隣の化け狐編

第7話 隣のあの娘は化け狐

 ミコと別れて自分のクラスに入るとクラスの空気が一瞬ざわつく。何だいじめかと疑ったが、昨日自分の口から出た発言を思い出す。何とも言えない空気に教室から出たくなるが間もなくホームルームだ。俺はそそくさと自分の席へと向かった。

 違うんだアレは。委員長への告白じゃないんだ。


 そう弁解できればいいが、俺にそんな社会性はない。


「うー……」


 席につくと隣で机に突っ伏している女子が唸った。具合が悪いのか、毛先がブロンドの長い金髪が地面についてしまいそうになっている。いくら社交性のない俺でも声をかけずにはいられなかった。


「だ、大丈夫?」

「だいじょぶに見えるのかよー……」

「見えないから声かけたんだけどさ」

「だったら聞くなよー……優しくしろーお菓子のひとつでもくれよー……」

「飴でいいならあるけど」


 彼女は顔も上げずに手を出してくる。飴を渡すとべりべりと剥いて口に放り込んだ。その間も顔は上げず、傾けただけ。俺の方を見ようともしない。 残った包みを俺に差し出してきたので受け取ってポッケにしまった。

 ゴミくらい自分で……いや。具合悪そうだしな。まぁ、別にいいんけどさ。なんか妹の相手をしてる気分だ。


「ありがとよー」

「お礼は言ってくれるんだ……保健委員呼んでこようか?」

「いーよそんなの。連日ベット借りるのは迷惑だし、今日は昨日よかマシ」


 連日……? ああ、そうか。昨日保健室の隣にいたのこの人だったのか。

 通りでなんか聞いたことあるうめき声だと思った。いや、聞いたことがあるうめき声って意味深すぎるけどさ……。


「心配してくれてあんがと。えっと……名前何?」

雨字貞彦あめじさだひこだよ」

「あーそんな名前だったよーな」


 思い出すような素振りをしているが、本当に覚えていたのか怪しい。


「えっと、そっちは?」

「はー? なーんで覚えてないんだよー。隣の席だろー?」

「いや俺の名前覚えてなかったじゃん……」

「神無月だよー。神無月栖孤かんなづき すこ。栖孤でいいぞー」


 そう言って栖孤は体を起こした。金色の瞳を眠そうにこすっている。初めて話して気づいたが、かなり整った顔立ちだった。通りでクラスの男子がときおり恨めしい視線を向けてくるわけだ……今まで気づかなかった自分にどれだけ周りを見ていないんだと言いたい。

 だがそんなことよりも気になることがあった。


 耳だ。頭の上に獣のような耳が付いていた。猫とも犬とも違う。これは狐の耳か?


「どこ見てるんだよー寝ぐせでもついてたかー」

「え? いや……その」


 栖孤が手で髪を撫でつけるとケモノ耳も押さえつけられ、手が離れると元の位置に戻る。その後ぴょこぴょこと動いていた。

 こんなおもちゃがあるはずはない。本物だ。生えているのだ。周囲を見渡すが誰も栖孤の耳のことを気にも留めていない。なんだ。一体どうなっているんだ。


「ホームルーム始めるわよー席に着きなさい」


 担任が教室に入ってきた。後ろにはプリントを持った委員長の姿がある。


「ほら。ホームルーム始まるぞー。いつまでもこっち見てるなよー」

「え、いやいや。だってそれさ」

「いーよ別に寝ぐせくらい。じろじろ見んなよー」

「え、ええ……?」


 ホームルームが始まったが担任さえも栖孤のケモノ耳に何も言わない。まさか俺にだけ見えているってことなんだろうか。いや、そんな馬鹿な。


 俺の視線に、栖孤がしっしと手を払っていた。



 * * * * * *



「クラスの女の子にケモノ耳が見える、ですか」


 昼休みになって俺はミコの教室の前に訪れていた。校内で話しかけることは躊躇していたのだが、あまりに気になってしまって授業が頭に入らないので仕方がない。


「なるほどね。それで栖孤さんのことちらちら見てたの」

「……なんで委員長さんまでいるんです?」

「サダヒコがそわそわしたからついてきたの。朝忙しくて話せなかったし」


 なんだろう。両手に花なのに居心地が悪い。俺を挟んでいがみ合いは止めてくれ。周囲の視線も日陰者の俺には辛い。さっさと要件を済ませることにしよう。


「で、どうなんだ? これも貧乏神の力なのか?」

「ええ。栖孤さんでしたか? 恐らく化け狐です。ただあまり油断しないでくださいね。巫女の私が気づけないほどですから、危険かもしれません」

「ええ……餌付けしちゃったんだけど」

「ちょっとサダヒコ。もっと違う言い方あるでしょ……それに名前呼びだし……」

「いや、それは本人がそう呼べって言うからさ」


 委員長がこつんと頭を叩いてくる。確かに良くない言い方だったな、反省。

 でもなぁ、うーん。危険と言われてもあまりそんな印象は感じなかった。ちょっと喧嘩腰なところはあるけど、お礼も言えるし。


「栖孤なんだけど昨日から体調が優れないらしいんだけど、ミコなんとかできないか? 巫女のパワーとかで」

「話聞いてましたか? あとたぶんそれ原因サダヒコさまですよ?」

「え」

「昨日はときおり神さまの力が駄々洩れでしたので……低級の妖怪なら近くにいるだけでお陀仏でした」

「俺昨日そんなだったの!?」


 マジか。自覚ないとはいえ栖孤に悪いことしちゃったな。


「だったら家から出さないでくれよ」

「一か所に留まったほうが被害でちゃいますよ。学校なら私がかけつけられますので。人も多いから力も散らばりやすいですし」


 俺は苦い顔をした。

 それ要するに被害薄めてるだけで被害出してるってことじゃないか。クソ、やっぱり貧乏神ってろくなもんじゃないぞ……。


「へー……神さまって大変そうね」

「なんだよ委員長。他人事だと思って」

「じゃあ他人事じゃなくしてくれる?」

「は、はぁ!?」

「な、なんてね! 冗談、冗談!」


 顔を赤くして委員長がぶんぶんと手を振る。俺の心臓はバクバクだ。どうしたんだ委員長。今までそんな冗談言ったことなかったくせに。

 甘ったるい空気にミコが水を差す。


「コホン。とにかく! サダヒコさまは栖孤さんには近づかないでください」

「近づくなって隣の席なんだから無茶言うなよ」

「いきなり距離を取られたら怪しまれるので普段通り接してください。ただ間違っても二人きりとかにはならないでくださいね。一対一なら気づかれますから」

「わかった。相談乗ってくれてありがとな」


 まぁ、二人きりとかそうそうならないだろ。

 それじゃと手を振って委員長と自分の教室へと戻る。その最中、委員長が少し歩き遅れていたので歩く足を緩めた。


「あ……ありがと」

「何が?」

「ううん、何でもない」


 鼻歌交じりな委員長に俺は首を傾げる。

 何か変なことをしただろうか。機嫌よさそうにしてるし、まあいいか。


「昨日は大丈夫だったの? 襲われなかった?」

「なんとかなったよ。サツキに来てもらって良かった……ていうか襲われなかったてミコが熊かなんかみたいだな」

「熊というよりミコさんこそ狐みたいだよ」

「え?」

「なんでもないよ」


 教室に着いたらクラスの女子がプリントを持って委員長のところへと駆け寄った。確かクラスの書記だったか。


「どうしたの? まいちゃん?」

「カオリちゃん。今朝のプリントこの部分間違ってて……」

「えー……先生チェックしたって言ってたから印刷したのに。ごめんね、わたしも確認するべきだった。先生に持っていくね。サダヒコまたあとで」

「ああ。お疲れ」


 急ぎ足で委員長が去っていく。まいちゃんと呼ばれた会計がちらとこちらを見た。


「……雨字あめじくん、カオリちゃんと付き合ったの?」

「つ、付き合ってないから!」

「強く否定するとこ、あやしいなー」


 そんな問答を繰り返しているとクラスに担任がやってきた。どうやら委員長とすれ違いになったらしい。よろよろと歩いている。手には大きな籠を二つ持っていた。


「先生プリント間違えてましたよ! カオリちゃん先生探して行っちゃいました!」

「ええ、そうなの? ごめんね。じゃあ二人これ次の科学の教室に持ってって」

「ごめんなさい先生。私ちょっと用事が」

「そうなの、まいちゃん? じゃあ……栖孤さーん? お願いしていいかしら?」

「えー……しゃーないなー。さっさとやるぞサダヒコー」

「そう、だな。は、あはは」


 栖孤が隣までやってくる。いきなり訪れたピンチに、俺は乾いた笑いしか出てこなかった。






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