第24話 お勉強
「ふぅ……」
バタンと勢いよくドアを閉めると、ついため息が漏れた。
「なんだよ
「さすがに友達設定は無理があるかなって。よかったじゃない。お母さん喜んでたよ?」
「普通の彼女ならね。母さんに履いてないのがバレるんじゃないかってヒヤヒヤしたよ。心臓に悪い」
「安心して。背景くんの部屋以外では露出しないから」
たしかに自らスカートをめくることはなかった。この前みたいにノーブラで乳首を立てているということもないだろうし、一応約束は守っている。
「よく考えたらノーパンって普段から露出してるようなものでしょ」
「おんぷちゃんみたいな短いスカートじゃないから平気だよ。風が吹くと危ないけど」
「スカートを押さえればいいだけの話だろ。女子ってああいう時は押さえるもんじゃないのか」
「普通は押さえるかもね。たしかにちょっと忘れてた感覚かも。覚えておくよ」
そう言ってNPC子ちゃんは遠慮なくクッションに腰を下ろした。テーブルの下で脚を伸ばしてまるで自分の部屋みたいにくつろいでいる。
「さ、勉強しよ。特に数学がヤバくて」
「ああ、うん。すごいね。もしかして男子の部屋に慣れてる?」
「全然。初めてだよ。でも背景くんの部屋だし、いいかなって」
「勝手に褒め言葉として受け取っておくよ」
「それがいい。ポジティブ大事」
心の中では絶対に小バカにされていると理解していても、無理矢理にでも褒め言葉に変換しておかないと精神がもちそうにない。
スラリと伸びる脚を辿っていけば腰に辿り着く。その腰回りを覆うスカートの向こう側は何も身に付けていない。
その事情を俺に知られた上で無防備に座っているんだから、俺を男として全く意識していないかOKサインかのどちらかだ。NPC子ちゃんの口ぶりと落ち着きから考えると絶対に前者だから俺からは何も仕掛けない。
下手に動いたタイミングで母さんがお菓子を持って来たら最悪だし、大声を出されても人生が終了してしまう。
結局、うまいこと部屋に招いても親が居る環境では何もできないし、相手からの好感度が高くなければ犯罪者扱いされる。
少しだけ浮足立っていたけど、冷静になると何も関係は進展しないただの勉強会だと理解できた。
「数学か。でもどうやって教えればいいんだろ。誰かに教えたことなんてないから」
「ノート見せてもらっていいかな? どんな風にまとめてるか気になる」
「いいけど、板書を写してるだけだよ?」
「それでも。わあ! すごい。私のより情報が多いかも」
「なんでだよ。
クラスが違うならともかく、同じ教室で同じ先生の授業を受けている。聞いている話も見ている板書だって同じはずだ。違いがあるとすれば字の綺麗さとか大きさ、一ページに書く量とかだと思う。
「すごいよ。先生がちょろっと話したこともきちんとまとめてあるもん。私なんて板書を写すのに精いっぱいでこんな小ネタ書けないよ」
教科書には載っていないような公式を使う上での裏技的なものを先生はよく話している。これを知っているかどうかで計算スピードに差が出るから、なんでこうなるかを理解しなくてもとりあえず使えるようにしておくと便利だと熱く語っていた。
制限時間のあるテストでは特に計算スピードを求められるので、俺はそれをしっかり書き残している。
「他にも書いてる人はいるんじゃないかな。先生も念を押してたし」
「写すだけでも大変なんだもん。背景くん、まずはこれを私のノートにも書かせて」
「どうぞ。俺はこっちで勉強してるから、何かあれば呼んで」
「はい! 背景くん」
「早くない?」
「せっかく一緒に勉強してるんだからこっちに来ようよ。このテーブル、まだスペースあるし」
ローテーブルは横に長く、スペースが余っているのはよくわかっている。持ち主は俺なんだから。普段は俺一人がローテーションで使っているクッションだってまたあるから斜め向かいにも余裕を持って座ることができる。
「ほら、わからないことを聞くのにいちいち立つのも面倒でしょ? こっち来て」
我が物顔でクッションを隣に置くとバンバンと叩き始めた。斜めではなく隣に座れということだ。
向かい側より隣の方が文字も読みやすいから合理的ではある。それに普段はNPC子ちゃんの横顔を見ているわけだから、見慣れた光景ではある。
ただ、あまりにも距離が近い。
教室では廊下側と窓側、端から端までの絶対に触れ合えないくらいの距離が空いている。ローテーブルを二人並んで使うということは、肌と肌は触れ合わないけど体温くらいは伝わってくるくらいの距離感だ。
友達なら普通の距離でも、俺達は友達ではない。神田さんとその取り巻きの男子だってよく見ると適切な距離感を保ちながら騒いでいるのに、俺なんかが密室で距離を縮めていいはずがない。
「向かい側に座るよ。隣だと狭くない?」
「ここがいい。来てくれないから大声でお母さん呼ぶよ?」
「…………わかりました」
なんで自分の家で脅迫されているんだ。しかもこういう時って男が脅す側じゃないのか。もちろん脅すつもりはないけど、尻に敷かれているというか主導権を握られている自分が情けなくて泣けてくる。
「背景くんは露出のことで頭がいっぱいかもだけど、私は真剣に勉強を教えてもらいたいの。成績が良ければ多少のことは許してもらえるから」
「露出で頭がいっぱいなのは
「まあまあ、そう言わずに」
再度クッションを叩き、ここに座れと圧を掛けられる。
渋々NPC子ちゃんが置いたクッションに腰を下ろし、あぐらをかこうとして思い止まった。膝がNPC子ちゃんの太ももに触れそうになり、それを悟られぬように脚を伸ばす。
さすがにこれならお互いの肌が触れ合うことはない。斜め向かいだと目が合ったり胸元が気になってしまうから、実は隣に座る方が精神衛生上は良いのかもしれない。
体の左側の空気がほんのりと暖かいのは人の存在を意識してしまってあまりよくないけど、この熱さはそのうち慣れるだろう。
「人に教えることで理解が深まるらしいよ。背景くんも成績伸びちゃうね」
調子の良いことを言いながらもNPC子ちゃんの手はしっかりと動いている。文字は俺なんかよりずっと綺麗で、パッと見た感じだと俺のよりもまとまったノートに見える。
「私ね、綺麗に書くことに意識が向き過ぎて内容が頭に入ってないんだよね」
「そ、そうなんだ」
俺の考えを読んだかのように語り出して焦ってしまう。いや、もし俺の思考を読めるとしたらもっと警戒するはずだ。NPC子ちゃんと同じように俺の股間もテーブルの下に隠れている。
スラックスにテントを張っているのを見られたら絶対にイジられるし、調子に乗ってこの部屋で過激な露出をしだすに違いない。
「他の科目もこんな感じなの?」
「俺はほら、あとで聞けるような友達も居ないから授業中に完璧にノートを取らなきゃってプレッシャーがあるんだ。だから先生の言葉も聞き逃さない」
「おんぷちゃんが聞いたらイスから転げ落ちそう。あとで誰かに写させてもらえばいいって言ってるから」
「さすが、人気者は違う」
「でもさ、その見返りにいろいろ要求されたら大変じゃない? おんぷちゃんは下心のある男子が多いから」
「え……まさか」
「なんて。おんぷちゃんもちゃんとノート取ってるよ、背景くんほどじゃないけど。後ろから見てて気付かなかった?」
言われてみれば神田さんが授業中に居眠りしている姿は見たことがない。友達たくさんの陽キャは人伝にテスト情報を集めて、ギリギリで赤点を回避しながら学校生活を謳歌しているイメージを抱いていた。
「平均よりちょっと下だけど、あの派手さとのギャップを考えればすごいと思わない?」
「うん。もっと遊んでて成績は悪いのものだと」
「人は見かけによらないってことだね。こんな風に」
NPC子ちゃんがおもむろにスカートをめくり始めた。するすると太ももが露わになり、腰と太ももの付け根がギリギリ布で隠されている。
「教室の隅でいつも読書してる大人しい女の子が露出狂。この秘密を知ってるのは、背景くんだけなんだよ?」
「うん。だから共犯者だって」
「ここから先を背景くんがめくったら、私達は本当に恋人になれるかもね」
幼い顔立ちから飛び出す艶やかな声に思わず唾をごくりと飲み込む。女の子の大事な部分を俺自らの手で露わにする。それはきっと恋人にしか許されない行為で、NPC子ちゃんはそれを受け入れようとしてくれている。
「でも、私が自分でめくればただの露出狂。背景くんは運悪く変質者を家に招いてしまった被害者」
「被害者なんてことはない。この部屋でなら誰にも迷惑を掛けてないんだし、そうするとわかってて部屋に入れてる」
「背景くんはどっちの道を選ぶ? 私と恋人になってくうちゃんって呼ばれるか、これからも共犯者として背景くんと呼ばれるか」
彼女の顔を見られない。恥ずかしいのと、何よりも股間が気になって仕方がなかった。俺がめくるか、本人にめくってもらうか。現れるものは同じだけど、行きつく先は全く異なる。
NPC子ちゃんは俺をからかって面白がっているだけ。恋人になんて絶対になれない。このままオカズを提供してもらう道を選べば傷付くことなく快楽を得ることができる。
だけど……。
「めくらないって選択肢はないの?」
「私はこの部屋に露出しに来てるんだよ? 本当はこっそり、背景くんにも気付かれないようにするつもりだったけど、部屋代としてサービスしてあげる。見たいよね? モザイクなしの女の子の大事なところ」
欲望に正直な俺は頷いてしまった。見たくて見たくて堪らない。その先の行為は避妊具も用意していないからさすがに今日は無理だけど、女の子の大事な部分を生で見られるだけでも大収穫だ。
音を立てることもないから母さんにバレる心配もない。部屋の照明だってしっかりと付いているから、じっくりと観察することだってできる。
一世一代の大チャンスだ。NPC子ちゃんは露出を止めるつもりはないみたいだけど、またこの部屋に来てくれるとも限らない。
「十、九、八……」
カウントダウンが始まってしまった。あと五秒もしないうちに結論を出さなくてはいけない。そして何も行動しなければ、俺とNPC子ちゃんの関係はずっと共犯者のままだ。
「三、二……」
コンコン
一が来る前にドアをノックする音に反応してNPC子ちゃんは急いでスカートを元に戻した。股間を凝視していた俺も取り繕ったようにノートへと視線を戻す。
「くうちゃん、入るわよ」
「あっ! うん!」
「勉強捗ってる? あら、二人並んじゃって。やっぱり付き合ってるのね。安心して。くうちゃんと彼女の仲を引き裂く悪い母親じゃないから」
「ありがとうございます」
NPC子ちゃんは教室で見せる笑顔を張り付けて冷静に対応している。それとは対照的には俺は動揺を隠せず、心臓の音が母さんに聞こえるんじゃないかと考えるだけでさらに鼓動が早くなるという悪循環に陥っていた。
「ごゆっくりと言いたいところだけど、あんまり遅くならないようにね。くうちゃん、ちゃんと駅まで送っていくのよ?」
「わかってる。ほら、時間がないから早く出てって」
「あらあら。よっぽど二人きりが良いのね。青春だわ。くうちゃんにもこんな日が来るなんて」
「は・や・く」
「はいはい。勉強頑張ってね」
「……………………行ったか」
階段を下りる足音が聞こえなくなったのを確認して深呼吸をした。
同じように階段を上る足音もしていたはずなのに、意識を全てNPC子ちゃんの股間に持っていかれていた。
「っていうか、さっきの聞かれてないよな」
「どうだろ。邪魔をするために入ってきたのかも」
「いや、まさか」
さすがにタイミングが良すぎてドアの前で狙っていたのかと邪推もしたくなる。それにしてはテンションが変わりなかったので、怪しい関係を疑われてないと信じたい。
「背景くんはどうするつもりだったの?」
「俺は…………」
ある意味で母さんに救われた。俺もNPC子ちゃんもスカートをめくらず、大事な部分の露出は防がれている。何度も現る恋人ルートに入り損ねて、きっと今度こそこのルートは消滅した。
「勉強しよ。今日はそのために来たんだし。背景くんのお母さんのおかげでスリルも味わえたし、満足満足」
「それは良かった。俺はもう二度とごめんだよ」
「えー? まだ大事な部分を見てないのに?」
「…………続き写せば?」
今の口ぶりから察するに。NPC子ちゃんの大事な部分を見られる可能性はまだ残っている。この関係が続くことにちょっとだけ安心している自分が、両親に申し訳なくなった。
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