第14話 公園で
「こっちに公園あるの知ってる?」
「ああ、うん。前に一度だけ撮影に来たことがあるよ。結構広いよね」
「そうそう。遊具もあってさ、ブランコを思いきりこぐと楽しいんだ」
聞くまでもなくノーパンだと思ったのであえて確認はしなかった。ベビーカーを押しながら歩くママさんの前でノーパンの話なんてしたくもない。
「街中で撮影は無理だもんね。背景くんが盗撮で捕まっちゃう」
「わかっててこの勝負を持ち掛けたの?」
「ううん。うっかりしてた。でも、実はこっそりしてたんだよ。気付いてた?」
「え? ウソでしょ。ずっと後ろから見てたのに」
スカートをめくり上げるような仕草はしていなかったし、胸元を開いたような動作もしていなかった。もし堂々と露出してたらすれ違う人が目の色を変えてNPC子ちゃんに注目したいたと思うし、さすがに疑わざるを得ない。
「実演してあげようか? こんな風にねぇ」
NPC子ちゃんは目をつむり何か考えごとをするようにムムムとうなる。ちょっとずつ頬が赤くなるが服装に変化はない。
ずっと見つめているのも照れくさくてつい視線を逸らしてしまった。
「東雲さん、どこが変わったの? それともこれから?」
「うん? もう終わってるよ。よーく観察しないとわからないかもね」
「ちなみに今写真を撮ったら一枚にカウントしてくれる?」
「カウントしてあげてもいいけど、どこが露出になってるかわからないとダメだよ」
「じゃあ、とりあえず」
どこに露出要素があるかわからないので全身が写るように写真を撮った。カメラを通すことで見えるものがあるかとも思ったけど目の前に立つNPC子ちゃんと何ら変わりはない。
「わかるといいね」
ゆっくりと目を開けて微笑むと公園に向かって歩き出した。ものすごくマイペースで自由に動く今の彼女をNPCだなんて言えない。むしろ言われるがままに露出に付き合う俺の方がNPCみたいだ。
「ちなみに今も継続中だよ? 隣を歩いたらわかるかもしれないけど」
「いいよ。なんかデートだと思われたらイヤだし」
「一緒に歩いてるだけでデートなんて誰も思わないよ。背景くんもおんぷちゃんみたいな子の方が良いんだ?」
「そういうわけじゃ……」
前後で少し距離を取って会話する方がむしろ怪しいんじゃないかとも考えたけど今更隣に並ぶのも違う気がして、中間案としてほんの少しだけ距離を詰めた。
それでもどこが露出しているのかわからなくて改めてさっき撮った写真を眺めてみる。
目をつむって立っているだけ。キス待ちと受け取れなくはないけど、俺のキスなんて待つ理由はない。あのタイミングでいきなりキスをしたら通報されて人生終了だ。
実はNPC子ちゃんが俺に惚れてるなんて自惚れるほどバカじゃない。都合よく趣味に付き合ってくれる影が薄いクラスメイト。友達も居ないから秘密もバレないし写真も撮れる。
考えれば考えるほどNPC子ちゃんの露出癖をさらに盛り上げるのに打って付けの存在だ。
「あ、今日は結構人が居るね。ドキドキしちゃう」
公園には何人かのママ友が談笑していた。一緒に来ている子供はみんな小さくて、ベビーカーの中で空を不思議そうに見つめていたり抱っこされている。
「背景くんはあのベンチに座ってて。私は……どこで露出するでしょうか?」
指示をするなり公園の茂みに駆けて行ってしまった。たぶん茂みの中で肌を晒すんだろうけど、そこまで緑は深くない。
物音がすればさすがに一人くらいは茂みを気に掛けるだろうし、子供を変質者から守るために警察に通報するかもしれない。
そのスリルを楽しむにしてもリスクが大きすぎる。
「俺はベンチに座るだけだ」
指定されたベンチに腰を下ろして公園全体を見渡すと、ひとまずママ友とその子供くらいしか人は居ない。
あのママ友達の意識はおしゃべりに向いていて、次は自分の子供だろう。公園に高校生が来たくらいでは特に気にも留めていない様子だ。
だけど赤ちゃんは違った。ただ抱っこされているだけで公園の景色に飽きてしまった赤ちゃんは周りにおもしろいものがないかキョロキョロしている。
公園で露出するNPC子ちゃんの姿を探すために茂みの方を注視していると、ふいに赤ちゃんと目が合った。
荒んだ瞳の人間とは関わらない方が良いと本能が察知したのかもしれない。あるいは背景に溶け込んだ俺の存在に気付いてすらいなくて、何もないから興味を失ってしまったのか……。
どちらにしてもちょっとショックだった。同級生に背景扱いされるのは全然平気なのに、自分でも意外な発見だ。
「ん?」
ママ友集団の影に隠れる位置にNPC子ちゃんが立っているのが見えた。人と人の隙間からわずかに見える程度だけど間違ないない。
木も生い茂っていて何かあってもすぐに隠れることはできそうだ。
「どうしたものか」
俺はあくまでも背景に溶け込んでNPC子ちゃんに悟られないように写真を撮ればいい。指示通りにベンチに座りながら撮影の機会を伺う理由は特にない。ベンチ以外で撮影したらノーカンとも言われてないんだから、それは向こうの後出しというものだ。
だけど、この限られた条件の中で写真を撮りたいという気持ちもある。美しい風景写真を撮るために立ち入り禁止区域に入るのではなく、きちんとルールを守った上で素晴らしい一枚を残す。
ルール破りのペナルティを負いたくないという理由はもちろんあるんだけど、それ以上に撮影の技術で最高の一枚を撮ってみたいというプライドの方が大きい。
「スマホ構えたら怪しいよな」
この場所からNPC子ちゃんに向けてスマホを構えるとどうしてもママ友が写り込んでしまう。この状況でシャッター音がしたら親子を盗撮していると疑われるかもしれない。
「っていうか、証拠的にそうだよな」
赤ちゃんを狙ったロリコンと思われるのか、人妻を狙った年上好きと思われるのかは置いておいて、どちらにしても盗撮犯に変わりはない。
あのママ友達がエロ漫画の住人なら俺の体を貪り食うルートに突入するんだろうけどその可能性はゼロに等しい。
クラスメイトが露出狂だったというスーパーレアを引き当ててしまった俺にこれ以上の特殊人物との出会いは難しいだろう。確率の低い賭けに出るより安定の選択した方が絶対に良い!
「…………ってマジか」
スマホで撮影するか悩んでいる間にも茂みの中のNPC子ちゃんはブラウスのボタンを外し始めていた。
俺から目を逸らした赤ちゃんはずっと茂みの方を見ている。たぶん、あの子はNPC子ちゃんに気付いている。
あの子が将来露出趣味になったら絶対にNPC子ちゃんのせいだ。三つ子の魂百までと言うし、三歳までに変な教育をするのはたぶん良くない。良くないんだけど、高校生になってからの出会いで歪むこともあるんだ。
誰しもいつかはエロに辿り着くと思えば英才教育と言えなくもない。
「うわっ」
思わず声が漏れるくらいNPC子ちゃんは胸元を開いている。幸か不幸か山が小さいため大迫力ではないが、白い鎖骨が妙に色っぽい。その魅力に早くも気付いているのか赤ちゃんはじっと見つめているようだ。
さっきはどこを露出しているのか全然わからなかったけど、今は明らかに胸を出している。もちろん大事な部分はギリギリで隠れてはいるものの、公園で出すにはあまりにも不自然な肌の面積は職務質問されたら言い逃れはできない。
一枚写真を撮ればとりあえず一歩勝利に近付く。だけどスマホを構えることができない。
場所を変えるか? この考えが脳裏をよぎりってすぐに振り払った。
NPC子ちゃんは周りを警戒して露出している。俺が移動すればすぐさま隠れてしまうだろう。餓えたオオカミのように躍起になってはいけない。俺はあくまでも背景。存在感を消して、彼女の意識の外から撮影しないと意味がない。
「これはやられた」
スマホをギュッと握りしめて唇を噛んだ。カメラを起動して写真を一枚撮影するのなんて一瞬。いくら露出に慣れて警戒心も強いNPC子ちゃんでも一瞬でブラウスを着直すのは不可能だ。
シャッターさえ押せれば俺の勝ちなのにそれを実行に移せない。絶対にママ友集団が写り込んでしまう。
年上の女性、しかも母は強しとも言う。そんな人達に集団で詰められたら俺は何の反論もできない。
ママ友達の向こう側に居る胸元がはだけてる女子高生がメインですと証言したところで、それはそれでNPC子ちゃんが事情聴取される。
俺の視線に気付きながらも堂々と露出するNPC子ちゃんはたぶんこの状況まで考慮している。
ただ人目を警戒しているだけじゃない。他人の存在を利用することで露出しつつ俺の撮影を妨害していた。
撮影はできなくてもこの目にNPC子ちゃんの姿を焼き付けることはできる。ブラウスは完全にはだけて、胸は腕で隠しているものの肩は丸出しになっている。ノースリーブの女性なんて街を歩けばいくらでも見かけるし、水着のグラビア、いや、それどころかヌード画像なんていくらでもネットで見られる。
全裸に比べればまだまだ肌の露出は少ないはずなのに、それが公園というだけで恐ろしく扇情的になっている。
もし俺が大声を出してNPC子ちゃんの存在をママ友集団に知らせたらどうなるんだろう。
どんなに警戒していても、俺が裏切った瞬間に全てが破綻する。自分が彼女の命運を握っているのかと考えるとふつふつと腹の底で黒い感情が煮えたぎった。
「…………ごくっ」
黒い感情を表に出さないように唾と一緒に飲み込んだ。同じ制服を着ていて、さらにクラスメイトとなれば絶対に関係を疑われる。
NPC子ちゃんの命運を握っているなんて思い上がるな。むしろ男子というだけで俺の立場が弱いことを自覚しろ。
だけど写真を撮りたい。ママ友達の奥に小さく映るクラスメイト。俺はあなた達には興味はない。いつも教室の後ろで同じ言動を繰り返すNPCの暴走した姿に興味があるんだ。
俺はスマホをNPC子ちゃんに向けた。できるだけおしゃべりに夢中なママ友達が写らないように、座りながらじりじりと横に移動する。画面もできるだけ拡大して、それでいてピンボケしないギリギリを調節した。
すぐに立ち去れるよう脚にも意識を集める。パシャっと音がした瞬間にこの公園から逃げる。たぶん、二度とここには撮影には来れなくなるけど仕方ない。
高校を卒業したら学校近くの公園に立ち寄るなんてこともないはずだ。大人になってから母校に帰って感傷に浸るような青春も過ごしてない。
シャッター音がしたらまずは俺に意識が向く。次に被写体だ。順番的にNPC子ちゃんが隠れる隙くらいはあるはず。もし捕まったら一緒に地獄に落ちよう。盗撮と露出、どちらもろくなものじゃない。
きっと大丈夫。俺は背景なんだ。シャッター音がした直後に走っている高校生くらいにしか思われないはず。人生にはそんな場面があってもおかしくない。
ママ友集団は一瞬気にするだろうけど、子育てが忙しくてすぐに忘れる。
カシャッ!
撮影結果を確認するよりも先もまず走った。体育の授業よりも本気かもしれない。こんなに全力で走ることがないので脚がうまく動いているのかわからない。自分の体じゃないみたいな浮遊感が気持ち悪い。
とにかく駅の方に向かった。制服で学校を判別できる人種でなければ、駅の方に向かったどこかの学校の生徒くらいの認識になる。そもそも通報だってされないかもしれない。
全速力で走ったことよるものとは違う動悸で胸が爆発しそうだ。
「はぁ……はぁ……」
後ろを振り返っても誰かが追いかけてくる気配はなかった。子連れで不審者を追いかけるなんてよほどの丹力がなければできない。
スマホのロックを解除するとさっき撮った写真が出てきた。
「……ぜぇ…………はぁ……よかった」
決死の覚悟で撮影した一枚は見事に肩を出したNPC子ちゃんの姿を残していた。知っている人が見れば彼女だとわかる程度には顔も写っている。
「男子でこんな姿見てるの俺だけなんだよな」
彼氏でもないのにここまで肌を出した姿を知っている。その優越感が走った直後の体をさらに熱くする。
「あ、背景くん。いたいた」
写真の中とは違い制服できちんと肌を隠したNPC子ちゃんが笑顔で駆けよってきた。こんな風に笑っているということは、きっと誰にもバレずに済んだのだろう。言葉で確認したいのに、真実を知るのが恐くて俺は察するだけにした。
「へぇ~。上手に撮れてる。他の人を気にしなければこんな風に撮られちゃうんだね」
「…………うん」
「これからは気を付けないと。勉強になったよ。背景くんまずは一枚目ゲットだね」
これまでもこんな風に他の男に撮影されているかもしれないのにNPC子ちゃんはさほど困った様子もなく笑顔でお礼を言った。
ほんの一瞬だけ味わった優越感があっという間に冷めていく。俺だけが知ってるわけじゃないし、俺は他の男と同じ扱いなんだ。
たまたま都合が良いというだけで、特別な存在ではない。
熱くなった心と体が急激に冷えたことで俺の考えは別の方向に切り替わった。
俺だけのオカズを手に入れよう。
ネットを漁っても出てこない、自分で撮影したオカズ。背景くんなんて呼ばれる俺にはこんな青春がお似合なんだ。
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