すれ違う二人
後に残されたシャルを捨て置くことができず、様々な葛藤を経て抱え上げると「ひゃっ」という声なき悲鳴が上がる。全身にビリッとした一瞬の痺れに眩暈がしそうだった。
頬がくっついてしまいそうなほど密着していると強張った力加減の奥に柔らかな体の感触がある。汗ばんだ甘い体臭を一呼吸するたび脳が蕩けてしまいそうだ。
「あ、あの旦那様。エリク様。あまりご無理は――――」
「!」
シャルは漠然と労りを投げかけてくる。体調を心配しただけなのだろうが、生温い吐息が首筋にかかってゾクッとしてしまう。
「良い・・・・・・・・・リハビリに・・・・・・なる・・・・・・!」
体力的にでも、筋力的にでもない。それらとは一線を隠す事情に急かされ、ぎくしゃくとした大股で闊歩する。今日ほど狭い屋敷が広く感じられたことはないが、シャルの部屋に辿りついてベッドへと下ろす。
上体を起こしているのも辛いのか、支えにしている片腕ごとフラフラと頼りない姿勢だ。ジャンも水差しとコップを手にしたまま訝しげに見下ろしている。
「熱があるわけではありませんね。というよりもシャルロット様にかぎって体調を崩すだなんて」
「珍しいのか?」
「今まで病はおろか風邪一つ引いたことがない丈夫な御人ですから」
それほどまでに無理をしていたと言外に含んでいる。お前のために尽くしていたんだぞ、と物言わぬジャンの目にたじろがずにはいられない。
「エリク様のせいではございませんわ・・・・・・わたくしが・・・・・・・」
「いや、それは違う。シャルは関係ない。占い師は昔俺を呪った人物かもしれないのだからな」
「・・・・・・・・・・どういうことですか?」
話すつもりはなかったが、良い機会だ。ここには事情を知っている三人しかいない。団長と、そしてアランと話して疑問におもっていたことを説明した。
大臣捜索に当たるであろう俺を揺さぶるために行われたという団長の考え。シャルが俺の屋敷にいると知っていたのが前提ならば、マリーに渡してシャルに危害を及ぼすのは楽観的すぎる方法だ。つまり狙いは俺。シャルではない。
だが呪いという不可思議な力を扱える人間なんてそうそういるわけがない。最初に俺が呪われた敬意も宮廷を離れた陛下を護衛するためだった。今回も合わせて、どちらも王族と一緒にいるときだ。
「??? つまり、どういうことでしょうか?」
「つまりエリク様は占い師と大臣達が数年前から繋がっていたとお考えなのでしょう。あのときから大臣は陛下を・・・・・・・国家転覆を狙っていた」
「っ」
「占い師も同一人物。つまりはそういうことでしょう?」
「想像でしかないが」
「しかし、それがなんだというのですか?」
動揺をしているシャルを庇うように立ち上がった。背丈も体格も小さいジャンだが、冷淡さが際だっている。
「なるほど。たしかに筋が通っています。ですが大臣の計画が数年がかりであるという証にしかなりません。それにエリク様はもう呪いは――――」
「俺のことなんてどうでもいい。シャル達のことだ。占い師を追うことで大臣への手がかりも掴めるんじゃないか。そうおもっている」
だが、雲を掴むような話だ。
「あのとき大臣は国元にいたのか?」
「どうでしたかしら・・・・・・・そこまでは・・・・・・・」
「それ以外になにか変わったことは? 身辺でおかしなことがあったとか」
「強いてあげるならば、以前より窮屈になったことでしょうか? 護衛の人数や行動が制限されたり」
「あと殿下と陛下が心配性になりましたね。毒味役を置いたり」
「そうそう! 贈り物もなにか怪しいものがないかわたくしの元に届く前に中身を調べるようにもなりましたわね」
呪いに端を発し、身辺を警戒するようになった。もしかしたら自分が狙われた可能性について視野に入れたのだろう。もしも大臣がそのときから反乱を企てていたらならさぞ頭を抱えただろう。目的がより困難になったのだから。
「あ。そういえばちょうどそのときにオーラン様と会ったような・・・・・・・」
「そうなのか?」
「騎士団団長に叙任したときですね。親衛隊の人数増員と王宮の警備、騎士団の強化について進言をしていましたし」
「知らなかった・・・・・・・しかしよく覚えているなシャル。親衛隊のエドモンのことも覚えていなかったのに」
「まぁ、ひどい。人をなんだとおもっていらっしゃるの? 式典や良く会う重要人物のことは自然と覚えられますでしょう?」
「とにもかくにも・・・・・・・大臣と占い師の件、団長に進言してみるつもりだ。ジャン。陛下と殿下にも伝えてくれ」
「かしこまりましたが、陛下も多忙になっていますからね。大臣がいなくなり政務を一手に引き受けなくてはいけなくなりましたし」
「・・・・・・・頼む。あとできることは・・・・・・・・・・・・ああ。すまんシャル」
話しこんでいて変化に気づくのが遅れたが、シャルはおもいつめた表情をしている。疲れているのに無理に付き合わせてしまった。
「あの、エリク様?」
寝るように促そうとしたが、
「つまり・・・・・・・・・エリク様が呪われてしまったのは・・・・・・・わたくし達王族のせいということですの・・・・・・・?」
「それは・・・・・・・」
話の本題とずれている。指摘するのは簡単だ。今までの俺であったならば、何故そうなるのかと呆れてしまうだろう。
「違う」
どちらもすることができなかった。
「悪いのはシャル。お前ではない。陛下でも殿下でもない。大臣だ」
シャルを慰めずにはいられない。悲しげに自分を責めているような彼女を見ていたくない。そう自覚したときには、既に心とは裏腹に口が動き続けるのを止められない。
「第一、俺は騎士だ。危険はつきもの。覚悟をしている」
少し乱れたままに励ますためにごく当たり前のことを伝えると、一際辛いという翳りが濃くなった。
「そもそもお前を守るのは俺の義務なのだから」
「う、うう・・・・・・・」
「騎士として当然のことをしているだけだ。そう、職務を遂行しているだけだっ」
「う、うう・・・・・・・」
「だから護衛対象であるシャルが俺のような一騎士について一々騒いだり心を痛める必要はないんだっ」
「ぐしゅ・・・・・・・そうですわね・・・・・・そのとおりですわ・・・・・・・」
おかしい。慰めようとすればするほど、シャルが落ちこんでいく。納得したという口ぶりと合っていない。
「なぁ、ジャン。お前もそうおもうだろう!?」
「さぁどうでしょうか。わかりかねます。」
助け船を求めたが、無駄だった。
「シャルロット様になにかあったら、エリク様も困るというのは同意ですが」
「!」
こそっとした耳打ちするような、ぼそりとした呟きに彼女の身内が脳裏に過ぎる。
「エリク様がそうお考えならばそうなのではありませんか? 占い師に関しても」
「あ、ああ・・・・・・・」
「そ、そうですわよね・・・・・・・本当に・・・・・・エリク様も想い人と別れずにすんだかもしれませんし」
「ああ・・・・・・・それは――――――――――――ちょっと待て」
どういうことかとシャル、そしてジャンを見る。
「今なんて言った?」
「ですから、エリク様が当時交際していたエレオノーラ様とも呪いのせいで――――」
「だからなんで知っている!? 名前まで! いや、いい! どうせアランかサムあたりにでも聞いたんだろう!」
そのとおりだと素直に認めた二人。
「まったく、あいつは本当に妙なことばかり・・・・・・・あいつらの話はまともに聞くな!」
「で、ですが結婚を考えてらっしゃったのでしょう?」
「昔の話だそんなこと! お互い納得して別れている!」
「ではエレオノーラ様に対して未練はないと?」
「あ、当たり前だろう!」
「・・・・・・・尻尾がない分、感情がわかりづらくなりましたね」
「なんの話だ! もういいそれは!」
「今からでもよりを戻してもよろしいのでは? なんでしたらシャルロット様が間を取り持たれればよいではありませんか」
「え?!」
「わたくしは、エリク様が幸せになられるのでしたら・・・・・・それで恩返しができるのならば」
「せんでいい!!」
「あうっ」
我慢ができず、いつものジャンよろしくシャルの頭に軽く手刀を振り下ろした。
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