相談

 オーラン団長はそれから帰ることになった。


 アランはマリーから聞き取りをし、屋敷の周囲を確保できるまで残る。


「それほど長い時間はかからないだろうが、気を引き締めておけ」

「はい。一つお願いしたいことがあるのですが」

「なんだ?」

「私の家の者達にシャルロット王女のことを話しておきたいのです」

「・・・・・・理由は?」

 

 勿論、安全を期すため。


 もしも今回、俺が目覚めなかったら。いや、俺にもしものことがあったとき。シャルの側にいるのはジャンヌとサムとマリーに限られる。シャルのことを知っているのと知らないのとでは、いざというときの対処が違う。


 それに今回のことでサムとマリーには大きな迷惑をかけただろう。負担をかけただろう。俺とシャルの事情に巻きこみ、彼らにも今後危険が迫るかもしれない。


 これ以上黙っているのが申し訳ないという気持ちも強い。


「私自身、信用している者達です。なにがあっても絶対に口外するようなことはしないと」

「そうか。わかった。そうしてくれ」

「はい」

「しかし、どうしてもわからんことがある」

「?」

「王女が貴公の女中になっていたことだ」

「・・・・・・」


 バレてしまった。あえて追求をされないようにしていたが、四人でのやりとりをしているときにシャルがうっかりと漏らしてしまったことを掘り返された。


 いつもの日常のように俺の世話を焼こうとした。オーラン団長とアランにも女中として振る舞おうとしたり客人として接しようとしていた。


使用人として身についた習性、働こうとしたシャルを止め下がらせても疑っていたんだろう。しっかりと見抜かれていた。


 騎士団団長にまで上り詰めた人はやはり一味違うということだ。


「すみません・・・・・・」

「謝るようなことをしたのか?」

「いえ、そうではありません」

「君がさせていたのか?」

「そうではありませんが!」


 ある種の引け目。改めてシャルがこの屋敷で働いていた経緯について改めて説明するが、団長は頭を悩ませている。


「今後は絶対に彼女には同じことはさせません! シャルに女中として働かせるなど! 騎士道に背くようなことは決して!」

「うん・・・・・・・信じたいが・・・・・・・だが王女様が護衛対象に対して自ら望んで仕えていたということになるぞ」


 そういうことなんですと強く言えない。


「王女様は、俺の毛並みと尻尾に愛玩動物と同じ癒やしや温もりを見いだしていたのです! 犬や猫や小鳥と同じ扱いでしかありません!」

「その言い分からすると、もう彼女はエリク隊長に興味を失っているぞ?」

「そのはずです! いえ、絶対にそうです!」


 せっかく助かった命をここで失うことになるかもしれない。それだけは断固として阻止したい。熱が入ろうというものだ。


「まあ、貴公ほどの男が君主の娘にそんなことはせぬか・・・・・・・」

「し、信じていただけましたか・・・・・・・!?」

「ああ、信じよう」

「ありがとうございます・・・・・・・!」


必死の懇願が通じたのか。なんとか首の皮一枚で繋がった。


「それに貴公の忠誠心、騎士道としての在り方はわかっているつもりだからな」

「まこと、ですか?」

「ああ。これでも私は君を買っていた。だからこそ君を隊長に推薦した」

「!」


 団長の鋭い眼光に射竦められたわけではない。遅れた思考がいつまでも追いついてこないほどの衝撃だ。


「何故ですか?」

「総合的に判断し、上に相応しい者として伝えたまでのこと」

「しかし、私は・・・・・・・」

「呪いを受けても、周囲からの視線を浴びていても職務に忠実だった君の姿に騎士のあるべき姿を垣間見た」

「団長・・・・・・」


 自分の実力で手に入れた地位だとおもっていた。だが、そうではない。事情に囚われず物事を判断できる人が、見てくれていたということに他ならない。


「騎士とはかくあるべきと」


 呪われ騎士としてではなく、ただのエリク・ディアンヌとして。


「今後も期待している」

「はい・・・・・・・!」


 生きていてよかったと、これほど実感したことはない。報われた。なにが? というわけでなく、すべてに。


 余計シャルを守りたいという気持ちも強まった。


「隊長が気掛かりにしていることはわかる。」


「しかし、一つ気掛かりなのは王女様のことだ。私は別にかまわんが国王陛下達に知られてしまってはな」

「それは・・・・・・・おそらく大丈夫だおもいます。多分」

「今回の功績は帳消しにされるかもしれん」

「王女様を溺愛されていらっしゃいますからね・・・・・・・」


 唯一の不安要素はそれだ。


 俺のほうからシャルになにかする・・・・・・・・・・わけはないが。あの二人のシャルへの気持ちは度を越している。


「なにしろお二人にとっては愛しい王妃の忘れ形見でもあるのだし」

「団長は王妃様のことをご存じですか?」


 王妃は既に亡くなったのは俺が騎士団に入る前のこと。十年も昔になる。それしか聞いたことがなく、どのような人だったのかまではわからない。


「う~~~む・・・・・・・・・・例えるなら太陽か花だな」

「太、陽?」

「誰に対しても優しく分け隔てなく接する。誰からも愛され愛していた。そんな女性だった」


 深い実感、今この場にいる人を語っている説得力がある。


 話だけ聞いていると、シャルに似ていると感じた。


 わかるような気がする。国王陛下と王子殿下が王妃様のことを慈しんで大切にしていたのが。きっと素敵な方だったのだろうと想像できる。


「・・・・・・・・・・いっそのこと結婚してはどうだ?」

「結婚?」

「君ももう良い年齢だろう。呪いも解けたのだし、この機会に身を固めれば国王陛下達から疑われることもない。処されることもないだろう。多分」


 貴族の結婚事情は親同士が決めた見合いや社交界を経る割合がほとんどだが、多くの騎士は上官に紹介されるのが一般的だ。


 隊員の給与や事情、好み、相性の問題はあるが結婚しているのとしていないのでは、上層部からの評価も随分変わる。結婚して家庭を持って一人前という考え方が浸透している。


 そういった話題について愚痴や苦労を噂程度でしか聞いていない俺としては、考えたこともなかった。いや、諦めていたんだ。


「急なことだったのでまだ・・・・・・・。善処したいとはおもいますが」


 考えられる余裕はない。


 今大切なのはシャルのこと。自分の幸せについて突き詰める状態ではない。家庭を持つということは自分にはなかったのだから。


 いや、もっといえば愛し愛されることなど今後二度とない。そう思い定めていた。


 複雑そうな表情を浮かべていたのだろうか。事情を知っている団長は無理もないと意を汲んでくれたかのように次の話題に移る。


「好みはあるか? 体型や胸の大きさ、性格」

「特には・・・・・・・・・・おもいつきません」

「美人がいいとか」

「外見には拘っておりません」

「う~~~~~む・・・・・・・・・・」


 なにも今すぐ結婚しなければいけないというわけではない。しかし団長はもうすっかり乗り気だ。部下の結婚の世話をするのも上官の仕事の一部だと話も聞いたが、これほど熱心に世話を焼こうとしてくれているなんて。


 騎士団をとりまとめていて人格も家柄も優れている大人物が、直々になんて信じられない。


「失礼ですが、団長の奥様はどのような御方ですか?」


 なにかの参考にできるのではないかとおもい、聞いてみた。


「私は結婚していない」


 そしてすぐに後悔した。


「すみません・・・・・・・・・」

「いや、いい」

「・・・・・・・・・・結婚については追々考えておきたいとおもいます」

「そうしてくれ」


 微妙に気まずくなってしまった団長はなにも言わず、時計を取りだす。時間をたしかめ終えると最後に肩を叩いて、そのまま去っていった。










 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る