幼馴染は子どもでいたい編

第9話 子どものままでいられたら

「ええ……」


 委員長のお叱りを受け、へろへろで教室に戻ってくると隣の席に栖孤すこが平然と座っていた。次の授業に使う道具をまとめている。化け狐の姿で襲ってきたからには今日はもう帰ったと思っていただけに落胆してしまう。


「なんだよサダヒコ―。失礼だろ人の顔見てええ……とかよー」

「いや、だってさ」

「別に何もしねーよー。それとも誰かに言いふらすつもりかー?」

「そんなつもりはないけど」

「じゃあいーだろー。ほら、次の教室さっきの理科室だぞー」

「あ、ああ……」


 次の授業中、栖孤は何事もなかったかのように隣で授業を受けている。不運なことに向かいの席になってしまった。何もしないと言われても、俺は気が気でない。これまで喋ってこなかった相手なのに無言が怖かった。

 それに気がかりなこともある。


「サダヒコ―、委員長に話したのか?」


 不意の質問にガタと椅子を揺らしてしまった。露骨な反応をしてしまった自分に舌打ちする。

 くそ、委員長に事情を説明したのが裏目に出たか。いや、委員長を攻められない。襲われたなんて聞いたらそりゃ気になっちゃうよな。


 すっと目が細くなる栖孤に俺はぎゅっとこぶしを握る。どうするべきだ。嘘をつくこともできるが、相手が察しているのなら逆効果だろう。

 そもそも俺は嘘をつかないと決めている。


「……口止めされる前だった」

「嘘つけよー。かわいそーだけど約束通り――」

「俺は嘘はつかないよ。栖孤のその、なんだ。ソレ。俺には見えてるんだよ」

「はあああああ!?」


 俺が頭の上の耳を指さすと栖孤は素っ頓狂な声を上げた。自分の頭の上にあるケモノ耳を抑えて狼狽している。手で抑えていても大きな耳ははみ出して、ピコピコと動く。

 あまりにもオーバーなリアクションに俺は呆気にとられる。

 先生の「授業中だぞー」と注意する声も聞こえていない。栖孤は立ち上がり俺に詰め寄ると声を荒げた。


「いつ!? それいつから!?」

「えっと……今朝から?」

「言えよお前ぇー!」


 無茶言うなよ。そのとき栖孤の正体知らかったのに。

 耳を抑えたままわなわなと震えると栖孤はばっと先生に向かって言った。


「アタシ早退で! その……アレだ! たいちょーふりょーで!」


 自称体調不良がだだだと元気よく理科室を飛び出して行く。先生が「ちょっと待って」と制止するがすでに姿はない。ふと俺と目が合った。

 そういえば今日は担任の授業だったか。


「えっと、じゃあ……雨字あめじは実験は先生とな?」


 やめてくれ先生。体育の二人組で余ったみたいだろ。なぜか惨めな気分になりながら、俺は残りの授業を過ごした。



 * * * * * *



 学校が終わって俺とミコは帰路についていた。伸びをして軽く腰を回すとバキゴキとなってはならない音が鳴った。やっちまったと腰を抑えて固まっていると、その周りでミコがおろおろしていた。


「大丈夫ですか? サダヒコさま」

「今のはヒヤッとしたな……痛めては、ないみたいだ。いやぁ焦った」

「お疲れですね。ごめんなさい私の力不足で」

「そんなことないよ。俺の知らないところとかも色々考えてくれてるみたいだし。その、なんだ。感謝してる」

「そ、そんなそんな! ほら。私、巫女ですから!」


 俺がお礼を言うなんて意外だったのか、ミコは頬を紅潮させて頬を抑えるとぶんぶんと片手を振っている。まだ出会ってから二日しか経っていないのに、ずっと前からミコが生活の中にいた気分だ。

 だが俺はミコとどこか一線を引いていた。ミコは俺に隠していることがある。


 先代の貧乏神は殺されたのか?


 ただその一言だけがミコに聞くことができない。それを聞いてしまったら今の信頼関係が完全に崩れてしまう気がした。


「そういえば委員長さんから栖孤さんが教室飛び出していったって聞きましたけど何したんですか」

「あー。いや、特に何も」


 栖孤がケモノ耳を見られるのを気にしていると伝えるか一瞬迷い、やめる。本人が気にしていることだ。いたずらに広めるものじゃない。

 ……そうだよな。気にしていることなら聞かないほうがいいよな。


「そうですか? まぁ、何にしても今日はお疲れさまでした。今日は腕によりをかけちゃいますよ!」

「やった! もらってばかりだし、返せるもの何かあるか?」

「もう。それ何回言うんですか。約束守ってくれているならそれでいいんです。それとも約束破って嘘ついたんですか?」

「そりゃ守ってるけど」

「ならいいんです」


 うーん、線引きがわからない。あとミコのおじいちゃんとまったくエンカウントしないのはなんでだ。いろいろ届けたりしてくれてるらしいのに。


 そうこうしているうちに家に着いた。すでに妹のサツキが帰っていたようで玄関には靴がある。ミコに料理の手伝いをしようかと言ったら断られたので、俺は自分の部屋で寝転がっていた。暇だ。やることがない。でも何か忘れているような……。

 そのとき、ピンポーンとチャイムが鳴った。


 俺はばっと起き上がって玄関へと向かう。「はーいどちらさまで」と言いながら玄関を開けた。


「サダヒコ! お泊りに来たよ!」


 着替えやらタオルやらを抱えて、まめがにぱっと笑う。俺は立ち眩みがしていた。

 そうかお泊りか。確かに言ってたな今朝、一方的に!


「い、いや。まめ……準備してきたとこ悪いんだけどさ。二人女子がいるからって男がいる家に上がるのはちょっと」

「……」

「まめ?」


 俺が声をかけてもまめはつーんと押し黙った様子で何も答えない。一体なんだってんだと頭をかくが、そういうことかとため息をつく。


「……まめちゃん」

「んふふ。なぁに? サダヒコ?」


 まめは腕を絡めて上目遣いで俺を見つめてくる。いや、本人には腕を絡めているなんて気はない。ただ腕を掴んいるだけ。だが背が小さなままといったって高校生にもなれば体つきは変わってくる。

 頭を擦り付け、腕をぎゅっと抱きしめられるなど男子高生には猛毒だ。


「ちょ、馬鹿! 離れろ」

「やー! えへへ」


 えへへじゃねぇ!?


 俺はばっと周囲を見渡す。ほぼ日が暮れているとはいえまだ少し先からでも姿が見えるくらいのくらさだ。もしここに誰かが通りかかれば俺が幼女を家に連れ込もうとしているように見えるわけだ。

 絶対にこんな場面人に見られるわけにいかない。駄目だと言ってもまめは駄々をこねるに決まってるし……。


「……ああもう! わかったよ、ほら! 早く入れ」

「わー! ひさびさのサダヒコん家! お邪魔します!」


 やっちゃったよ……はぁ。あげちまったものは仕方ない、切り替えていこう。うーん、どうしようか。ベットはサツキと一緒に寝てもらうとして、風呂と飯は足りるか? ミコがいつも多めに作ってるとはいえ……。


「て、おいどこいった!?」


 戸を閉めて振り返るとまめがいない。リビングにいったならミコと話し声がするはずだし、サツキのとこだってそうだろう。

 まさかと思い二階の自分の部屋に向かうとベットの上に布団でできた繭があった。捲り上げるとまめがくるまっている。制服が皺だらけになっているが、気づいていないのだろうか。


「何やってんだコラ」

「ここね、すごくサダヒコの匂いがする。落ち着くの」

「そりゃベットだしな……うぉ!?」


 まめに引っ張られて布団の中に引き込まれる。運動部なだけあってすごい腕力だった。抵抗しようとしたが見えない状態で暴れたら怪我をさせるかもしれない。俺はせいぜいもがくことしかできなかった。


「まめ! 一体何を」

「ずっとね。サダヒコとね、またこうしたかったの」


 布団の中でまめは俺をぎゅっと抱きつく。俺は触れないようにと腕を広げるが、まめはその空間を埋めるようにさらに密着させてきた。柔らかいと邪念を抱きそうになる頭をぶんぶんと振る。とくとくとまめの心臓の鼓動が伝わってきた。

 まめは俺の胸に耳を当てているが心音がうるさくないのだろうか。


「もう大きくなったから駄目、駄目、駄目って……さびしいよ」


 いつも元気の有り余った声を出しているまめが静かだった。

 なんだ? こんな状況なのにどこか懐かしい。まめとはよく遊んだけど、布団に二人でくるまったりなんてしたか?


「サダヒコ……あたし、大きくならなきゃ駄目?」

「ま、めちゃん……」

「あたし大人になんてなりたくないよ」


 息苦しさと朝露にも似た汗の匂い。暗闇の中で俺は子どものままの幼馴染を見ていた。







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