第16話 罰ゲーム

 部活に行ったり行かなかったりだった俺が最近は毎日部室に顔を出している。これだけ連日なら一度くらいは他の部員に会っても良さそうなものだけど、俺以外は絶賛幽霊部員を満喫しているらしい。


 かく言う俺も真面目に部活動に勤しんでいるかと言われるとちょっと困ってしまう。荷物を置いてすぐに撮影に行けばいいのにうだうだと部室で時間を潰してから、さすがにどこかに行かないともったないからと重い腰を上げる。


 教室の出入り口に居るNPC子ちゃんに話しかければ一発で解決する問題なのに、自分から行動を起こす勇気はなくて結局待ち続けている。


「また明日って言ったのはそっちじゃん」


 休み時間の度に用もないのにトイレへ行くために席を立っているのにNPC子ちゃんは俺をスルーしていつもの作業に従事する。それでこそNPCだと褒めたいところだけど、日課の露出もしていないようなのでNPCとして落第だ。


 あまり詳しくないカメラの手入れをしながら時間を潰しているとガラガラと部室のドアが開いた。あれからちょうど一週間。この曜日にしか彼女は来れないのかもしれない。


 そうならそうと先に言ってほしかった。また明日ではなくまた来週。同じ教室の空気を吸うのにその別れ方もどうかと思うけど、俺達の関係は放課後限定なんだから間違いでもない。


「連絡先を交換しよ?」


 挨拶をするでもなく藪から棒にそんな提案をしてきた。いつもニコニコと丁寧に来客をさばいているとは思えない傍若無人っぷりだ。


「え? 急に?」


「先週は背景くんの負けでしょ? 私の露出写真を一枚しか撮れなかったから。あ、もしかして最後にもう一枚撮れてたり?」


「ものすごいヒントを出してもらったからね。驚いたよ。電車の中って意外と他人に興味を持たないんだね」


「自分だってそうでしょ? 席を譲らなかったり、具合の悪い人を見て見ぬふりしたり。だから、いけるかなって」


 なんとも悲しい理由で露出を決行していた。だけどその無関心のおかげで俺達はあれから一週間無事に高校生活を続けられている。

 警察や近隣住民から通報があったという話も聞かないし、たぶんもう時効だ。


「あの時の写真まだ残ってる?」


「パソコンに移して消したよ。万が一落とした時に見られたら大変だから」


「へぇ、自分のパソコン持ってるんだ?」


「社会に出たらパソコンを使うから慣れるようにって買ってくれたんだ。ゲームしかしてないんだけどさ」


「本当にゲームだけ? 男の子なら……ねえ?」


「露出狂に言われたくない。東雲しののめさんだって自分の露出写真が誰かに見られたら困るでしょ?」


「困るけど、その前に画像を持ってる背景くんが犯罪者扱いだよね。女の子はこういう時に被害者面できるからお得」


「あんまりそういうこと言ってると炎上するよ」


「大丈夫。背景くんにしか言わないから」


 自分だけが特別な存在だと認めてもらえたような気がして一瞬だけ心が踊ってしまった。今の発言に恋愛感情は一切ない。自分の欲望を満たすのに都合が良いというだけで、それは俺にとっても同じこと。

 浮かれた気持ちを表に出さないように冷たさを取り繕った。


「それで連絡先だよ。背景くん、クラスのグループにも入ってないからさ」


「クラスのグループ? 入ってるけど」


「ウソ!? だって背景くんの名前ないよ」


「…………本名でやってるから」


 SNSの表示名をあだ名にしている人は何人かいる。例えば神田さんはひらがなで『おんぷ』だ。俺の場合は『背景くん』にした方がクラスメイトから認知されるんだろうけど、特にやり取りをすることもないし親に何て説明すればいいかわからないので本名そのままの内山田うちやまだ空也くうやで登録している。


「うち……山田くんだよね。あ、いたいた。アイコン初期のまんまだし。言われてみれば背景くんかも」


 NPC子ちゃんがスマホを操作しているうちに俺のスマホに通知が届いた。クラス替えがあった時に神田さんから連絡先を聞かれ、クラスのグループに招待された時以来の通知だ。


「え? 承認してよ」


「しないとダメ?」


「普通、女子から友達登録の通知が来たら即承認でしょ。そもそもこれ背景くんの罰ゲームなんだし」


「連絡先の交換を罰ゲーム扱いできるのすごいよ」


 神田さんとのやり取りはクラス全員が平等に受けたもので何も特別じゃない。強いて言えば同じクラスになったことで本来なら関わることのない人気者の連絡先を知れただけ。


 悪態をつきながらも実質初めての女子との連絡先の交換はちょっとだけ嬉しかった。

 申請されたアイコンはなぜかケーキで、表示名は景子。自撮りをアイコンにするクラスメイトが多い中ではなかなか目立つ存在だと思う。


「これでただのクラスメイトじゃなくなったね。私が逮捕されたら背景くんにも繋がるよ」


「消していい?」


「だーめ。それに背景くんが消しても私のスマホには残ってるし、これは罰ゲームなんだよ?」


「とりあえず表示名はNPC子ちゃんに変えさせてもらったよ。東雲しののめさんも背景くんにしてもらえると助かる。それで警察が俺に辿り着くことはないはずだ」


「背景くんって誰だ? ってみんなに事情聴取してすぐにバレるよ。あ、でも、お巡りさんが見つけられなかったりして」


「もしそうだとしたら俺の方が露出狂の才能あるね。絶対に見つからずに裸になれるよ」


「背景くんも露出に興味出た? でも、う~ん……男の人の裸を見るのはちょっと」


「しないから! それに……なんでもない」


 大きくなったアレをもろ出ししてら咄嗟にしまうのは難しい。めくったスカートを急いで元に戻したり、脱いだブラウスを急いで着るのとは違う要素が緊急回避の足かせになる。

 そんな理由を説明できるはずもなく口をつぐんだ。


「残念。二人で一緒に露出したらもっとスリリングで楽しそうなのに」


「俺にそんな変態趣味はないよ」


「こっそり撮影するのは好きなのに?」


「それとこれとは話が別だよ。単純に……エロいし」


「おんぷちゃんみたいな体じゃなくてもエロいって思ってくれるんだ?」


「そりゃ、普通は隠れてる部分だし。生なんてなかなか拝めないし」


 二人きりの部室で本音を隠してもあまり意味はない。それにNPC子ちゃんは自分のペースに持っていくのがうまい。少なくとも俺はいつも振り回されているし、友達付き合いの経験が浅い俺では到底対抗できない。


 その場しのぎのウソで誤魔化すよりも素直な気持ちを吐露した方があとでイジられることも少ないと判断した。というより、俺にはそうすることしかできなかった。


「もしかしてこれからは呼び出しをくらうわけ? 今から露出するから撮影してみろ的な」


「さすがにそんなことはしないよ。履歴が残るのもイヤだし。今日空いてる? みたいな可愛いメッセージだよ。彼氏面できちゃうね」


「俺はその短い言葉に圧を感じるよ。あと彼氏面なんてしない。露出狂の変態と付き合いたいとか思わない」


「男子はみんなエッチな女の子が好きだと思ってたけど違うんだね」


「残念ながら東雲しののめさんは男子が理想とするエッチな女の子とはだいぶ違うから」


「やっぱりおんぷちゃんなんだ。すごいな~。おんぷちゃん」


 エッチな女の子というのは体型のことだけではない。実際のところはひとまず置いておいて、なんとなくヤラせてくれそうな軽い雰囲気が大事なんだ。

 神田さんを候補に挙げるのは合っているけどその理由が間違っている。


 NPC子ちゃんの理論で言えば彼女自身も十分にエッチな女の子だ。

それを本人に熱く語っても通じないだろうし、ドン引きされるだろうから絶対に口にはしないけど。


「背景くんってすごいよね。絶対ムラムラしてるのに私に手を出さないんだもん。今なんて鍵の掛かった部室で二人きりだよ?」


「恋愛感情を抱いてないからね。それはお互い様でしょ」


「真面目なんだね背景くんは」


 なんだか嬉しそうに笑ってNPC子ちゃんは部室から出ようする。


「え? 今日はいいの?」


「うん。満足しちゃった。帰り道で露出するかもしれないから、こっそり撮影してもいいよ?」


「…………遠慮しとく」


「おお! さすが。そうやって私を油断させるんだね。感心感心」


「違うから。普通に部活するだけ。あの公園はもう気まずくて行けないから他の場所探さないと」


「いい露出スポットがあるから紹介しようか? 人通りが少なくて自然も多いんだ」


東雲しののめさんと一緒だとその場所もすぐに行けなくなりそうだ。自分の足で探すよ」


「本当に真面目だね。そんな真面目な背景くんにヒントをあげよう」


「ヒント?」


「この前の立ってる写真。あれは文字通り立ってる写真なんだ」


「はぁ……?」


「もう一度よーく写真を見直したらわかるかもね。それじゃあまたね」


 鍵を開けると振り返ることなく真っすぐと帰路についた。もう少し一緒に居たいとか名残惜しいとかそういう感情を一切感じない潔さは、勘違いで傾きそうになる俺の心をしっかりと元に戻してくれる。


「……パソコンになんか入れられないんだよな」


 親が勝手に起動することはほぼない。だけど絶対ではないし、買い替える時にうっかり画像が表示されてしまうかもしれない。

 スマホにだって情報流出の可能性はあるけど、パソコンに比べたらウイルスの被害に遭うことは少ないと思う。


 大人しく削除するのが一番だとわかっていても、せっかく手に入れた自分だけのオカズを簡単に手放せるはずもなくずっとスマホに残っていた。


「うーん」


 改めて目をつむって立っているだけのNPC子ちゃんが写る画像を見直しても何もわからない。露出しているというのはウソで、俺を悶々とさせる作戦なのかもしれない。


「とりあえず撮影に行くか」


 この部室が使えなくなったらNPC子ちゃんと二人で会える場所がなくなってしまう。極上のオカズをこの先も撮り続けるためには写真部は絶対に必要だ。俺だけでも活動実績を作り、だけど来年ヤル気のある新入部員が入ってこない程度に寂れさせて、この部屋の使用権だけを維持する。


 エロへの原動力が自分でも恐ろしいくらい、部活に対するモチベーションが上がっていた。


「運動部を頑張ってるやつもこんな気持ちなのかな」


 好きな女子にアピールしたいとか、あるいはすでに付き合ってる子に応援されているとか、それと似た感情を今この瞬間の俺は味わっている。

 そう考えると自分の青春も捨てたものじゃないと思えてきた。

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