シャルロット王女の物語
平穏無事な毎日が過ぎた。
リハビリと鍛錬の甲斐あってか、日常ならば問題なく過ごせるほどに体力が戻っている。今まで空白だった時間を埋めるようにマリーとの関係も良好だ。アランと部下からは適宜連絡が入っているから安全は確立されている。
なにも問題はない。一つ事を除けば。
シャルとエリクの関係が傍目から見てもぎこちなくなっている。
第三者がいればまだましだ。二人きりになる、触れあいそうになる、距離が近い。そうなってしまえば目が当てられない。シャルは遠慮がちに恥じ入って赤面し、エリクは眉間に皺を寄せたまま硬直する。
静寂と差し支えない無となった時間を経て、二人は互いにそのことに触れないまま取り繕うように忙しない様相を示すのだ。
サムから見ても、二人とも意識していることは明らかだった。本人達は隠しているつもりなのかは定かじゃないが、外野から眺めていればわかりやすいほどに好意を感じている。
エリクとシャルから滲み出ているぎくしゃくとした空気が焦れったくてしょうがないサムは、休憩所の一室で突っ伏して頭を抱える。
「どうして・・・・・・・」
唸るように呟いた。その様子をマリーとジャンはお茶とお菓子を飲み食いしながら見ている。
「シャルちゃんはまだしもエリク様までああなってしまうなんて・・・・・・・」
「兄さんが嘆いても意味がないでしょう」
「そりゃあマリーはいいだろうさ。愛しのお兄ちゃんを取られないですむんだから」
「・・・・・・・・・・」
マリーの詰る目に耐えかねてごめん、と小さく謝った。
「ジャン。シャルとよく話しているよね? そこのところはどう?」
「あの子は間違いなく惚れてますね。ええ。たしかです」
三人の間でエリクとシャルの関係は、最早言葉にしなくても通じる暗黙の了解となっていた。休憩のときはよくこうして二人について話題を出しているのだ。早く付き合ってしまえばいいのに、と。
「問題は旦那様です。良い年齢なのになにを初恋を初めて体感したというウブっぷりを晒しているのでしょう」
「・・・・・・旦那様はまぁ・・・・・・・騎士団の環境も男所帯だったし。女性とも長い間縁がなかったし」
「あまりお節介を焼くと拗れますよ」
サムとエリクよりも、まだ冷静なマリーは溜息を吐きながらツッコんだ。
「なるようにしかならないでしょう」
窓の外を見る。どんよりとした分厚い灰色の空に、初夏の青々とした葉が散り、木々は赤く色づいている。畑では麦の穂がたわわに実り、黄金の景色が広がっているだろう。
まるでエリクとシャルの現状と重なるような季節だとマリーはおもう。
「秋なんてすぐに来ないでしょう」
「? 今は秋だぞ」
「そうではないのでは?」
いまだ落ちこんでいるサムに、ジャンは冷静な指摘を入れる。
「種を蒔いて手入れをして麦が倒れないように四苦八苦して。季節が巡ってようやく収穫できるでしょう」
二人の関係もそれと同じだとマリーは言いたいのだ。
ゆっくり時間をかけなければ、恋心は育たないと。
「・・・・・・・それもそうですね。今まではシャルの一方通行でしたし」
「まぁ・・・・・・・そう考えれば前進しているかもしれない。けど今のままだと困るよなぁ色々と」
ジャンは、わかっているのだ。こんな風に三人でエリクとシャルのことを話していても意味がないのだと。いずれ終わりが来ることが決まっている。例え二人の気持ちが通じ合っていても結ばれない。
正体を隠しながら団長と殿下と情報交換をし、事態を把握しているジャンからすれば、シャルがシャルロット王女へと戻るのもそう遠くないと確信している。だからこうしてサムとマリーが話していることも徒労に終わる。
(もとより報われないのですよ)
心苦しさはある。だが、知らないほうが彼彼女のためでもあるのだ。
「あ、そうだ。ジャンはどうやって女の子と仲良くなるんだ?」
「? どういうことですか?」
「時々出掛けてるよな? いつもよりちょっとお洒落をして」
「ぶっ、」
「よく街に行くときとは違うから。そのとき女の子と出かけているんじゃないかな~~~~って」
「ま、まぁそうですね・・・・・・気づかれていたなんて・・・・・・」
なんでもないように装っているが、吹出してしまったお茶を拭う手が震えていないか。心配でたまらない。サムが言ったときは大抵侍女、ジャンヌの仕事をするためだ。屋敷の人間にもバレないようにするためだったが、しっかり気づかれていたらしい。
「そういえばジャン。貴方は最初からシャルと仲良くなるの早かったですね。まるで以前からの知り合いみたいに」
「!? ま、まぁ境遇が一緒ですからね。年齢も身分も」
「けど、それにしてはよく二人で話しているよな? 部屋でもそうだし」
「し、しかしマリーさんはいいんですか!? 旦那様とシャルがもし結婚しても!」
「なんですか急に」
このままでは不味い。シャルロット、ひいては自分の正体がバレやしないか。そう即座に判断し、話題を変えた。
「い、いえ! シャルのことを嫌っているように見えたんですが!」
「・・・・・・・」
「最近は逆に優しくなっていますし! お菓子も裁縫の仕方も教えているのでしょう!?」
「・・・・・・・・・・別に私だけでなく、もう一人そういうことができる者が増えてよいと判断しただけです」
マリーがエリクに対する感情は、恋愛感情のそれとは違う。家族愛。そして主従愛だ。誤解がとけ、良好な関係を維持できるようになったとはいえ、シャルに対して嫉妬などしていない。
雇いだした当初は気に入らなかった。何故かはわからないが、特別な感情を抱いているのには勘づいていた。仕事も完璧にできないのに浮かれているとおもっていたのだ。恋に恋して役目を疎かにしていると。
だが、今はそれほど嫌ってはいない。シャルのおかげで気づけたからだ。自分にとって大切にすべきことを。
口に出せはしない。まだまだ至らないと感じる部分もある。もうマリーはシャルのことが嫌いではない。それだけだ。
「ま、まぁ僕の場合は参考にならないでしょう。旦那様の性格では難しいことばかりですし」
「どんなことをしているんだよ・・・・・・・でも街で歩いたり買い物を二人で行くだけでも進展しそうだなぁ」
ああ、それはいいですねと話を合わせる。自分とシャルが怪しまれることは避けられたと、半ば安心して上の空状態だ。
「今はどこも物騒ですからね。危ないことに巻きこまれないともかぎりませんし」
「ああ、あれか」
大臣が反乱を画策していた。王族を暗殺しようとしていたことは既に新聞に載っている。未曾有の大事件は、いまだ人々の噂の種だ。周知された一般市民達が発している漠然とした物々しい雰囲気は日に日に増していて消えることはない。
近頃では賞金がかけられた手配書も出回りだした。
「旦那様もまだ万全な体調とはいえませんし。落ち着いたら出掛けてもいいかもしれません」
「でも、そうすると旦那様は仕事に復帰するんじゃないかな」
「ありえるでしょうね」
そうして二人は、また他愛ない話をし出した。上手く話を誘導することができた。
(これでいい)
一体何度目の苦労だろうか。既に慣れたとはいえ、シャルロットのために動いてきたジャンヌでも、ここでの暮らしは本当に苦労の連続だったのだ。それでもかぎられた時間だとおもえば溜飲は下がる。
王宮での人々は、周囲の貴族達はシャルロットを王族の娘としか見ていなかったし、自分で食事を用意することもトイレも着替えも入浴も自らしたことがなかったのだ。
だからこそ、ここでの生活はシャルにとって文字通り別世界だった。
新鮮だっただろう。驚いただろう。愉しかっただろう。王女としてでなく一人の少女としての暮らしは、良い意味でも悪い意味でも物語と同じなのだ。シャルが好んでいた本に描かれている。
心が躍り、胸を期待で膨らませただろう。好きな人と一緒にいられるのだから。ずっとこのままでいたいと願う素敵な世界だっただろう。大切だとおもえる人達ができたのだから。
そして、悟ったのだ。自分の望みは叶わないと。
どんな物語にも必ず終わりがある。幸せな結末とはかぎらない。
シャルのエリクへの態度は、自分の立場と越えられない身分による深い絶望と哀しみ。決して自分の恋が成就しないという自覚から滲み出ているのだ。
(これでいい・・・・・・・・・・)
自分は自分のできることをするしかない。
やがて来るシャルロット王女の物語が終わるときまで。
「ジャンヌ。街へ出掛けましょう」
一体どうしてそうなったのか。
書斎で読書をしているシャルの元へいくとそう宣った。
自分の苦労はなんだったのかと、ジャンは眩暈がした。
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