第3話 告白

「失礼します」


 鍵を開けたのは自分なので中に誰も居ないのは確定しているのに一応ノックをしてみる。ゆっくりとドアを開けて挨拶をするも返事はない。誰も居ないんだから当然だ。誰も居ないはずの部室から声がしたらそれこそ学校の噂になってしまう。

 その噂を広めるはずの俺に友達が居ないから拡散能力はゼロだけど。


「へえ、いっぱいカメラがある」


「うん」


昔は活動が盛んだったみたいで、写真部が体育祭とか文化祭のカメラマン役もしていたらしい。その時に学校の予算が下りて買ったそうだ。

と、いうような解説をNPC子ちゃんに向けて言葉にしないと伝わらないのに緊張で『うん』と返すことしかできなかった。


誰も居ない部室で女子と二人きり。内側から鍵を掛ければ密室が完成する。

高校に入学してから二年。こんなに女子と接したのは初めてだ。


 ガラガラガラ


 俺の後に続いて部室に入ったNPC子ちゃんはそうするのが当然であるようにドアを閉めて慣れた手付きで鍵を掛けた。普段使っている教室は鍵を掛けられないけど部室棟の部屋は防犯の都合で鍵を掛けられるようになっている。

 

 写真部だけが特別なわけではなくて部活動で使用する部品を盗難や破損から守るためには当然の設備だ。


 NPC子ちゃんもどこかの部活に所属していれば当然部室を利用する。迷うことなく鍵を掛けれるのは何も不思議じゃない。とにかく俺はNPC子ちゃんは廊下側の一番後ろで席でNPCのように毎日同じセリフを言って読書をしていること、そして突然露出することしか知らなかった。


「間取りは同じなのに部によって部屋の雰囲気って全然違うんだね。あ、私は料理部なんだけど料理の本がいっぱいって感じ。基本は家庭科室だから部室はあんまり使わないんだ」


「そうなんだ。写真部も似たようなものかも」


 基本は外に撮影に行くので部室で何か作業する機会は少ない。今はデジタルの写真ばかりで現像をする必要もないし、作業があるとすればパソコンにデータを移して印刷するくらい。


 一応個人個人でフォルダを分けていて、俺自身は見られて困るものはないけどたぶんお互いにフォルダを覗いたりはしていない。最終更新日がちょいちょい更新はされているので活動はしてるっぽいけど実態は不明だ。


 部活なのにソロプレイ。その気楽は助かっている反面、部に所属しているのに友達関係や先輩後輩の関係が希薄なのも寂しかったりする。


「背景くんのカメラはどれ? このカッコいいやつ?」


「ううん。それはずっと前の先輩が残していったものらしい。撮影はできると言えばできるんだけど自分で現像しないといけないから、写真を残せないんだ」


「レトロでおしゃれなのにもったいない」


「俺もそう思う。ただ暗室とか試薬とかいろいろ必要で、実績がない写真部には予算が下りないかな。あはは」


 貴重な女子との会話が世知辛い部活事情で勝手に乾いた笑いがこぼれてしまった。もし俺がものすごく良い写真を撮ってそれが賞を獲ろうものなら部の予算が増えてレトロなカメラで新しい挑戦ができるかもしれない。


 それがきっかけで部員が増えたり、俺に尊敬のまなざしを向ける後輩もできたりして……なんて妄想を膨らませても現実に打ちのめされて辛くなるだけ。


 デジカメで綺麗な風景を撮って自己満足するだけでも十分に楽しい。その風景に動物が映っていれば完璧で、ぼっちなのは動物たちを驚かさないための配慮だと言い訳ができる。


 俺は神田さんみたいな人達とはタイプが違う。だから同じ場所を目指すのではなく、身の程をわきまえた位置を確保している。


 だから俺、勘違いするな。NPC子ちゃんと二人きりになっても決して華やか青春のスタートじゃない。俺は何も見ていない。知らない。喋らない。

 この三原則を何があっても守り抜いて、孤高の天才カメラマンごっこに戻るんだ。


「私ね、好きなんだ」


「えっ」


 心に誓った三原則がNPC子ちゃんの一言で脳内から消去されるところだった。


俺は一方的にNPC子ちゃんと名付けていただけでそれ以外の絡みは一切ない。勉強も運動も平凡で写真部で目立った功績も残していない。自分で言うと惨めになるけど事実として女子から好かれるような要素が一切ない。


 人生初の告白が全く心当たりのないところから飛んできて困惑オブ困惑。まさか新しい脅迫なのか?

 NPC子ちゃんの好き宣言に俺は何も返せずただ沈黙の時間が流れていく。


 俺はNPC子ちゃんの目を見れず、視線はつい下半身に向いてしまう。今はスカートで守れたその向こう側には無防備な肉体が存在している。


「この気持ちは、どうしても抑えられないんだ」


 沈黙を破ったのはNPC子ちゃんだった。スカートの裾をギュッと握り、その言葉に強い想いが込められているのを感じた。


「……どういうところが?」


「え……恥ずかしいよ。言葉にするのは」


「ごめん……」


 告白なんてされたことがないし、される覚えもないからつい聞いてしまった。テストで学年一位とか部活の大会で優勝したとか、そういうわかりやすい実績はもちろんない。


 この告白自体が俺の勘違いで、友達の〇〇くんとの仲を取り持ってほしいという線も薄い。なぜなら俺には誰との接点もないからだ。

 だからNPC子ちゃんの言葉は確実に俺に向けられている。ただでさえ女子の気持ちなんてわからないのに、教室で露出行為に及ぶ女子の気持ちなんてさらに難易度が高い。


「あえて一つ挙げるなら、考えただけでドキドキするところかな。私、本当に大好きなんだなって実感できる」


「そうなんだ」


 まさかこんなにも俺のことを好きでいてくれるなんて世の中何が起きるかわからない。神田さんの周りに集まる元気な連中より、俺みたいに学校の背景に溶け込むような男に魅力を感じてくれたのかもしれない。


 ただの引っ込み思案でぼっちなだけなのに、一歩引いたところで青春を俯瞰ふかんしているように見えたのであれば怪我の功名と言えるかもしれない。


「だからね背景くん」


「は、はいっ!」


「私の大好きな露出するところを、背景に溶け込んで見ててほしい!」 


「…………え?」


「今まで絶対に安全なところでしかしたことなかったんだけど、背景くんに見られてるってわかった時、すごくドキドキしたの」


「あの……露出って」


「今日の最初の休み時間に見たでしょ? みんながおんぷちゃんを見てる時、私が教室の後ろでスカートをたくし上げてるの。いつも周りを確認してるのに背景くんの視線だけはスルーしてた。だから、背景くんに気付かれた時は終わったって思ったの。でも黙ってくれてて……」


「あぁ……まあ、話すような人もいないし」


「やっぱり見てたんだ」


「あ……」


 自分で心に誓った三原則はやっぱり脳内から消去されていた。人生初の告白に舞い上がっていたのと、その告白は勘違いで内容が斜め上だったせいで完全に油断していた。


「誰かに見られるかもしれないリスクを楽しんではいるの。でも、実際に見られたら通報されるか、脅迫のネタにされちゃうじゃない? その点、背景くんなら見られても安心安全かなって」


「つまり、その……俺にだけ見せてくれるの?」


「ううん。見せないよ。背景くんは今まで通り背景に溶け込んで、私に気付かれないように過ごしてほしい。私はめっちゃ警戒するから、露骨に見ようとしたら絶対に露出しない。だけど……」


 NPC子ちゃんは胸元のリボンをほどき、ブラウスのボタンを外した。比較対象が神田さんになってしまうのは申し訳ないけど、普段からあの大ボリュームを目で追っているせいかNPC子ちゃんの谷間はちょっとした隙間みたいに感じる。


 それでも間近で見る女の子の胸は自分と同じ人間の肌とは思えないくらい柔らかそうで、うっすらと飛び出た水色の下着が爽やかなエロスを醸し出していた。


「時々おまけでチラっと見せてあげる。背景くんにとっても悪い話じゃないでしょ?」


 俺はしつけをされたサルのように大きく頭を縦に振った。エロをエサにされたら男子高校生は大人しく従ってしまう。俺のご主人様はNPC子ちゃんだ。


「そうだ。せっかくだから写真も撮っていいよ。背景くんなら誰かに回すこともないだろうし。撮影されてるかもってスリル……考えただけで興奮しちゃう」


 息を荒くしながらNPC子ちゃんはボタンを閉めてリボンを付け直した。制服の着こなしは校則通りのまじめちゃんなのに、その裏では露出をしてスリルを味わう変態。


「このあと時間ある? 教室戻ろっか?」


「え? うん」


「実はこの時間ってみんな部活だから教室って誰も居ないことが多いんだよね。それを知ったのがきっかけだったんだけどさ」


「まさか……」


「夕方の教室で一人読書に勤しむボッチ男子。背景くんらしくて良くない?」


 いつもみんなに見せるのと同じ笑顔でNPC子ちゃんは僕に言った。露出している時はものすごく人間味があるのに、それ以外の時はNPC。期待していた告白とはだいぶ違ったけど、俺だけがNPC子ちゃんの本性を知っていると思うと、エロ抜きでも胸が高鳴った。

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