第22話 新しい場所

 俺とNPC子ちゃんが会うのは当然のように写真部の部室だった。料理部のNPC子ちゃんから写真部の部室に来るように言われるのはちょっとおもしろい。


 そうは言っても部室の鍵を持ってるのは俺なので先に到着してないといけない。帰りのホームルームが終わったらそそくさと教室を出て部室へと向かう。


 どうせ同じ場所に行くんだから教室を出る時にNPC子ちゃんを誘えばいいのに、以前より仲が深まっているはずなのにできなかった。


 先生は犯人の具体的な情報はないと言っていたけど、本当は高校生だとバレていていて噂になっているかもしれない。そんな被害妄想が膨らんでいるせいか視線に敏感になっている。


 背景に溶け込んで誰からも注目されていないはずなのに、すれ違う生徒がチラチラと俺を見ているような感覚に全身が痛む。どうにか視線に耐えて部室の前まで来るとさすがに人気ひとけがなくなって安堵した。


 いつも通り誰も居ない部室の鍵を開けるのと同時に、カツカツとテンポの速い足音気が聞こえた。まるで自分の存在をアピールするように廊下に足音を響かせる人物の正体は、俺がずっと話したいと思っていた人だ。


「先生が言ってたのって私のことだよね?」


 いくら人気ひとけがないと言っても廊下で話すのはマズい。すぐに部室に入るように促しながら俺は小さく頷いた。他にも露出狂が居る可能性はゼロではないけどNPC子ちゃんだと考えるのが妥当だし、自分達の行為が誰にもバレていないと思うのはあまりにも楽観的過ぎる。


「さすがに露出は控えなきゃだね」


「ああ、うん。そうだね!」


 自ら露出の自粛を申し出たことに逆に動揺してしまう。男子が露出狂を探しているとよりスリルがあって楽しいなんて言い出すんじゃないかと心配していたけど杞憂に終わったようだ。


「不審者の情報って遅れて学校に来るものなのかな?」


「どうなんだろ。通報したことも、されたこともないからわからない」


「あとさ、露出狂のイメージってやっぱり男の人なんだね。それなら私は全然大丈夫だと思ったら地獄に落とされた気分」


「まだ女子高生とは言われてないから東雲さんに辿り着くことはないだろうけど、先生が気を遣って伏せてるのかもね」


「あ~あ。せっかく共犯者ができたのに」


「これを機に露出から足を洗えってことだよ。神田さんとも友達なんだし、露出しなくても素敵な高校生活を……」


「ダメだよ。私はおんぷちゃんの影で過激なことをして欲求を満たしたい。それでなきゃ欲求を満たせない。そういう体になっちゃったの」


 NPC子ちゃんの目にはうっすらと涙が浮かんでいる。あの日たまたま露出をして、偶然俺に見られて、それから俺をからかっているんじゃない。ずっと前から何度も何度も露出を繰り返し、快感を得ていた。


 その日学校で目撃したエロい場面やNPC子ちゃんの露出、インターネットに転がるオカズを使って毎日致すのと同じように、彼女にはそれが日課になっている。


 もし、俺が突然そういった行為を禁止されたらどうなってしまうだろう。一日や二日なら我慢する自信はある。だけど日々の生活でエロいと感じるものはいくらでもあって、それを遠ざけても記憶のフォルダに数多のオカズが存在している。


 その誘惑を振り切り、男のとしての機能を封印し続けるなんてできるだろうか?


 NPC子ちゃんに露出を止めろと言うのは簡単だ。でも、それを実行する本人はどんどんストレスが溜まって、より過激で危険な行為に及んでしまうかもしれない。


「そのさ、ドン引きしないで聞いてほしんだけど、露出じゃなくても自分の部屋で……こう、自分でするのとかじゃダメなの?」


 露出で満たされるのはおそらく性的な欲求。それを発散するには性的な行為が一番だ。俺だって本当は神田さんとベッドでしたいけど、そんな夢は絶対に叶わないので部屋で一人の時間を楽しんでいる。


 女子の事情はわからないけど、きっと部屋で自分を慰めるのは普通のことだ。恥ずかしがあることじゃないし、俺が非難できる立場でもない。


「そういうことじゃないの。興味はあるけどしたいとは思わない。高校生だからって禁止する人もいるけどさ、中にはもう中学生でしてる子もいる。絶対に禁止された行為じゃないじゃない?」


「まあ、それは」


 神田さん自身は未経験らしいけど、その取り巻きは何人か経験済みの雰囲気を漂わせている。仮に妊娠したら学校中が騒ぎになる大問題。でも、きちんと避妊をして大人にバレなければ何も法律違反はしていない。


「露出は絶対に犯罪でしょ? わいせつ物陳列罪って。やってはいけないことだからドキドキするの」


「自分でも犯罪だってわかってるなら止めるべきだよ。我慢するのは大変だろうけど、他の方法を探さないと絶対に大変なことになる」


「うん。だからもう考えてある」


 NPC子ちゃんの顔からはすっかり涙が消えていた。さっき見たのは幻だったんじゃないかと思うくらいに綺麗な笑顔は、いつも教室で見せる貼り付けた笑顔とも露出する時の妖艶な笑顔とも違う、とても爽やかで初対面なら一目惚れしそうなくらい可愛いものだ。


「俺も可能な限り協力するよ。共犯者だからね」


 一緒に行動したことで彼女の露出を助長した側面もある。それにオカズを提供してもらった恩もあるわけだし、これから他のクラスメイトよりかはちょっとだけ交流のあるただのクラスメイトとして……。


「背景くんの家で露出させてほしい。ね? 他の人に見られないから安心でしょ?」


「…………え?」


「ご家族も喜ぶんじゃない? 息子が友達? 彼女? を連れてきたって」


「待って待って! さすがに俺の部屋は誤解を招くっていうか、母さんが突然入ってきたらマズイっていうか」


「部屋で裸になるのは普通じゃない? 友達じゃなくて彼女認定されるだけだから大丈夫」


「東雲さんはいいの? 俺の彼女認定されて?」


「うん。露出ができれば何でも」


「だって好きな男子が居るって」


「そんなこと言ったっけ? そんな人が居るなら、その人の前で露出して誘惑するよ。おんぷちゃんに夢中だとしても、女の子の裸を見たら好きになっちゃうでしょ?」


 背景くんみたいに。とNPC子ちゃんは冷たく付け足した。部屋に女子が来るという夢のようなシチュエーションが実現しそうなのにも関わらず、背中はじんわりと嫌な汗で湿っている。

 心臓がバクバクと音を立てているのは色っぽい理由ではなく恐怖が先立っている。


「東雲さんの家じゃダメなの? …………あ、ごめん。今のなし。東雲さんの家に行く方が緊張する」


「でしょ? それに自分の部屋で露出してもおもしろくない。背景くんの部屋なら常に盗撮されてるかもって緊張感があるし」


「しないよ。盗撮なんて」


 写真部とは言っても自分のカメラを持っているわけではない。せいぜいスマホのカメラが他のに比べれば性能が良いくらいだ。


「俺に襲われるとは思わないの? 自分の部屋だと豹変するかもしれないよ」


「それはないでしょ。お母さんも家に居るみたいだし?」


「…………」


 うっかり口を滑らせたことを後悔する。共働きという設定なら警戒してうちに来ることはなかったかも……いや、母親が居るのに平然とうちで露出しようとするメンタルの持ち主だ。どちらのパターンでもうちにやってくる。


「じゃあ部室は? 他の部員が来ることは滅多にないし俺の部屋みたいなものだけど」


「学校はもう危ないよ。それに露出狂の噂も出ちゃってるしさ。絶対に安全な場所じゃないと背景くんも安心できないよね?」


「……本当に露出以外の道はないの? それに俺の部屋で露出したってスリルは味わえないよ」


「背景くん自分で言ったじゃん。自分の部屋だと豹変するかもって。お母さんが買い物に行った隙に襲われるかもって、ドキドキしながらノーパンで過ごすの」


「マジか……」


 どちらかと言うと俺が強姦魔にならないか自分との戦いを強いられる展開だ。NPC子ちゃんは露出を楽しみつつ、万が一の時は被害者面できる。俺は共犯者から単独犯に早変わりだ。


「それにね」


 もじもじしながらNPC子ちゃんは伏し目がちになる。まさかいつの間にか俺に恋心を抱いて?

 そんな淡い期待をしてしまうくらいには、彼女の頬は綺麗な桃色に染まっている。俺の部屋で、俺にだけ露出をする。つまりそういうことじゃないか!


 向こうがその気なら、俺だってオカズから恋人に昇格させなければ失礼に当たる。


 俺達の関係はこれから変わるんだ。通報してくれた人に心の中で感謝しながら、二人で秘密を共有しながら幸せになることを誓った。


「背景くんってそこそこ成績良いでしょ? 勉強教えてほしいなって」


「あ、うん」


 落ちたのは地獄ではない。普通の地面だ。ただ、あまりにも幸せ過ぎる天国から墜落したせいでダメージが生々しい。そして地上ゆえに立ち直らなくてはいけない。いっそ地獄に落ちて再起不能になる方が良かった。

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