」
俺は声を荒げると、栖孤がやれやれと首を振った。
「入水ならひと思いじゃなくても死ぬだろー」
「……プールか!!」
はっとする。自殺と言えば飛び降りや飛び出しばかりだと思っていた。確かにそうだ。一度落ちてしまえばすぐには上がれない。しかも低級の霊は一時的になら引き込んでくる。複数なら手分けすれば窒息の時間くらい余裕だ。
栖孤がプールの上空へと移ると校舎の影に隠れて誰かがいる。その影はプールの中へと倒れ込んだ。
「まめ!!」
「ちょ、馬鹿!?」
俺は栖孤の背を飛び降りた。一刻を争う。下は水面だ、これが一番早い。
水面に体を叩きつけて俺は着水した。想像以上の衝撃が体を走る。痛い。だが着水が下手でよかった。水底スレスレだ。うちの学校のプールが深めで助かった。
水中にまめの姿が見える。その体を黒い靄がまとわりついていた。
「ぶはぁ! くっそ……まめ!」
まめの元まで泳いで向かい、潜ってその体を掴んだ。口からぼこぼこと空気を吐いてしまっている。早く水面に上げないといけない。
「んぶぅ!?」
水面に浮上しようとした俺の体を黒い靄が手となってしがみついてきた。
くそ、またか。しかもかなりの数がいる。学校に分散していてこれなのか。どうする、時間はない。栖孤を待つか……いや、栖孤もこの数相手じゃ道連れだ。
ごぼっと空気が漏れ水面へと散らばっていく。ミコの言葉が頭に過る。
――基本的に神さまの力って湧き出るものじゃなくて散らせたり集めたりするものなんですよ。
俺は口から空気を吐く。まめについていた靄が自分の中へと入り込んでくるのが見える。俺を掴んでいた靄たちも同じく体の中へと吸い込まれた。
(馬鹿な奴! わざわざ我らを迎え入れるなど。あんた馬鹿なの!? おお、力が漲る。体を奪ってやるぞ)
頭の中でいくつも声が響く。心の隙を見せれば入ってくる……ミコの言ったとおりだ。そうだ、これでいい。
(なんだと小僧? おいおい。負け惜しみでしょ?)
なんだ聞こえているのか? ならよく聞け。お前らは一匹たりとも逃がさない。
俺は息を全部吐き出した。
(な、なにを!?)
俺が寝るときにはなぜかミコが近くにいる。それは多分、寝ている俺が神さまの力をコントロールできないからだ。つまり俺が意識を失えば力は霧散する。
俺の中にいるなら、お前ら俺の力の一部だよな?
(ま、待て――!)
意識が遠のく中、無数の絶叫が頭の中で響いていた。
* * * * * *
「せーの……!」
「んぼっは!?」
腹部に強烈な痛みが走り、俺は目を開いた。口から大量の水を吐き出す。
「げはっ! はー、はー……おい、何すんだ!?」
「命の恩人、二回目だぞー」
「ああ? ……あ、そうか。溺れたんだったか」
化け狐の姿のまま栖孤がやれやれとため息をつく。ぺちぺちと動かしているあのしっぽで叩いだのだろう。とんでもない衝撃だった。
そうだまめは!? ばっと起き上がると、まめは隣でけほけほと咳をしていた。
「まめ!」
「え……サダヒコ? ここ、天国?」
「生きてるよ、心配させやがって……!」
抱きしめた体が冷たい。だが心臓が確かに動いていた。
ふわりと俺たち二人の上にタオルがかけられる。栖孤が水泳部の備品から持ってきてくれたようだった。まめは泣き始めてしまってどうして上からタオルが降ってきたのかという疑問さえ浮かんでいない。
「えぐ……ごめん、サダヒコ。迷惑かけて、大人になれなくて……」
「謝るのは俺の方だ、まめちゃん」
まめがはっと顔を上げた。ぼろぼろと流した涙で目が潤んでいる。
「さっきまで忘れてたよ。りっちゃんが引っ越して塞ぎ込んでたまめにさ、俺言ったよな。ずっと一緒だ、ずっと仲良く遊ぼうって。ちょうどこうやって上から布団被ってさ」
走馬灯の中で思い出した記憶。
二人で頭から布団を被ったのが懐かしかった理由。
一緒に遊んでたりっちゃんがいなくなって、まめは閉じこもってた。離れ離れなの、忘れられちゃうの、と。まめは布団にくるまってうずくまった。だから俺は布団に潜り込んでそう言ったのだ。
「べたべたされるのが恥ずかしいと思ってたけど、俺がそうしようって言ったんだよな。そんなことも忘れて、まめと距離取ってた……ごめん」
「ひっく……そんなことない。約束、守ってくれたよ」
「そうかな?」
「そうだよ!」
つい苦笑してしまう。俺は明らかに約束破ってただろうに。
「じゃあサダヒコ。昔みたいに遊んで?」
「そりゃ遊ぶよ。でもさ、手加減してくれよ……あんまりボディタッチされると、その。ドキドキする」
「え!?」
「え」
腕の中でまめの顔が沸騰していた。顔から湯気が出そうだ。
「まめちゃん! サダヒコ!」
「二人とも無事ですか!?」
校舎の中を探索していた二人の声が聞こえてくる。スマホを繋いだままにしてたから今の声が聞こえてたら恥ずかしいんだけど。確かポッケに……あれ、画面真っ黒だ。
「スマホが死んでる!? ああ、やっちまったプールに浸けちゃったよ!?」
「サダヒコ!」
「ちょっとまめ後にしてく――!?」
「ちゅ」
まめの唇が俺の唇を塞いでいた。唇を離すとはらりと頭から被っていたタオルが落ちる。今度は俺の顔が茹で蛸になっていた。
「まめ。な、なにを」
「ほんとに意識してくれてるね」
恥ずかし気にまめがはにかむ。目を合わせられないのか目線を合わせようとしない。月明かりに照らされた横顔がやけに艶っぽかった。
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