第2話 背景くん
何度か訪れた休み時間でNPC子ちゃんは露出することはなかった。俺が見たのは幻だったんじゃないかとも考えたけどあれは間違いなく本物だ。
脳にしっかり焼き付いたNPC子ちゃんの下半身は頭を殴られて記憶喪失になったとしても忘れられない。
徐々に劣化することもなくずっと鮮明に記憶に残り続ける。
その鮮明な記憶を使用するのは早いに越したことはない。活動するもしないも個人の裁量に任せられている写真部はこういう特別な日にすごく助かる。
一刻も早く帰宅してあの生々しい映像を脳内再生したい。こうして帰宅するまでの時間も焦らされているみたいでゾクゾクする。もしかしたらMっ気があるのかもしれない。
普段俺が一人で背景に溶け込んで過ごしているのも放置プレイと考えれば……いやいや、さすがにそれは変態過ぎる。神田さんみたいなキラキラした学校生活に憧れながらもそれができず、遠くから見つめることで妄想を膨らませながら三年間を過ごす。
俺にはそういう青春が身の丈に合っている。そんな地味で暗い青春の中に見た一瞬の輝き。NPC子ちゃんの犯罪的な下半身は神田さんを囲う陽キャ軍団も知らない秘密だ。
陽キャ軍団はもっとすごい行為をしているとしても、それは年齢を偽って入ったホテルだったりどちらかの部屋だったりプライベートが確保されている空間での話だ。教室という公共の場所で露出された肌はそう簡単に拝めるものではない。
背景に同化している俺だからこそ遭遇できた奇跡なんだ。誰にも言えないし言うような友達もいないからこそ神様が与えてくれたプレゼント。
俺はそのプレゼントを何度も何度も擦り続ける。今日はその記念すべき一回目だ。
我ながらいつも以上に歩みが速い。帰宅に要する時間を焦らしプレイだと考えつつも一刻も早く発散したい。僕のMっ気はまだまだ未熟だ。目先の欲望に溺れてしまっている。
「背景くん。ちょっといい?」
放課後にわざわざ俺に声を掛ける人なんて経験上誰もいない。普段から絡みもなければ行事の係でもない俺に用がある人間なんて絶対にいないからだ。
だから背景くんと呼び掛けれてもその声を聴覚は認識せず耳を素通りしてしてしまった。
「背景くん。聞こえてる?」
「え? あ、はい」
クラスメイトとほとんど話さないので言葉がうまく出てこない。しかも相手はNPC子ちゃんだ。神田さんの所在を伝える以外の言葉を聞くのも珍しいから、この状況の全てがレア!
一体何が起きているのか訳が分からず脳の処理が追い付かない。
「ごめん。ちょっと時間いいかな」
「うん。平気だよ。えぬ……東雲さん」
うっかり脳内あだ名のNPC子ちゃんと呼びそうになってしまった。あだ名も本名も口にしたことがないから脳内あだ名が優先的に口から出てきてしまう。
「えぬ?」
「な、なんでもない。何か用?」
「うん。ちょっと場所変えてもいいかな?」
俺がクラスの誰かと話しているなんて珍しい光景だと自負しているが誰も注目していない。
NPC子ちゃんが男子に声を掛けてるのも珍しくないですか? 神田さんの所在を確認するのに声を掛けられるのは日常茶飯事ですけど。
まあ、変な噂が立つよりかは背景に溶け込んで誰からもスルーされているのは喜ばしいことだ。それはたぶんNPC子ちゃんにとっても。
「人が少ない場所って心当たりある? あ、できれば体育館の裏とかはなしで」
「えっと……」
NPC子ちゃんが定型文以外の言葉をつらつらと並べているのに俺ときたら女子と会話するのがあまりにも久しぶり過ぎてうまく舌が回らない。しかも人が少ない場所を提案しないといけないときてる。
放課後は写真部の部室に顔を出して外に撮影に行くか即帰宅の俺にとって、授業が終わったあとの学校というのはいつも通っているはずなのに未知の場所に等しい。
夕暮れの教室で友達と語らうなんて経験もないからどの時間帯になると人が少なるなるかも知らない。
たまには校内で撮影しようかななんて思ったこともあるけど、女子高生を盗撮しているみたいだから結局風景写真しか撮ったことがない。
自由気ままに風景を撮るだけの名ばかり写真部。部室はもはやただの荷物置き場と化していた。
「あ、部室……」
「部室?」
「うん。俺、写真部なんだけどあんまり人が来ないっていうか、活動は各々って感じだから部室で他の部員と顔を合わせるってあんまりないんだ」
「私が部室に入ってもいいのなら、できればそこでお話したいことがあるんだ」
「平気だと思う。たぶん誰も来ないから」
「ありがと。じゃあ、行こうか」
「………………」
「………………」
初めて村を訪れた勇者を歓迎するような笑顔で俺を見つめるNPC子ちゃん。こんなに人当たりの良い子が露出に興じていたなんて、こうして実際に言葉を交わすとやっぱり自分の幻覚だったんじゃないかと最初の考えに戻ってしまいそうになる。
こんな風に女子と至近距離で接すること自体も久しぶりだから桃みたいな甘い香りが鼻腔をくすぐるとつい口元が緩みそうになってしまう。
さすがにそれはあまりにも変態的過ぎるし、毎日女子高生と同じ教室で勉強している身分としては今後の生活に支障をきたす。
校則を守ったスカートの向こう側に隠された太ももの肉感を思い出さないようにしながら必死に表情筋を緊張させた。
「写真部の部室、どこかわからないんだけど」
「あ……ああ! そうだよね。うん。案内する。こっち」
誰かと一緒に部室に行くなんて初めてで何を話せばいいかわからない。そうじゃなくてもNPC子ちゃんとの共通の話題なんてさっき見た太ももくらいだし、そんなことを廊下で話すわけにはいかない。
一歩後ろを歩くNPC子ちゃんは村人ではなくゲストキャラとして参戦したNPCみたいに黙って付いてくる。一緒に攻略するダンジョンにおいて有用な技を覚えていた梨、無償で回復アイテムを使ってくれる頼もしい存在だ。
たぶんこんな風に考えているのは俺だけで、周りから見ればよくある学校での光景の一つに過ぎない。
神田さんなんてもっと大所帯のパーティを組んでるし、なんなら他のパーティと一緒に大型ボスを攻略するクエストにだって挑戦できる。
他の人を惹きつけ、さらにまとめ上げる天性の主人公。神田さんならきっとこの移動の間にも楽しいトークをできるだろうし、気まずさを緊張で口から胃が出そうになったりしない。
貴重な女子との会話にほんの少し舞い上がったけど絶対に露出の件でNPC子ちゃんに声を掛けられている。
写真部だけど別に写真に撮ったりはしてないし、まじまじと見つめていたという証拠だって残っていないはずだ。
俺が太ももを凝視している姿を誰かが撮影してたのなら別だけど、そんな気持ち悪い人物を撮影する前に教室で露わになったNPC子ちゃんの下半身を撮影するはず。どちらかしか撮影できないと言われたら間違いなくNPC子ちゃんを選ぶ。
日常の中に訪れた非日常は俺とNPC子ちゃんだけの秘密の時間。放課後まで一切騒ぎにならなかったことを考えればその予想で合っているはず。
あとは俺がこの事実を脳の奥に仕舞い、自分の部屋でだけ活用すればいいだけの話なんだ。
写真は撮ってない。なんなら何も見ていない。それをNPC子ちゃんに納得してもらえれば全て丸く収まる。
圧に負けて見ていたことを認めたとしても、そのことを話すような友達はいないとはっきり伝えよう。自分で言葉にすると辛いけど……。
窓に反射して映ったNPC子ちゃんはいつもと同じ笑みを浮かべていた。神田さんのオーラと人気が圧倒的過ぎて若干かすんでいるところはあるけど、NPC子ちゃんだって十分に可愛いし、神田さんの周りに居ても違和感はない。
それなのになんで廊下側の一番後ろでNPCみたいなことをして、大胆な露出なんてしているんだろう。
気になるけど聞けない。きっと謎は謎のまま、いろいろな意味で悶々としたまま帰宅する。この時は俺はそう思っていた。
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