第6話:クサい仲

 

(お食事中の方、読むのは控えてくださいませ)




 火薬の大量生産のため、信長へ最初に要求したのは、町奉行並という役職だった。町奉行は前世で言うところの、市の行政に携わる部署。


 よくもまあこんな急激な改革をするもんだな、と思ったが、なにせ信長だよ。

 強引に作っちまった。


 そして始めたのはごみの回収作業……ではなく。いや、ごみ出ないからさ、令和の時代と違って。燃やすか埋めちまう。


 では何をしたか?


 公衆便所作りました~~


『町人はここで用を足すべし』

 とのお触れ。


 この当時は1m×2m位の楕円形の穴に、アレを溜めてワラと混ぜ、腐らせてから肥料にしていた。使えるまで3年はかかるんだよな~。そしてそれ使って土壌作るのにも5年以上。ラノベのようにそう簡単には石高あがらにゃい。


 そういう事だから大事な資源だ。普通はそれを売ることになる。そんな資源をタダで公衆便所でポットンするはずはない。


 だけどな~。あれ『クサい』んだよ。自分の家にあると。


 それをちょっと離れた場所でしてもらう。

 ついでに手洗い水を補充するサービス付きだ。この当時、トイレットペーパーの代わりにワラを使っていた。


 お蔭で痔持ちの人が多い。


 なので消毒消炎作用のあるヨモギの葉っぱをサービスする。そして使い終わったヨモギの葉っぱは、別の穴にポイしてもらう。


 こっちの穴は小便用だ。


 問題はこっちの小便用の穴。

 


 尿で、なんと硝酸カリウム=硝石が出来る! 江戸時代もやってたんだよね。前田藩が。

 これって令和の時代になって初めて分かった事実。それまでは「こうなんじゃないかなぁ」的な想像だったけど、これが凄いんだそうだ。


 信長の美濃尾張時代は、まだ大陸の硝石を輸入していたからバカ高い。でもそんな硝石を大量に消費して戦い続けられる筈もなく。関ヶ原なんかバンバン撃っていたからな。


 この火薬=硝石は何処から来たのか?

 それは『最初からある程度日本で製造していた~』これがわかりましたとさ。で、段々と増産されて輸入しなくてもよくなりました。



 え?

 なぜそんなアカデミックなことを知っているって?

 失礼な!

 これも全部、由緒ある立派な『サブカル知識』だ!


 カクヨメというWeb小説サイトでね、『首取る物語』という凝った戦国物があったので読んでいたら書いてあったんだ。

 その作者は某国営放送のブラタ〇リという番組が好きで、その中で紹介された白川郷での火薬製造を知り、それを調べたんだとさ。


 俺はそれで知ったんだよ!

 嘘だと思うならお前も読んでみな。


https://kakuyomu.jp/works/16816700428374306619/episodes/16816927859738016097




「お奉行様。本当にこの下肥しもごえ(人糞)。頂いてしまっても?」


「おう。持って行きな。あと3年は腐らせ熟成させないと使えないがな。代わりにヨモギを集めてくれ」


 こう言う仕組みだよ。

 下肥は商品になる。だからそれの対価としてヨモギを集めさせて、そのカリウムと人尿のアンモニアを3年ほど寝かせると硝石となる。


 3年はかかるが、今は1560年。

 1563年からは訓練を盛大に行える。順調に行けば1568年位には相当な数の鉄砲を運用できるさ。


 あとは雨対策とか、色々ある。

 それ全部献策して勲功稼ぐのだぁ~。




「光秀殿。これは凄い仕組みですなぁ。この厠もそうでござるが、このヨモギ採集と人尿を集める仕組み。

 かぁ~~~っ。

 こんなことは誰にも思いつきませんなぁ! それがし、今猛烈に感動しております!」


 一緒に公衆便所初号機を視察に来ていた木下藤吉郎が、いささか、いや物凄いオーバーリアクションで驚き、俺を褒めたたえる。


 これがこの男の出世技なのか。

 まるでWeb小説のテンプレ技みたいだね。あの主人公をおだてる周りのキャラ連中。


 だが、これをやられて怒る人はいないだろう。その場は怒るかもしれないけど、『人懐っこい奴』と感じる者が多いはず。

 出会ってから最初の2~6秒で人のイメージは決まるというからね。ATフィールドを浸食してくる人懐っこさ。


 この猿顔は超強力な武器だろうな~。

 人をにこやかにさせる。


 相当、武ばった者を除いてだけど。

 たとえば柴田勝家とか佐々成政。織田家のガチ勢には受けが悪いというのもなんとなくわかるよ。笑ってばかりいて剽軽。それでいて戦場の勲功もないのに皆に一目置かれる。


 こいつの良い面は真似して、さらに戦場の勲功も一応立てる。

 それで柴田勝家達とも仲良く!

 光秀生き残り作戦はこれで行こう。




「うおっ!」


 俺が生き残り仲良し戦略を、脳内で完璧にシミュレートしていると、後ろで叫び声。


「光秀殿! お助けを! 拙者、肥溜めにハマりまして!!」


 見ると肥溜めの様子を見ていたはずの、秀吉、ああまだ藤吉郎ね。

 くみ取り口から上半身だけ出して立っている。というか、これ以上落ちないように頑張っているらしい。


 こんなドジな奴だったんかい! 秀吉。

 太閤記とか、いいように美化して書いているからなぁ。

 でもドジな方がみんなに好かれるよね。


「よし。手を伸ばせ。俺の右手につかまれ」


 ここは恩を売るのに絶好のチャンス!

 この右腕はクサい肥溜めにはまった者をつかんでいるのではない。大事な金づる。


 いや、未来のお城。上級国民駅行きプラチナチケット。


 決して離すべきではない!



 ズルッ!


 ひ、秀吉。むやみに引っ張るな。

 俺も落ちちまうじゃないか!


 肥溜めから、強烈な悪臭。

 令和の時代には、ほぼ経験しないであろう人糞の腐ったニオイ。


 思わず身を引いてしまう。

 あ、右手。


 俺のプラチナチケットが!!



 ずぽん。



 秀吉、完全にハマりました。

 見事に頭まで。


 俺と同じくらいの背丈の小男だからな~。全部ずっぽり行きました。


「ま、まあ。こんなこともある? 藤吉郎。すまぬ、手を放してしまい。勘弁じゃ。一緒に川原で体を洗おう」


 藤吉郎は猿顔を、クシャっとゆがめて大きく笑った。


「滅相もない! 某は信長さまに、明智殿の代わりに奔走せよとの命を受けております。身代わりに肥溜めにはまるのは仕事の内。お気になさいますな。はっはっはっ!!」


 さすが秀吉だな。

 猿が、いや、人が出来ているなぁ。


 ここで一緒に落ちてクサい仲になっておけば、親友になれたかもしれないが、令和育ちの俺には到底無理だったよ。




 近くの川で体を洗う事にした。

 俺も少しだけ、手や足にクサい奴がくっついてしまったので、行水をすることにする。


「寧々殿ではござらぬか! これは奇遇。今日はついておりまする! 寧々殿のお顔が見られるとは。この藤吉郎、生きている甲斐があるというもの!」


 ふんどし一枚になった秀吉が大声で話しかけている少女。年のころは十三くらいの娘が土手の道を歩いていた。俺たちより少し背が高いかな?


 きれいな長い黒髪を背中で束ねて、腰まで垂らしている。

 高価ではなさそうだが、小ざっぱりとした小袖を着て、野菜の入ったカゴを小脇に抱えている。結構美人。大人になれば引く手あまたじゃね?


 秀吉の笑顔に笑顔で返す……はずだったんだろうなぁ。

 笑顔は一瞬にして、瞬間凍結。

 鼻をつまんで向こうを向いてしまった。


「これは失態! 今日は藤吉郎、新しき仲間が出来申した。クサい仲と申しましょうか。これから切っても切れない仲になるやもしれませぬ。某同様、仲良くしてくだされ」


 利家よりも遥かに気がきく未来の天下人。

 きれいな女の子を紹介してくれた。


「まあ。それは大変な目に合っても只では起きない藤吉様らしいわ。わたくし杉原定利の娘で、寧々ねねと申します。以後良しなに」


 歳は俺の一つ下、十三だという。

 あ~。早い話が秀吉の正妻か。

 おっとりとしているけど、しっかり者の雰囲気。

 関ヶ原の戦いの行方を左右したほどの実力者になるんだよね。秀吉の領地経営もしていたらしいし。


 ここは最大級の笑顔であいさつしないと、俺の未来が危うい。


「寧々殿。某、この度織田家に仕官した明智十兵衛光秀と申します。現在、藤吉郎殿と一緒に、この清洲の街をきれいにしていく命を授かり働いている所。これをきっかけに織田家が天下を大掃除できるような大大名にと思っておりまする。見ていてくだされ」


 普通に言うよりもちょっと大げさでインパクトのあるセリフを選んだが、外しても好印象になるように秀吉に負けず劣らずの明るい笑顔で大げさな身振りつけて言うことにした。


 お手本が近くにいると勉強になるなぁ。

 よく見て見習おう。


 寧々はにっこりと笑い、俺たちがクサいのを気にしないような態度で長屋へ帰って行った。女子らしき配慮。

 人が、いや、娘が出来ている。


「明智殿。寧々殿は譲りませぬぞ! 某のあこがれ。現在、何度も求婚中につき。そろそろ色よい雰囲気となっており申す故」


 そうか。

 もうそこまで行っているんだな。正史通りに結婚したら大々的に祝ってやろうか。利家と一緒にな。


「わかり申した。拙者も後押しいたす」


 これが、まさかまさかの結果になるとは、夢にも思いませんでした、はい。


 ◇ ◇ ◇ ◇


 次回は、秀吉君出世します。

 もちろん、あの役職です。

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