瞬間、心重なり
「う、うう・・・・・・・」
話がおかしな方向に進んでしまった。勢いがついて横に倒れたシャルを尻目に呆れていると、ネックレス、いや見覚えのある記憶に新しいものを視線で追う。
机に置いたのは王族である彼女が持っているのは不似合いな安っぽい指輪。以前二人で屋敷に帰る途中にも見たが、忘れていた。
「これは?」
聞きながら振り返った。
そして後悔した。
髪の毛からピン、そしてリボンを外している。
ジャンヌが手伝ってるが、艶やかな金の髪はさらりと解ほどけ、肩から胸元へと流れている。倒れた拍子に乱れたから直すよりももう寝る時間が近いからだろう。
妙齢の女性が髪を下ろす姿を見るのは初めてで、それは自分の妻のものしか見ることが許されないと認識している。それは女性も同じはず。
夫以外の男の前で髪の毛を解くなど、常識知らずと罵られてもおかしくないが、いつもの印象とがらりと変わり目を奪われた衝撃が勝った。
「はい? あ、それは・・・・・・・」
狼狽する俺に気づかず、そのまま説明するシャル。母親である王妃の形見だと懐かしそうに教えてくれた。俺がまだいるのに警戒心が薄いだろう。そんな気持ちが薄まっていく。
「王妃様が・・・・・・・これを?」
「昔、大切な友人から頂いたのだと聞いています。亡くなる前にお守りとしてわたくしに持っていてほしいと」
「そうか・・・・・・・・・・よほど大切な友人だったのだろうな」
王妃は元々、地方に領地を持っている侯爵の娘だった。王宮に行儀見習いとしてやってきて国王に見初められたのだとも。
「小さいときから領地が隣で、親同士も仲がよかったそうです。よく遊んでお母様が行儀見習いとして王宮に参るとき、そのお友達とは離ればなれになったそうが、文通でやりとりをしていたそうですわ」
故郷から遠く離れた王宮での暮らし、慣れない生活、立ち振る舞い。右も左もわからない子女からそれば心細いに違いない。
だが、その友人との文通が心の支えになっていた。互いの近況。辛いこと、面白いとおもったこと。何気ないやりとりだったが、感じていた寂寥の念がマシになった。
「王宮での暮らしにも慣れてきましたが、友達も頑張っているんだと励みになったそうですわ。その後の王妃としての教育も」
実に羨ましそうに語る王妃と友人の話には、俺の記憶とも重なる部分がある。既に亡くなった故人の知られざる苦労が垣間見えた。
「シャルロット様は、王妃様を敬愛されていますからね。私も素敵な人だったと聞き及んでいます」
「ジャンヌは会ったことがないのか?」
「ええ。私がシャルロット様の元でお世話になったのは王妃様が亡くなったあとですので」
家族を失ったことがない俺には、まだ幼い時分に母が亡くなった気持ちは想像することしかできない。悲しくはなかったのか? と問うとくすりと小さく笑った。
「少し・・・・・・・ですが」
指輪を持っていることで亡くなった王妃が、常に側にいて見守っていると強く認識することができた。記憶にあるお王妃との思い出も。いつも優しく、ときに厳しく、暖かかった母のことを。
「わたくしの大切なお守りです」
「このO・Oというのは友人のイニシャルか?」
「ええ。そう聞いておりますわ。身分差ができて文通もできなくなったそうですが」
「なら、感謝しなきゃいけないな。このO・Oという女性に」
もしも友人が贈った指輪がなければ、シャルロットは哀しみに寄り添い続けていただろう。慰めることもできず、今のシャルとは別の性格に育っていたかもしれない。
「え?」
「どうかしたのか? ジャン」
「・・・・・・・・・・いえ。なにも」
「?」
「さようですね。ええ。王妃様がその女性、ご友人と文通をしていなかったら王妃様は心が折れて領地に泣いて帰っていたでしょうし」
「そんなことは・・・・・・」
「女同士の陰湿な妬み・嫉みをエリク様はご存じないでしょう?」
「・・・・・・・・・・」
「あ~~~~・・・・・・・」
何故そこでわかる、という反応をする?
「それか少し前のシャルロット様のようになっていたかもしれません」
「・・・・・・・・・・」
「あ~~~~~・・・・・・・・・」
「う、うう・・・・・・・」
これには完全に同意するしかない。
「あの・・・・・・・・・・エリク様。この指輪を・・・・・・・持っていていただけませんか?」
例え安物であっても亡き王妃の形見だ。それをいくら差し出されているとはいえ、おいそれと受け取ることはできない。何故だという気持ちしかない。
ジャンも同意しているのか、厳しい目をしている。
「これは、わたくしのお守りですわ。サム様から聞きました。エリク様はいつも怪我をして返ってくると」
傷を見ているつもりのか。体のあちこちへの視線を感じる。
「エリク様は・・・・・・・これからも危ないめにあうかもしれません。わたくしがいなくなった後も・・・・・・」
「っ、」
「だから、きっとお母様もエリク様を守ってくださるようにと願いをこめました」
王妃様の心を支えて、シャルロット王女を哀しみから守った指輪だ。お守りという気持ちは誰よりも強い。だが、だからこそ亡くなった母親を繋いでいる大切なものだ。おいそれと受け取れない。
「シャルロット様、流石にそれは・・・・・・・」
「なにもできたかったわたくしからの・・・・・・・せめてもの気持ちです・・・・・・・だめでしょうか・・・・・・・?」
「・・・・・・・」
「シャルロット様」
いつになく冷たい声音のジャン。葛藤の中に、シャルとの生活が蘇る。
非力でなにもできず、守られているとも命を狙われている危機感すら怪しかった。シャルロット。そんな彼女の今度は守りたい、という意志表示に感じた。
「もらいはしない」
「はい・・・・・・・・・・」
「だが、ご利益はあるだろう」
「はい・・・・・・・・・はい?」
「預かっておく」
感謝の言葉を交わしたあとで、金属の紐で括られたお守りを受け取った。どんな形であっても自分をおもっての行為を、どうしても拒みきることなどできなかった。
「あ、ありがとうございますっ」
「もう寝ろ」
「はいっ」
「後は任せる。あと・・・・・・な」
「はい?」
「異性の前で・・・・・・・今後は髪は下ろすな・・・・・・・?」
「え?」
「・・・・・・・・・・・・あ」
忠告してもすぐに意味を理解できなかったシャルは習っていたことを徐々に思い出していったのだろう。顔を真っ赤にさせていく。
「お見苦しいものを・・・・・・・・・・」
相変わらずなとシャルに、つい大きく笑ってしまう。
だが、なにもできないというわけではない。マリーが褒めるほどに成長している。歳相応な落ち着きと振る舞いを見せ、頼られてもいる。出会ってからずっと尻尾や毛並みに夢中だったシャルが。
「ん?」
部屋を出ると同時に、ある考えが過ぎった。
もしかして以前の俺と今の俺への接し方が変わっているのは、尻尾と毛並みに原因があるのではないかと。
動物的な可愛らしさを見いだしていた。だが、可愛らしさを失った。今更ながらに自分の行動に恥じらいを持っているのではないか?
つまりは今更ながら他の他の男と同じ接し方をしなくてはいけないと心がけているのに、自分がしていた行動を思い出し、羞恥心に悶えている。
(そういうことか・・・・・・・)
「まったく、サムのやつめ、妙なことを言うから・・・・・・・」
完全な誤解だった。シャルの態度も、接し方もいつか感じていた特別な気持ちを孕んだという視線も、好意からくるものではない。
納得しながらも、眉を顰める。
言い表せないような感情が浮かんでは首を横に振り、追い払う。
寝室で眠りに落ちるまで、言い表せない感情が消えなかった。
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