お出掛け
収穫祭に赴く準備で、ディアンヌ邸は盛りあがっていた。普段の仕事に加えて被り物を縫って作ったり着ていく洋服、当日催される屋台で売られる食べ物、予定と多岐に渡っている。
屋敷の主人の影響で暗い雰囲気にいつも包まれていたディアンヌ邸だったが、今は違う。俺の快気祝い、もとい祝い事に全員で出掛けるという初の行事に和気藹々とした明るさがそこかしこで漂っている。
「晴れるといいなぁ」
女性陣を尻目に、アランを加えた男手は収穫祭で使うための馬車の手入れをしている。元々使う用途がなかったので半ば放置されていた馬車は汚れていたし、車輪やあらゆる箇所に不安がある。
馬車の手入れ方法と修理の仕方は騎士団で習ったことがある。最初はぶつくさと文句を言っていたアランは、体を動かしているうちに楽しくなっていたのか顔を綻ばせてそんなことを言う。
朝から作業に取りかかっていたが、昼頃には手入れは終わった。軽装だったが、体中に搔いた汗が秋の風に吹かれるとかっかしていた熱が急速に奪われ、寒さすら覚える。手早く着替えて少し温めのコーヒーでたむろしていると、頼んでいたものをアランが取りだした。
まずは服。俺が着ていた服は以前の体格に合わせたものだった。屋敷で過ごしているときはサムの物を借りたりぶかぶかなまま着ていたが、外出となれば話は別。周囲から怪しまれない無難な、それでいて目立たない服が必要になった。
もしだったらマリーが縫い直すと言ってくれているが、そこは申し訳ないのでいずれ売って新しく買い直すことを視野に入れている。
「ん、いいんじゃないのか貴族ってよりも小金持ち・・・・・・・平民に見えるぜ」
「それは俺が地味だと言いたいのか?」
いくつか試着してみると
「あと、これな」
「ん、助かった」
もう一つのもの、杖を受け取りながら握り心地と重さをたしかめる。柄の真ん中当たりを押えながら持ち手を一息に引き抜く。銀色の鈍い輝きを放ち、鉄の刃が露わになった。
通常の剣を持っているとどうしても目立ってしまう。普段着では隠せないし、いざというときを見越して仕込み杖を用意してもらったのだ。
「どうだ?」
「今の俺にはちょうどいいくらいの重さだが」
騎士団で使っている剣よりもだいぶ軽く細い。振ってみても違和感はあるが、何度か手合わせでもすれば馴れるだろう。
「悪いなアラン」
「いえいえ隊長さま。どうぞお気になさらず。いざというときに全責任を負ってくだされれば」
「あ。そうだ、こんなもんがあちこちで張られていたぞ」
「?」
アランが懐から渡してきたのは手配書だ。精巧に描かれている人物と情報、そして連絡宛にそれぞれ仰天、呆然、魂が抜けていく心地に陥る。
「どういうつもりなんだあいつは・・・・・・・・・・」
「さぁ?」
探しているのはエドモン・シャルロッド。多額な報奨金を元に占い師を追っていると読みとれたが意図が読めない。
「なんの得があるっていうんだあいつに・・・・・・・」
「さぁな。一体誰から聞いたのか・・・・・・」
「・・・・・・・・・・」
「いや俺は漏らしてねぇよ!?」
占い師に関しては、騎士団内部で噂程度に留められているらしい。騎士隊の隊長が襲われた、死に瀕している、だから休んでいる、それに占い師が関わっているらしいと。それだけだ。
それはいい。人の口に戸板は立てられないし、返って好都合。だが、いまだ謹慎中の身の上であるエドモンにどういう繋がりがあるのか。
「第一、あいつなんかとは会えないし、そんな暇もない! 大方噂を聞いて手柄になるとおもってんじゃねぇの?」
「そうか。まぁいい・・・・・・・あいつのことは忘れよう」
落ち着いて暫し、シャル達の元へ行くことになった。出刃亀根性よろしく、どのような格好をしているのか見たいらしい。色々と理由を挙げているが、
目を奪われた。
一見どこにでもいそうな服装で三つ編み状に纏めた一本結びの長い金色の髪。
「ああ、似合っているじゃないかシャルロ・・・・・・シャルちゃんっ」
「あ、ありがとうございます・・・・・・・・・」
「なぁエリク。お前もそうおもうだろ?」
「・・・・・・・・・・」
「エリク?」
返事ができない。そして直視もできない。
服さえ違えばどうにかなるとおもっていたのは自惚れだったのかもしれない。
「旦那様?」
「どうかされましたか?」
「もしかして変でしょうか?」
「いや。違う。服に問題はない・・・・・・・・・・・・」
そう。問題があるとすればシャルだ。隠しきれない気品が滲み出ている。どう見ても不釣り合いな野暮ったい服がシャルの持っている可愛らしさを逆の意味で際だたせてしまっている。
一言で表すならば一致していない。逆に目立ってしまうんじゃないか。
「他に・・・・・・・・・・もっと服はないのか?」
「え?」
「もっと地味な服だ。もっとそう・・・・・・平民というかんじの」
「これ以外はどれも似たようなものですが」
「じゃあ王都に来たばかりの服は?」
「体型と背に合わなくなったので売りました」
ダメだ。見栄えが良すぎる。
「まぁまぁ。このままでいいじゃないか。被り物もするんだし」
「お前は、どうなんだ?」
「いつも着ている服よりも動きやすいですし、問題はないのですが・・・・・・・やはり変でしょうか?」
「・・・・・・・・・・」
落ちこんでいる様子のシャル、そしてマリーとなにか言いたげなアランに囲まれて逃げ場を失い、「変ではない・・・・・・」と正直な感想を告げる。むず痒がっているのを堪えている様子を見せられて恥ずかしくなってくる。
「そうだ。じゃあ土や泥で顔を汚すというのはどうだ?」
「だ・ん・な・さま?」
「・・・・・・・・・」
そこらへんで辞めておけ、と言われているような気がした。念には念を入れなくては。シャルが目立ってしまったら、とおもいかけてサムに肩を叩かれた。次いでサムにも。
二人とも慰めているようでも同情しているようでもあった。
「まったく。ではシャル。これでよいですね?」
「は、はい・・・・・・・・・・ですがまだ腰周りがキツくて」
「なら後で直しましょう。私も今後まだ着るのですから、貴方に破かれては困ります」
「あ、ではわたくしにも直し方を教えてくださいまし」
そんなかんじの毎日を送り、あっという間に収穫祭当日を迎えた。万全な準備を整えて舗装されていないデコボコ道を走る。
御者台に乗っていると尻と振動が痛いが、シャルとあんな狭い空間にいるとどうにかなってしまいそうだったから自ら買って出た。
陽の光が出ているが、スピードのせいで風は強い。王都に出ると遮る壁が少なくなるので冷たさを覚える。
一方で、馬車の中は楽しげだった。初めての遠出で浮かれている会話が漏れ聞こえている。用意していたサンドイッチを頬張りながら和気藹々。
寒さに耐えながら、木々に囲まれた街道をガタガタと揺れる車体を走らせていく。
「着いたぞ」
馬車を停め呼びかけると、それぞれ被り物をした使用人一同、プラスアランが続々と下りてくる。マリーとサムは狐と兎、ジャンは猫。シャルは犬、アランは鳥だ。
「あの、旦那様。これをどうぞ」
シャルが恥ずかしそうに俺の被り物を渡してくる。マリー達のと比べると出来が少し雑で不格好だ。
「よくできた熊じゃないか」
「いえ、狼です・・・・・・・」
「・・・・・・・」
微妙に落ちこみながら、可愛らしい愛嬌のあるマリー達の被り物を羨ましがってる。用意してくれてただけでもありがたいと伝える。
既に村は人で賑わっている。比較的森の深い場所にあるため、普段人や商人が集まることはない閑散とした村らしい。人混みが地平線まで続いているように錯覚してしまうほどごった返している。
「毎年、この時期になるといろんなところから集まってくるらしいぜ」
人混みと異様な熱気に触発されたのか、余計そわそわしているシャル。全員で固まって散策するが、油断をするとはぐれてしまいそうだ。
売っている品物で通りが分けられているのか、最初は様々な雑貨品が目立っている。木彫りの置物や食器、布小物、文房具。値段は高くないが、中々洒落ていていくつか目を引かれたのをそれぞれ買っている。
その通りを抜けると、旅芸人が出し物をしている。立ち止まって演目に注目しながら時折周囲を探るが、怪しい人物はいない。シャルを盗み見ると頬を上気させ、夢中になっている。
口から火を吹き出したり、ナイフで的を狙って当てる。派手な化粧と色とりどりの衣装で曲芸、軽業を次々と疲労していると、すっかり観衆と同じ反応をしてしまう。
小さい感気を吐きながら拍手を送り続けている。呑気だなとおもうが、あどけないシャルについ見惚れそうだ。
自分が情けなくなるが、それでも盗み見るのがやめられなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます