第63話:逃げる大将には杉谷善住坊を!(謙信と狙撃手視点)第12章おわり

 


 <上杉謙信視点です>


「左翼のお味方、壊滅したとの報告!」

「右翼、山斜面にて激戦中。消耗著しく、増援の要請!」

「先鋒柿崎勢、壊滅! 柿崎影家さま、討ち死に!」

「次鋒壊滅、三の陣、甘粕勢と交錯の際に敵の射撃。壊乱してこちらへ向かっております!」


 敵にはこちらの策を読む者がいる。

 いや、儂と同様の策を同じ機に打って出ているのか。

 竹中半兵衛というたか。あなどっておった。


 儂がここで待ち受けているのを知るのはたやすい。織田は伊賀甲賀を使っていると軒猿(越後の忍び)が言うておった。

 しかし15000の兵が待ち受ける狭い谷間に、まさか1000の騎馬にて突っ込んでこようとは。


 敵の大将、明智光秀。

 軒猿の調べでは、妙に軽い人物だという。それでいて硬軟まじりあった外交内政を行うという。

 しかし戦ではその結果、見るからに危うい。どう見ても猪武者を周りの者が助けていると見ていた。

 戦では頭は軽いと。



 しかしどうじゃ。

 鉄砲に騎馬を取り入れ、移動力と打撃力を持たせて敵の隙をついて攻撃、危うくなったら逃げる。

 そんな備えを配下として育てている。

 機動力が命のそれが先鋒で追ってきた故、谷間には入り込まぬと見ていた。もしも入り込んだとしたら叩きのめしてやろうと。


 じゃが叩きのめされているのは、わが越後勢ではないか。

 たとえ1000丁以上の鉄砲があっても、周りを矢盾で囲み、その間から弓兵で応戦させ、機を見て一気に突撃させようと。数で圧倒しようと。


 が、数で圧倒されたのは、我らであった。

 鉄砲の乱射と思いきや、まず兜首から討ち取られ、指揮系統がずたずたにされたところへ弾幕を張られた。


 そこへ数百の騎馬隊が突入してきた。

 白煙な中から、内側だけ赤い外套がいとうをはためかせ突撃してくる迫力に、柿崎勢も甘粕勢もかき乱されて、2人とも討ち取られた。


 狭い谷間の南北には弓兵を配備し、敵の兜首を狙わせていたが、それもことごとく討ち取られた。多分伊賀と甲賀のものの仕業。



 儂は手にした馬上盃のウヰスキーを一気に飲み干す。


「備えを立て直せ。四の陣で防いでいる間に本陣を中心に、矢盾を再配備。長柄を並べて敵の突撃に備えよ」


 ここはひきつけてから一気に突撃する。

 防ぐ側になったらしまいよ。

 こちらも敵の大将を討ち取る気で行かねば。


「馬廻りは後ろで鋒矢ほうしの陣。突入の準備。儂も出る。

 目指すは明智光秀の首。その向こうに織田の本陣がある。そこまで押し返す!」


 応!


 ……すでに遅い。

 この満身創痍の軍勢では、そこまでたどり着けぬ。

 じゃが光秀の首を取らねば敗走した我が軍勢、俱利伽羅峠までの間で討ち取られ、二度と再起は出来ぬ。


 ここは何としてもあの首を……


 クラッ。


 視界がまわる。

 衝撃。

 落馬?

 儂がか?


 酒を飲み過ぎたか。


「御実城さまを後ろへ。お味方に見せるな。敵にも気取られてはいかぬ!」

「もはやこれまで。謙信さまをお逃がしいたせ!」

「我ら馬廻りが身代わりに突撃いたそう!」


 酒で戦に負けるだと?

 この強い酒。

 たしか張り紙に『参鳥居』の真ん中に『明印あけじるし』と書いてあった。

 もしや……あ奴の仕業か?

 ここまで遠大な仕掛けをしていたのか?


 気が遠くなった。


「御実城様!お気を確かに! 近習共、早く馬に御乗せして峠に!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



 <杉谷善住坊視点です>


 甲賀が織田家、いや明智の殿さんに支配され、追い出されていた俺も故郷に帰ることが出来た。


 もう帰れないと思っていたから未練はねぇが、昔の仲間を育てよと言われた。

 忍びとしてではなく、忍びのごとく隠れ移動する鉄砲狙撃手にせよと。


 賤ヶ岳では12人の仲間と戦ったが、連中の狙撃術は凄かった。奴らには教えられた。その教え方も様々で、うまい奴らも下手な奴らもいた。


 そのうまい奴の教え方を見習って、多くの狙撃手を育てた。



 まあそれはいい。

 今回は、明智の殿さんに大物を狙えと言われた。

 越後の龍、上杉謙信を狙撃して名を上げよと。


 それは出来たらいいさ。

 だがな、狙撃が出来るような場所までは近づけまい。

 と思っていたら、

「謙信を少数の護衛のみで逃亡させる故、そこを仕留めよ」

 ときたもんだ。


 まさかと思ったぜ。

 いくらうちの殿さんが戦上手であっても、あの軍神を敗走させることなど出来まいて。


 そう思ったが「もしもそこを通ったらでよいから伏せておれ」との命令。


 明智の部隊では命令は絶対。

 罰則は決まってはいないが、周りの者が許さねえ。

 よくこんなにまとまった軍勢が出来たもんよ。


 皆、殿さんをしたっている。

 それに気づいていないのは当の本人だけのようだがな。



「善住坊どの。参りましたぞ」


 小さな声とハンドサインで、副隊長が伝えてくる。

 了解と答え、俱利伽羅峠へ向かう山道を見下ろした。


 真正面に騎馬6騎。

 中央に騎乗している武将が怪しいな。白い練り絹の越後上布で頭を覆っている。聞く限りではこいつが謙信だ。

 だが他の連中も怪しい。

 全員倒すのは難しいか。普通ならば。


 部下12名にハンドサインで目標を指示。

 敵1名に対して2名の狙撃。これならそうそう外すことはあるまい。


 射撃開始地点を騎馬が超える。

 全騎が射程内に入る。


 俺は伏せたまま、上げていた右拳を思いっきり下げた。


 ズガン!

 ズガン!

 ズガン!


 12発の一式弾が外れようのない距離で放たれた。

 しかし!

 一騎。騎乗した武士が伏せていたせいか外れた。


 運のいい奴め。

 だが俺が相手でその運も尽きたな。

 まだ弾が残っている俺の冬木式4号銃の銃口から、必中の弾丸がそいつの頭に命中した。


 部下が素早く敵の首を掻き切る。

 その首、大事に見分にかけてやる。

 誰が謙信なのかは知らねぇが、この時期に逃げてくる奴は偉い奴に決まっている。


 だが。

 うちの殿さん程、肝が据わっていない奴だぜ。

 殿さんなら、最後まで逃げねぇぜ。

 だからみんなが必死に守ろうとしているんだ。


 分かったか。

 越後のヘタレ武将め!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る