NPC子ちゃんと背景くん

くにすらのに

第1話 NPC子ちゃん

 俺、内山田うちやまだ空也くうやにとっては学校生活の中で休み時間が一番辛い。友達がいないわけではないけど自分から声を掛けるのが苦手なので会話の輪に入れない。だから窓の外をボーっと眺めている。

 存在感が薄いわけでもない。ちゃんとクラスメイトに認識されて付いたあだ名が背景くん。


 教室の窓側一番後ろの席に俺みたいのが黄昏ていると画になるとかで評判は良かったりする。誰も居ない教室よりもぼっちがぽつんと居てくれる方が青春を感じるんだそうだ。


 完全に見下されてる。だけど殴られたりカツアゲされてるわけでもない。実害はなく平和に日々を過ごせているんだから良しとしよう。それが俺が出した答えだ。


東雲しののめちゃん、音風おんぷいる?」


「うん。いるよ」


「ありがとー!!」


 教室の背景の一部と化す学校生活には慣れたけど慣れないのがこの一連のやり取りだ。我がクラスには学年の枠を超えて人気のある神田音風おんぷという生徒が属している。


 女子の中でも背が高く、さらに脚が長いモデル体型。読モをやっていると言われたら百人中百人が信じるレベルのスタイルの良さで顔面偏差値は限界突破している。


 スキンケアとかよくわからない俺から見ても他の女子とは明らかに違う透明感が遠目からでも伝わってくる。


 おまけに胸もデカ過ぎない巨乳とくれば男子人気は圧倒的なもので、それを鼻にかけないサバサバした性格は女子からの信頼も厚いようだ。


 ほとんど人との交流がなく一年を過ごした俺でも名前くらいは耳にしたことがあるレベルの有名人。そんな人と同じクラスになるなんて夢みたいだった。

 

……悪い意味で。


 嫌が応にも学校生活の差を見せつけられる。学校の中心に存在するような神田さんと教室の背景の一部の俺。生活の差どころか人間と物みたいな違いだ。


 ちょっと教室の中を覗き込めば神田さんが居るかわかりそうなものなのに、友達が多いことをアピールしたいのかわざわざ廊下側一番後ろに座る人に人気者の所在を確認する。


 答える方も答える方だ。いつもいつも同じ返答ばかりしてまるでNPCだ。だから俺は廊下側一番後ろに座る東雲しののめさんをNPC子ちゃんと心の中で呼んでいる。


 小柄な体型で長い黒髪という日本人形みたいな女子。他のクラスの人に名前を認知される程度の交流はあるはずなのに、いつも神田さんの所在を伝えたあとは読書に勤しむ不思議な存在だ。


 ちなみにNPC子ちゃんという命名は断じて見下しているわけではない。NPCが居なければ村の名前がわからないし次の目的地も見失ってしまう。ソロプレイのゲームに置いてプレイヤー以外はみんなNPCだ。同じところをウロウロして、話し掛ければ同じセリフだったりパターン違いのセリフを話す。


 背景よりかは人間に近いんだから見下す意図があればもっと酷いあだ名を付けている。他に思い浮かばなかったらNPC子ちゃんに落ち着いたわけだけど。


 それにNPC子ちゃんとは心の中でシンパシーを感じている。神田さんの所在を伝えるだけでその輪の中には入っていない。決められたセリフを言ったあとは本の世界に戻っていく。そんな姿もNPCみたいだし、学校の主人公たる神田さんの仲間に入らないところもNPCらしくて素晴らしい。


 教室の真ん中では神田さんを中心に多くの生徒が集まっている。クラスメイトはもちろん、さっきNPC子ちゃんに声を掛けた女子も輪の中に入って大盛り上がりだ。十分の休み時間にわざわざ他の教室に来て話すくらいだからさぞ重要な用件でもあるのかと思えば、誰が付き合っただの別れただの、この動画がおもしろいだのソシャゲのミッションをクリアしようだの毎日同じような話題で盛り上がっている。


 話題は同じだけど内容は毎日違う。大人数がデカい声で話すから勝手に耳に入ってくる。羨ましくてつい聞き入っているわけでは決してない!


 神田さん達はゲームで例えるならオンラインゲームだ。他のプレイヤーとの会話を楽しみながら同じようで違う日常を過ごし、時折訪れるイベントを全力で楽しんでいる。


 背景やNPCだってイベントの時は飾り付けがあったり特別なセリフを喋ったりする。だけどそれはあくまでもプレイヤーを盛り上げるための演出だ。

 イベントに参加しているけどその中心ではない。飾り付けられているだけマシだと自分を納得させて高校一年生を終えた。


 俺は学校生活の主人公にはなれないと自覚しているし、背景として平穏に卒業していくのも悪くないと本気で思ってる。

 あわよくば付き合ってるだの別れただのの話題の種になりたかったけど、今さら難しい。


 みんなの視線が神田さんに集まっている。俺だって本当は……そんな感情を視線から悟られないように窓の外に目を向ける。

 十分の休み時間では外でサッカーをする生徒はいない。次の時間に体育のクラスもないらしく、誰も居ない校庭が自分の学校生活を表現しているみたいで急に悲しくなった。


 見慣れた光景なのになんで今更。理由を探ろうにも思い当たる節はない。たまにはそんな日もあるだろうくらいに考えて俺は廊下の方に視線を移した。


「……っ!」


 うっかり叫びそうになったのをどうにか飲み込めた。背景くんが突然大声を出したら悪い意味で話題の種になってしまう。

 神田さんの周りにみんなが集まっているのが幸いして俺の変化に気付いた人間は誰も居ないようだ。


 いや、むしろ俺の変化に気付いた方がまだ平和的かもしれない。考えようによってはもう一人の大胆な行動を目にした方が眼福ではあるけど、幸せ以上にどう捉えていいのかわからない。


 NPC子ちゃんが神田さん達の方を見ながら机の下でスカートをたくし上げていた。


 暑い日なんかはハーフパンツを履いた女子がスカーフをバサバサしながら風を送っているけどそういう雰囲気ではない。

 スカートで隠されていたはずの太ももは明らかに生肌だったし、風を送るというよりかは誰かに見せつけるようにすら感じる動作だった。


 NPC子ちゃんの奇行を目撃したのはたぶん俺だけ。神田さんの周りにいる陽キャ軍団の誰かが目撃したらすでに騒ぎになっているはずだ。


 めくり上げられたスカートは元に戻る様子はない。それどころか少しずつ露出部分が増えている。……もしかしてノーパン?


 あるいは紐みたいな下着でギリギリまで布を目視できないのかもしれない。比較対象がわからないので何とも言えないが高校生にしてはかなり刺激的な格好をしている。


 神田さんという高校生離れした美人を毎日見ているせいで、他の女子を若干子供っぽく捉えている自分が恥ずかしくなった。


 高校二年生は大人の世界に足を踏み入れてもおかしくない年齢だ。イスに座ることでギュッと押し潰された太ももの肉は艶めかしく、好きにしていいと言われたら真っ先に頬ずりしたくなるボリューム感だ。


 突然魅惑的な太ももが現れたのではなく、少しずつ露わになっていくのがまた俺の好奇心をくすぐった。

 たぶん見てはいけないものだからこそ、もっと見たい。その欲求が強くなり思わず唾を飲んだ。


「………………」


 何も見なかったふりをして窓の外に視線を戻せばいいのに、教室の中で大胆な行為に及ぶNPC子ちゃんから目が離せない。

 俺がまじまじと見ることで他の誰かも気付いてしまったら……彼女の身を守るためには視線を逸らさないといけないと頭ではわかっているのに、本能がそれを許さない。


 スカートは完全にめくれ上がり、脚とお尻の付け根も丸見えになっている。かなり距離はあるが彼女の下半身を守る布は何もない。あったとして心許ない紐だ。

 万が一の場合でもモザイク処理はしなくて平気だけど、学校という場を考えれば完全にアウト。


 神田さんが紐パンならまだ納得ができる。たぶん百人中五十人くらいは解釈一致と理解を示してくれるはずだ。

 だけどノーパンあるいは紐パンである可能性を提示してきたのはまさかのNPC子ちゃんだ。


 まさか下半身がスース―した状態で他のクラスの人と言葉を交わしていたなんて。ただの村人NPCかと思ったら重要なNPCだったみたいな衝撃だ。


「マジかよ音風おんぷ。また告られたの?」


「全然知らない後輩。さすがに絡みもないのに付き合うのはないわ」


「そんなこと言ってるからいまだに彼氏いない歴=年齢なんだよ。試しに誰かと付き合ってみれって」


「はいはい! じゃあオレ立候補しまーす」


「いやいや俺が」


「いーや、おれだ! ……どうぞどうぞの流れじゃん? 全員ガチなパターン作っちゃてる」


「みんなは友達だからナシでーす」


「マジか。友達として絡んだ時点でナシとか攻略法がわからん」


音風おんぷエグいて」


俺以外のみんなは神田さんを中心に盛り上がっていてNPC子ちゃんの存在を気に留めていない。NPC子ちゃんの太ももに視線を奪われながらも神田さんの恋愛事情にも興味を持ってしまった。


あんなに美人で人気者なのに彼氏いたことないんだ。しかも友達として認定されると恋愛対象から外れるとか……実は一番可能性があるの俺だったり?


 なんて非現実的で気持ち悪い妄想も脳内の中で動かすだけなら俺の自由だ。あれだけたくさんの人に囲まれてる状態で誰か特定の一人を好きと言うなんてさすがに無理がある。


 気を遣っての発言だろうし、背景くんは友達の土俵にも上がっていない。


 だいたい俺が神田さんと並んでいるところが全く想像できない。つまり全然似合っていないということだ。

 有り得ない未来を妄想して時間を無駄にするより、現実を見てそれなりに努力する方が大事だと思う。


 目下、NPC子ちゃんが校内露出狂として認知されるかどうかが問題だ。教室の視線は神田さんが無自覚に集めてくれている。

でも、廊下を歩いている人は?


 もし誰かに見つかればNPC子ちゃんは学校から何らかの処分を下され、噂はあっという間に広まってしまう。そんなリスクを冒してまで彼女はスカートをめくっている。


下半身が丸出し状態の女子高生が今この学校に存在しているという日常の中に生まれた非日常に興奮が収まらない。

 誰かが廊下を歩いていないか確認して安心したい。だけどNPC子ちゃんから目が離せない。


 もっとエロい映像をネットでいくらでも見てきたのに、クラスメイトが披露する生の太ももにすっかり心を奪われていた。


「ッ!?」


 ガタッ! とイスが床を擦った。一瞬だけ俺の方に視線が集まったもののそこにはきっといつもと同じ背景があったはず。

 みんなが背景くんと呼んでいる俺だって一応は人間なので多少は音が出るんだよ。


 でも、そのおかげでもっと刺激的な場面をみんなが目撃することはなかったようだ。再び校庭に目を向ける前に廊下の方に視線を移すとNPC子ちゃんはいつものように本の世界に飛び込んでいた。


 まるでさっき見た光景は夢だったように、NPC子ちゃんはNPCらしく決められた行動をしている。

 ちょっとだけ違うところがあるとすれば、スカートの裾が内側に折り込まれている点だ。


 さっきの光景が夢じゃないことと急いでスカートを元に戻したことを証明している。廊下側と窓側で距離が離れているのにハッキリとわかる違和感。正面からなら机に隠れて見えないけど、横側から見たら一目瞭然だ。


 それに気付いていないのかNPC子ちゃんはNPCとしての役割を全うしている。


 もし俺がエロ漫画の主人公なら今のネタでNPC子ちゃんを脅して好き放題していた。だけど目撃した記憶だけで証拠画像は一枚もない。白を切られたら終わりだし、反対に俺が犯罪者扱いされてしまう。


 日常の中に訪れたわずかな非日常は俺の生活を変えるほどのものではなかった。

 自分の部屋で何度か思い出して、飽きたらまた刺激的な映像に戻っていく。変化があるとすればそれくらいのもので、この程度なら変化とも言えないレベルだ。


 チャイムが鳴ると神田さんの周りから徐々に人が減っていく。

 各々の席や教室に戻り、教室から喧騒が消えていく。


 NPC子ちゃんもスカートの異変に気付いたらしく、さりげなく裾を直していた。その光景を俺以外の人間は誰も気に留めない。

 昨日までの自分なら俺だって気にしない。女子の下半身をまじまじと見てるなんて疑われるかもしれないし、NPC子ちゃんのことはNPCと背景のシナジーを感じているだけで好きとかそういうのじゃないからだ。


 好きという感情を抱くとしたら神田さんの方がまだ可能性が高い。恋愛的な意味にまで発展しなくても、あんな美人と同じ空間で過ごしていれば思うところはある。

 神田さんの恋愛事情についての話が自然と耳に入ってくるのも、同じクラスならほんのわずかでも可能性があることを完全に否定しきれない自分がいるから。


 たまに声を掛けられたり、近くを通った時に良い匂いがしたり、ボディラインがハッキリ見えたり、そんなささいなことが俺の心を乱し、欲望を自らの手で発散することで再び凪を得ていた。


 そんな背景くんこと俺の頭の中は、今NPC子ちゃんでいっぱいになっている。

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