第8話 野外活動1
「ここが私のお気に入りスポットなんだ。雰囲気良いでしょ?」
NPC子ちゃんに連れられて来たのは俺もたまに撮影で来る大きな橋……の下だった。
彼女は雰囲気が良いと言うけれど日差しも届かないここのひんやりとした空気はどこか怪しさをまとっている。
昔の漫画なら不良のたまり場になっていてもおかしくない危険な雰囲気はお世辞にも良いとは言えない。
「この辺には何度か来たけど、ここに降りたのは初めてだ」
土手には階段も設置されていて誰でも川沿いを歩くことができる。実際、さっき犬の散歩をしている人とすれ違った。
部活をするのが放課後ということもありどうしても夕方の風景写真が多くなる。
川のせせらぎや土手に咲く花にも注目すべきだとはわかっていても、橋から見える大きな夕陽に心を奪われてシャッターを押してしまう。
「階段があってもわざわざ降りないよね。車が入ってこないから犬の散歩にはいいのかも」
「人通りが少なくて怪しい雰囲気しかないんだけど、雰囲気が良いっていうのは露出的な意味で?」
「そうだよ。たまに人が通るのが堪らなくスリリングなの。でも、土手の上からだと死角になってて……ほら、こっちからは見えないでしょ?」
橋の幅はかなり広く、中央付近まで足を運ぶと川辺を歩いていない限りは人の姿を確認できない。左右にさえ気を配っていれば誰にも見られないというのは理屈の上ではわかる。
「でもさ、服を脱いでる時にジョギングしてる人とか来たらバレちゃわない?」
「さすがに全部は脱がないよ。教室みたいにスカートめくって丸出しになるの。犬の鳴き声が聞こえた時なんかは心臓バクバク。野生の勘で気付かれてるのかも」
「犬に気付かれるだけなら平気だろうけどさ」
人間の裸に犬が興奮するかは知らないけど、急に全速力で走り出してNPC子ちゃんの隙を突いたら飼い主に目撃されるかもしれない。
今のところ学校から処分を受けてなくて、ニュースにもなってないことを考えるとバレてはないんだろうけどものすごく綱渡りだとは思う。
「俺は橋の上から夕陽を撮影したいよ。やっぱり日光を浴びなきゃ」
「いつかお日様の下で裸になりたいかも。どこかそういう場所知らない?」
「知らないよ。どんなに人が居ないと思っても一人くらいは遭遇する。俺が撮影した範囲では、だけど」
人が踏み入れたことがないと思えてもすでに自分が立ち入っている。運動神経が特別良いわけでもない普通の高校生が行ける場所に、自分以外の誰も入ってこない聖域みたいな地なんてそうそうない。
それに誰も来ないとわかっていたら露出のスリルはないんじゃないかと思う。見られたらダメなのに見られるかもしれないリスクは背負っていたい。NPC子ちゃんはなかなか難儀な趣味を持っている。
「それじゃあ背景くん。この辺の背景に溶け込んで私に気配を悟られないようにして」
「え……そんなこと言われても。忍者みたいに意識して背景になってるわけじゃないし」
「普段通りしてれば大丈夫だよ。私、人の気配に敏感なのにこの前は全然気が付かなった。途中から見られてるってわかっててスカートめくってたんだけど」
「そうなの?」
「うん。背景くんなら突然襲ってくることもないかなって。他の男子なら写真撮って脅迫でしょ」
「どうだろ……そうなのかな」
「そのスリルも含めて楽しんでるんだけどね。だからこの前のは超サービスっていうか、学校の中なら人が来る方向とか限られてるし、隠れる場所もすぐに思い付くからついやり過ぎちゃった」
えへへとはにかむNPC子ちゃんはこの場面だけ切り取れば清純派の美少女という印象だ。ちょっと地味だけど笑うと可愛い。隠れファンが多いクラスメイト。神田さんみたいな学校の中心に居るような陽キャではなく、俺はこういうタイプが好みだ。
露出狂の変態でいつ退学処分や警察のお世話になってもおかしくない危険性さえ許容できれば付き合いたい。
でも、友達と呼べる人間すらろくに居ない俺に女子との交際はあまりにもハードルが高すぎる。
傍から見てNPC子ちゃんと一緒に居る俺はどういう関係だと思わるのだろうか。人目に付かない場所で男女が二人きり。まさか露出を頼んでいるとは思うまい。
「そうだ。さっき夕陽を撮りたいって言ってたよね。良いよ。その下で私は下半身をさらけ出してるから。どう? 興奮しない?」
「……………………まあ」
数秒考えた上で肯定した。今までも何度か撮影に訪れた場所でクラスメイトが露出している。基本的には誰にもバレないようにこっそりと肌を晒していることを俺だけが知っている。
気配を殺して近付けばまたあの生々しい肌をこの目に収めることができるかもしれない。
しかも今度は教室という閉じられた空間ではなく、本当に見知らぬ人が通報するかもしれない屋外だ。NPC子ちゃんは補導されるか、証拠を押さえられて脅迫されるかの二択。
俺はたまたまその場に居合わせて露出を目撃しただけで一切法を犯していない。
校内と違って俺だけがリスクを減らせる理想的なシチュエーションと言ってもいい。
「それじゃあ背景くん、部活をしながら私が露出してる姿を拝んでみてね。できたらの話だけど」
「……撮影してくる」
一言だけ残して俺は土手を上り橋へと向かった。日が当たらないひんやりとした空気から一転、日光がぽかぽかと暖かい場所に帰ってくると本来居るべきところに帰ってきたとすら思う。
今ならまだ引き返せる。野外露出なんて犯罪の一端に触れずに地味で目立たない高校生活を終えれば真っ当な人生を歩める。
だけど俺はすぐそこにあるエロに抗うことができなかった。目の前に広がる雄大な景色よりもその下に居るクラスメイトが気になって仕方がない。
何も撮影してないと後で冷やかされるかもしれないので構図や明るさなんか考えずにただ数回シャッターを切る。
「あっちから見えるよな」
真下は当然死角だし、NPC子ちゃんは左右には気を配っている。橋の下に何かあると思わなければわざわざ覗かないけど、極上のエロがそこに存在しているとわかっていれば発見するのは容易い。
橋を渡って対岸からNPC子ちゃんの姿を伺うことにした。幸い俺はカメラを持っている。距離が離れていて肉眼では確認できなくてもレンズ越しになら……。
学校の備品に変態行為の証拠を残せばNPC子ちゃんはもちろん、撮影者の俺にまで処罰が下る。
あくまでもこのカメラは視覚を補うものとして活用する。
「バレずに見てほしいって言ったのは向こうだもんな」
嫌がるクラスメイトを無理矢理脱がしているんじゃない。NPC子ちゃんが勝手に脱いで、俺は背景に紛れてたまたまその瞬間を目撃しているだけ。
だけどまじまじと見ていたら他の誰かが注目してしまうかもしれない。あくまでも自然に、風景を撮っている高校生として振る舞う必要がある。
溢れ出そうな興奮を必死に押さえつけながら対岸に渡り、別の角度から夕陽を撮影しているような雰囲気を出すためにまずは空を何枚か撮影した。
同じ夕陽でも撮る位置が変われば別の表情を見せてくれる。本来なら新たな発見に心躍っていたところだけど、今日はそれどころじゃない。
土手に降りればNPC子ちゃんの視界に入ってしまう。橋から少し離れて、彼女がいる場所がギリギリ見える位置を探す。
かごに荷物を入れた主婦や、元気よく猛スピードで駆け抜ける小学生など自転車と何台もすれ違った。
橋の下なんか気にすることなく真っすぐに走り去っていく。ほんの少しスピードを緩めて視野を別のところに向ければ非日常の光景が広がっているのに、誰もそれに気が付かない。
「わかってれば見つけるのも簡単なんだけどな」
そのはずだった。NPC子ちゃんは間違いなく向こう岸の橋の下にいるはずなのに、目を凝らしても誰も居ない。
レンズの拡大機能を使って探しても、まるで最初から何も存在してないかのような薄暗く冷たい空間だけが広がっていた。
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