第29話 ストレス発散
「あああああああ……疲れた」
写真部の部室に入るなりNPC子ちゃんは机にうなだれた。よほど疲れているのか顔を突っ伏したままなかなか起き上がらない。
「おんぷちゃんが変なこと言うから」
「神田さんの誤解は解けてないの?」
「全然。私に彼氏ができたってすっごい喜んでる。昨日は勘違いしてるのがムカついてたんだけど、自分のことみたいに喜んでくれるおんぷちゃんを見てたらだんだん否定できなくなった」
「…………そういう感じなんだ」
姉御肌の神田さんがNPC子ちゃんを守る関係に見えて、実はNPC子ちゃんが母親的な心で神田さんを包んでいる。
「背景くんがもっとハッキリ否定してよ。私の方はもう無理そう」
「俺もだよ。童貞を卒業したことにされて兄さん呼ばわりされてる」
「兄さんって。ちょっとおもしろい」
「笑いごとじゃないよ。未経験だから何も語れないし、それが大人の余裕とか変に持ち上げられてるし」
なんていうか明石くん達に都合の良い童貞を卒業した兄貴キャラを作られ始めている。押すだけじゃなくて待ちの姿勢も大事とか、性欲を表に出さないのが成功の秘訣とか、勝手に盛り上がるのは結構だけど俺まで女子から冷ややかな視線を送られるのが辛い。
童貞なのにヤリチン扱いされる苦しみを味わう日が来るなんて思いもしなかった。想像以上にキツい。周りが勝手に作り出したイメージなのに、真実が明らかになったら俺が悪いみたいな雰囲気になりそうなのが余計にタチが悪い。
「昨日まではみんなおんぷちゃんに夢中だったのに、今日は休み時間の度に私の周りに集まって全然落ち着かなかった」
「どっちにしても今日は露出しない約束でしょ? まあ、明日からは露出を止めさえる力が何もないんだけど」
「ねえ、背景くん」
「ダメ」
「まだ何も言ってない」
やっぱり露出させてと言い出すに違いない。NPC子ちゃんは口が上手いから言葉数が多くなる前に拒否しておくのが一番だ。
「本当に童貞卒業させてあげようかって言おうと思ったのに」
「…………え?」
部室の時間が止まった。この空間だけが学校から切り離されたみたいに二人だけの空間になった。そう感じるくらい、外からの音が一切聞こえなくなる。人間というのは大きな衝撃を受けると五感の一部に障害が生じるらしい。
「私も初体験は痛かった? とか生はどんな感じ? とか質問攻めで反応に困っちゃった。したことないんだから答えられるわけないよ」
「女子もそんな感じなんだ」
「おんぷちゃんが下世話なことを聞くなよって助けてくれたけど、あとでこっそりうちにだけ教えてとか言うし、もう誰も味方は居ない」
机に顔を突っ伏したままNPC子ちゃんは不満げに語った。表情は見えなくても不機嫌なのが言葉尻から伝わってくる。こういう時は正論じゃなくて共感する方が良いとネットで読んだことがある。
神田さんなりにフォローしているつもりなのは今の話から伝わってきたけど、NPC子ちゃんに味方が居ないという点に共感してみよう。
「四面楚歌って感じだね。俺だって元から味方が居ないようなものだし、ほとぼりが冷めるまで待つしかないよ」
「……おんぷちゃんはきっとわかってくれるもん」
「え?」
「今は私に彼氏ができたと信じてて舞い上がってるだけ。私と背景くんの関係をちゃんと説明すれば付き合ってないってわかってくれる!」
「う、うん。そう……だね?」
味方は居ないんじゃなかったのか? そうツッコミを入れたいけどガバリと顔を上げたNPC子ちゃんの目は充血していて恐い。何がなんだか訳がわからないけどとりあえず肯定しておいた。
「ちなみに童貞を卒業させてあげるっていうのは冗談だから」
「わかってるよ。俺達は付き合ってないんだし」
「露出したい」
「だからダメだって」
この流れで肯定すると思ったら大間違いだ。恥ずかしいのも我慢して名前を呼んだんだから約束は約束として守ってもらわないと。
「でも背景くんだってストレス溜まってるでしょ? 新しいオカズ欲しくない?」
「女子がオカズとか言わないで」
自分でオカズ扱いしておいて、当人の口からオカズという言葉が出ると生々しすぎて耐えられない。ましてや周りからは彼女扱いされてるからどうしても意識してしまう。
「明日も明後日も同じように質問攻めだよ? NPCが決められた行動を取れないのはバグだと思わない? 私、NPCだから新しい質問には答えられないの」
「NPCっていうのは俺が勝手に言ってるだけだから。
「それを言ったら背景くんだって人間だよ。人間だからストレスを発散しないといけないと思うんだ」
「露出以外で考えよう。ほら、例えばゲームするとか。敵を吹っ飛ばしたらスッキリするかも」
「本気で言ってる? 本当にこのモヤモヤをゲームで発散できると思う? 休み時間になる度にエッチな話をされて溜まったストレスは、エッチなことでしか発散できないと思わない?」
「お……おも……わ……なくない」
「背景くんってやっぱり素直だね」
イライラをムラムラに変換するライフハックを見たことがある。イライラすることで視野が狭まったり、八つ当たりするのを防げるそうだ。今の俺達はその逆、ムラムラしたことでイライラしてしまっている。
これは非常にマズい。イライラしているせいで判断力が低下している。NPC子ちゃんの言葉に乗せられて露出を容認してしまいそうだ。
「ねえ、どこか誰も居ないような場所知らない? 無茶な露出じゃなくて、絶対に安全な露出をするから。ね?」
「誰も来ない場所ってそんなの…………あっ」
一か所だけ思い当たる場所がある。かなり歩くだけあって人通りはほとんどない。以前撮影しに行った時は誰ともすれ違わなくて自分だけの穴場を発見できたと喜んだものだ。
「どこか知ってるの!? どこ!? 今すぐ行こう!」
「いや、結構大変だよ? ちょっとした登山」
「山の中!? 最高だよ。自然の中で生まれたままの姿になる。山を見上げる人々はまさか全裸の女の子がいるなんて思いもしない。俗世から離れた背徳行為なんて想像しただけで」
頬が桃色にそまり目はとろんとしている。想像だけで満足してくれればいいんだけどきっとそうはならない。
自分の世界に入っているNPC子ちゃんの隙を突いて俺は彼女の胸元に注目する。今日はブラをしているみたいだ。ぽっちが浮き上がっていない。
女子に囲まれる日にノーブラだったらさすがに誰か一人くらい気付くかもしれないから露出しない約束をしていたのは妙手だと我ながら思う。
「そんなに人が来ないなら、また全裸になっちゃおうかな」
「……っ!」
「特別に撮影してもいいよ。ただし、絶対に誰とも共有しないでね。背景くんが自分だけで楽しむこと」
「マジで?」
「うん。だってそれくらいしないと収まらないもん」
「…………疲れたら途中で引き返してもいいからね」
「えー? 本当は露出してほしいんだよね?」
俺は頷いた。クラスメイトの裸をこの手で撮影できる。こんな経験そうできるものじゃないし、手に入るのは最高のオカズだ。
肉付きは神田さんより貧相で、もっとエロい体の女性は世の中にいっぱいいる。だけどそういう話じゃない。生々しさが段違いだ。
クラスの誰も知らない神秘を俺だけが知っている。この優越感がオカズの価値を高める。
「人が来ないのをいいことに襲うかもよ?」
「背景くんにそんな度胸はないでしょ? 自分の部屋に連れ込んでるのに何もしなかったんだから」
「連れ込んだっていうより
「そうだったかなあ?」
首をかしげるNPC子ちゃんがはにかむと、さっきまで二人のストレスで張り詰めていた部室の空気が柔らかくなった気がした。
「もし誰かに見られたら、露出狂の噂とヤった噂が混ざって大変なことになっちゃうね」
「そうならないために共犯者がいるんだ」
NPC子ちゃんを襲う度胸がないのは指摘の通り。だけどそれ以前に、俺は共犯者としてNPC子ちゃんを守らなければならない。オカズを提供してくれる対価みたいなものだ。
人が来ることはほとんどないからこそ、物好きが足を踏み入れてるかもしれない。NPC子ちゃんが思いっきり露出できるように、そして俺は最高のオカズを手に入れるために、険しい道をあえて進むことに決めた。
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