第15話 電車で

 二人並んで歩くのはやっぱり気恥ずかしくてNPC子ちゃんの少し後ろを追いかけるように駅までの道を歩く。

 自転車でパトロール中の警察官とすれ違う時に全身が硬直してしまい、それがかえって怪しまれる原因になるんじゃないかと不安になったけどスルーしてくれた。


 特別急いでいる様子もなかったから通報を受けて公園に向かったわけでもなさそうだ。パトカーのサイレンも聞こえない。周りの状況が通報されていないことをちょっとずつ証明してくれているみたいで時間の経過と共に安堵する。


「背景くんも思い切ったことしたね」


「気付いてたんだ?」


「シャッター音って結構響くからね。うまく撮れた?」


「まあ」


「それは一枚目ってことになるのかな? 公園に行く前に撮った写真はどんな露出かわかった?」


「全然。ただ立ってる東雲さんの写真だ」


「そっか~。残念。じゃ、あと二枚だね」


「公園の一枚も結構サービスじゃなかった? 俺はベンチに座ってればシャッターチャンスだったし」


「まさかママ友集団を盗撮するなんて思わなかったんだもん。私の胸を見ながら悶々とするのかなって。そしたら急にカシャッて音がしてドキドキしちゃった」


 普段通る道よりかは人通りが少ないとはいえ、時折飛び出る露出という単語を誰かに聞かれていないかヒヤヒヤする。NPC子ちゃんは全く気にしない様子でひょうひょうとしゃべっているけど、その表情は後ろからでは確認できない。


 もしこの状況すらもスリルを楽しんでいるのだとしたらなかなか大物だと思う。


「ちなみに勝負の期限は私の最寄駅までだから。背景くん、電車どっち?」


「上りだけど」


 自然と二人とも左側のエスカレーターに進んだ。 NPC子ちゃんと同じ方面のようだ。時間がズレているのか神田さんと一緒に登校している姿を一度も見たことはない。


「上り? ああ、こっち。私と同じだ。良かったね。まだ勝負は続くよ」


 先にエスカレーターに乗ったNPC子ちゃんの下半身を隠すように俺が続く。一般的な女子はカバンや手でスカートを押さえるけど彼女はそうしない。ノーパンだから俺が壁にならなければ下から丸見えだ。


 恋人ではなくオカズ。露出をしたいNPC子ちゃんを守る義理はないのになぜか守ってしまう。俺はまだNPC子ちゃんのただのオカズとして見れていない。心のどこかでチャンスを願っている。


 叶わない夢を断ち切るためにスマホを取り出した。スカートの下にスマホを忍ばせてシャッターを推せば二枚目の露出写真を撮ることができる。

 この一線を超えれば俺とNPC子ちゃんが恋人関係になる可能性は消えるはずだ。明らかな盗撮行為で他の人に通報されたら言い逃れできない。


 露出と盗撮を楽しむカップルとして口裏合わせをしても犯罪行為は裁かれる。


 スマホを握る手が脂汗でぐしょぐしょになった。迷っている間にもエスカレーターはホームに近付いていって……。


「あ、ちょうど電車来たみたい。乗ろ乗ろ」


 ついに撮影することはできなかった。勝負に勝つチャンスを逃してしまったことよりも犯罪に手を染めなかったことに安堵する。オカズのためにどうかしていた。ムラムラし過ぎるとエロいことしか考えられなくなる。

 ギリギリのところで冷静さを取り戻せて良かった。


 エスカレーターの最後の一段を駆け上がるとスカートが翻る。ギリギリでお尻は見えなかったけど、ノーパンだと知っているとチラリと見えた太ももからその向こう側を嫌が応にも想像してしまう。


「背景くん、あのすみっこに行こ」


 車両の端にもたれかかるNPC子ちゃんを覆い隠すような体勢はまるで彼氏と彼女だ。その辺の男と同じ扱いだと理解したばかりなのに、つい自分は彼氏候補くらいにはなっているんじゃないかと錯覚してしまう。


 NPC子ちゃんは露出をしたい。俺はオカズを撮りたい。その目的が一致していから一緒に居るだけだ。

 自分達の関係を再確認して車両の隅へと移動する。


「声出すとバレちゃうからさ」


【スマホに文字を打って会話しよう】


 NPC子ちゃんが取り出したスマホはメモアプリが起動されていて、続けてこんな文字が入力されていた。

 

【スマホをずっと持ってるから撮影しやすいでしょ?】


 にこにこと笑ってはいるけどその本心は読み取れない。公園では撮影した直後に逃げることができたけど、電車の中ではそうはいかない。それは露出するNPC子ちゃんも同じことで、車両の隅に立つ俺が最後の壁になっている。


 俺がとんでもない大男なら姿を完全に隠せるかもしれない。残念ながら平均的な身長だし、体重に関しては軽い部類なので横幅も小さい。壁としての役割は十分とは言えなかった。


【本当にするの? さすがに危なくない?】


 同じようにメモアプリに文字を記入してスマホを見せる。他の乗客はみんな自分のスマホに夢中になっているか寝ているので俺達のやり取りを気にしている人は誰も居ない。


 この無関心は非常に助かる一方で、油断していると隙を突かれてマズい瞬間を目撃されるかもしれないという恐怖も同時にわいてきた。


【でもこのままだと背景くん負けちゃうよ】


 負けたところで俺にデメリットは今のところ何もない。もしかしたらとんでもない要求をされるかもしれないけど、露出狂のNPC子ちゃんがやっていることに比べたらきっとかわいく感じるはずだ。

 もはや犯罪じゃなければ何でもできる。それくらいの気持ちになっていた。


【もっと近くでおっぱい見たくない?】


 突然出てきたおっぱいという単語に体が熱を帯びる。女子から自発的にこういう単語が出ると一段と趣深い。

 

【見たい】


 見たいかどうかと問われれば見たいに決まっている。もし目の前の女の子に恋をしているのなら言葉を選んだ。だけど俺はオカズとして見ている。嫌われてもエロを提供してくれるのならそれで良い。

 その想いを形にするために正直に文字で伝えた。


 NPC子ちゃんはスマホをカバンにしまい、リボンを外すとおもむろにブラウスのボタンを外した。公園の時みたいに肩から胸にかけて露出するつもりらしい。


 しばらくは寄りかかっている方とは反対側のドアだけが開く。今座っている人達はこちらに関心を示さないけど、人が乗ってくるタイミングではどうしても視界に入ってしまう。


【次の駅まですぐ。今はマズい】


 首を横に振りながらスマホを見せてもNPC子ちゃんは手を止めない。むしろその方が好都合と言わんばかりにするすると布がズレていく。


「背景くんが着せてくれてもいいんだよ?」


 ごくりと唾を飲んだ音が聞こえてないことを祈る。ブラウスを着直させるためにはどうしたって肌に触れてしまう。見るだけで満足していると自分に言い聞かせてブレーキを掛けていた理性が吹き飛ぶかもしれない。


 このまま放置したら電車内で迷惑行為に及んだ高校生として突き出される。NPC子ちゃんの変態行為によってなぜか俺が究極の選択を迫られていた。


【退学になるよ?】


 不穏な単語を聞かれて注目を集めたくない。口にするより時間は掛かるけどスマホに文字を入力してメッセージを伝えた。


「そのスリルが楽しいんじゃん」


 俺の制止なんてお構いなしに肩が露わになった。公園では遠目だったのと撮影方法のことで頭がいっぱいで気付かなったけど今日はブラもしていない。このままブラウスがずり落ちれば手以外でNPC子ちゃんの胸を隠すものがなくなってしまう。


「今日はサービスし過ぎちゃったかな」


 そう言った直後、NPC子ちゃんは自ら急いでブラウスを着直した。リボンは間に合ってないしボタンもかなり開いているけど、俺が壁になっていればパッと見た感じでは普通に制服を着こなしているように感じるはずだ。


「ふぅ……」


「ドキドキした?」


「いろんな意味で」


「そっか」


【エッチな意味でもドキドキしたんだ?】


 さすがにエッチという単語を電車内で口にするのははばかれたのか言葉と文字が織り交ぜられた。電車の隅で俺だけが知ってる痴態。こんなの興奮しない方がおかしい。


「それはあるけどさ。はぁ……心臓に悪い」


 このスリルを楽しめるというのは一体どういう感覚なんだろう。男子と女子の違いだろか。NPC子ちゃんはオカズでしかないと心に決めても最後の最後で良心が彼女の社会的地位を守ろうとしてしまう。


 俺はNPC子ちゃんほど振り切ることができない。背景の一部から飛び出せない今までの人生と変わらないことにちょっとだけ失望した。


「あ、次で降りるから。勝負は背景くんの負けかな?」


「俺の負けでいいよ。歴戦の勇者には敵わない」


「NPCから勇者に昇格した?」


「ある意味NPCかも。どんな状況でも同じ行動をするって意味で」


「そうかも。普通は状況に合わせて装備とか行動を変えるもんね」


「俺のネーミングセンスは真理を付いてたみたいだ」


「背景くんも負けてないよ。こんな風にカップルみたいにしてても誰もこっち見ないもん」


「……褒められてる?」


「うん。だって見られたら困るし」


 ふふっと笑ったのと同時くらいに電車がホームに到着した。乗ってくる人よりも降りる人の方が多いようだ。何人かが席を立ちドアの前に集まってくる。


「今日はサービスデーってことにしようかな。背景くん、スマホの準備はいい?」


「スマホ? ずっと持ってるけど」


「そんなんじゃチャンスを逃しちゃうよ? せっかく私のことを知ってるんだから」


 ここまで言われてようやく言葉の意図を理解できた。でも今ここでするか?

 さすがにリスクが高すぎて、別れ際にからかわれてるんじゃないかと思った。


「ばいばい。また明日ね」


「ああ、うん。また」


 クラスメイトなんだから明日も教室で会うのは当たり前のことなのに、こんな風に別れることが新鮮でちょっとだけ心が動かされた。

 続々と降りていく乗客に続いてNPC子ちゃんもドアへと歩く。そのまま歩みを進めればホームに渡れるという時になぜか立ち止まった。


 電車に乗る人は怪訝な顔でNPC子ちゃんの横を通り過ぎて行く。発車のベルが鳴っているのに立ち止まったままの彼女に声を掛けるべきか悩んでいる間に彼女は動いた。


 ぴょんっとホームへジャンプした。ちょっと迷惑な女子高生。若気の至りだと普通は考えるだろう。ほとんどの人はあまり気にせずスマホへと視線を落とす。

 だけど俺は違った。彼女は今ノーパンだ。思いきりジャンプすればスカートは風でめくれ上がる。その中には布を守っていない生のお尻が。


 無意識にカメラを起動していたスマホには俺の視界と同じ映像が映し出されている。反射的にシャッターボタンに触れてカシャっという音がした。意外と誰も気にしてない。


 NPC子ちゃんが電車内で露出に及んだのも頷ける。これだけ人が居るのに誰も居ないみたいな空間。スリルを味わうのには打ってつけかもしれない。


 電車が動き出してNPC子ちゃんの姿はあっという間に見えなくなった。ホームにジャンプした変な女子高生として注目を集めているかもしれないけど、たぶんほとんどの人はあまり気にしていないし、本当に注目すべき点はジャンプではない。


 クラスメイトだけじゃない。この電車に利用客が誰も知らない秘密を俺だけが知っている。世界で俺だけのオカズ。


 こんなにも生々しいオカズが世の中には転がっているのに誰も気付かずに生活している。一度は冷めた優越感がまた熱を帯び出した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る