第10話 野外活動3

「とりあえず戻るか」


 NPCはきちんと存在感がある。特にNPC子ちゃんは教室の入り口で絶対に声を掛けられるくらいの定番キャラだ。そんな彼女が完全に気配を消して俺のうしろをこっそり付けているとは考えにくい。


 一応振り返ってみたものの小学生の集団が土手の上を自転車で走り抜けていっただけだった。


「あっちから行こう」


 見えている範囲だと橋は二本ある。さっき俺が渡った夕陽を撮影する時に使う大きな橋と、歩道と車道が白線で別れてるだけの細い橋。

 この大きな橋が後から作られたらしいけど、この辺りは高校生になって初めて訪れた地域だから歴史については全く詳しくない。

歩道が狭く、人と車の距離がギリギリだから自然と新しい大きな橋を利用していた。


 石だらけで足元はかなり悪いけど川の流れに沿って歩く。ふと土手を見上げるとまたもや小学生達が自転車で走り抜けていくのできっともう家に帰るんだろう。門限をきちんと守らないと家に入れないのは小学生ならではだと思う。


 家庭によって違うにしても、中学生になると部活で帰りが遅くなるし、電車通学をする高校生は交通事情によって予想外に遅くなることがある。

 中学生になったタイミングで自宅の合鍵を携帯することを許可されたのでどんな時間に帰宅しても家に入るこちはできる。


 もちろん、理由を伝えずに遅くなれば怒られるんだろうけどそんな青春っぽいイベントとは無縁なのでどんなに遅くても二十時までには帰宅していた。


「今日はどうなるんだろ。一応連絡しておくか」


 NPC子ちゃんを見つける当てもない。遠くには行っていないという予想の元、この辺りをぶらぶらと捜索するとなれば時間が掛かりそうだ。

 スマホを取り出して母親とのメッセージ画面を開いたところで指を止めた。


「友達……じゃないしな」


 露出狂の共犯なんて言えるはずがないし写真部の部員でもない。友達と呼べるような間柄ではないし、ただのクラスメイトを探すというのも事件性を感じる表現だ。

 一度部室に戻ってからじゃないと帰宅できないことを考えると、そんなには遅くならないはず。


 NPC子ちゃんには悪いけど捜索はそこそこのところで切り上げるとしよう。まさか俺が見つけるまでどこかで露出を続けるわけでもあるまい。

 明日教室で会ってもその場で罵倒されることだってないだろうし、部室で怒られるくらいなら良しとしよう。


 ゆるい気持ちでNPC子ちゃんを探すために川の流れを見つめながら歩みを進める。土手を上って舗装された道を歩いた方が絶対に速いんだけど、放課後に河原を歩くという行為が青春っぽくてあえてこっちの道を選んでしまう。


「意外とこういうのに憧れてるのかも」


 同じ人を好きになった親友と河原で殴り合いのケンカをするみたいなベタな青春を体験する高校生なんてこの世に存在してるのだろうか。

 今はSNSを活用したドロドロとした男女の奪い合いが発生してそうだ。どちらも俺には無縁だけど。


 ふと土手を見上げると中学生くらいの男女が手を繋いで歩いていた。背も低いし顔立ちもまだまだ幼い雰囲気があるのに俺よりも大人に見える。

 もし俺が思い切って高校デビューしたら誰かとあんな風に手を繋いでいたのかな……そんな妄想をした時に頭に浮かんだのはNPC子ちゃんだった。


 神田さんではないあたりに自分の単純さを痛感した。あの日以来、クラスで一番目立つ神田さんよりもNPC子ちゃんを目で追ってしまっている。


 好きとかじゃない。神田さんよりも激しい露出をして丸見えになった姿が目に焼き付いてしまって意識しているだけだ。RPGとかゲームに詳しいみたいだから趣味は合うのかもしれないけど、露出狂は犯罪者だ。恋愛感情を抱いたら俺まで堕ちてしまう。


「あれ? ……っていうかNPC子ちゃん」


 ゆっくりと二人の時間を堪能している中学生カップルと同じ速度でNPC子ちゃんが歩いていた。さっき脳裏に顔が浮かんだのは無意識のうちに彼女の姿が視界に入ったからに違いない。


 いくら気になっていると言っても、あくまでオカズとしてであって恋愛対象ではない。偶然が重なった結果だと自分に言い聞かせられる幸運にホッと胸を撫で下ろした。


「なんであの橋を渡ってきたんだろ。とりあえず合流するか」


 今日の風景は十分に撮影できた。夕陽だけでなく光が反射する渓流も撮れたのだから放課後の短い時間で撮影したわりには収穫だと思う。

 階段を使うほど急斜面でもないので土手を上ろうとした時、川の流れに冷やされた風が背後からびゅっと通り抜けた。


 中学生の女の子はパッとスカートを押さえたが、その後ろを歩くNPC子ちゃんは頬を赤らめながら棒立ちになっていた。

 勢いよく吹き上げた風は彼女のスカートを思いきりめくる。俺のことが視界に入っていないのか、丸見えになった下半身を隠す様子はない。


 ほんの一瞬の出来事なのに脳裏にしっかりと焼き付いたその光景には一切の黒がなかった。


 ただ、遠くてよく見えなかったというのは正直なところだ。でも、間違いなく高校生なら生えていてもおかしくないものがNPC子ちゃんにはなかった。

 体質なのか処理しているのかはもちろんわからない。生えていれば肌の色との対比で黒く見えるはず。

 少なくともスカートの下に布を身に付けていないのは確定的だった。


「マジか……」


 NPC子ちゃんの下半身は横から見たことはある。肉感的には太ももが丸見えになっていた。モザイクなしで女性の秘部を見るのは母親と一緒にお風呂に入った幼少期を除けば初めての経験だ。


 この前のしゃがんだ状態の全裸、窓に反射した胸、風が晒した秘部。どんどん俺の脳内でNPC子ちゃんの裸体が完成されていく。


 自分達の背後を露出狂が歩いているなんて知らないかのように中学生カップルは穏やかな笑みを浮かべて帰路を進んでいく。

 一方、NPC子ちゃんはスカートを押さえずまた同じ速度でカップルの後ろを歩く。さっきほどの突風は吹かないけど、時折吹き上げる風はギリギリでスカートをめくり上げない。


 たぶん俺だけが彼女がノーパンであることを知っていて、もしまた勢いよく風が吹き抜ければ秘部を晒すことも知っている。


「俺は何も見てない。見てない」


 暗示をかけるようにつぶやいて坂を駆け上った。さすがに友達と呼べないクラスメイトの名前を叫ぶ勇気はなく、だけど知人であることをアピールするために軽く手を振ってみる。

 中学生カップルが俺をチラリと見ると、自分達の後ろに女子高生が歩いていることに気付いたようだ。


 何も知らない人は俺達の関係をどう思うんだろう。二人だけの秘密がより一層深くなった気がして、不思議と胸は高鳴っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る