第20話 需要

「そもそもの問題としてさ」


 おおまかなサイズを知られてしまった動揺を隠すために自分から話題を切り出した。背景の俺はこんな風に女子と話せるようになったことだけはNPC子ちゃんと過ごした中で真っ当な成長だと思う。


「男の露出って需要ないでしょ」


 一応読書している設定だったNPC子ちゃんが俺を真っすぐ見つめる。いざ視線が交差すると気恥ずかしくて、元に戻ったはずのアレが再びムクムクと大きくなる。


「需要かあ。まあ、そうだよね」


「本人がどう思うかは一旦置いといてさ、東雲さんの露出は少なくとも俺には需要がある。撮らせてもらった写真が宝物になるくらいには」


「へぇ、そうなんだ」


「…………とにかく、反対に俺の露出には需要がなかった。少なくとも東雲さんには。たぶん他の女子にも。ましてや男子にだって」


「わからないよ? 実は背景くんを狙ってる男子が居るかも」


「だったら声くらい掛けてほしいもんだ。まずはお友達から。そしてたぶん友達以上になることはない」


 世の中にはそういう思考の人だって居る。たまたま俺とは噛み合わないだけで幸せになってほしいとは思う。


「そういう話じゃなくて、一般的に。男がメインのAVもそりゃあるけどさ、やっぱりニッチなわけじゃん?」


「ごめん。その辺の事情は本当にわからない」


 ものすごく冷たいトーンで返されてしまった。NPC子ちゃんは男同士の、少なくともリアルの男同士の絡みには興味がないタイプみたいだ。自分の肌を晒すことに興奮を覚えるんだから男同士に関心がないのは当然か。


「あー……俺もよくわからないんだ。たまに最新作のリストにそういうのが並んでるってだけで」


「別に言い訳しなくてもいいよ。背景くんは彼氏とかじゃないんだし」


 視線を逸らさず、照れ隠しみたいにはにかむことなく真顔で言われてしまうとぐうの音も出ない。あくまでオカズとして見ると決めているし、お互いに付き合うと認めたわけではないんだから当然なのに、こうもハッキリと彼氏ではないと宣言されるとグサッとくるものがある。


「彼氏でもない男の……その、アレを見ようとしたのに?」


「だって、背景くんが本当にチャックを下ろしてるか確認しないと。共犯者として」


「俺は共犯者として認められた?」


「う~ん。でも隠してたしなあ。あの手の下は何もなかったかもしれないじゃない?」


「いや、さっき俺のサイズはあれくらいって」


「その反応、本当にサイズはあれくらいなんだ」


「んなっ!?」


「大きいか小さいか判別はできないから安心して。初めて見たから」


 実際には見られていないはずなのに、大まかなサイズを知られてしまったことがものすごく恥ずかしい。お互いに体の大事な部分を見ている。恋人なら普通のことでも、共犯者という関係では異常なことだ。


「それで背景くん、次はどこで露出する? 手始めに学校?」


「もうしないよ。満足した。俺に露出は向いてないし、自分のを出すより人のを見る方がいい」


「ふふ。やっぱり正直者。露出仲間になれないのはちょっと残念」


「俺の露出は俺にすら需要がないからね」


 誰かに見られたら即アウトはさすがにリスクが大きすぎる。その点がNPC子ちゃんとの決定的な違いだ。現に俺はNPC子ちゃんを警察や学校に突き出していない。

 脅迫もしてないことを考えると、我ながらかなり良心的な共犯者だ。


「それじゃあ背景くんは引き続き撮影をよろしくね」


「うん。コツを教えてもらったおかげで攻略の糸口が見つかったかも」


「それはどうかな? 背景くんもこっそり撮影しなきゃなんだよ? ポーズを決めてない女の子を撮るなんて傍から見たら盗撮だもん」


「露出狂をこっそり撮影するんだから盗撮には違いないさ」


「あははは。潔いね」


「ここまできたらふっ切れるしかないよ」


「ふっ切れるなら露出しちゃお? ね?」


「そういうふっ切れ方はイヤだ」


 ついさっき陰部を出したとは思えないくらい穏やかな空気が部室に流れている。露出がなければ交流することはなかった。でも、もし露出で繋がっていなければ普通に談笑していたのかもしれない。


 NPCという概念を知ってるくらいゲームをしているんだし露出以外にも共通の話題はある。俺が背景じゃなくて登場人物の一人になれていれば運命が変わっていたかもしれない。


 そんなifストーリーに想いを馳せても今更遅い。急にモテだすなんて二次元だけの話だ。自分だけのオカズを手に入れられるだけでも上等。高望みしてはいけない。


「背景くんならその場に溶け込んで自然な露出ができると思うんだけどな」


「さすがに下半身を出してたら浮くでしょ。そう信じたい」


「冗談。背景くんの言う通り。存在感爆上がりで注目の的だね」


「その後は二度と教室に足を踏み入れられなくなるけど」


「私だけは味方だよ。だから安心して」


「教室の入り口で案内してくれるNPCが仲間になっても何も安心できない」


「そうかなあ? 意外な隠れ最強キャラかもしれないのに」


 言われてみれば昔そんなゲームがあった。とにかく仲間キャラが多くて、いかにもな戦士や魔法使いだけでなく商人や漁師までも仲間にできた。全クリしたあとに村の入り口に立つNPCも仲間になって、最初は弱いんだけど最終的には一番強いというネタキャラだ。


「もしかしてあのシリーズやったことあるの?」


「うん。発売日に限定版を買うくらい好き」


「そうなんだ。たしかに女子人気も高いよね」


 初めて露出以外の話題で盛り上がっているかもしれない。俺が他の場所で露出するという話はすっかり忘れ去られて、放課後に共通の話題に花が咲くというごくごく平凡でものすごくキラキラした時間が過ぎていった。


 時折気になったのはNPC子ちゃんの手がテーブルの下に伸びたことだ。たぶん、スカートをめくっている。同じように俺も物を落としたふりをすれば丸出しになった秘部を覗くことはできる。


 もしかしたら二人きりなのを良いことに大サービスを股を開いてこれ見よがしに披露してくれる可能性だってある。


 彼女のことはオカズとして見ると決めたのに、目の前にあるチャンスに手を伸ばさない自分に倫理観や良心が残っていると認識できて安心している部分もある。


 確実に需要があり、それを供給されているのにあえて拒絶する。需要があれば何でも許されるわけではない。


 NPC子ちゃんの露出には需要がある。だけどそれは絶対に通報されないことを意味しない。自分の露出に対する需要ばかり考えていて、俺の頭からすっかり基本的な部分が抜け落ちていた。

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