第27話 陽キャさん
誰に声を掛けるでもなく俺は自分の席へと向かう。教室の背景の一部になるために。それが俺の日常のはずだった。昨日までは。
「背景くん
「しかも家に行ってるって。背景かと思ったらオオカミとかウケる」
教室に入ってそうそうろくに話したこともないクラスメイトから友達のようなテンションで声を掛けられた。同じテンションの人とならすぐに仲良くなれるんだろうけど、残念ながら俺は生まれ持った性格的に無理だ。
だからと言って無視すれば背景からランクダウンして攻撃の対象になりかねない。
NPC子ちゃんみたいに笑顔を取り繕うことはできなくても最大限の愛想を顔面と声に宿して俺は言った。
「付き合ってないよ。たまたまうちで勉強したあとに送っただけ」
「家に連れ込んだん!? ガチオオカミじゃん!」
「いつも大人しいのにやる時はやるやんね。もしかしてアッチの方は」
「ちょっ! 朝からエロトークやめろし」
「いいじゃん。背景くんのエッチ事情気になるー」
正直に話したことが噂話に油を注ぐ結果になってしまった。女子達はますます盛り上がり、俺とNPC子ちゃんが付き合っている噂は現実味を帯び出している。
「あ!
NPC子ちゃんが教室に入るなりターゲットは彼女に代わる。
「こらこら。そっとしおいてあげなさい」
「
「あんま絡んだことないけど二人は幼馴染なんでしょ? 音風は彼氏のこと知ってたん?」
「いんや。うちも昨日知った。家の前に居てビビったわ」
神田さん達に囲まれたNPC子ちゃんはいつもの貼り付けた笑顔を維持していた。心の中では何を考えているか読めないその笑顔は俺からするとものすごく恐いんだけど、女子軍団はそれを意に介さない。
「どっちから告白したん?」
「意外と背景くんから?」
「っていうか家に行くとかすごくね?
「はいはい。景子のことが気になるのはわかるけど、二人の仲を邪魔したら悪いでしょ。これからは教室でもイチャイチャできるように暖かく見守るように」
「だからどういうポジションなんだよ」
聖母のような笑みとポーズで女子軍団を鎮める神田さん。その厳かな雰囲気をぶち壊すように騒がしいが、ひとまず質問攻めタイムは終了したみたいでNPC子ちゃんは自分の席に着いた。
興味がNPC子ちゃんに移ったことで解放された俺も自分の席に着くと、なんとなく視線を感じる。
教室全体を見渡すように顔を上げるとスッと目を逸らされてしまった。
「ふぅ……」
深呼吸をして心を落ち着ける。NPC子ちゃんの露出や俺の撮影がバレたわけじゃない。教室の背景に溶け込むくらい地味な俺に彼女ができたことで注目の的になっているだけだ。
決して悪い意味の注目ではない。いろいろ聞きたいけど今まで絡んだことがないからどう切り出していいかわからないだけ。きっとそうに違いない。
自分の中で立てた仮説が正解であると信じ込むために何度も言い聞かせる。
ブブッ!
スマホが震えた。ロックを解除すると案の定NPC子ちゃんからだった。
NPCらしく普段と変わらない様子なのに、俺にメッセージを送るという自らの意思を持った行動を取っている。
そして俺も背景に溶け込めていない。明らかに注目されてしまっている。
「なあ背景くん」
キーンコーンカーンコーン
NPC子ちゃんの隣の席に座る明石くんに話し掛けられると同時にチャイムが鳴った。先生がおはようと挨拶しながら教室に入ってきて、若干浮足立っていた教室の空気も徐々に落ち着きを取り戻していく。
「次の休み時間。話聞かせてよ」
今までろくに話したこともないのにそれが当然であるかのように約束を取り付ける。陽キャのコミュニケーション能力の高さには頭が下がるのと同時に辟易してしまう。
「はぁ……」
「実はやり手だったんだね。ふふ」
「いや、そんなことは」
隣の席になのに話したことがない柿本さんがフレンドリーに微笑んだ。彼女がいるというだけでこうも反応が変わるものだろうか。実際には付き合っていないので人間的には何も変わっていないはずなのに、人が抱くイメージというのは恐ろしい。
だけどこれで確信できた。露出のことは全くバレていない。
俺とNPC子ちゃんが付き合っているという間違った噂が広まるのは問題だけど、毎日きちんと否定すればいつか信じてもらえるはず。あるいはあまりにも教室での絡みがなくて勝手に別れたという別の噂が広まるかもしれない。
なんにせよ、露出狂の正体がNPC子ちゃんであるとバレなければ大丈夫だ。昨日思い切って名前を呼んだおかで少なくとも今日は露出をしない。
ひとまず二人で話す時間を作って今後の対応を考えよう。
朝の連絡事項をする先生の話を聞き流しながらスマホのロックを解除する。部室ならクラスメイトに邪魔をされずにゆっくり話せるはずだ。待ち合わせしなくても自然と集合しそうなものだけど、それはそれで心が通じ合っているみたいで気恥ずかしい。
あくまでも俺が呼び出し、NPC子ちゃんがそれに応じただけでお互いの考えを読んだ結果ではないという事実を作ることが大事だ。
「どうしよ」
窓の外に視線を向けて誰にも聞こえないようにつぶやいた。
反射して映る自分の顔は疲れているように見えて顔色は良い。心のどこかでこの状況を楽しんでいることを嫌が応にもわからされてしまう。
このままクラスの雰囲気に流されて本当にNPC子ちゃんと恋人関係になったら……。
恋のキューピットは神田さんということになる。もしそうなった時は、彼女の幼馴染に感謝しなければならない。
淡い期待は絶対に裏切られるとわかっていても、俺は夢を見ずにはいられなかった。
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