第2話 幼馴染は相も変わらず
駆け足で俺は学校へと急いでいた。後ろには制服姿に着替えたミコがついてきているが、息を切らせたり遅れたりする様子はない。後ろに垂らした一房の髪が風に揺れていた。
しかし、何着ても似合うなぁ。こうしてみるとかなりかわいいんだけど……不法侵入してきたんだよなこの子……。
「サダヒコさま。そういえば親御さんは家に住んでないんですか?」
「親父も母さんも仕事で転勤してるよ……それよりミコ。俺の家に住むって、さすがに冗談だよな?」
「本気です。神さまに仕える巫女なので!」
「それで全部通ると思うなよ!?」
えへへとミコが笑う。笑顔を向けられるとそれ以上強く言えないから困る。
「ああもう、この話は後だ。学校じゃ間違っても神さまとか呼ぶなよ」
「わかりました! サダヒコさま」
「何もわかってねぇ!?」
「えーやっぱり駄目ですかー」
「他の男子呼ぶときと同じ感じにしてくれ……俺と恋仲とか思われても嫌だろ」
「一緒に登下校もおしゃべりも意識することじゃないですよー股に脳みそぶら下げてるんですか?」
今なんて!?
思わず足を止めて振り返るがミコはきょとんとしている。
き、聞き間違えだよな。ものすごい暴言食らった気がするんだけど。
「どうかしましたか? 三歩歩いたら忘れる鳥頭ですか?」
「待って待っていったん戻して」
「はい。サダヒコさま」
「……普段そんな感じなの!?」
入学からもう二月経った。こんな強烈な子がいてなんで話題になってないんだ。
「どっちがいいですか?」
「え?」
「どっちが、いいですか?」
それ聞いてくるのか。俺の頭はこれまでになく回転していた。
どっちだ。どっちが最善なんだ。暴言を浴び続けるべきか、平穏を保つか。当然取るべきは平穏だよな。
いや待て。どっちみち学校でミコが話しかけてくるよな。さっきので確信した。学校では話しかけるなと言ったところで言うことなんて聞かないんだ。その時点で平穏なんてあったものじゃない。その上で暴言を浴びる羽目になんてなったら……。
「い、今まで通りで」
「はーい」
なんだろうこの敗北感は。
さっきよりも急ぎ気味で駆け足を始める。決して逃げたわけじゃない。違うぞ。本当に違うぞ。
「おはよっサダコ!」
「うお!」
「神さま!?」
突然何者かに肩をどつかれた。つい変な声がでてしまう。というか俺よりもミコのほうが驚いていた。神さまって言うなよ、全く……。どついてきた相手は振り向かなくてもわかる。よく知った声だ。
「……おはよう
「いいじゃん。サダコとサダヒコ。一文字抜いただけじゃん」
「良くないだろ」
「なら昔みたいにまめちゃんって呼んでよ」
「やだ」
「じゃあサダコー。サダコって呼ぶー」
ブロンドの短髪が暑い日差しにきらめいている。背が低いから常に上目遣いだ。まるい目は八重歯も相まって猫みたいで、子どもっぽさがいつまでも抜けない。
「さ、サダヒコさま。その人は?」
「……幼馴染だよ。腐れ縁のな」
「猫坂まめだよ! よろしくね!」
まめは人当たりがいい。それに親しみやすいからよく男子が勘違いする。俺はそのとばっちりを受けてきた。
いや、ひどかったよ……本当にひどかった……。
「……はじめまして。私、サダヒコさまの巫女になった
「みい子ちゃん! いい名前だね。でも巫女? さっきも神さまって」
ミコのやつ早速言いふらしやがった!?
「あー気にしなくていい! そういう設定……そう! 設定だから」
「ふーん。設定ってことは漫画研究会にでも入ったの? 漫画好きだもんね。それとも演劇部? 教えてくれたらいいのに!」
「あ、いや。違」
「じゃあ、先に学校行ってるね! 今度部活見に行くから! みい子ちゃんもまた学校でね!」
言うだけ言って、まめは行ってしまった。
本当に自由気ままな奴だ。運動部なだけあって速い。みるみるうちに見えなくなった。
「あの子がサダヒコさまの好きな子ですか?」
「はぁ……? あーそうだなー。好きだよーめちゃ好きーちょー大好き」
「雑にあしらってます?」
「そうだよ」
「もう!」
眉を逆さに八の字にしてミコが頬を膨らませる。美人というのはズルい。顔を崩しても美人のままだ。かわいい。まめで鍛えてなければ危うく恋に落ちるところだ。
「まめはただの幼馴染だよ。それ以上でもそれ以下でもない」
「私よく思うんです。それ以上でもそれ以下でもないって間違えた表現ですよね。一以上なら一を含んだ上の数ですし、以下でも一を含みますし。どうして使いたがるんでしょう。かっこいいからですか。かっこつけですかサダヒコさま」
「……なんかちょっと怒ってない?」
「怒ってないです!」
ミコが駆け出した。まめと同じくらい早い。あっという間において行かれた。俺としては別に何も困らない。むしろ都合がいい。遅刻するかもしれないが、一緒に登校しているところを見られるよりも断然遅刻のほうがいいしな。
見えなくなった坂の先、ミコは立ち止まっていた。
「ほら、行きますよ!」
待ってるならなんでさっき置いていったんだよ……。
女の子というのは謎だ。さっぱりわからない。俺は苦笑するしかなかった。
* * * * * *
何とか遅刻は回避し、俺とミコは校舎に入った。ギリギリの生徒が何人かいたおかげで悪目立ちはしていない。下駄箱に靴をしまう。ほっと一息つく俺の隣ではミコが舌打ちしている。
なんでだ……?
「ミコ。クラス違うんだからあんまり話しかけるなよ。神さま呼びも禁止」
「はーい。サダヒコさまはいつでも話しかけてきていいですからね! 寂しくなったらいつでも来ていいんですよ」
「話すやつくらいいるよ」
「声震えてますよ?」
「震えてないわ!」
ばっと口を塞ぐ。クラスの男子が靴を持ったまま俺を見ていた。ミコはにんまりと笑っている。
「他の人の目なんて気にしなくていいじゃないですか。今一人見られちゃったことですし。これはもうオープンにやっていくしかないでしょう!」
「嫌だよ。俺は日陰者生活を満喫するんだから」
靴を室内履きに履き直して教室へ向かう。ミコが後ろをついてくるのはもう諦めている。どうにか離れられないかと先を歩いていると、足が滑った。雑巾か何かが落ちていたらしい。
まずい。後頭部から落ちる。だが俺は転び慣れているのだ。
即座に体を回転させた。こうすることで顔が下になる。人は顔から倒れそうになると自然に手が出るものなのだ。俺は衝撃に備える。
だがそうはならなかった。顔が柔らかい何かにぶつかったからだ。いや、包み込まれたというべきか。触れたことのない未知の感触に脳が惚ける。ふわりといい香りがした。
なんだ後ろに高級なクッションでもあったのか。
「もう、サダヒコさまったら。おっちょこちょいなんですから」
「な……!?」
見上げたらそこにミコの顔があった。近い。なんでこんなに近いんだ。理由はすぐにわかった。俺はミコの胸元に顔を埋めていたのだ。ミコは突き放そうともせず、頭を撫でている。
馬鹿な……早歩きで歩いていた。ミコとは距離があったはずだ。なのになぜ真後ろに。いや、待て。考えるのはそこじゃない!
「ご、ごめ……」
考え込んだのが仇になった。ばっと飛び退くがもう遅い。
周囲から刺さるような視線の雨あられ。その雨に打たれたかのように俺は冷汗が止まらなかった。
俺からすれば転びそうになったら体を回転させるのは普通のことだ。でも普通はそうじゃない。俺は転ぶ直前にわざわざ顔を向けた人。女の子の胸に飛び込んだ男になっていた。
しかもトドメにミコの一言。
「サダヒコさまったら。だ、い、た、ん」
周囲の目が痛いどころじゃなかった。レーザーが出て俺の体を貫いている。
「ち、ち……違うんだぁあああああ!!」
俺は今、最大の不幸に見舞われていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます