第11話 NPCだから

「えぬ……東雲しののめさんもこっちに来てたんだ」


「うん。ビックリした? 私が居なくなってて」


「そりゃ、まあ」


 ビックリしたのは初めてモザイクなしで見た女の子の大事な部分だ。ほんの一瞬、遠くからチラリと見ただけなのに初めてエロに触れた時のような興奮と緊張が全身を駆け巡っていた。


「もう遅いから学校戻ろうか? 背景くん、荷物は部室でしょ?」


「ああ、うん。カメラも部室に戻さないと」


「持ち帰り禁止なんだ?」


「学校の備品だから。他の部員はあんまり活動してないから一日くらいならバレないと思うけど」


「ふーん」


 意味深な笑みを浮かべてNPC子ちゃんは今来た道を戻り始めた。冷たい風がスカートをひらひらと動かすのに全く気に留めない彼女にこっちが肝を冷やしてしまう。


「どうしたの?」


「え……東雲しののめさんもこっちなんだ?」


「一緒に部室戻ろうよ。私の部室じゃないけど」


「まあ、いいけどさ」


 NPC子ちゃんはカバンを持っているし、写真部の部室に何も置いていないはず。俺と違って学校に戻る必要はない。

 まだ俺と一緒に過ごしたいってことなのか? ちょっと勘違いしそうになった。


「もしかして見つかりそうだった?」


「うん? あはは。実はね、あの橋の下で露出したことはないんだ」


「ちょっ! 声が大きいって」


 この話題は絶対に周りに聞かれたらマズいと自覚しているので声を潜めたのにNPC子ちゃんは構わず同じ声量で答えた。

 いつどんな時も同じ返答をするNPCらしいと言えばらしいけど、それはあくまでも教室の様子を比喩したものであって実際には人間なんだから配慮してほしい。


「大丈夫大丈夫。今は人、居ないでしょ?」


「そうだけどさ、自転車で走ってくる人とか」


「すぐに走り去るから会話の内容なんて耳に入らないよ。私が露出する女の子だって知ってれば聞き耳を立てるかもしれないけど」


 辺りを見回すと確かに誰も歩いていないし自転車の影もない。


「もうだいぶ暗くなってきてるからね。子供たちはもう帰ってるし、お買い物をした主婦も家に帰ってる。この薄暗さなら一瞬スカートがめくれてもわからないよ。


「わっ!」


 川の方を向いたかと思うとスカートをめくり上げ、少なくとも三秒くらいは何も身に付けていない下半身が対岸から丸見えになっていた。

 そんなNPC子ちゃんの後ろに立つ俺は傍から見れば彼女に露出を強要しているクズ男だろうか。


 つい大きな声が出たものの、どうしていいかわからずただオロオロするしかなかった。


「向こう側には誰も居ないけどさ、家が建ってるじゃない? たまたま窓から外を眺めてたらいきなり女の子が下半身を丸出ししてたらビックリするかな?」


「そりゃするでしょ。暗くて確信は持てなそうだけど」


「わかってるじゃん背景くん。そう。たぶん見られても通報されることはない。なぜなら私はこうして露出してるから」


 今度は歩きながらスカートをふぁさっとめくり上げた。チラリと見えた太もものラインがあの秘部に繋がっているのかと思うと背徳感よりも興奮が勝る。


「こうやって露出できるのがお気に入りの理由。ごめんね。ウソついて」


「別にいいけど」


 学校の外でも露出しているという事実に変わりはない。むしろ橋の下の方が死角になる位置もあるから安全なくらいで、こうして道端で隙あらば肌を晒しているNPC子ちゃんに狂気を感じる。


「もう一つの古い橋を渡ってこっちに来たんだ。一か所に留まってたら噂が立ってすぐバレちゃうもん」


「このやり方はバレないの?」


「移動しながらだからね。目の錯覚かなって思うんじゃないかな?」


「確信はないのね」


「まあまあ、男の露出狂ならともかく女の子ならむしろ需要があって感謝されてるかもよ? 私は簡単に見せてあげるつもりはないけど」


「スリルを楽しんでるんだっけ?」


「そそ。相手の裏をかいてバレないようにこっそりと肌を晒す。見つかったら一発アウトかもしれないハラハラドキドキは一度経験したら忘れられない」


 興奮気味に語るNPC子ちゃんの声はかなり大きい。うっかりパトロール中の警察官にでも聞かれたら職務質問くらいはされそうだ。

 さらに身体検査までされたらノーパンが露出狂の動かぬ証拠になる。そして黙っておいてほしければ体を……みたいな展開はさすがにエロコンテンツの見過ぎかな。


「だけど背景くん。私がいつもの露出コースに出たのは背景くんのせいなんだよ?」


「え? そうなの?」


「NPCらしく決められた行動をしたんだけど」


「いや、あくまでも教室でのえぬ……東雲しののめさんを見てのあだ名だし。しかも俺しか使ってないやつ」


「でも、嬉しかったでしょ? 背景くん血走った目ですっごい凝視してた。そんなんじゃ周りの人にも何かあるってバレちゃうんだとけど?」


「……え?」


 俺、そんな感じだった? たしかにNPC子ちゃんの秘部から目を離せなかったけどほんの一瞬の出来事だったし、中学生カップルも自分達の空間でイチャイチャしてたから全然バレてないと思うんだけど。


「さっきのは背景くんへの餌付け。私の露出、もっと見たくなったでしょ?」


「だって見ていいって言うから」


「本当ならあんな風に視線を感じたらさすがに露出しないんだからね。背景くんを私の露出の虜にするためにわざとやったんだ」


「そんなことされなくても俺は……」


 もうNPC子ちゃんの露出した姿が頭から離れない。エロ動画を再生するまでもなく記憶だけで十分なくらいに何度も堪能している。

 なんてことを本人を前に口が裂けても言えない。NPC子ちゃんの思惑通りになってるのがしゃくだし、あなたをオカズにしていますなんてクラスメイトに言ったら頭がおかしすぎる。


「いいんだよ。だって私が勝手に露出して、背景くんの視線に気付かない私が悪いんだから」


 教室で見せる取り繕った笑顔でNPC子ちゃんは言った。向こうから同じ学校の制服を着た男子のグループが歩いてくる。

 隣を歩くクラスメイトは風でスカートがめくれないようにしっかりと押さえた。


「私、NPCだから決められた行動をしちゃうんだ」


 生徒達とすれ違った瞬間、耳元でささやいて押さえていたスカートをめくった。

 疲れた表情を浮かべたわいわいと談笑しながら歩く集団は何も気付かずそのまま歩いていく。


 NPC子ちゃんの息が荒い。ほんのりと頬を赤く染めて狡猾な笑みを浮かべる彼女を美しいと思ってしまった。

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