あなたのその目に映るのは

中田カナ

あなたのその目に映るのは

「いやはや、おかしなものだね」

 王家主催の夜会で隣に立つ旦那様が少しだけ楽しそうな口調でつぶやく。

「どうかなさいましたか?」

 小さく首をかしげて尋ねる。


「目が悪くなってから音や声に敏感になったのだが、声には感情が乗るものだというのがわかるようになった。そして君のおかげでこうして間接的に見えるようになったら、表情にも実によく表れているものだな、とね」

 おそらく先ほど声をかけてきた男性のことを言っているのだろう。

「向こうは私が見えていないと思っているから、なおさらおかしくてね」

 言葉遣いこそ丁寧だったけれど、明らかに旦那様を見下すような表情だったのだ。


「さてと、挨拶すべき相手は一通り話せたから早めに切り上げるとしようか。こんなところに長居は無用だ」

「かしこまりました、旦那様」

 壁際に控えていた旦那様の従者の方に目で合図して3人で会場を出る。

 旦那様は腕を組んでいる私に合わせてゆっくりと歩き出す。

 入り組んだ廊下も迷うこともなく歩く旦那様だけど、本当は何も見えていない。

 今の旦那様に見えているものは私が見ているものだから。



 私の勤め先であるお屋敷の旦那様は、隣国との国境紛争を短期間で平定した我が国の英雄と呼ばれる将軍だ。

 ところが帰還後しばらくして、ある日突然目が見えなくなった。

 原因はわかっていないが、医師の見立てでは怪我や病気ではないだろうとのことで、おそらく呪いなのではないかと言われている。


 視力を失ってベッドから起き上がる気力すらなくしてしまった旦那様を看病すべく、濡らした布でお身体を拭こうとした時。

「今、部屋の中が見えた!」

 突然起き上がって叫ぶ旦那様。

 驚いて一歩下がってしまう私。

「ああ、見えなくなってしまった…」


 意気消沈する旦那様に声をかける。

「あ、あの、せっかく起き上がったのですから、少しお身体をお拭きいたしましょう」

 返事も待たずに旦那様の腕に触れた時。

「また見えた!…だが、なぜ私自身が見えているのだ?」


 その後いろいろと試した結果、私が旦那様に触れると旦那様には私が見ているものが見えるという不思議な現象であることが判明した。

 お屋敷の使用人の方々にも協力を願ったけれど、変化があったのは1人だけ。

 片方の目を怪我で失った通いの庭師の男性だ。

「うぉっ?!なんだこれ…同じものを別の視点で同時で見てるみてぇだ」

 気持ち悪くなりそうだとのことで短時間で終わらせたけれど。

「思うに現象そのものは誰にでも起きているのかもしれないが、自身の見ているものの方が優先されるのではないだろうか?」

 旦那様はそう推測した。



 理屈はともかく、私がいれば旦那様はものを見ることができるので、どこへ行くにも付き添っている。

 ただ、女性の私では一緒に行けない場所もある。

 そのため従者の男性も常に一緒だ。


 彼はもともとは軍に勤めていたけれど、怪我をきっかけに退職して旦那様が個人的に雇ったそうだ。

 旦那様の目が見えなくなって行動を共にするようになったけれど、話しかけても言葉で答えることはほとんどなく、うなずくか首を横に振るだけ。

 当初はもしかして嫌われてる?と思ってへこんでいたけれど、私の悩みを聞いた旦那様が笑って説明してくれた。

「気にするな、こいつは昔からこうなんだ。悪い奴じゃないんだが人付き合いがとにかく苦手で、他で働くのは難しそうだから私が雇った」

 従者の男性がこくんとうなずいた。



 そんなわけで常に3人で行動するようになってだいぶ経つ。

「いつも思うが本当に不思議なこともあるものだな。君のその能力、何か思い当たることはないのか?」

 夜会帰りの馬車の中で旦那様に尋ねられる。

「そうですねぇ…祖母が言うには、うちの家系には何代も前に流しの聖女がいたらしいです」

「流しの聖女?」

 不思議そうな顔をする旦那様。


「かなり変わった人だったらしく、神殿や貴族などの誘いをすべて断って旅をしながら治癒や解呪をしていたと聞いています」

 この国では昔から魔力持ちは極めてまれな存在だ。

 おそらく誰かにいいように使われることを嫌ったのだろう。

 縁あって理解ある田舎の領主の伴侶になったが、それが我が家のご先祖にあたる。

 婚姻後も妊娠出産の時期を除いて1年の半分以上は旅に出ていたという。


「なるほど、聖女か。君の不思議な力はその影響なのかもしれないな」

 少し首をかしげる私。

「まぁ、正直よくわかりませんけどね」


「なんであれ、君のおかげで絶望の淵から這い上がられたことは本当に感謝している。いまだにたいした礼もできていないが、何か望むことはないか?多少のことならできると思うが」

 旦那様の目の代わりを務めるようになってから給料は跳ね上がり、夜会などに同行するためのドレスや装飾品の費用もすべて出していただいている。

 私の実家である国境近くの男爵家の領地が水害の被害にあったと知り、多額の援助までしてくださった。


「これ以上望むことなんて…あっ」

 思いついたことはあるけれど、お金でどうこうできることじゃないから難しいかもしれない。

「何だね?まずは言ってみるといい。できるかどうかはこれから考えればいいのだから」


 旦那様に促されて話し出す。

「旦那様と同じように目が見えない方の手助けができないか、と思ったのです。ただ、まずは他の方でも見えるのか試す必要がありますが」

 今のところ現象が起きているのは旦那様と通いの庭師の男性だけ。

 さらなる検証を行う必要があるだろう。

「そうだな、試してみる価値はあるかもしれない。だが、たくさんの人がいるわけだから、それぞれにずっとついてやるわけにもいかないだろう?」

 それは確かにそうなのだけれど。


「おっしゃることはごもっともだと思います。ですが怪我や病気で視力を失った方は、もう1度見たいものがあるかもしれません。生まれつきの方も、家族の顔や暮らしている場所など1度でいいから見てみたいと思っているのかも」

 普通に見えている私の想像でしかないから、生意気なことを言っていると思われるかもしれない。

 それでも私にできることならやってみたいとも思うのだ。


 旦那様は少し考えてから口を開いた。

「私の一番上の兄は侯爵家を継いでいるのだが、その領地には身体の不自由な人々のための作業所があると聞いている。まずは偶然を装って試してみるというのはどうだろうか?」

「確かにその方がよいかもしれませんね。期待させてダメだったら申し訳ないですし」

「私も久しぶりに故郷へ顔を出そうと思っていたところだ。さっそく手配することにしよう」

 旦那様は帰宅してすぐに執事さんを呼んだ。



 旦那様は軍の要職にあるけれど、現在は目のこともあって休職扱いとなっている。

 ご本人は退職を願い出たそうだけど、国王陛下から直々に慰留されたらしい。

「今がどうであれ、そなたが我が国の英雄であることに変わりないのだから」

 国王陛下にそうおっしゃられては従わざるを得ないだろう。


 国王陛下と軍本部の許可を得て、旦那様は故郷の侯爵領へ向かうことになった。

 私がいれば見えるというのは秘密なので、あくまで療養のためという名目だ。

 国王陛下は最高級の馬車を貸し出してくださった。

 馬車の中は旦那様と従者の男性と私の3人といういつもの顔ぶれだ。


「さすがに兄上には事情を説明しなければならないと思うが、大丈夫か?」

 現在は旦那様の一番上のお兄様が侯爵位を継いでいる。

「それはかまいませんけど、はたして信じていただけますでしょうか…?」

「まぁ、どうにかなるだろう。かなり驚かれることになるとは思うがな」

 まるでいたずらを仕掛ける子供のように楽しげな旦那様。

 なんだか別の意味でも心配になってきた。



 数日かけて移動し、侯爵家のお屋敷に無事到着した。

 私ではなく従者の男性が付き添って馬車を降りる。

 いきなり見知らぬ女性の私と腕を組んでいたら間違いなく驚かれるものね。

 そんなわけで今の状態では旦那様には何も見えていない。

 玄関前には侯爵家の方々が勢ぞろいしていた。


「兄上、ご無沙汰しております」

 侯爵様はがっしりとした旦那様と違って細身の眼鏡をかけた男性だった。

「ああ、久しぶりだな。いろいろと大変だっただろう。こちらではゆっくりと過ごしてほしいので、望むことがあれば遠慮せずに言ってくれ」

「ありがとうございます」

 旦那様は頭を下げるが、微妙に方向がずれている。


「叔父上、お久しぶりでございます!」

 侯爵様の隣にいた少年が声をかける。

「その声は兄上の長男か?前に会った時はまだ片言だったのにずいぶんと立派になったのだな」

「はいっ!もう12歳になりました」

 侯爵様によく似た少年がはきはきと答える。

「そうか…目が見えるのなら剣の稽古でもつけてやれるのになぁ。申し訳ない」


「そんなことはございません!叔父上は我が国の英雄です。お会いできただけでうれしゅうございます」

「…ありがとう。ああ、そうだ。握手してくれるか?」

 旦那様が手を差し出すと少年がおずおずとその手を握る。

「その手でわかる。しっかりと剣の稽古をしているようだな」

「はいっ!」

 少年はキラキラの笑顔を向けている。

 旦那様に見えていないのがもったいないくらいだ。


「しばらくこちらで世話になるが今の私は休暇中だ。それにそもそも身内なのだから敬語など不要だ。もっと気楽に接してもらえるとうれしく思うのだが」

「はいっ!」

 2人は握っていた手をようやく離した。



 屋敷の中に通されて侯爵様ご一家やお世話になる使用人の方々を紹介され、軽い世間話の後で旦那様が話を切り出した。

「兄上、少々内密にお話したいことがございます」

 うなずいた侯爵様がご家族や使用人の方々を下がらせ、応接室には旦那様と侯爵様と私の3人だけになる。

「おや、そちらの侍女殿は残ってよいのかな?」

「私が話したいことは彼女が関わることですので。ああ、そうだ。隣に座ってもらえないか?」

「は、はい」

 これってもしかして侯爵様に誤解されるのでは?と思いつつも、ソファーに座る旦那様の隣に腰掛ける。


「兄上、実はですね…」

 息を飲む侯爵様。

「彼女は今の私の目なのです」

「はぁ?!」


 旦那様が私の方に手を伸ばしてきたのでそっと触れる。

「兄上はあいかわらず深い緑色がお好きのようですね。おや?眼鏡を黒縁から銀縁に変えられたのですか。そちらの方がとてもよくお似合いだと思います」

 笑顔で迷うことなくテーブルの上のティーカップに手を伸ばし、少し冷めているであろう紅茶を口にする。


「…もしや目が見えなくなったというのは嘘なのか?」

「いいえ、見えなくなったのは間違いありません。今見えているのは、こちらにいる彼女が見ているものを共有しているのです」

 旦那様が事情を説明するが、納得できないようだ。


「兄上、何か本をお貸しいただけませんか?できれば私が読んだことのないようなものが望ましいのですが」

 しばらく席をはずした侯爵様が持ってきたのは子供用の絵本。

 旦那様と私は互いに少し向きを変え、肩で接するようにして旦那様から絵本が見えないようにする。

 衣類越しでも接していれば視覚を共有できることは、さまざまな検証の末にわかったことだ。


「ははは、ずいぶんと可愛らしい本を選ばれましたね。では読みましょうか」


『もりのおくふかくに りすのいっかが すんでおりました

 きでできたいえには おとうさんりすと おかあさんりすと 3にんのむすこ

 いつもなかよく くらしておりました』


 旦那様のよく響く低音で読み上げるものだから、本当はおかしくてしかたない。

 それでも私は必死で耐えていたのに、とうとう侯爵様が噴き出して笑い始めてしまった。

「ははは!ああ、おかしい…こんなに笑ったのは久しぶりだ」

 侯爵様ずるい。


「信じがたいが本当に彼女が見ているものが見えているようだな」

 ようやく笑い終えた侯爵様が真面目な口調に戻る。

「理解していただけたようで何よりです」

 自分で仕掛けたくせに若干ふてくされたような口調の旦那様。


「それで、お前はどうしたいんだい?」

「彼女は自身の不思議な力が他にも通用するのなら、人々の助けになりたいと考えています。そのための検証を行いたいのです」

 その後は旦那様が上手く話を進めてくれたので私は口を挟む必要がなかった。

「では、作業所の責任者には弟が視察に行くと私から連絡を入れておく。早ければ明後日にでも行けるだろう。領都の郊外でここから1時間程度の場所だ」

 話はあっけなくついた。


「私はもうしばらく兄上と話すが、貴女は従者と交代して少し休むといい」

「かしこまりました」

 廊下に出ると従者の男性が立って控えていた。

「あとはよろしくお願いいたします」

 彼は無言でうなずくと私と入れ替わりで応接室に入っていった。



「ふぅ~」

 案内された部屋で1人きりになり、ようやく緊張がほどける。

 旦那様の目となる時は、おかしな方向に視線が行かないよう気をつけているので気疲れすることも多い。


 私は旦那様の目が悪くなる少し前にお屋敷に採用された。

 田舎の男爵家の三女なので、早々に自活の道を選んだのだ。

 しばらくは一番下っ端として走り回っていたので、旦那様にお目にかかる機会もほとんどなかった。

 初日にご挨拶はしたけれど、急いで出かけられるようで「真面目に勤めるように」と一言でおしまい。

 たぶん顔も覚えていないと思う。

 不思議な現象が発覚した時は、他の使用人が体調を崩して急遽代理で旦那様のお部屋に伺ったのだ。

 まさかそれがこんなことになるとは思いもしなかった。



 旦那様は夕食をお部屋で取る。

 侯爵家のご家族には私がいれば見えることをまだ説明していないので、ご配慮してくださったらしい。

「いつもすまないな」

 旦那様の左の少し斜め後ろに立ち、私の右手を旦那様の肩に置く。

 こうすれば旦那様は補助もなく、お1人で召し上がることができる。

 最初のうちは視点の違いにとまどっておられたようだけど、今はもう慣れたらしい。

 試行錯誤の末に私の立ち位置も今の場所で決まった。



「明日、兄上はこの不思議な現象を家族や主だった使用人達に話してくださるそうだ。他に広まらないよう口止めもするらしい」

 しばらく滞在するのならいつまでも隠してはおけないだろう。

 別に口止めとかは気にしてないけど、ヘンに広まって旦那様や侯爵家にご迷惑をかけたくないしね。

「…それで大変申し訳ないのだが、明日は歓迎の晩餐に参加することになってしまった」

「かしこまりました。いつものように目を務めればよろしいのですよね?」

 なぜかすまなそうな表情になる旦那様。


「晩餐は普段の食事より間違いなく長丁場になるだろう。頼んでおいて言うのもなんだが、無理はしないで欲しい。疲れたら休むなりやめるなりしてかまわないから」

 旦那様は軍に長年在籍していることもあり、食べる速さはなかなかのものだ。

 いつ何が起こるかわからないから、食べられる時にしっかり食べなければならないらしい。

 さらにお屋敷ではいつもテーブルにまとめて出してもらって、お1人で召し上がるので食事時間は短い。

 しかし侯爵家の晩餐ともなればフルコースで1品ずつ凝った料理が出されるわけで、当然のことながら時間がかかるのだろう。

「まかせておいてください!体力だけは自信がありますから」

「すまないがよろしく頼む」


 翌日、予定通り侯爵様がご家族に説明された。

 衣服の色を言い当てたり、旦那様の見えない位置にある本を読み上げたりしてご理解いただけたようだ。

「叔父上、よろしければ剣の稽古を見ていただけますか?」

 侯爵様のご長男の要望に応じて庭に出る。

 私が旦那様に触れている必要があるので手合わせはできないけれど、よく観察して的確な助言をなさったら感激なさっていた。



 その夜の晩餐は旦那様のご両親である先代の侯爵ご夫妻も参加されて家族が揃って和やかに行われた。

「ふぅ~」

 だけど終わってからの私は疲労困憊で何とか部屋にたどり着いた。

 晩餐に時間がかかるのはわかっていたから問題ない。

 だけど何人もの会話を追わなければならず、それと同時に旦那様の食事にも気を配らなければならない。

 何回かこなせば慣れるかもしれないけれど、さすがに今日は疲れてしまった。


 コンコンコン


 ノックの音がして答えると侯爵夫人の専属侍女が入ってきた。

「失礼いたします。お疲れのところ大変申し訳ございませんが、お部屋の移動をお願いいたします。お荷物は後でお運びいたしますのでこちらへどうぞ」

 今いるのは侯爵家の来客が連れてきた使用人のための部屋なので、なぜ移動しなければならないのかよくわからないけれど、言われるままついていく。


「こちらでございます」

 通された部屋は花柄の壁紙に白い家具が揃えられた立派な部屋だった。

「ご婦人の来客用のお部屋でございます」

「あ、あの、私は使用人ですから先ほどのお部屋で十分なんですけど」

「奥方様から『今日は大変お疲れでしょうからゆっくり休んでいただくように』とのご指示をいただいております」


 侯爵夫人の配慮だったのか。

 表情には出さないようにしていたつもりだったが、疲れていたのはバレていたのだろう。

「そちらのテーブルにお食事をご用意いたしました。終わりましたらベルを鳴らしてくださいませ」

 侯爵夫人の専属侍女は去っていく。


 部屋に1人きりになり、テーブルを見て驚いた。

 いくつかの皿にまとめられてはいるけれど、ほとんどが先ほどの晩餐に出てきたものと同じ料理だったのだ。

 さすがは侯爵家の晩餐だなぁ~と思って見ていたのだが、まさか自分が食べることはできるとは予想外だ。

「ううっ、美味しい!」

 しかも温かいものはちゃんと温かく、冷たいものはしっかり冷たい。

 私が食事する時間を考慮してくださったのだろう。

 これだけでも頑張ったかいがあったと言えるかもしれない。


 残さず食べ終えてすっかり満足し、ふと思い出して言われた通りベルを鳴らすと侯爵夫人の専属侍女と数名のメイドが入ってきた。

 あっという間に食器が片付けられ、テーブルにはお茶の道具が並ぶ。

「食後のお茶でございます」

「あ、あの、ありがとうございます。でも、私も使用人ですからここまでしていただくのは申し訳ないのですが」

「いいえ、貴女様は今の侯爵様の弟君にとってなくてはならないお方ですから、丁重にもてなすようにと言われております」


 お茶の後はメイド数人がかりで風呂に入れられて磨き上げられ、上がった後も柑橘系の香りのするオイルでしっかりマッサージをされた。

 貴族のご婦人っていつもこんなことやってるのかぁ~と、自分が男爵令嬢であることもすっかり忘れて感心してしまった。

 おかげで立ちっぱなしだった足の疲れも消え、晩餐時の緊張で凝っていた頭や肩の筋肉も揉み解されてぐっすりと眠ることができた。



「旦那様、おはようございます」

 翌日はすっきり目が覚め、お部屋で朝食を召し上がる旦那様の補助に立つ。

「昨夜はご苦労だった。会話しながらの食事だったから大変だっただろう?」

 食事の前に旦那様に声をかけられる。

「そうですね、初めてだったのでさすがに緊張と戸惑いはありましたが、たぶん慣れれば何とかなるのではないかと」

「それは心強いな。さて、今日は兄上の手配により目の不自由な少年の慰問と激励という名目で作業所へ向かう予定だ」

「かしこまりました」


 朝食を終えて馬車で出発する。

 旦那様と従者の男性と私、そして侯爵様の部下の方が付いてきてくださっている。

「会う予定の少年はこの地の出身で我が国の英雄である将軍様に大変憧れているそうで、今日訪れることは驚かすため、あえて本人には伝えておりません」

 ご家族には将軍来訪の話は通してあって、少年に同行してくれているらしい。

「そうか。では最初は彼女ではなく従者についてもらおうか。目の見えない者同士、対等でありたいからな」

「かしこまりました」



「本当に将軍様なの?!」

 少年は憧れの人の来訪に大興奮だ。

「ああ。今は目を悪くして休職中だがな。目が見えない者としては君の方が大先輩だ。いろいろ話を聞かせてほしい」

 少年は生まれつき目が見えないそうだ。

 普段は母親がこの作業所への送り迎えをしているそうだが、今日は両親揃ってこの場に来ている。


 いろいろと話が弾むうちに少年がおずおずと尋ねる。

「あの、先の戦いではお顔に傷ができたと聞きましたが、もう痛くはないのですか?」

 旦那様が部下をかばって負傷したことは広く伝わっている。

「ああ、傷は残ったが痛みはない。そうだ、触れてみるか?」


 従者が少年に手を差し伸べて旦那様の頬を触らせる。

「ここ、ですね?結構大きな傷ですよね」

「ああ、でも守るべきものを守った証だな。それより君の手にも触れてみていいかな?」

「あ、はい」

 従者が少年の手を旦那様に触らせる。


「子供の指にしてはずいぶんと指先が固いのだな」

 頬を触れられて気が付いたのだろう。

「あの、竪琴を習っていまして、練習しているうちにこんな指になりました」

「そうか、もしよければ聴かせてもらえるかな?」

「はい!よろこんで!」


 少年の母親が竪琴を持たせる。

 軽く音の確認してから演奏が始まった。

 私は初めて聞く曲だけど、このあたりでは子守唄として誰でも知っているものらしい。


「実に見事だった!王宮の夜会で著名な音楽家の演奏を聞いたことはあるが、君の演奏の方が私の心に響いた」

 旦那様が絶賛する。

「あ、ありがとうございます」

 あまりの賛辞に真っ赤になって照れる少年。


「ささやかだが、少しお礼をさせてもらえるかな?」

「お礼?」

 旦那様が小さくうなずいて合図したので私は座っている少年の背後に立つ。

「私の侍女はちょっと不思議な力を持っているんだ。うまくいくとよいのだけれど」


「失礼します。少し肩に触れますね」

 少年に声をかけてから肩に触れる。

 そして壁際に立つ少年の両親を見た。


「え?!何これ?なんで?」

 とまどう少年。

「私が見ているものが貴方に見えているのです。そこにおられるのが貴方のご両親ですよ」


「僕、お父さんとお母さんの顔、見えてるよ!」

 従者に促されてご両親が少年の目の前にやってくる。

「さわった感触は知ってたけど、こんな顔だったんだね。お父さんはかっこいいし、お母さんはとってもきれいだ」

 親子は涙を流していた。


「これが僕の竪琴なんだね。こんなにきれいな模様があったんだ」

 対面の感動から落ち着いてきた頃、私は少年が見たいものを見ていくことにした。

「将軍様の頬の傷は結構はっきりと残っているのですね」

「ああ、私は気にしてはいないが、女性や子供には少し怖がられる」

「僕はかっこいいと思います!」


 作業所を出て馬車に乗る。

「いつも通っている道って、こんな景色だったんだ」

 少年の家は薬を販売する店を営んでいる。

「うちの店ってすごく大きいんだね」

 祖父母や兄妹とも対面し、また家族一同で涙を流していた。


 家やその周辺を少年とともに歩く。

 日が傾きはじめ、そろそろ帰らなければならない時間が近づいてくる。

「…本当はもっと一緒にいてあげられればよいのですが、申し訳ございません」

 もっといろんなものを見せてあげられたらいいのに。


「ううん、侍女のお姉さんのおかげでいろんなものを初めて見ることができてうれしかったよ」

 少年の家に戻ると家族全員が勢ぞろいしていた。

「お姉さん、ありがとう。家族の顔をしっかり心に刻んだからもう大丈夫。これからも将軍様の目になってあげてね」

 少年の肩から手をゆっくりと離した。


「…これで本当によかったのでしょうか?」

 侯爵家へ戻る馬車の中で思わずつぶやく。

 見えたものがまた見えなくなってしまうことは、つらくないはずはない。

「どう思うかは彼とその家族次第だろうな。明日は別の者と会う予定にしているが、やめた方がよいか?」

 安易に慰めを言わないのは旦那様らしいところだ。

「いいえ、続けます」

 いつかこの割り切れない思いの答えが出るかもしれないから。


 作業所に通う目の不自由な人との接触は継続された。

 1人につき1日、本人の希望をできるだけ叶えていく。

 生まれつき見えなかったり病気やけがで視力を失ったりと人それぞれだ。

 見たいものも家族の顔だったり、思い出の景色だったり、家族のお墓だったり。

 別れる時はいくら感謝の言葉をもらってもつらい。

 もう見せてあげられないことが申し訳なくて。



 最後の1人は老婆だった。

 身寄りもないので作業所の1室で暮らしているらしい。

「あんたの話は聞いてるけど、あたしゃ別にいいよ。会いたい奴らはもうすぐ天の国で会えるだろうからさ」

 思いがけない拒否だった。

「でも、ここの連中は家族のようなもんだからさ、力になってくれたことには感謝してる。だから私からお礼をさせとくれ」


「お礼、ですか?」

「ああ。あたしゃ目は見えないが、その代わりに人には見えないものが見えるんだよ。頭がおかしいとか言われるから、あまり口にはしないがね」

 ニッと笑う老婆。


「まず一緒にいるそっちの旦那、あんたの呪いはもうすぐ解けるだろうよ。すでにかなり薄くなっている。だが呪いを解く鍵を見つける必要があるね。うまく解ければ呪った者に倍で返るだろうさ」

 老婆の口調はやけに楽しげだ。

「…やはり本当に呪いだったのか?」

 呆然としつつも旦那様が尋ねる。

「ああ、知らなかったのかい。残念ながら鍵が何なのか私にもわからんけどね。最初の頃は強固な呪いだったようだが、そっちの嬢ちゃんのおかげで少しずつ剥がれたんだろうね」

「え、私?」


 うなずく老婆。

「嬢ちゃんには聖魔法と治癒魔法の資質がある。だが、残念ながらどちらも弱い。誰かいい師がいれば能力を伸ばせるかもしれんね」

 そう言い終えた老婆が首をかしげる。

「それから、人の目になれるってのは長年生きてるあたしでも初めてだからよくわからないんだよ。聖魔法と治癒魔法の合わせ技なのかもしれんねぇ」


 話を聞いて考えたことを尋ねてみる。

「あの、もしかして毎日旦那様の目として触れていたから呪いが薄くなった、ということなのでしょうか?」

「そうだね、聖魔法の力だ。治癒魔法も同じだよ。時間をかければ嬢ちゃんでも治せるものがあるだろうね」

 ご先祖様である聖女は患者に触れることもなく一瞬で治したと伝えられるが、私にそこまでの力はないらしい。




 しばらく侯爵領で過ごした後、私達は王都へ戻ってきた。

 いつもの日常に戻ったある日の夜、旦那様に声をかけられた。

「夕食後に少々酒を飲みたいので、すまないが付き合って欲しい」

「かしこまりました」

 侯爵領で自分用に果実酒を買い込んでいたのを知られてしまったので、酒好きとして誘われたようだ。


 談話室へ行ってみるとテーブルの上にはすでにいろんなお酒が並んでいる。

「あの、お高いのばっかりですよね」

 ラベルの名前を見ればわかる。

「自分で買ったものはほとんどなくて、もらい物ばかりだがな」

 旦那様の目となるため肩に触れると迷わずお酒の瓶を手に取った。

「目を悪くしてから飲もうという気も起きずにいたが、少しは希望が出てきて気も楽になったら久しぶりに飲みたくなった。さて今日は無礼講だ。敬語も要らんぞ」


「「 乾杯!! 」」

 なんともいえない香りがのどをスーッと通り過ぎていく。

「初めてこんな美味しいのを飲みました!」

「ああ、これは陛下からいただいたものだな。結構いけるだろう?」

 よく見れば王室の紋章のラベルがついている。

 これ1杯だけでもとんでもないお値段のはず。

 まぁ、今日はお値段のことは考えないことにしよう。


 普段の出来事や侯爵領でのあれこれを飲みながら話す。

「老婆の言っていた呪いの鍵というのはいったい何なのだろうな?」

 だいぶいい気分になっていた私は思いついたことをそのまま口にする。


「ほら、物語では呪いで深い眠りに落ちたお姫様って王子様のキスで目覚めますよね。もしかしてそれじゃないですかぁ?」

「ちょっと待て。それでは私が姫だということにならないか?」

「あはは!そうかも」

 あれ、私だいぶ酔っているかも。


「だが一理あるかもしれんな。試してみるか?」

 グラスを持ったまま問いかけてくる旦那様。

「え、誰とですか?」

「君しかいないだろう?言い出した者として責任を取るべきでは?」

 旦那様はいたって真面目な表情だ。


「ちょ、ちょっと待ってください。どなたかそういう女性はいらっしゃらないんですか?」

 確かに言い出したのは私だけど。

「君もこの屋敷で働いているのだから、私に親しい女性がいないことくらいわかっているだろう?」

「はぁ」

 女性の影も形もないことはよくわかっている。


「それに誰でもいいわけじゃない。君だから試したいんだ」

「…どうして私なんですか?」

「偶然とはいえ、不思議な現象が発覚して私の目になってくれたことには大変感謝している」

 旦那様は持っていたグラスをテーブルの上に置いた。


「そして常に一緒にいることで、人となりもよくわかった。君は人を思いやる気持ちを持った優しい女性だ。いつか目が元通りになっても君を手放したくない、そう思った」

 そんな風に思っていてくださったなんて知らなかった。

「…でも私は一番下っ端のメイドで、旦那様は我が国の英雄と呼ばれる将軍で、立場が違いすぎて釣り合わないと思います」

「釣り合いなぞどうでもいい。私は他人の思惑より自分自身がよいと思ったものを選ぶ。私の人生だからな。それで君は私のことをどう思っている?」


 酔っているので、たいして考えもせず思ったままを口に出す。

「旦那様こそ人を思いやる気持ちを持った方だと思いますよ。それに見た目は怖そうだけど本当はすごく優しいですよね。お屋敷の使用人の方々だってみんな旦那様に敬意を持って働いてます。居心地のいい職場って雇い主次第ですもんね」

「君は怖い顔は苦手か?」

「全然平気ですよぉ。うちの父や兄と似たタイプですから」

 うちは男爵家だけど農業や林業もやっていて現場にも出ている。

 軍人の旦那様とはちょっと違うけど、ごついタイプが多いのだ。


「それでは雇い主ではなく1人の男性としてどう思う?」

「ん~、とっても素敵だと思いますよぉ。頼りがいがありますもんね」

 このところずっと一緒だったから、人となりも知っている。

 裏表もなく、子供にも下っ端メイドの私にさえも気遣いを忘れない人なのだ。


「好意を抱いてくれているのなら、さっきの件を試してみないか?」

「えっと、何でしたっけ?」

 首をかしげる。

「キスで呪いを解く件だ」

 あ、そうだった。


「あのぉ、まずはほっぺからでいかがでしょうかね?」

「物語では違うのではなかったか?」

 旦那様の声に若干凄みが増したような。

「それはそうなんですけど、いきなりは難易度が高いかなと思いまして~」

「わかった、まずはそれでいい」

 交渉は成立したようだ。


「えっと、ちょっと立っていただけますか?」

 座ったままでは位置が難しそうなので、旦那様の手を取って立たせる。

「もっと屈んでください…もうちょっと。あ、そこでいいです」

 身長差があるのでしかたがない。


「君の背の高さはこんな感じなのか?」

「はい、そうです。あ、目を閉じてください」

「目を開いていても私には何も見えてはいないが?」

 それはそうなんだけど。

「私の気持ちの問題ですので閉じてください!」

「…わかった」

 旦那様に命令しちゃったけど、無礼講だからいいよね?


「あ、私も目を閉じてしますからね。そうじゃないと旦那様はご自分のお顔のアップを見ることになっちゃいますから」

 ププッと吹き出す旦那様。

「ははは!それはそうだな」

「はい、それじゃいきますよぉ~」


 旦那様の顔の位置をよく確認して目を閉じる。

 そしてそっと口付けた。

 頬ではなく旦那様の唇に。

 ビクンと一瞬震える旦那様。


 だって酔った頭で考えた。

 頬にキスしたら次は唇なわけだから、だったら最初から唇にしちゃった方がいいのでは?と直前に思ってしまったのである。

 まぁ、酔った勢いもあったとは思うけど。


 すぐ離そうと思ったのに、後頭部と背中にたくましい腕がまわされて逃れられない。

「んーっ!んーっ!!」

 どれくらい時間が経ったかわからないけれど、ようやく離れた時は息も絶え絶えだった。

「はぁはぁ…もう旦那様ってば何するんですか?!」

「すまん。我慢できなくなった」

 なんでよ?!…というか、もう腰にまわした手も離してほしいんですけど。


「君は思っていたより小柄で顔も小さいんだな。艶やかな黒髪と緑のつぶらな瞳もとても素敵だ」

 真正面から私の顔を見つめる旦那様。

「旦那様…もしかして見えてます?」

「ああ、はっきりと見える。呪いは本当にキスで解けるものなのだな」


 目の前にある旦那様の顔には涙が流れていた。

「君はずっと私の目になってくれていたが、君の顔だけは見る機会がなかった。こんなにかわいらしい女性だったとは」

 今度は旦那様からキスの嵐を浴びせられ、それまでの酔いもあって私はふにゃふにゃになってしまったのだった。



 その後も旦那様に密着されて何度も祝杯をあげた。

 明日も仕事があるからとようやく解放された私はなんとか自室にたどり着き、今朝は頭痛とともに目が覚めた。

 まだ寝ぼけていた時は「昨夜のことってもしかして夢だったのかな?」とも思ったけど、この頭痛がそうでないことを告げている。

 とにかく二日酔いでも仕事はしっかりこなさないとね。

 そして執事さんにいい薬はないか聞かなくちゃ。


 身支度を整えて廊下に出ると、いつも冷静沈着で無口な旦那様の従者が真っ赤な目をして廊下を走っていく。

 旦那様を起こしに行って気がつき、急いで他の使用人の方々に報告するのだろう。


 このお屋敷にお住まいなのは旦那様だけなので使用人の数も少ない。

 今朝もいつものように厨房の手伝いをしていると、執事さんから「至急全員集まるように」と言われ、エントランスホールに移動した。

 まぁ、全員といっても10人にも満たないんだけど。


 待っていると旦那様が手すりに触れることなく堂々と階段を下りてきた。

 まだ知らなかった人達から嗚咽が漏れてくる。

 階段を降り切らず、数段上から旦那様が使用人達に話しかける。


「朝の忙しい時間に仕事の手を止めてしまって申し訳ない。見ての通り、呪いが解けて私は目が見えるようになった。今まで心配させてしまったがどうか安心して欲しい」

 そう言い終わると私の方を見て手招きする旦那様。

 おずおずと前へ進むと、手を差し出されて数段上がって旦那様の隣に並ばされる。


「皆も知っての通り、彼女は不思議な力で私の目の代わりを果たしてくれた。そして昨夜、彼女のキスで私の呪いは解けた。その献身だけでなく、彼女の人となりを大変好ましく思うので、近いうちに伴侶として迎え入れるつもりだ」

 そう言って肩を抱き寄せられると拍手が沸きあがった。


「ちょ、ちょっと待ってください!昨夜は酔った勢いだったのに本当にいいんですか?!」

 突然の宣言にあわてる私。

「酒の勢いは嫌だったか?では、ここで改めてやり直すとするか」

 手を取られて階段を降りると私の前に旦那様がひざまずいた。

「私は貴女を心から愛している。どうかこれからの人生を私とともに歩んでほしい」


 真剣なまなざしを向けられ、断れるはずもない。

 だってこんな素敵な人、他に知らないもの。

「わ、私でよろしければ」

「貴女以外に考えられないさ」

 立ち上がって抱きしめられて何度もキスされたけど、皆が見ていてすごく恥ずかしかった。



 そそくさと仕事に戻るつもりだったのに、執事さんから旦那様とともに朝食の席につくよう言われてしまった。

「いつも食事には貴女が付き添ってくれていたが、一緒に食べることだけはできなかった。だが、これからはいつでも一緒だ」

 今までにないとても柔らかな表情の旦那様になぜか胸がときめいてしまった。


 その日のうちにわけのわからぬままドレスや装飾品を買いに連れて行かれた。

「取り急ぎ既製品ですまないが、後でちゃんと作らせるから」

 私なんかにお金を使わないでください!と何度言っても聞き入れてもらえなかった。


 後日、購入したドレスを着せられて王宮へ。

 何の心の準備もないまま国王陛下の御前に連れていかれた。

 そりゃ間違いなくドレスが必要だよね。


「そなたの目が治って何よりだ。で、隣りは呪いを解いた姫君かな?」

「はい。彼女の口付けで呪いはすべて消え去りました」

 旦那様の横で真っ赤になる私。

「ははは!これはまたずいぶんとかわいらしい姫君だな」

「あげませんよ」

 旦那様、何を言ってるんですかっ?!


 陛下がおっしゃるには、旦那様の呪いが解けた翌日に軍の上級幹部の1人が休職を申し出たらしい。

 朝、目が覚めたら目がまったく見えなくなっていたんだとか。

 私はまったく知らない人だけど、貴族の家柄を笠に着て威張りちらし、実戦時には部下を囮にして逃げ出すような人物だとずいぶん後になって聞いた。


 王宮の後は軍本部へ復帰の挨拶に連れて行かれた。

 そこでも旦那様はキスで呪いが解けたことや、私を伴侶にすることを部下の皆さんに話してしまっている。

「将軍、おめでとうございます!」

「末永くお幸せに!」

 また真っ赤になる私。



 しばらくして私の実家の了承も無事に得られたので正式に旦那様の婚約者となった。

 それと同時に旦那様は私の希望も叶えてくださった。

 まず国王陛下のご配慮で治癒魔法持ちの方を紹介していただき、能力を少しでも伸ばせないか試すことになった。

 この力が誰かの役に立てるのならがんばりたいと思うから。

 また国立の魔法研究所で視覚共有の研究にも協力している。

 ここで視覚だけでなく聴覚も共有できるということが判明し、軍の医療施設の協力を得て検証を重ねている。

 いつかいい結果が出せればいいなと思う。



 やがて準備を重ねて迎えた結婚式は晴天に恵まれ、たくさんの方々が祝福してくれた。

 式を終え、お姫様抱っこされて教会に入りきれなかった人達の前に出ると歓声が上がる。

「貴女と視覚を共有していた時は我々がつながっているようで悪くはなかったけれど、やはり呪いが解けてよかったと思うよ」

 ぽかんとしていると不意にキスされた。


「やはり自分の顔よりも貴女の顔を見てキスしたいからね」

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