第15話 束の間の平穏
また一週間が始まった。月曜日は憂鬱だ。登校中、思わずため息が出る。ため息の理由は陰鬱な気分からだけではない。
昨日見かけたあの子は確かにりっちゃんだった。結局話しかける前に栖狐が帰るぞと言い出したので、声をかけそびれてしまった。
りっちゃん、戻ってきていたならどうして教えてくれたかったんだろうか。栖狐に先代の貧乏神の話も聞きそびれたし……。
「まだ腕痛みますか?」
「ん? ああいや、こっちはもうなんともないよ」
「あの化け狐……サダヒコさまに怪我を負わせるだけじゃなく昨日は無理矢理連れ歩くなんて」
「言っただろ。これは栖狐が助けようとしてできた怪我だって。昨日は飯に行っただけ」
「デートじゃないですか」
「デート……だった、な。確かに」
言われてみればデートだった。
あれ? もしかして俺の初デート栖狐? 主導権握られっぱなしだったんだけど……。
「もう! 昨日は探したんですよ。ご飯作ったのにいないんですから。お詫びに今度私とデートしてくださいよ!」
「それは悪かったって……でもわざわざデートしなくても一緒に帰ったりしてんじゃん」
「それとこれとは別です!」
別なのか。いや、俺だってデートに換算しなかったけどさ。やってること同じじゃないか。
うーん、わからん。
「おにーさん女心わからなすぎー。もしかして童貞なのー?」
「その容姿で童貞とかいうんじゃありません……いや、なんでいるのザコちゃん」
俺の胸ポッケから幼女妖怪ザコちゃんが顔を出した。不思議と重さは感じない。なのにそこにいるのがわかるあたり妖怪だと感じる。
「アタシがどこにいてもアタシの勝手じゃない。あっは! それともどこにいるか知りたいってこと? ストーカーなのー? おにーさんきっも」
「おーおーじゃあ探す必要なくしてやるよ。永遠にな」
「ひゃあ! ごめんなさいぃ!」
「謝るなら最初から言うな」
俺が両手を構えるとすぐさまザコちゃんがミコの背後に隠れた。その癖あっかんべーと目の下を引っ張り舌を出している。
こいつ……!
「まぁまぁ。ザコちゃんは元は悪い妖怪なので。人に悪事をしたくなっちゃうんですよ」
「いや、でも今のところザコちゃん俺しか煽ってこないよな? 自分で言うのもなんだけど神さまだぞ」
「ザコちゃん、神さまが混ざった影響で人間に手を出せないんですよ。でもサダヒコさまの分身なので、サダヒコさまにだけはちょっかいをかけられるんです」
「おいそれ俺だけ罵倒されるってことじゃねぇか!?」
俺のおかげで存在してるみたいなやつなのに、ほんとコイツ……。
「てか、あれ? ザコちゃん前もう少しでかくなかったか?」
「ふふーん! 自在なの! おにーさんにはできないでしょ、ほら! びっくりしたー? こんなこともできないよわよわおにーさん」
「ザコちゃん、今すぐ戻れ。事案だ」
目の前で等身大の幼女サイズになったザコちゃん、もはや犯罪臭しかしない。制服が着せられているようにしかみえなかった。ここにランドセルでも背負わせたら完全にアウトだ。
……しまった。ザコちゃんも小さいから、まめのランドセル姿を連想してしまった。あー、うん。似合うな。今度してもらおうか。
「……サダヒコさま、今邪なこと考えませんでした?」
「あ、はは。なんのことだ」
「ザコちゃんでそういうこと考えるのはちょっと」
「まめは合法だし」
「まめさん?」
白い目でミコが俺を見る。やめてくれ、そんな目で俺を見ないでくれ。
俺だってまめをそういう目で見ないようにしているんだ。だけどキスされてからというもの、ふと脳裏にチラつく。
駄目だ。こういうのは相手にも失礼だ。
「……ロリコン」
「ぐはぁ!?」
ミコの一言が突き刺さる。ザコちゃんに煽られるより効いたぞ今の。
「ほら! もう学校なんですからシャキっとしてください」
ばんとミコが背を叩く。もう校門の目の前だった。この間目の前で怪我人が出たばかり。俺が止められたはずの事故が起きた場所。背中を押されたはずなのに俺の足は踏み出せない。
ミコは手を取り、校舎の中へと引っ張った。動かせなかった足があっさりと校内へと踏み出せている。
「大丈夫ですよ。サダヒコさま、私がいますから」
微笑むミコに俺も笑っていた。大丈夫。その一言がこんなに頼もしいとは。
なぜか背筋に冷たい汗が流れる。はっと辺りを見渡すと、周囲から嫉妬と羨望の眼差しが向けられていた。握った手をミコは離そうとしない。にんまりと笑うミコにこういうところは直してくれないかと俺は苦笑いした。
* * * * * *
全ての授業が終わり俺は大きく伸びをした。心地よい疲労感に包まれている。
そのまましばらく上を向いていると委員長が上から覗き込んできた。ふわりと優しい香りがする。シャンプーの匂いだろうか。
「ふふ。サダヒコ、今日は真面目に授業受けてたね」
「委員長。この間勉強教えてくれたおかげだよ、ありがとう」
「あんなに嫌そうにしたくせに」
「ああ、しばらくはいいかな」
「毎日やるのよ。せっかくいい調子なんだから」
委員長にこつんと優しく頭を叩かれる。脳細胞が死滅するからやめてくれ、なんて言わない。むしろもっとやってくれないかな。
そう思ったら本当にもう一度小突かれた。
「おーい。どうしたの?」
「い、いや。なんでもない」
ぶんぶんと頭を振る。どうしたんだ俺は、最近おかしい。
原因はわかっている。ミコが家にいるからだ。一緒に女の子と暮らすというのが思春期真っ盛りの俺には毒なのだ。ここ数日、平穏を手に入れたせいで体が欲求に素直になっている。
「おにーさんはねー委員長さんに小突かれて気持ちよくなってるだけのヘンタイさんなだけだよー。気持ち悪いよねー。きっも。きもきもおにーさん」
胸ポッケにいたザコちゃんが告げ口するが気にしない。心臓に近い位置にいたから分かったのか、あてずっぽうか。どちらにしても問題にはならない。なぜなら委員長にはザコちゃんは見えていないからだ。
いつまでも不意打ちで噴き出す俺じゃないんだよ。
「へーそうなのかサダヒコ」
「ぶほっ!?」
隣から聞こえた声に思わず吹き出す。そうだよ隣の席栖孤じゃねぇか!
「サダヒコ―。なんだよその胸のやつー」
「栖孤、頼むから今のは言うなよ!? 絶対委員長には言うなよ!」
「へ? 胸のやつって……ああ! ザコちゃんそこにいるのね」
相変わらず委員長は察しがいい。栖孤は「ザコちゃん?」と首を傾げていた。すんすんと匂いを嗅ぐと更に傾げる。いつもの口調も忘れ栖孤は真顔になっていた。
「それこないだの妖怪……妖怪か? え? どうなってんだそれ」
「いや、その。取り込んだ奴の残りカスが集まってできた俺の分身、的な」
「見えるの!? アタシね、ザコっていうの。よろしくね!」
「……サダヒコ。お前、神さま増やせるの?」
「へ?」
栖孤が信じられないものを見たような顔をしている。なんで妖怪が俺のこと化け物を見る目をしてるんだよ。
「あの巫女がいて何も釘刺してないのか……? いやサダヒコを人間と見てるせいだなー。お前、とんでもないことしてるぞ」
「な、なんだよ。もしかしてザコちゃんってヤバい?」
「ヤバいのはお前だお前!!」
栖孤はぐりぐりぐりと額に指を押し付ける。おいおいなんだなんだって、痛い痛い痛い!?
「なんだよ!?」
「普通は神さまってのは増やせないんだよ! 国造りの神の系譜でもないやつが簡単に神を増やすな馬鹿!」
「そんなこと言われても、なんかできちゃったんだよ!」
「お前絶対コレ言いふらすなよ!? ただでさえ減る一方の神がお前に寄ってたかるぞ! いいな! わかったか!?」
「え、ええ……!? わ、わかった! わかったから!」
栖孤は恐ろしい剣幕で言った。何をそんな大げさな。
その言葉が大げさでも何でもなかったことを知ることになることなど、この時の俺は微塵も想定していなかった。
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