雑談。親友と

「よお、お帰り」

 

 軽く感じられて歩きづらい体をなんとか屋敷に戻すと、寛いだ様子のアランがまず出迎えた。お菓子とお茶を貪りながら。


「王女様は?」

「マリーちゃん、とサムだっけか? 起こしにいったぜ。お前が目覚めたことと呪いが解けたことを知らせに。きっと喜ぶだろうってさ。止める間もなかったんだよ」


 いない間になにを話していたのか。女中に扮しているだけの王女が使用人をわざわざ起こしに行くなんて、不自然すぎることを疑念も抱いていない様子だ。


「やっぱりまだキツいか?」

「・・・・・・・少しな」

「暫くお前はリハビリに専念しとけ。暫くは屋敷のほうも怪しい奴がいないかそれとなく見回りするからさ」


 そう遠くないうちにすべてが解決するという確信をアランも得ているのだろうか。どことなく呑気な、しかし感慨深げだ。


「これを機にエレオノーラとヨリを戻してみるのもいいんじゃないか?」

「っっ」


 いきなりなにを抜かすのか。飲んでいた紅茶が気管に詰まっただけじゃない。力加減がわからずやっと持ちあげたカップまで落としそうになったではないか。

 

「ごほ、えほ・・・・・・お前、なにを!?」

「だってお前達が別れたのって、呪われたからだろ。その原因が無くなったんだからオッケーだろ」

「アラン・・・・・・・!」

「俺ぁ、けっこう社交界に出たりしてるんだけどよ。エレオノーラ、お前と別れてから出席しなくなったんだよ」

「っ」

「見合いしたとか嫁いだって噂も聞かない。あの子の実家のお店を覗いたけどいなかった。行方知れずってわけじゃないけど、ついぞ誰も見たり話をしていないんだ」

「・・・・・・・そんなに単純なことじゃないだろうが・・・・・・・!」

「なんだよ~~~。あ、もしかしてもう別の誰かに気持ちが移っているとか――――」

「叩っ斬るぞお前!」


 下世話なにやつきが無性に腹立たしい。


 余計なお世話。お節介。というよりも人の気持ちを悪戯に面白がっているような底意地の悪さが透けて見える。


「そういう可能性もあるだろって。せっかく呪いがとけたんだから、自分の幸せについて考えることもできるじゃないか」

「・・・・・・・そんなこといきなりできるわけないだろ」


 今まで諦めていた。当たり前の幸福。手にしていたはずの未来。誓い合った愛。それらすべてを失った境遇に陥って、久しいのだ。


 割りきっていた。なのに突然そんなことを言われても考えることなどできない。


「ま、だったらゆっくり考えればいいさ。王女様も気にしてらっしゃるみたいだし」

「? なにをだよ」

「? エレオノーラのことだけど」

「ぶふぉ!」


 今度はクッキーに咽せた。うお、汚ぇなあ、などという野次を飛ばされながら突っ掛かっている喉を擦るも咳が止まらない。


「な、なんで、ぐほ、あいつが、げほ!」


 俺がいない隙になんの話をしてるんだ! そう強く問い詰めたい気持ちだけが空回り、咳が激しくなる。


「世間話だよ世間話。ここで暮らしている間にあったこととか聞いてるうちに、ついポロッと」

「お前は本当に騎士か!?」


 上官の個人的なことを話す口の軽さを、これほど恨めしくおもったことはない。


「相槌を打つのも催促されるのも上手くてさ~~~。つい」

「ついじゃねぇよ! 他になにか話してないだろうな!」

「別に変なこと話してないって。入団したてのときとかお前の普段の働きぶりとか騎士団での評判とか。あと悩み相談したりされちゃったりしたくらい」


 なにを打ち解けているんだ!


「アラン様にだったら素敵な女性と巡り合えますわって励まされちゃったし。いや~~~、王女じゃなかったら口説きたかったくらいさ」

「アラン・・・・・・・・・お前もう仕事に戻れよ!」

「残念だけど、そりゃ無理だな。団長から直々に命令されてるもん」


 まったく、と怒りから毒気が抜かれた。モヤモヤとした苛立ちが残りつつ、不承不承に他愛ないやりとりを繰り返す。そうしていくうちに、なんだか懐かしさに浸る。


(そういえばアランとこうして過ごすなんて、どれくらいぶりだ?)


 アランとは長い付き合いだ。上官と部下というだけでなく、こうして完全に仕事抜きで、冗談を言われたりプライベートで語らう時間なんて皆無になっていた。


 友として一緒にいるなんてと、今思い出した。


「しかし、どうしてお前は元に戻ったんだろうな?」

「それは・・・・・・わからんが」


 話題はやがて移り変わった。


 問いかけられても自分自身頭を捻っても、答えは出ない。元々知識があるわけでもなし。呪いに更に呪いがかけられたことと関係している・・・・・・・という極めてあやふやで不確かな


「それか、なにかしたか?」

「なにもできるわけないだろ。ずっと意識なかったんだから」

「だよな~~~。なにか知ってるとすれば占い師かもしれないけど、どこにいるかわからないしな。そっちの手配書も作るか?」

「・・・・・・いや、それはいい」


 占い師と大臣と関係があると団長は考えていない。俺も同様だ。王女の居場所を知っているのなら、あえてそんな遠回りなことをする必要はなく、直接襲撃するほうが効率的だ。


 それに、魔除けにどういう仕掛けが施されているのかわからないが、王女ではなくマリーに手渡すというのも不自然。マリーからシャルに渡ることを見越していたとしたら、あまりにも雑すぎる。シャルに渡らない場合のことを考えていない。


 

 結果として、占い師はシャルではなく俺を狙ったという結論に辿りつく。だとするなら、それで俺の身に起きたことは後回しにするべきだ。


 占い師が大臣と繋がりがあるという証もないのだ。


(繋がり?)


 ふと、ある疑念が過ぎった。


 呪いについて深い知識を持っている人物どころかそれらしい文献も残っていない。だとするなら、実際に扱える人間も数は限られてるってことじゃないか?


(だとするなら・・・・・・・)


「あ、王女様。王女様はなにかご存知ありませんか?」


 ハッ! と我を取り戻す。


 戻ってきたシャルが部屋にいることに初めて気づいた。

 

「私が、なにをでしょうか?」


 そして、どこかよそよそしい。


 うずうずしているとでもいうのか。チラチラとバレないようにしていながら、けど敢えて距離を作っているぎこちなさ。


 これまでのことを踏まえると、シャルにはふさわしくない。発揮し続けていた、あらんかぎりの子供さながらな天真爛漫さは鳴りを潜めている。控えめでありながら照れている、意識しているという気配だ。


(今までのシャルじゃない・・・・・・・)


 シャルの気配が伝染したのか、顔が熱くなる。淀みない空気が苦しく感じられる。


「なにか、俺が元に戻ったという心当たりだ・・・・・・・です。今アランと話していたんだが・・・・・・・いや、です」

「そ、そうですか・・・・・・」

「「・・・・・・・・・・」」


 何故だ。ギクシャクとしてしまう。


「前夜に、彼の身にあったことに心当たりはありませんか?」

「前夜・・・・・・・・・・私・・・・・・呪いがとける・・・・・・・」


(うん?)


 ぽ、と頬が朱色に染まっていく。

 

「王女様?」


 ぽ、ぽ、ぽぽぽぽぽと赤みの面積が広がる。


 留まることを知らず、最後にはぼん! と爆発した。


 薔薇の花束のように真っ赤っかだ。


「・・・・・・なにかあったので?」

「な、なにもごじゃりましぇん! ごじゃりましぇんことよ! わたくちなにもしておりましぇんわ!?」


 ・・・・・・・・・・何故だろう。なにかあったとしかおもえないのは。


「あ! そんなことよりも旦那様が空になっているのでカップを新しくしてまいりますね!?」


 言語がひどい。


「いやいや王女様。そのようなことはせず・・・・・・ん?」


 ドタドタとした足音。次第に大きく近くなってくる。


「シャルさんお待ちなさいさっきの話は本当なのですか旦那様が!?」

「兄さんはしたないです走らないでください、ああ!?」


 作法も礼儀もない。扉が荒々しく開け放たれると同時に倒れこんできたサムとマリー。何事かと目を剥く。


「う、うう・・・・・・・?」

「二人とも、大丈夫か?」


 差し出された手をとる前に、二人の目がこちらとバッチリ合う。


「お兄ちゃん・・・・・・?」

「エリク、さま?」

「・・・・・・・お、おう・・・・・・・」


 どんな反応をすればいいかもわからず。間抜けな応答をするしかない。


「心配・・・・・・・かけたな?」


 途端に、少し後悔することになる。


 マリーとサムが驚倒し、歓喜の涙を流し。


 また目覚めたばかりのときと同じ様相を呈することになったのだから。





 







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