第5話 隠して隠れて

「マジで!? ウケるー」


 瞑想状態に入った俺の耳に入ってきたのはいつも神田さんと一緒に居る女子達の声。カツカツと廊下をローファーで鳴らしながらその音と声は確実に教室に近付いている。


 俺がこうして読書をしているのは背景の一部だから不思議ではない。だけどNPC子ちゃんは?

 今の着衣状況を確認したくても万が一あられもない姿なら俺が犯人として突き出されてしまう。


 女子の着替えってどれくらい時間が掛かるものなんだ。俺の場合は全裸から全着用までそう時間は要しない。ブラ! ブラって付けるのに時間が掛かるの!?

 そもそもソックスも脱いでたからそれをちゃんと履こうと思ったら大変だろうし……頭の中が全裸のクラスメイトがすぐそばに居る事実とそれが他の生徒にバレる可能性でモヤモヤする。


 一応NPC子ちゃんとの約束は守っているけど、第三者に見られたら元も子もない。今の俺にできる最善手は……。


「NPC子ちゃんは掃除道具入れに。服は俺が隠すから」


 窓の外を見ながら廊下にまで届かないくらいの声量を出すと、ひたひたと素足の足音がこちらに向かってくる。同じ過ちを繰り返さないように目をつむり反射した姿すらも視界に入らないように配慮した。


 ギィッと鈍い金属音がしたあと、がさがさと音を立てながら建付けが悪くなった掃除道具入れの扉が閉まる独特の音が耳に届いた。

 それを合図に俺は教壇を確認すると、脱ぎ捨てられた制服が放置されている。


 女子達の声はもうすぐそこにまで迫っていた。

 体育の授業でもここまで全力で走ったことがないくらいに本気で脚を動かしNPC子ちゃんの制服を抱き抱え、そのまま教壇の下にもぐる。


 呼吸を整えたいところだけど、深く息を吸えば女子の制服を抱き抱えて鼻息を荒くしている変態の誕生だ。

 息を潜めてちょっとずつ呼吸と心を落ち着けていく。


 勢いで掴んだ制服の中には部室でチラリと見えた水色のブラが挟まっていた。音を立ててはいけないと頭では理解していても好奇心が理性を上回り、ゆっくりと静かに制服を広げてしまう。


「マジ音風おんぷモテすぎっしょ。また告白されてたし」


「サクッと適当に彼氏作ればいいのにね。それでも寝取り目的で告るやついそうだけど」


「昼ドラ展開エグいて」


「それな」


 聞き覚えのある声とそうじゃない声がものすごく盛り上がっている。多少の物音なら彼女達の声にかき消されるだろう。

 一枚ずつ丁寧に制服を広げていくと、その中には予想通りパンツはなかった。


 俺が拾い忘れたんじゃない。休み時間に見たあの下半身はやっぱりノーパンだった。スカートをたくし上げる以前に、普段からノーパンで過ごしている。


 丈は長めとは言っても階段で下から覗かれたらその違和感に誰かが気付てしまうかもしれない。そんなスリルを常にNPC子ちゃんは味わいながら生活していたんだ。


 人気者の神田さんが教室に居るか居ないか教えてくれる便利なNPCだとみんなは思っている。だけど裏では露出をしている変態。

 神田さんみたいな隠しきれない発育の良いエロさはもちろん大好きだ。だけど俺はNPC子ちゃんの隠されたエロの虜になっていた。


「つーかさ、さっきこの部屋から物音しなかった?」


「マ? ホラーじゃん」


「ホラーの時間には早くね。まだ明るいし」


「あたしが子供の頃に見た映画だと4時44分に妖怪の世界に行ってたよ」


「まだ4時半じゃん。ないない。妖怪の世界なんて」


「意外とあのロッカーが妖怪の世界に繋がってるかもよ」


「ないない。そんなことより忘れ物取って早く帰ろうって」


「もしかしてビビッてんの? あかね可愛い」


「ビビッてねーし。掃除道具入れが妖怪の世界に繋がってるって? 開けてやろうじゃん」


「いいっていいって。か弱いあかねちゃんは無理しないで」


 マズい。掃除道具入れには全裸のNPC子ちゃんが入っている。自らの意思で全裸になったと証言すれば変態扱いされ、俺を生贄に捧げて強要された証言すれば俺の人生が終わる。


 このまま掃除道具入れのドアを開けられたら確実にどちらかの人生は終わるし、下手すれば共倒れだ。

 NPC子ちゃんの制服をギュッと抱き抱えて思考をフル回転させる。


 声の感じからして人数は二人。二人の意識は今、掃除道具入れに集まっている。

 その二人の視線に捉えられることなくこの教室から勢いよく飛び出して、奇妙な物音がしたら興味はこっちに移るんじゃないか。


 教壇の下を探られて脱ぎ捨てられた制服を発見されてもバッドエンドに突入してしまうけど、流れに身を任せるよりかは二人の生存確率は上がる。

 考えている間にも二人はきっとドアを開けてしまう。俺は意を決して、身を低くしながら教壇から飛び出した。


 バンッ!!


 こちらに意識を向けてもらえるように教室のドアを思いきり叩いて全力疾走で廊下を駆け抜ける。

 階段までは教室を3つ超えなければならない。もしあの二人がこちらに関心を移して廊下に出た場合、逃亡する俺の姿をその目に捉えてしまう。


 それはすなわち二人の会話を盗み聞きしていたことがバレるということ。失うような信頼も友達もいないけど、背景として平穏無事に終えられるはずだった高校生活が一気に肩身の狭いものになってしまう。


「ふっ!」


 この時間帯は意外と教室に誰も居ない。

 NPC子ちゃんの言葉を信じて隣の教室の中をあまり確認せずに飛び込んだ。


 幸いなことにこの教室も誰も居なかったので、NPC子ちゃんが隣の教室で全裸になっている様子を雰囲気で悟られていた心配もない。


「ひとまず隠れよう」


 成功する確証のないその場しのぎの作戦を決行して思考が舞い上がっていた。今のところうまく事態が運んでいるかもわからないけど、自分からボロを出さないように計画を独り言で口にして確実に行動を起こす。


 教壇の下は人が隠れるのにちょうどいいスペースが空いているけど、裏を返せばここと掃除道具入れくらいしか隠れる場所がないことを意味する。

 もし二人が肝試し感覚でガサ入れしたら一発でアウトだ。


 お願いだからビビり散らかして大人しく帰ってくれ!

 頼むから誰か助けを呼んだりとか、おもしろがって捜索をしないでください!

 隣の教室の教壇の中で俺にできることは祈ることだけ。


 迂闊に姿を現したところを目撃されては困るので、感覚を研ぎ澄ませて人の気配や足音を探る。


「…………そろそろ平気か?」


 もし全裸のNPC子ちゃんを発見したら普段から大きなあの声で叫ぶだろうし、誰か助けを呼んだのならそいつらと言葉を交わすはず。

 声も聞こえなければ、誰かがいる気配もしないとなればきっと無事にやり過ごせたに違いない。


 周囲の状況を探るようにゆっくりと教壇の端から顔を出すと、そこにはローファーとソックスをしっかりと履いた白い脚があった。

 俺の気配を探る能力なんて全く当てにならないんだと実感して絶望すると同時に、特に意味もなく視線はその脚の持ち主を確認するために上を向く。


「あ……」


「ちょ……スカート履いてる時には見ないでよ」


 教室で全裸になったくせにスカートを押さえて恥じらいの顔を浮かべるNPC子ちゃんがそこに居た。

 

「他の人には見られなかったんだ?」


「うん。ありがと。背景くん」


 いつもの貼り付けた笑顔でお礼を言うとNPC子ちゃんはくるりと回転して、その遠心力でスカートも翻った。ふわっと舞い上がった布は持ち主の大事な部分をガードするという使命を忘れたようで、ほんの一瞬だけどぷにっとした肉付きの良いお尻が視覚を支配した。


「こんなにドキドキした露出は初めて。またよろしくね」


 俺の方を見ることなくNPC子ちゃんは駆けていった。

 

またよろしくね。


連絡先も交換していない俺達が今後も教室で接点を持てるのか疑問だ。俺はNPC子ちゃんの秘密を隠しながらこれからも背景として教室に溶け込まなければならない。


 高校生活の中で最初で最後、そして最高にエロい体験だったかもしれない。

 またよろしくできなかったとしても、俺は満足だ。

 これ以上なんて刺激が強すぎて耐えれないからむしろ遠慮したい。だけど、NPCは問答無用でルーティーンをこなす。


 それを思い知らせるのに時間は掛からなかった。

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