昼下がりの笑い声

「お、もうこんな時間か」


 演目が終わって人が捌けると、散策を再開する。アランの提案で食べ物を売っている通りに赴くと、食欲を刺激される香りが。


 丸焼きにした肉を小さく切り分けられた丸焼きの肉。砂糖、飴細工を施した果実。シャルだけでなくサムも目を輝かせて次々と屋台に駈けていく。


「こら、皆! はしゃぎすぎですよ! 迷子になったらどうするんですか! 兄さんまで!」


 そう注意をするマリーだが、視線はチラチラとあちこちに向っている。抑えているつもりかもしれないが、傍から見ていれば非常にわかりやすい。任せろと言いながらシャルを追ったアラン。置いてけぼり感を味わう。


「まったく、あの人達は本当に・・・・・・ジャンまで」

「あいつはいいだろう。それよりお前も欲しいのがあったら買ってもいいぞ」

「!? い、いえ私は!」

「これなんてどうだ? 昔こういうのよく食べていただろう」

「!?」


 遠慮するな。無礼講だと言いながらいくつか見繕い購入する。


「サムには内緒にしてくれ。あいつは遠慮がなさすぎる」

「・・・・・・ありがとうございます。お兄ちゃん。わぷ!?」

「ちょ、おい!?」


 人だかりに押された。四方八方から押されぶつかられ倒れそうになった。咄嗟にマリーを掴みくっつきながら移動する。急に厚苦しく、人混みに酔ってきた独特の感覚が沸いてくる。


「い、一度どこかに移動しよう・・・・・・・!」

「そ、そうですね・・・・・・・・・! 少し休憩して・・・・・・・!」


 後ろに振り返ると、誰もいなかった。辺りを見回していると、そこかしこに散らばった我が屋敷の住人、そしてアラン。散らばりながら、あちこち後ろの方をよろけながら進み、集まろうとしている。


「ちょ、おい!?」


 特にシャルは人波に逆らえずどんどん遠ざかりそうだ。慌てて追いかけて捕まえると、整わない呼気で混乱している。どうやって進めばいいか分からなくなったらしい。人混みになれていないから仕方ないが、そのままシャルを捕まえたままマリー達とも合流する。


 全員休憩することには賛成だったが、問題ははぐれる心配だ。散策を再開させても同じことが起きてしまう。そう思っていると、ジャンがある提案をした。


「では誰かに掴みながら歩けばよいのではないでしょうか?」

「そうだな・・・・・・じゃあジャンに――――――」


 一体いつそんなに買い込んだのか。両手いっぱいに食べ物を買い込んだジャンが無言のまま示す。手を前に出して「無理でしょ?」と。マリーとサム、アランまでもが同じだ。


「・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった。なら、俺のを掴め」

「よ、よろしいのでしょうか?」

「しょうがない」

「で、では・・・・・・・失礼いたします」 


 このとき、俺は思い違いをしていた。


 シャルはてっきり上着の袖を掴むものだと。だが掌にきゅっと柔らかい感触が加わって己の過ちに気づく。


「~~~~~~~~っ!」


 言いだしてしまった手前、今更拒むことができない。羞恥心に急かされるようにそのまま人を掻き分けて進んで行く。


 楽器を奏でている音楽に合わせて踊っている、広けた開けた場所に出た。酒を飲んでいる歓声と喧噪さが一番激しい。座る場所も確保されているので、そこで腹ごなしをしようということになる。


「しまった・・・・・・・」


 なにかを心配しているシャルとジャンを尻目に食べる準備をしていると、いまだに二人がひそひそと話していた。


「どうしたんだい? 二人とも」

「敷物を忘れてしまいまして・・・・・・・・・・」

「わたくしも今初めて失念していることに・・・・・・・どうしましょう」

「? このまま座って食べればいいじゃないです――――――いいじゃない」

「「はい?」」


 サムとアランはなにを妙なことを、と不思議そうにしている。外套を地面に敷いてそのまま座り食べる準備をしていると、二人が仰天した。


「あ、あの・・・・・・・・・皆様?? なにを!?」

「なにって、こうするしかありませんし」

「え、ええ!?」

「わたくしの知っている野遊び、いえ外で食べるときと違っているので・・・・・・・え? よくこうして食べるのでしょうか?」

「よくってことは・・・・・・・・・あ」


 二人が何故あたふたと驚いているのか得心がいき、おもわず笑いが込みあげてしまう。そういうことかと。


「いや、俺も昔はそうおもってた・・・・・・ふふ。なぁアラン?」

「ああ。そういえば。なるほど。そういうことか」


 一頻り笑うと、全員に注目されていて同意を求めた。そうするとアランは懐かしそうに目を細める。


 シャルは元々王女。そしてジャンは貴族であっても王宮の侍女。きっと外でなにかを食べる機会はあっても地べたに座って食べるなんて行儀が悪いこと、したことがなかったのだ。


 マリーとサムは子供のときによく野遊びをしていたが、貴族と王族のマナーや行儀についての感覚がどうしてもわからない。シャル達の正体がわからないから余計不思議だろう。


 俺とアランも小さいときには覚えがある。そういうことをしてはいけないと教わっていた。しかし、入団してから外で食事をすることがあり、面を喰らったのだ。そのとき先輩と上官が行儀もマナーもなく食事をしている風景に。


「ははは! そうだそうだ! そりゃあそんな反応しちゃうなあ! 小さいときは怒られてしなくなっていたっていうのに! 懐かしい!」

「もしかして上官や幹部しか椅子は使えないのかって。お前と相談していたらそのうち先輩に見つかって・・・・・・・・・」


 また懐かしさから笑いが止まらなくなる。


「あ、な、なるほどっ。まさかそんな――――いえそ、そうですわねっ。わたくしも外で食べるときは寝転がったり仰向けになって食べておりましたしっ」

「いや、そこまでは私達もしたことありません。逆に危ないでしょう」


 そのまま誤魔化す勢いで、しかしおそるおそると座りこむ。足を崩しているが、どこか恥じらっていて落ち着きがない。スカートの裾を押えたりしていてそわそわしている。


「あ、どうしましょう! お皿も忘れてしまいましたっ」


 また一つ、どっとした笑いがおきた。


 赤くなりながら不思議そうにしているシャルに手づかみで食べると言とまた仰天した。実際にそうして見せるとまた狼狽しだす。。クッキーを食べるときと同じだとサムが教えると、おそるおそる、全員の食べ方を真似しながらパクリ。


「お、美味しいです・・・・・・・」


 味の感想を言い合っているだけで、すっかり打ち解けた雰囲気に包まれている。とても居心地がよくて気分がいい。


 久しぶりに日の出ている時間に素顔を出しているのもあるだろう。誰かと出かけているのもあるだろう。


 晴れやかな気持ちとは、こういう気分に例えられるんだろう。


「あ、シャル。口にソースが残っていますよ」

「え、どこですの?」

「そっちじゃないです。反対です。ああ。こっち、もうっ」

「まるで本当の姉妹みたいですね」

「というより、ほとんど親子みたいだ」

「兄さん。ジャン。なにかおっしゃいましたか?」

「シャルちゃん。貴方の村には収穫祭はなかったの?」

「え、ええ。あっても小さいもので、あまり参加することも許してもらえませんでしたわ」

「そうかぁ。もったいないなぁ。ジャンは?」

「僕も同じ理由です」

「なら、次は春かなぁ」

「え、春にも収穫祭が?」

「いいえ。夏の豊穣を予祝し、春の訪れを祝うお祭です。地域によっては雪祭があるそうですが、そちらまで行くには遠すぎますからね」

「王都でもお祭りがあればいいのに。そうだわっ。今度お父様達に――――」

「てぃ、てぃ、てぃっ」

「あぅあぅあぅ、」

「なぁ、エリク・・・・・・・・・」

「うん?」


 半ば見惚れていたから、ギクリとした。にやにやしているアランに下世話な思惑を察しもした。


「お前が今なにを考えているか当ててやろうか?」

「いや、いい・・・・・・・遠慮する」


 絶対に言い当てられたくはない。ずっとこの時間が続けばいいのに、だなんて。


 空腹が満たされると、静かで緩やかな空気になりつつある。まだ収穫祭は続くが、どこに行くのも決めていないので、自然とだれてしまう。


「旦那様。次はどこに行きたいですか?」

「俺は・・・・・・・・・・お前達が行きたい場所でいい」

「折角ですから、旦那様にも喜んでいただきたいですし」

「・・・・・・・・・・」

「あ・・・・・・・・・」

「あっちでは修道女達がなにかを販売しているようですよ。そちらに行くのは?」

「あ! そ、そそそそそうですわね!」


 危ない。非常に危ない。いろんな意味で。


 気が緩んでいるだけではない。油断すると、ついシャルとギクシャクしてしまう。護衛任務は、大抵こういうときが危ないのだ。しかし、もうなにも起らないのではないかという不安が交錯する。


 そんなときだった。


「おい、エリク。あいつ・・・・・・・・・・」


 小声で呼びかけられ、こちらに注目している男性がいることに気づいた。見間違いではなく、明らかにこちらに注目している。獅子を象った被り物が


 気のせいかとおもっていたが、注意を凝らすとあきらかに俺を、いやシャルに視線を注いでいるではないか。


 内心舌打ちをしながら無言のままアランと目を合せ、杖を手に取る。いつでも立ち上がり剣を抜ける体勢をとりながら移動するよう促す直前、獅子の男がこちらにずかずかと大股で歩んでくるではないか。


「くそ!」


 背筋に緊張感が走る。漲る殺気を発散させないようにシャルを庇うように臨戦態勢をとる。まさかあっちから近づいてくるとは。


「旦那様?」

「動くな。お前達も」


 こちらには意識が一切ない様子でシャルに迫ってくる男を遮るように立ち塞がる。そして、相手が一人ではないことに気づいて後悔した。


 そこかしこに点在していたのであろう。いつの間にか男の背後には数人が集まっている。一般人では出せない、絶対的な敵意も感じる。


「貴様、そこをどけ」


 尋常ではない気迫が篭った威圧的な声だ。まずったとおもいながらも、馬車までの道と抜けられそうな場所を探る。大臣の仲間・・・・・・いや刺客か。どちらでもかまわない。なんにしろ、この男がこの場で一番の中心人物だろう。命令を待っているように控えている。


「もう一度、言うぞ。そこをどけ」

「断る。一体何用だ」

「そこの小熊の娘に用がある」

「こ、小熊ではありません! 犬です!」


 無視して押し通ろうとする獅子へ、強硬手段をとる。


 目にも止まらない早さで杖から抜き放った剣を獅子の首筋に刃を沿わせる。背後に控えるように立っている男達がざわついた。


 被り物の奥にある瞳が、動揺している。俺と刃を交互に見やっている。


「貴様、このような無礼を・・・・・・・・・・!」

「喋るな、騒ぎになりたいのか・・・・・・・!」

「お、お兄ちゃん? どうしたんですか?」


 サムとアランは事態がわからず、戸惑うのみ。もしもこいつらが大臣の仲間だとするなら、こちらが圧倒的に不利だ。


「答えろ。この娘になんの用だ。返事の次第では容赦はしない」


 後悔はいくらしてもしたりない。呑気すぎた自分を殴りたいほどだ。なんとかこの場を切り抜ける手段を探るため時間を稼ごうとする。物騒な気配がゆらりと立ち上る。

「あの、エリク様。もしかしてその人は・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・エリク?」

「シャル? どうしたのです」

「旦那様! シャルが!」


 サムの呼びかけに目線だけ送ると、シャルが苦しんでいる。血色を失って蒼ざめている。喉に空いた穴から漏れているような喘鳴。上体を支えている腕は今にも折れてしまいそうなほど頼りなく震えている。


「シャルロット!」

「!? 動くな!」


 獅子の男が押しのけようとするのをもう片方の手でもって制するが、こちらのシャツを破いてしまいそうなほどの力で握り返される。目には異様な光を携え、歯茎まで剥きだしにして噛みつかれそうな勢いだ。


「どけ! 貴様ら妹になにをした!」

「それ以上動くと本当に――――――――――妹?」


 耳朶を打った言葉に、思考が刹那的に停止した。その隙をつかれて強引に突き飛ばされた。そして駆け寄るとサムとマリーから奪うようにシャルを抱きかかえる。


「シャルロット!! おい返事をしろ!」


 なにがなにやらわからない。


 後ろにいた一団と同じくどう動けばよいのやら途方に暮れる。ただ一人、「ああ、やっぱり面倒なことになった」というジャン。


「くそ、お前達一体なにを、ん? ジャンヌ」

「げっ」

「ジャンヌ? え? 」

「ジャン・・・・・・ヌさん?こいつが誰か知っているのか?」

「・・・・・・・・・・ええ。貴方達もよ~~~~~~っくご存知の御方です」


 剣をかまえたまま固まっているアランに答えたが、混乱具合が加速するのみ。サムとマリーは、既についていけていない。いつなにが爆発してもおかしくないほど緊張が高まり。


「ん、んん・・・・・・・・・お兄様・・・・・・・・・・?」

「ん?」

「おお、シャルロット! わかるか!?」


 気色を振りまきながら、被り物を鬱陶しそうに外す。その拍子に振り乱れた髪の毛を結び直しているうちに警戒心が薄れた。


 その男が一体誰なのか、完全に理解できたからだ。

「お、」

「ひゅ、」

「え、」


 完全に消失した。戦意も共に。やがて恐怖心が芽生えた。声まで失い血の気が失せて卒倒しそうになってきた。どうして、貴方が、と問うこともできない。


「おお、我が妹! まさかこんなところで出会えるなんて・・・・・・・! しかし一体どういうことだ! 私のシャルロット・・・・・・・・・・!」


 シャルの実兄、王太子殿下その人だった。

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