第42話:端倪すべからざる者(秀吉視点+半兵衛視点)

 <秀吉視点です>


 1569年4月

 越前国。金ヶ崎城



「殿! ここまでくれば浅井の謀反、確実にござる! すぐに撤退を!!」


『かかれ柴田』が鍾馗髭を逆立てて信長様に撤退を進言している。

 3日ほど前から「浅井離反の兆しあり」と続々と知らせが来ていた。

 それをことごとく無視していた信長様。

「あやつには市をめとらせた。裏切るはずがない」

 と。


 信長様は身内には甘い。

 3日間も耳をふさいでいた。

 全く反応しなかった。


 飛び込んでくる続報の半数が甲賀の手によるものだった。

 あいつだ。

 光秀の手のもの。


 諜報まで握っていやがる。

 だがおれは朝廷と将軍家を握っているんだ。

 そのうち逆転してやる。



「撤退する。摂津守護殿(池田勝正)、殿しんがりの指揮をお願いする。猿! 貴様は馬廻りから数人寄り騎を出す。殿の最後尾を守れ」


 来た!

 天海の奴が金ヶ崎で撤退戦になったら、必ずやおれに殿が任されると言っていた。


「何でそんなことがわかる!?」

 と、聞く耳を持たなかったが、次から次へと出来事を未然に教えて来る。信じるようになってきた。


「ははっ。この猿。信長様が安全な所へ退避されるまで、この命が尽きようとも戦い抜きまする!」


 普通ならこのような大げさな事を言えば、こわもてのお歴々がにらみつけてくるはずだが、今回は別だ。殿は死を覚悟せねば出来ぬこと。


 これを成功させれば、おれの格も上がる。

 認めさせてやる。

 このおれが一番使い勝手のいい武将だという事。



「キンカン。退き口は?」


「は。越前疋田から北近江に抜ける二つの峠のうち、東の塩津へ向かう五里半越えは塩津から先の海路での撤退が難しく避けた方がよいかと。西の深沢峠から南下、海津から海路か、西近江の朽木越えがよろしいかと」


 甲賀の手引きか。

 だとすれば伏兵はいないであろう。


 信長様は判断を下すと行動が早い。


「皆の者。一旦、退くと見せて決戦じゃ。猿が朝倉を押さえているうちに、一気に浅井を攻める! やつの首を狩れ! 桶狭間を思い出せ。あの時よりもはるかにたやすい。励め!」


 !?


 なぜそうなる?

 敵は剛勇をもってなる北近江勢。それを勇将浅井長政が率いている。それを山岳戦で仕留めると?


 無理だ。

 攻めあぐねているうちに、殿のおれらが潰走する!



「キンカン、説明しろ」


「は。」


 あいつが何かを仕掛けていたのか?


「我らで浅井を包囲殲滅いたす。少なくとも挟撃きょうげき(はさみうち)を狙いまする。すでに全て準備してござる」


 なんだと?

 すでに罠を張っていただと?

 では信長様のためらいは演技であったか。

 浅井が離反すること、知っていたと?



 しかし、

 あの狭い峠で挟撃など……そうか!

 迂回する?

 少人数で。

 だが少人数が後ろへ回っても。


「本隊はそのまま南下。塩津から余吾湖周りで賤ヶ岳へ。それがしの手勢800にて、刀根越え(倉坂峠)をし、北国街道を余吾川沿いに南下。その後続として……松平勢3000を」



 なんだと?

 このような一刻を争う遭遇戦で、あのような難所を800もの軍勢を率いて通るとは。


 余吾湖北と南の賤ヶ岳。

 ここを通るのが最適だ。


「柴田殿の手勢を賤ヶ岳に伏せまする。それがしの忍びによる流言にて、信長様少人数で朽木谷を通り撤退。本隊は琵琶湖西岸へ向かったと信じさせまする」


 皆は意表を突かれた表情で周りを伺っているが、信長様は黙って聞いている。

 きっと先に光秀の奴が献策していた案に違いない。


「伏せるというても、我ら手勢2000。悟られずにいられるとも思えぬ」


「それよりも余吾湖の北に配備し……」


 ざわついて来た。

 たしかに浅井の主力は小谷の城を出て、そのまま北進。今浜の平地から3方向に進路を向ける可能性がある。


 北へ行けば光秀が言った余吾川沿いの道。

 余吾湖の北を通れば、刀根越えよりも容易に撤退路に向いている塩津に出られる。

 余吾湖と琵琶湖の間は狭く、そのほとんどを靜ヶ岳が塞いでいる。


「俺は余吾湖の北に陣を敷く。権六(柴田勝家)は南の賤ヶ岳で伏せよ。敵は俺が引き受けて盛大に応戦する。キンカン、三河殿(松平家康)の露払いをせよ。貴様の足の速さにかかっている。

 心せよ!」


 またかよ?

 決戦でカギを握るのは、いつもあいつか?


「猿、貴様が崩れれば織田家は崩壊よ。

 気張れ!」


 笑いながら、おれを見る信長様の目は、昔のように優しい。

 失敗は許されない。

 失敗したものには、あの鬼のような顔を見せる信長様。


 両面宿儺りょうめんすくなのような、表裏一体のお方だ。


 しかし信長様は、このような戦をされるであろうか?

 いつも慎重に慎重を重ね、勝てる戦だけしかしないはず。


 桶狭間も敵の本陣を探り当てたとき、勝負は決していた。けっして博打などではない。



 今回は、なぜ万全の準備をしてからの浅井攻めをしないのだ?

 引き返してからの方がいいはず?


 なぜだ??



 ◇ ◇ ◇ ◇



 <竹中半兵衛視点>



 流石、殿。

 みごとな策。

 わたくしが献策するまでもなく、巨大な鶴翼の陣、みごと広げて作戦をおつくりなさった。


「ここが賤ヶ岳だな。柴田勝家が戦う」


 そのつぶやきに全てが収斂しゅうれんされていた!


 余吾湖の北で決戦すると見せかけ、大迂回して勝家さまが浅井の本拠、小谷を突く気配を見せ混乱させる。


 背後に後ろ備えを向けた頃合いで、急行軍した我が明智機動部隊が中央突破。敵を分断して敵後備えを殲滅。


 裏崩れを起こさせて、一気に包囲殲滅。


 作戦の要諦は、余吾川沿いに忍ばせた甲賀忍が明智機動部隊の進軍の報を確実に妨害すること。


 そして勝家さまの伏兵を悟らせないこと。途中からならば、わざと悟らせてもよい。


 最後に勝家様の突進力を最大限に発揮させるために、我らが精鋭『13人衆』を前方に配備させて狙撃させる。


 これで九分九厘圧勝できる!

 策を練ったのち、そう殿にお伝えした。殿は照れたように向こうを向いていたが。


 この作戦をたった一言。


「賤ヶ岳といえば勝家か」


 これだけでわたくしにお教えくださるとは、なんという端倪すべからざるお方!!

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