いよいよ信ちゃん包囲網!

第40話:13人の狙撃兵(鈴木孫市視点)

 

 <鈴木重秀視点です>



 1568年8月

 美濃国。岐阜城下、練兵場

 鈴木重秀

(鈴木孫市とか雑賀孫市とか言われる奴としておきます)



 ずが~~~ん!


 俺が撃った弾が30間(60m)で的の中央右1寸(3cm)を射貫いた。

 俺の愛用する鉄砲では、この距離だと10中8発を人体に当てるのがやっと。


 改めて手にした織田製の新型鉄砲を見る。


 六角銃身。

 銃身の中は普通とは違い、円筒ではない。


 わざとそうしてあると言っていたが、なぜかは教えてくれなかった。

 ただ「ポリゴナルライフリングでござる」とか言っていた。


 これからこの小男。

 まるで十四五のガキのような武将。こいつと射撃の腕試しだ。


 最近名を轟かせ始めた、明智光秀という織田家の重臣。

 この男が雑賀に使いを寄こしてきた。


「俺に鉄砲の腕で勝ったなら、新式銃の製造工程を教える」

 と。


 伊勢の千種の戦いでは、北畠の大軍を250の寡兵で叩き潰したという。

 その戦勝は、ひとえに新式銃による狙撃で指揮系統を寸断されたが故の陣形崩壊と聞く。


 その新式銃が、今この手にある。


 軽い。

 照星と照門というものがついており狙いが付けやすい。

 カルカも急いで弾薬を詰めても折れぬであろう。

 銃床というものも狙撃に重宝する。


 まだこの鉄砲に慣れていない俺ですら、この精密な射撃が出来るのだ。我が雑賀の者が訓練すればどのような敵でも打ち払えるであろう。



「どうかな? 孫市殿……いや、重秀殿。お気に召しましたかな」


 さきほどまで「太陽が黄色い」とか、ぬかしていた小男が付き従っている娘に、薬らしき薬液の入った容器を返しつつ言ってきた。

「不味い、もう一杯」とか言っていた。

 精力剤とか言っていた。


「これは素晴らしいもの。このような精密な鉄砲、作るのは相当な手間が……」


 小男、明智光秀は首を横に振りつつ否定する。


「それは1日に1丁は出来まするな、今は。1月で30丁は軽いかと。人類は常にイノベーションをしていきまする」


 よくは分からぬが、1年もすれば350丁は量産できるのか?

 このようなものが敵にあれば、我が雑賀衆とて完敗するであろう。


「これの造り方を教えていただけると?」

「で、ござる」


「その条件とはやはり」

「それがしとの鉄砲の勝負にて」


 この光秀という男。

 去る桶狭間の戦いにて、鉄砲の腕で織田家に仕官したという。

 相当腕の立つものであろう。


 だが、雑賀一二を争う俺の腕前にかなうほどではあるまい。


「それがしが勝てば鉄砲の製造秘伝を頂く。負ければ……」


「雑賀衆との傭兵としての長期契約5年間」


 雑賀は基本、海運業で栄えている。

 そして片手間に傭兵として日ノ本各地に兵を派遣している。

 最近は傭兵でも名が知れるようになってきた。

 全て鉄砲のお蔭。


 ゆえにこの新式鉄砲、ぜひ手に入れたい。


「5年後は自由にしても良いと?」


「もし、そうしたければご随意に」


 どうも裏があるような気がするが。

 しかしここでためらうような俺ではない。


「承知した」


「うむ。では早速試合いましょうぞ」



 最高級の質と説明された鉄砲が10丁並んでいる。

 それを手に取りその出来具合を確かめていく。

 1発撃ってもいいというので試射を行う。

 どれも精密に出来ている。


「そのなかで一番癖のあるものを、それがしに。重秀殿の手にフィット……げふん。馴染むものをお使いあれ」


「それでは公平ではない。これを使っていただこう」


 一番真っ直ぐ飛びそうな鉄砲を光秀殿に渡す。

 やれやれという表情で、その鉄砲を受け取り、俺に言い放った。


「では。これで雑賀衆5年間専属契約を結ばせていただく」


 言うが早いか、一呼吸で早合? を使って弾込めをして尻を突く。革帯で手を固定して、狙いを定めて発射。


 ??


 30間向こうの的には傷ひとつついていない。

 はずしたのか?



「当たりましたな。これでいかに?」


 どこに当たったというのだ?

 目を凝らしてみる。


 !!


 なんと。

 はるか彼方、門近くの城のぬりかべに描かれている的の中央に着弾の跡!

 距離は……

 100間(200m)以上ある。


「右にも的を描いておりまする故、あれに当てて見せていただきたい」


 大きさは1尺(30cm)……

 当たらぬ。

 まぐれでも厳しい。


 それでも引き下がるわけにはいかぬ。

 俺も射撃姿勢に入り、精神統一し邪念を捨て阿弥陀仏に祈る。

 南無阿弥陀仏

 南無阿弥陀仏

 南無阿弥陀仏!


 ずが~~~ん!!


「着弾は、城門の鬼瓦なのです」


 光秀殿の脇にいる伊賀者らしき娘が報告する。

 的から1間(2m)もそれた。

 150間の遠さで当たる方がおかしい!



「では。この書面にサイン……捺印……拇印……なんだっけ? 花押書いて」


 しおれている俺に向かい容赦ない命令。


「う~ん。可哀そうだから、こっちの提案でもいいぞ」


「なにか?」


「これでござる」


 軍師らしき顔色の優れない優男やさおとこが紙を寄こす。



『12名の鉄砲上手を織田家に出向させる。5年後帰りたければ帰らせる』


『今後10年間、織田家に敵対しない』


『明智光秀からの援軍要請を最優先で請け負う』


 それに対して雑賀は


『織田家は新式鉄砲製造技術を習得のために鍛冶師を受け入れる』


『三河から紀淡海峡までの海運を10年間保証する』


『南蛮貿易への助力』


 を受ける。


 鉄砲の関連は俺に任されているが、外交までは任されていない。

 しかしこの条件はあまりにも雑賀にとって……魅力的だ!


 もともと海賊まがいのことをしているうちに傭兵を始めた。

 銭が入ればそんな無理はせずに済む。

 収入を背景に新式鉄砲を使って傭兵をすればよい。

 それを織田家に向けなければいいだけの事。


 問題は本願寺の顕如さまとの関連だな。

 そこは上の爺共が考えるであろう。


 とにかく、この誓紙を雑賀まで持ち帰り今後の方針を決めてもらう。


 俺としては新式鉄砲が手に入れば、織田家に敵対する必要はないと思うのだが。外交のことは分からん。


 一向宗の者が多い雑賀。

 これを無視することは出来ぬ。

 浮世は浮世、常世は死んだとき考えればいい。

 俺はどっちでもいいが、部下がやりがいのある戦をするまでよ。



 さて帰ったら12名の放ち手を選ばねばな。俺の話を聞けばどいつも来たがるだろう。

 俺ですら責任がなければ織田家の鉄砲隊を率いて戦いたいぜ。



「あ、帰る前に。あの鬼瓦の修理代、置いってってね」


「1貫文と123文なのです」


 こいつら。

 外見同様、中身まで子供なのか?

 よく分からん奴らだ。



「これで杉谷善住坊と合わせて、ゴル御田13人衆、出来上がり!」


 隣の大男と一緒にはしゃぎ始めた。

 やはり変な連中だ。


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