第25話 景子
「いってきます」
「おじゃましました」
NPC子ちゃんは深々と頭を下げる。ブラウスのボタンはしっかりと止められているしリボンもきちんとしている。例えノーブラでも乳首を晒す心配は皆無だ。
「こちらこそおもてなしできなくてごめんなさいね。くうちゃんに変なことされなかった?」
「してないから!」
「成績が良いのでとても参考になりました。ありがとう。くうちゃん」
「ぐっ……」
付き合いたての彼女が彼氏を呼ぶような甘い声に反論できなくなってしまった。オカズと決めているのに恋人ムーブをされると心が揺らいでしまう。
「ちゃんと送っていくのよ。最近は不審者が出るって学校からも連絡があったから」
「え……」
「この辺りじゃないみたいなんだけど、学校周りで露出狂が出るって」
「あ……ああ、そのことか。うん。ホームルームでも言われたよ」
「まさかくうちゃん心当たりがあるんじゃ」
「ないない。他の不審者が居るのかと思って驚いただけ。そんなにいっぱい不審者が居なくて良かったよ」
保護者への連絡は学校からのメールが基本だ。小学校の時みたいなプリントだと渡し忘れがあったり、速報性がなくなるからと先生は昔言っていた。
だから都合の悪いお知らせも全て子供をスルーして親の耳に入ってしまう。今までは全然気にしていなかったけど、今回の一件に関してはさすがに心臓に悪い。
「くうちゃんに守ってもらうので安心してください。でも心配だから、家まで送ってほしいかも」
「そうしてあげなさい。ちなみに最寄り駅はどこなの?」
「一つ隣です。駅からも歩いてすぐなんですよ」
「それなら直の事家まで送ってあげなさい。夕飯は待ってるから」
「ああ、うん。じゃあ行こうか」
NPC子ちゃんと二人で話す時間が増えるのは好都合だ。親の耳にまで露出狂の件が入っているのなら絶対に外での露出は止めないといけない。
そもそも露出自体がダメというのは置いておいて、毎日うちに呼ぶのも母さんに怪しまれるし、部室ではスリルが足りないという。
「背景くんのお母さん、私が露出狂だなんてこれっぽっちも思ってなさそうだね」
「そりゃそうだよ。
「あーあ。まさかもう親にも連絡が入ってるなんてね」
「
「ありがとう。でも、それだと刺激が足りないかも」
やっぱりそういう話になってしまった。俺の部屋で服を脱いでも母さんに見つかるかどうかだけで、それこそおやつを持って来てくれたあとなら二度目の訪問の可能性は低い。
俺が階段から聞こえる足音に注意していれば誤魔化すのだって容易い。たしかにスリルという点で言えば部室よりも安全な場所だ。
「う~ん。どうしようかな~」
言いながらスカートをふぁさっとめくり上げた。横に並ぶ俺は大事な部分を見ることは叶わなかったものの、太ももは丸見えだ。健康的な肉付きと風と共に舞い上がるシャンプーの香りで頭が沸騰しそうだ。
「ちょっ! なにして」
「だって誰も歩いてないんだもん」
まったく露出を止める気配がない。それどころか隙あらば露出する始末。まさか俺が抱きしめるように両手を押さえてスカートをめくれないようにするわけにもいかないし、そこまできたらもう恋人だ。
「頼むから電車では止めて」
「我慢したらご褒美くれる?」
「なんでご褒美なんだよ。あげられるものが何もない」
「背景くんが一緒に露出してくれる件」
「やだ! 俺はもう露出なんてしない。得るものよりも失うものが多すぎる」
「へー。得るものがあるんだ。ふーん」
「あ、いや……これは言葉の綾で」
「なんて冗談。ノートを見せてもらったお礼に家までは我慢してあげる」
「家までか……明日からの保証はないんだ」
「だって露出したいもん。それに私はNPCだから決められた行動はちゃんと実行しないと」
「
「じゃあ、
「名前を呼んでも明日までしか効力ないんだ……」
たったそれだけのことで明日までの平穏が保証される。だけど、そのたったそれだけを口にするのが難しい。
女子とまともに会話したことがなくて、
NPC子ちゃんは軽々と俺をくうちゃんと呼べたけど、オカズと恋人の狭間で揺れる俺にとっては名前呼びは特別なものだ。
どんなにオカズだと思い込んでも、恋人になれるわずかな可能性を夢見てしまう。
くうちゃん、
そんな風に呼び合う自分達を想像して口角が緩む。どんなにオカズ扱いしようとしても、心のどこかで恋人として過ごす妄想をしてしまう。
だって恋人になれば、いずれはあの裸を堂々と、そしてお互いに触れ合うんだから。
「け……
「うん。合格」
「明日は露出しないんだよね?」
「約束は守るよ。明日までは、ね」
それから俺達に会話はなく、あまり早く帰ると母さんに問い詰められてしまうのでNPC子ちゃんを家まで送るべく一緒に電車に乗った。
一駅なので数分で到着する。いつもなら早く過ぎ去ってほしい乗車時間が、初めてずっと続けばいいのにと思えた。
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