王太子との遭遇
体調を崩したシャルを連れ、物々しい移動の末に辿りついたのは天幕だった。
中には修道女と孤児、そして荷物が入った木箱が散乱している。王都内にある修道院と併設された孤児院が祭で出店する準備のために用意した場所らしい。
急な来訪だというのにさ大した騒ぎにはならず、即席のベッドに横たえられたシャルは、修道女と殿下の護衛に任された。死んでしまうのではないかというほど号泣している殿下を、半ば引き剥がすように。
いまだ事態が掴めていないサムとマリーに、シャルの側にと言いつけて共に天幕を出て殿下と対面。
「それで? 改めて説明してもらおうか・・・・・・・・・何故愛しのシャルロットがここにいるのかというのを・・・・・・!」
さっきまで流していた涙は一体どこへ? とばかりの鬼の形相。隣に立っているアランは今にも嘔吐いてしまいそうだ。俺が呪いのとけたエリク・ディアンヌだと説明するだけでどうやら精神的に限界だったのだ。
「そ、それは・・・・・・・・・・」
「自分から説明いたします」
アランに向けられたギロリとした鋭い眼光に射竦められる。
「貴様達はなにをしたかわかっているのか・・・・・・・・・・?」
憤怒の形相へと変貌した。
不敬を示された臣下に対する、王族としての厳かさも垣間見える。
「殿下。おそれながら、既に私達は報告済みであったと認識しております」
「なに?」
「そうだろう、ジャンヌ」
「はい。以前王宮に参った際、私が申し上げました」
「謀るか!?」
「おそれながら、定期報告に伺った際、ご多忙であられたので。聞き逃してしまったのではないかと」
「それは・・・・・・・・・・他に聞いていた者は?」
「そのときはいませんでした。シャルロット様に関する話はお二人のときにしかなさらないので」
「・・・・・・・・・ちなみにいつだ?」
「四日前です。山になった書類を捌きながら好きにしろとおっしゃられたのを覚えております」
苦虫を噛み潰しそうな口元を形作っているのは、自分の記憶が不安だからだろうか。聞いたのか聞いていないのか、自信が持てないほど疲労が溜まっていた。護衛についている者達も、なんとも気まずそうに「あ~~~~・・・・・・たしかに」とどこかそ納得している顔。同じようなことをされたのだろうか。
「ならば、それに関してはもういい。それよりもシャルのあれはなんだ? もっと良い被り物と服を用意してやらなかったのか・・・・・・・・・・!」
「え、そっち?」
アランの鳩尾を肘で打ち黙らせる。それは関係ない。
「突然ああなってしまったのです。今まで屋敷で暮らしているときにはなかったのですが」
「貴様の呪いが伝染したのではないだろうな?」
「それは・・・・・・・・・・ないかと。私が罹ったときとは違うので」
そういえば、以前にもフラついたり倒れそうになったことがあった。あのときは疲れが溜まってたとばかりおもっていた。それにここ最近、収穫祭の準備以外はアランが率先して仕事を手伝っていたので、逆に負担は減っていたはず。
なにかの病か? とおもったが油断はできない。もしも体調が治らなかった場合のことも視野に入れなければならない。
「しかし・・・・・・・・・・まさか元の姿がそのような見た目だったとはな。初めはわからなかったぞ」
「シャル・・・・・・ロット様にも最初気づかれませんでした」
納得をなんとかしたらしい殿下は、しかし責めたくて仕方が無いというのが滲んで見える。
「殿下。よろしいでしょうか? 殿下も何故こちらに?」
一頻り悔しそうにしていた殿下がアランを睨み、逡巡するように視線をゆっくり右往左往させる。どこか気まずそうに。
それは俺も気になっていた。
大臣の件はあるなしに関わらず、政務にかかりきりな殿下はシャルとは違った意味で来れる余裕などないはず。シャルと同じく正体を隠しているようだし、理由がわからない。それに修道女と孤児達の天幕も短いやりとりで使えたのも。
「ここの修道院には、王族が寄付をしている」
教会に併設された孤児院は、貴族からの寄付で運営されている。しかしながら、そこで暮らす子ども達の生活は恵まれたものではない。豊かな暮らしをしていないことは、服装などを見たら分かる。
王妃が生きていた頃から、王族が寄付をするようになった。直接慰問し、使い古した道具や日用雑貨を届けに行ったこともあった。王妃が亡くなってからは殿下が代りをするようになった。
孤児院の経営に役立てようと用意した品物を収穫祭で出店して用意した品物を売っているので、荷物を届けるついでに少し立ち寄った。つまりはそういうことらしい。
目的は違うのに、何故だかシャルと重なって見える。
「知りませんでした。まさか殿下達がそのような」
「母上がしていたことを受け継いだだけのことだ。もしも貴様達が来ていると覚えていたら、しっかりと準備をしていたものを・・・・・・!」
「申し訳ありません・・・・・・・・・」
「いや。そもそも覚えていたら、最初から許可など出せるか」
「訝しくおもっておりました・・・・・・・・・・」
「一つ聞かせろ。エリク・ディアンヌ。何故シャルロットを連れだした」
「っ、」
「シャルロットが行きたがっているというのはわかった。だが、今の状況の危うさをお前は誰よりもわかっているだろう」
「それは――――」
おもわず答えに窮してしまう。まさかシャルの笑顔を見たかったなどと言えば殿下がどんなことになるか。
「おそれながら、殿下。隊長はシャルロット王女様がお労しかったのでしょう」
「お労しい?」
詰問の間を縫うように、ジャンヌが加わってきた。
「長い間、姿を隠して外にも出られませんでした。それも一騎士の小さいお屋敷で心許せる者は周りにいない。くわえて慕っている兄上様とお父上様とも離れているのですから。心痛はいかばかりでしょう」
「ぬぅ、う?」
「元々はシャルロット王女が行きたいと駄々をこねました。エリク隊長は王女様の命令を騎士として実行したまで」
理路整然としてながらも、庇われていると感じるジャンヌ。話の中に自分がシャルロットに好かれている、とまで言われているので判断に困っているのだろう。傍目からは殿下が追い詰められているように見える。
「それは私も保証いたします。いざというとき、自分が責任をとるとまで言ってのけたのですから。自分とジャンヌ殿の分まで」
ここぞとばかりに助け船を出してくれたが、アラン。誰もそこまで言っていない。
「ねー、ねぇー、おじさん達なんのお話してるのー?」
「うぉ!?」
いつの間にか子供達に囲まれてしまった。五歳から十歳位の子供が元気よく走ってきて、興味津々、天真爛漫、満面の笑顔でどんぐりのような目をキラキラと輝かせて俺達を見上げている。
もみくちゃにしてくる子供達に対して、殿下もすっかり毒気を抜かれてしまった。これ以上追求するつもりはないらしい。
修道長がやってきて、子供達を叱り飛ばすと場が収まった。露店で売っている商品の補充と休憩に来たのだと申し訳なさそうに頭を下げられた。
「それと、王女様が少し落ち着かれたようです」
「っ!」
「目を・・・・・・覚ましたか?」
「はい」
「意識は? 熱は? 汗は?」
「あ、あの、殿下?」
胸を撫で下ろしていると、修道長の肩を掴み迫る殿下。凄まじい形相をしているのだろう。修道院長が引き攣っている。
「私のことを呼んでいないか? 昔から怪我をしたりなにかあると泣きながら私を・・・・・・うううう、シャルロットオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
そのまま俺達を置き去りにし、天幕へと消えていく。
「今は、殿下とシャルロット様を二人にしていたほうがいいでしょう」
「そうみたいだね・・・・・・・・・というか殿下ってあんな御方だったんだな」
「私がいなかったら、きっとお二人とも打ち首にされていたかもしれないですね」
天幕の外にまで泣き声が聞こえる。殿下からすれば久方ぶりの再会だからだろう。呑気そうに笑っているアラン、そしてジャンヌに向き直り頭を下げる。
「すまない、二人とも」
「なんだよおい」
突然頭を下げた俺に、二人は目をパチクリさせている。殿下に問われて、改めて自分のしたことがどれだけ無謀だったのかはっきり自覚したのだ。
「けど、こんなところで殿下に遭遇しちまうなんて・・・・・・おもってもみなかったぜ」
同意しながらも、こっそりとシャルの兄らしいとおもった。
反乱を企てていた下手人が見つかっていない。政務も滞っているにも関わらず外に出てこれる胆力。シャルの大胆な奔放さはもしかしたら殿下譲りなのかもしれない。
「それよりもまず心配することがあるのでは?」
「ああ、そうだな・・・・・・」
「たしかに・・・・・・」
自然と首から下げているお守りに手を翳す。
「シャルの容態は」
「サムとマリーちゃんは」
「私達の処分は」
重なった。
しかし、声とは裏腹に三者ともバラバラな反応だったのが信じられず、おもわず顔を見合わせて「「「え?」」」と。
「シャルロット様は置いておくとして、問題はあの二人だろ。こうなった以上、シャルロット様のことを説明しなければいけない。でも命令は秘密だっただろ?」
「・・・・・・そ、そうだな」
アランの指摘は正しい。振り返ればついさっき修道長が言っていたにも関わらず、つい大丈夫だろうかという気持ちが強く出てしまった。
まさか処罰されるとは考えにくいが・・・・・・もしもきちんと説明すれば理解してもらえるだろう。たしかな信頼があの二人にはある。
問題はジャンヌの発言だ。自分の保身を優先しているようにしか受け取れないぞ。
「少し様子を見てきます。お二人はここで」
「あ、おい待て!」
短く言い捨てると、脱兎のごとく駆けていく。追おうともしたが、天幕の周りにいる護衛達の険しい佇まいは突破できそうもない。
「まぁ、お前がシャルロット王女が大切なのはわかるけどさ」
「〜〜〜!」
「はっはっは・・・・・・っておい?」
怒気と羞恥心が入り交じった鬱憤を発散させようとしたが、虚しくなってやめた。
「なぁ、アラン。お前の目から見てどうだった? 今日までのシャル・・・・・・ロット様は」
「無理しなくて呼ばなくてよくね? というか、どうってなんだよ。ざっくばらんとしすぎだろ」
「あんな風になるほど疲れていたのかってことだ」
訝しみながらも、「いや。そんな様子はなかったな・・・・・・」と答えられた。
なら、何故あんな風に具合が悪くなったのだ?
一体いつから? 朝はどうだったか。収穫祭の間は。馬車に乗っているときは。いや、いっそのこと昨夜は。癒しきれてなかった疲労が蓄積し、そのまま病に繋がることもある。
もしかしたら、という虚脱感に見舞われる。
「連れてくるべきじゃなかったかもな・・・・・・」
「おい、エリク。なにもそこまで」
「お前にまで迷惑をかけるかもしれない」
「大袈裟だって。なにもそこまで。大丈夫だよね?」
無理をさせていたんじゃないだろうか。悪化している体調をおしてまで。だとするなら守ると大言を吐いていた自分が情けない。
「俺には王女が無理してるようには見えなかったよ。少なくとも俺には心の底から楽しんでいるようにしか見えなかった」
そう慰められるも、自責の念が消えない。 懸命なアランの説得は天幕のほうから聞こえた大仰な音に怯えるまで続いた。
キョロキョロと辺りを見回しながら大股で闊歩している殿下が勢い余って飛び出してきたらしい。こちらを見定めるとそのまま近づいてくる。「ひ、」と逃げるように後退るアラン、すぐ鼻の先、目の前で仁王立ちになられた。
真一文字に引き絞られた口から「・・・・・・来い」という呟きが。
「シャルロットが呼んでいる」
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