第19話 コツを教えて
「東雲さんって露出する時に気を付けてることってあるの?」
「まずは超基本。周りにたくさん人が居ないか確認する」
「教室なんて神田さんの周りにいっぱい集まってるけど?」
「私の周りには誰も居ないでしょ? おんぷちゃんがみんなの視線を釘付けにしてくれてるおかげで露出しやすいんだ」
スカートの裾をつまんでヒラヒラさせると太ももがチラリと露わになる。今にでも布の守りを解除しそうな勢いに俺が人扱いされていないんじゃないかと邪推してしまう。
「誰も居ない場所で露出をするのが基本なんだけど、絶対に誰も入ってこない場所、例えば自分の部屋で裸になってもドキドキしないよね?」
「まあ、着替えたりもするわけだし」
自室でも突然親が入ってくる可能性はある。特に下半身だけを出している状態の時は足音に敏感だ。すぐに平常状態に戻れるように意識の一割くらいは親への警戒心に使っている。
「人は居ないんだけど、誰かが来るかもしれない場所。夕方の教室みたいなところからの入門をオススメするよ」
「…………別に入門はしない」
「そんなこと言って、ほんとはしたいんでしょ? 私が見ててあげるよ?」
「見られたらダメなんじゃないの?」
「言い方が悪かったかな。部室の中で露出してみればってこと。私に気付かれないように。私は背景くんの変なところを見ても通報したり訴えたりしないから安心だよ?」
もしかして俺のアレを見たがってる?
好きでもない男の?
そうだ。NPC子ちゃんは別に俺のことが好きなわけじゃない。露出狂仲間が増えそうだから積極的に動いているだけ。まったくNPCらしからぬ行動に背景の俺は心を乱されていた。
「あ、ちなみに見たいわけじゃ……興味がないわけでもないんだけど、別に背景くんのを特別見たいってことじゃないから。複雑な乙女心ってことでよろしく」
スカートをヒラヒラさせながらNPC子ちゃんは笑顔で言った。実は俺のに興味があるとかだったら今からでも恋愛ルートを考えなくもないけど、相手がそう出るなら俺だってオカズとしてしか見ない。
それに露出している瞬間を写真にでも撮られたら俺の立場は一気に弱くなる。なんたってあの神田さんと幼馴染なんだ。画像が神田さんの手に渡った瞬間にそれは全校生徒に広まると言っても過言ではない。
お互いに秘密を共有する共犯者だと思っていたけど、バックに神田さんが付いている時点で自分が圧倒的に不利だと今更ながら気付いてしまった。
「ちょうどテーブルもあるし、ここで座ってしてみようか」
「やるのは決定なんだ?」
「コツを教えるより実践して覚えていくのが一番だよ。私も何度かバレそうになったけど、その経験を活かしていろんな場所で露出してるってわけ」
「あまり褒められたことではないね」
「でも、背景くんは私の露出を見られて嬉しいんでしょ?」
不本意ながらも頷くしかなかった。恋人でもない女子の肌を間近で見れる機会なんてそうそう恵まれるものじゃない。セフレでもいるなら話は違ってくるだろうけど、そういうのとは無縁の高校生活を送っていれば尚更だ。
「ほらほら、他の部員が来るかもしれないよ」
「たぶん来ないよ。俺以外が部室に来た痕跡はないし」
「そうなんだ。私なら毎日だって来ちゃうのに」
「部活熱心なことで」
「誰も来ない部室で裸になって窓におっぱいを押し当てるの。下から見られちゃってるのかな? ってドキドキしながら」
「写真部を露出部にしないでもらえるかな」
「露出を部活にできるなんて最高だよ。料理は料理で楽しいんだけどね。人間関係とか面倒臭い」
「東雲さんでもそういうのあるんだ?」
「友達が居ない背景くんに言われると心外だな。女子が多いからね。誰が誰を好きとか、色目使ってるとか、おんぷちゃんなんて羨望と嫉妬が混ざってるから中立を保つのも大変なんだよ?」
「そうなんだ」
教室でNPCみたいな案内係をしている姿と放課後に露出している姿しか知らないので他の女子と同じように噂話の渦に巻き込まれているのは結構意外だった。自分と同じように友達が少ない側の人間だと思って湧いていた親近感が波みたいにちょっとだけ引いていった。
「私の話はいいから座って座って。向かい側に座るからテーブルの下でこっそりチャックを下ろしてみて」
「ああ、うん」
言われるがままにイスに座ると向かい側にNPC子ちゃんが座った。改めてこうして向かい合うとなんだか照れくさい。電車の中ではキスできるくらいの距離まで詰め寄って壁になっていたのに、テーブル越しの距離感の方が妙に気恥ずかしい。
ちょっとずつ仲を深めていく友達以上恋人未満の関係性を連想してしまい、体がカッと熱くなる。
「顔赤いよ? もしかしてもう出してる?」
「まだだよ」
「まだってことは、これからするんだ?」
「うっ…………」
もう逃げられない。写真部の部室なんだから本来は俺が有利なはずなのにすっかりマウントを取られてしまっている。
でもよく考えればテーブルの下で露出しているかどうかなんてNPC子ちゃんからは見えないはずだ。
適当にチャックを下ろしたふりをして、急いでしまったということにすればいい。他に目撃者も居ない。閉じられた空間の中で二人だけが納得すれば済む話だ。
俺とNPC子ちゃんの仲間意識をしっかりと確立させた上で、俺は人の道を踏み外さない。
彼氏でもない男のアレをわざわざ見たいわけじゃないと本人も言っていたし、これがきっと最善手だ。一時は不利と思われた俺の立場が一気に対等くらいには持ち直したことに安堵する。
「私は本を読んでるから、気付かれないように自分のタイミングでしてみて」
「わかった」
油断して笑みを見せてはいけない。初めての露出に不安と期待が入り混じったような複雑な表情を作るように努めながら俺もカバンから文庫本を取り出した。
「俺も読書しながらタイミングを伺うよ。こういうことでしょ?」
「そうそう。明らかに何か作業をしているって印象付けすれば、まさか露出してるなんて思わないからね。背景くん、才能あるよ」
「それはどうも」
あまり嬉しくない褒められ方をしたけど一応お礼は言っておく。残念ながら俺はその才能を発揮することなくこの場を切り抜けようとしているわけだけど、黙っていればバレないはずだ。
NPC子ちゃんは手元の本に視線を落としている。俺が女子なら胸元を露出するという選択肢も生まれるんだけど、残念ながら一般的に表に出していけない部分は下半身の一部に限られる。
海やプールでは上半身は丸出しだし、パンツだって見られても恥ずかしくない。そういう意味では男の露出狂はやれることが限られている。こっそり乳首を立てて、誰かに気付かれてしまわないと緊張感を持って街を歩くこともできない。
右手でページをめくりながら、何度か股間へとその手を伸ばす。チラチラとこちらの様子を伺うNPC子ちゃんの視線は右手に注がれていた。
隙を見てチャックを下ろしてすぐに戻すだけなのに実行に移せない。密室に二人きりというシチュエーションは嫌が応にもエロいことを想像してしまう。
チャックを下ろしてすぐに戻せるかという不安が実行を渋らせていた。
「俺はもうチャックを下ろしたと思う?」
NPC子ちゃんは悩むことなく首を横に振った。
「こんなに静かなんだもん。少しくらいは音がするでしょ?」
露出に慣れているだけあって状況の把握は完璧だった。チャックを下ろしたふりをして誤魔化すのは不可能、本当に行動に移して、その上ですぐに戻さないといけない。
でも本来はチャックの音は周りに気付かれてはいけないものだ。例えば教室で同じことをしようと思ったら、誰か一人でも俺の下半身に注目したら人生が終わる。
「じゃあコツを教えてあげる。逆に勢いよくやった方がいいんだ。チャックを下ろすなんて人前でしない行為をゆっくり慎重にやってたら逆に怪しい。一瞬の隙を突いてひと思いにやった方が意外とバレないもんだよ」
「経験者が語ると重みが違うね」
「背景くんもいずれこっち側の人間になるんだよ?」
「ならないよ。今だけ。一時の気の迷いだ」
「私は最初はそうだった。でも一度やったらやめられない。もっとスリルを求めて危険な露出をしちゃう」
NPC子ちゃんの口角が怪しく上がる。露出の話をしている時の彼女はクラスの誰よりも危険なオーラをまとっていて、関わってはいけないとわかっていても興味を持ってしまう。
俺だけのオカズ。それを欲するあまり地味でもまともな人生から少しずつ外れていっている。結局は性欲だ。これに抗えず転落していく芸能人をテレビで何人も見ている。
浮気とか不倫とか自分には無縁だと思っているし、恋人はいないんだから実際無縁だ。性欲で人生がおかしな方向に行ってしまうのって、こういうパターンもあるんだな。
悪い経験を経て学びを得た俺は、思い切って勢いよくスラックスのチャックを下ろした。NPC子ちゃんの姿が視界に入るとどうしても服を脱いだ姿を想像してしまう。
いつだって固く自己主張するアレは勢いよく飛び出した。このまま同じ勢いでチャックを上げれば絶対に挟まってしまう。
「あ、いけない」
テーブルの上を薙ぎ払うと必然的に文庫本は床へと堕ちる。落ちた物は拾う。当然の行動を不自然に行うNPC子ちゃんの視線は床ではなく俺の下半身へと向けられているのを感じた。
チャックを閉めるのは絶対に間に合わない。俺は積極的に自分のモノを見せつけたいわけでもない。ただ、女子の前で本来は絶対に見せないはずのものを露出しているという状況に妙な高揚感を覚えていた。
両手で股間を押さえつける。股も閉じて、出来得る限りの防御姿勢を取った。
「咄嗟に隠すのも上手だね。背景くん、やっぱり才能あるよ」
「…………見た?」
「ううん。だって私、落とした本を拾っただけだもん」
彼女の表情に動揺は見られない。ネットで無修正の性器は簡単に見られる。それは女性のものだけでなく男性もだ。それで見慣れているのかもしれないし、自分が露出しているくらいだから他人の裸にも抵抗がないのかもしれない。
あるいは咄嗟の行動が功を奏して本当に見られていないか。その答えはNPC子ちゃんにしかわからない。
心臓がバクバクと音を立てる。全身に血液を送っているはずなのに、股間は徐々に冷静さを取り戻している。まるで自ら意志を持っているかのようにパンツの中へと戻ったタイミングでチャックを上げた。
「どうだった?」
かすかなチャックの音に気付いたのかNPC子ちゃんは俺に感想を求めた。
「……別に。露出狂に見られただけだし」
「だから見てないってば。あ、でも」
読書を続けながらNPC子ちゃんは続ける。
「背景くんのアレは手の平に収まるサイズなんだなって」
俺がNPC子ちゃんの胸を見た時に抱いた感想。神田さんに比べれば小さい山。
まるでそれを読み取っていたかのように意趣返しだ。
俺は二度と露出をしないと心に決めた。
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