収穫祭
馬車で三時間ほどの村で秋の収穫を祝う祭りがある。年に一度開催されるもので、王都からもほど近いので盛り上がりを見せる催しだ。
「で?」
「新聞にそのことについて書かれている記事があったのですわ」
「で?」
「そこではお化けの仮面を模した被り物や仮面で姿を隠すそうです」
「で?」
「シャルロット様を連れてそこに行きましょう」
頭を抱えた。
目の前にいるジャン、もといジャンヌの妄言に。今すぐどつき回したいくらいだ。
「お前は誰よりもシャルの置かれている立場をわかっているだろう?」
今までシャルロットの秘密を守るため、四苦八苦していたのだ。きっとこのジャンヌもそうであったはず。そして今外に出ることの危険性も誰よりもわかっていて然るべき。なのに、だ。
「わかっているからです」
どういうことだと睨み上げながら促すと、マリーとサムに疑問を持たれたそうだ。シャルは休日、一度も出掛けていないと。
「だから?」
「疑いを持たれるのは、よくないことです。変に誤魔化し続けるのも限界があります。王女だと気づかれるのも時間の問題かと」
「万が一、知られてまずいことなんてないだろう」
マリーとサムは、きちんと事情を説明すれば理解してくれる。それに彼と彼女から秘密が漏れることは絶対にないという信頼がある。
「陛下と殿下は申されたはずです。誰にも王女が屋敷にいることを知られてはいけないと」
「・・・・・・・・・・」
「こと、優秀で素晴らしい方々ですが、王女様に関しては少しの妥協も失敗も許さない方々です。それはエリク様も承知でしょう?」
ジャンヌはこう言いたいんだろう。マリーとサムにシャルの正体がバレれば、容赦はしないだろうと。ほとんど脅迫じゃないか。
「それに・・・・・・これをご覧ください」
「なんだこれは・・・・・・・」
紙に乱雑に描かれているのは、特徴をよく捉えている人物の絵だ。子供の落書きエベルだが、一番下には情報求む、という文と目玉が飛びでそうな金額が記されている。
「占い師の手配書の下書きです。シャルロット様がお作りになられました」
「ぶっ」
「団長に却下されたのでしょう? 占い師のことは」
呪いに関することは後回し。両者の関係があったにしても単に雇われたのならば占い師は大臣の事情を知らない可能性が高い。自分の正体を隠して依頼をするのは鉄則なのだから占い師を捕らえるのは利点が少ない。
数年前の襲撃に関する証拠もないのだし、加えて被害が及んだのは俺だけという点もあって重要視されていない。大元である大臣が優先される、もしも大臣を捕らえられればとアランから聞かされたことだ。だから手配書が出るのはずっと先だろうと。
なによりも占い師に関する情報が少なすぎる。性別も見た目も。マリーとサムが買い物に行くとき、それとなく探しているがそれらしい人物はいない。服装や髪型を変えていればわからないだろう。
ジャンヌも殿下から聞いたのか。それとも団長から聞いたのか・・・・・・。どちらにせよ、それとこれにどんな繋がりがあるのか。まさかこれを配り歩きたいがために王女を連れだせというのか。
「却って相手には気づかれないでしょう。命を狙われている状況で呑気に王都を出るなんてありえませんから」
「そりゃあな」
「それに、変装すればバレないでしょう。シャルロット様も。エリク様の戻ったお姿は関係者以外わかりませんし。王都の外には王女様と呪われ騎士の噂を聞けども見知っている人なんていやしません」
「・・・・・・・・・理屈としてはそうだがなぁ・・・・・・・・・・。」
正直にいえば、俺個人としても外に出たい。動ける範囲が広がったとはいえ屋敷の敷地内でのことだ。いくら命令されたこととはいえ、ずっと内に篭っていることに焦燥と苛立ちに近いものを感じている。
きっと俺だけでなく、シャルのほうがより心理的な窮屈さを覚えているだろう。ここに来てからずっと働いて休日のときも屋敷にいるのだから。
「ダメだ」
命が惜しいからじゃない。シャルのためだ。
「シャルロット様が行きたがっていてもですか?」
「行きたがっているのか・・・・・・・・・・?」
黙して語らず。どうか察して欲しいということだろう。
シャルロットも弁えているのだ。いや、ようやく弁えだしたと言ってもいい。今外に出ることがどれだけ危険で愚かなことか。
「・・・・・・・・・珍しいな。ジャンヌのほうからそんなことを言うなんて」
「まぁ、シャルロット様にはそれくらいのご褒美があってもよいかと。王宮に戻ってしまえば、収穫祭はおろか外に出歩く機会は無くなるでしょうから」
「それは・・・・・・仕方ないだろう」
「いずれ、シャルロット様本人にとっては良く知らない殿方と結婚するかもしれませんし」
「・・・・・・・・・・」
「場合によってはより不自由な生活をするでしょう。ここを離れて遠い異国の地に住むことになるかもしれません」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「王宮にいる侍女が習うマナーと通常の家人のマナーは違います。歩き方や指の揃え方。頭を下げているときの角度。王族と貴族、大臣に対する礼の仕方もそれぞれ。身だしなみは当然、日頃使う香水や雑貨品についても」
「?」
「最初やってきたとき、教育係と侍女長に鞭で叩かれました。間違えるたびに。かつては少しでも不始末があれば首を飛ばされていたそうです」
「・・・・・・・・・」
「侍女でさえそうなのですから、王族の皆様はもっと厳しいでしょう。特に、亡くなった王妃様は婚前に徹底された教育に泣きたくなったくらいだと聞いたことがあります」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」
「シャルロット様が物語が好きだったり動物を愛でる性格であるのは、王宮での厳しい教育から逃避する居場所がほしかったのでしょう」
「お前は――――」
どう考えている。そう問おうとしたとき、ちょうどよくシャルがやってきた。お茶とお菓子の補充に来たようだ。そんな必要ないのに、何故か後ろめたくなって身構えるような心持ちに。
「スコーン、美味しく作れるようになったな」
「はい。サムさんとマリーさんのおかげですわ」
「では僕はこれで」
「あ、おい!?」
こんな状況で一人にする気か!? と伸ばした手から、するりと逃れるようにジャンヌの姿は部屋から消えてしまった。
「お待たせいたしました」
「ああ・・・・・・・・・・」
もう手早く準備を終えてしまったらしい。呆然と扉のほうを見ていると、スコーンとカップに注がれたミルクティーが。ぎくりと心臓が飛び跳ねそうなままシャルを凝視してしまう。
(う・・・・・・)
「旦那様?」
「いや、ずいぶん上手にできるようになったものだと・・・・・・・!」
「旦那様のおかげです・・・・・・・」
どういう意味だ。
消え入りそうなか細い声、そのまま俯いているのもあって奥ゆかしい。砂糖さえも砂糖さえも入れてしまおうとしたので、なんとか我を取り戻した。
「ジャンとなにかお話していたのでしょうか?」
「ん、ああ・・・・・・」
提案されたことをそのまま話してしまえばいい。いや、なんでもないことだと適当に合わせてしまえばいい。無責任なことをしてはいけない。シャルがここでの生活に未練が残るようなことをしてはいけない。
「ジャンヌは、どんな奴なんだ?っ」
「はい?」
「庭師としては完璧でも、彼女が侍女として働いているところはあまり見たことはないから気になってな」
「はぁ」
それからシャルは、ジャンヌのことについて話してくれた。なにを言っているんだろう俺は、と感じたが上手く話をごまかせた。聞いていると、主従というよりも友達のような間柄なのだと改めて実感する。
シャルロットがもらった贈り物をジャンヌにもお裾分けしたこともあったという。一人では使い切れない物をよくもらっていたし、好みに合わないのもあったのだと。
「あの、エリク様。ジャンヌをお気に召したのでしょうか・・・・・・?」
「ん?」
嬉しそうにジャンヌのことを話していたシャルだが、非常に複雑そうになった。
「だとするなら・・・・・・・そうですわね。本人の意志もあるでしょうが、もしでしたらエリク様の元で働いてもらうのも」
「おい?」
「あ! いえ、大丈夫です。ジャンヌは将来玉の輿を狙っているのでっ」
「なんの話をしている!?」
「わたくしが二人の間を取り持てばすればジャンヌも考えるでしょう!」
「だからなんの話だ!」
大声で取り乱している俺に、「え?」とぽかんとした間抜け面を晒す。
「エリク様はジャンヌ様のことが気になっているのでは・・・・・・・・・・?」
「違う!!」
なにを勝手に。拡大解釈も良いところだ。第一、あの子にそんな気があるわけないだろう。
「大体シャル、お前は・・・・・・・・・ってちょっと待て。その手はどうした?」
手の甲と指先に、絆創膏がいくつか巻かれていた。今、習っている縫い物で怪我をしてしまったそうだ。幸い大したことはないが、自分の手でなにかを作りだすのはとても楽しいのだとシャルは語った。
「・・・・・・・・・・それは秘密です」
「収穫祭か」
ビクッとシャルの肩が震えた。「な、なんのことでありましょうか??!!」と声を詰まらせ震わせ、行儀悪くも吹けない口笛を諳んじようとする始末。
「行きたいのか?」
答えを聞いて、どうなるのか。なにを期待しているのか。困って黙り込んでしまったシャルから行かない、行ってはダメだという答えを引き出したいのか。
例えどんな答えであっても、決まっている。使命と責任を果たす。そもそもシャルをこの屋敷に置いているのもそのためでしかない。
そう。そうなのだ。だからこそ、例えどんなに彼女が嘆いても後悔しても、許してはいけない。規範を守り、模範でなければならない。王都の治安を守り、剣を振るう重責は叙任された者でなければわからないだろう。
それが騎士。そして俺、エリク・ディアンヌの選んだ生き方だ。誇りであり、支えだ。
引き絞られるような胸のチクチクとした疼きも、想像しうるシャルの悲しみとともに響くガンガンと頭を金槌で叩かれる衝撃も。耐えなければいけないのだ。
胸元から金属が擦れる音がした。預かっているお守りが目に入る。
「っ、」
これを託した少女の願いと想い。ここに至るまでの思い出が走馬灯のように駆け巡り、余計胸が痛む。
「・・・・・・行くか。収穫祭」
勢いよくあげた顔は目が見開かれていて、驚きしか詰まっていない。喋っていると、肩の力が抜けるような安堵に包まれ、胸の痛みが薄れていく。
「俺とシャルとマリーとサムとジャン。あと、もしだったらアランも」
「しかし・・・・・・・・・・それでは・・・・・・・・・・」
「」大勢で平民の格好をすればいい。それに仮装もする。服は・・・・・・マリーのを借りればいいだろう。よりばれにくくなる」
「い、けません! やっぱり!」
「行きたくないのか行きたいのか。どちらだ」
「それは行きたいですが、」
「なら行こう」
「エリク様! どうされたのですか!? 今までそのようなこと!!」
「・・・・・・シャル」
騎士失格だ。
産まれて初めて騎士道を、任務を疎かにした。
「シャルにもマリーにもサムにもジャンヌにも、迷惑をかけた。だからお礼だ。体も動かしたいとおもっていた」
ジャンヌが言っていたことをそっくりそのまま自分への、シャルへの言い訳に使ってしまう。
なにを言い訳しているんだという自嘲するゆとりまで生じている。
「俺が守る」
「っ、」
「なにかあっても、絶対に」
「エリク様、」
「もし団長と陛下・・・・・・・・・・殿下に罰せられるときがあったら取り直してくれ」
「・・・・・・はい・・・・・・・・・!」
せめて収穫祭を楽しませよう。喜びを昂らせていく少女を目の当たりにしながら穏やかに決意した。
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