変化
「うん、うん・・・・・・なるほどそういうことか」
長い髪を括ってから、意識を失ってからの出来事を余すことなく聞いた。
頭の中に薄い靄がかかっているようなぼんやりとした感覚。病に罹ったときに似た倦怠、鈍い体の動きは隠しようがない。
「どうしてだ?」
「いや、こっちが聞きてぇよ」
聞き直すと、困り笑いをするアラン。
理解はできた。できた上で頭が痛い。
全員の話を総合し、どんな判断をしてもだ。昨夜まで呪いの影響で危ない状態だったにも関わらず、起きて動けるようになった。そして元の姿に戻った。
その理由に辿りつけない。
「なにかしたんじゃないのか?」
「俺自身がか? できるわけないだろう」
「う〜ん、だよなぁ」
鏡を何度も見て、現在も体のあちこちを触って確かめていても半信半疑。我がことながら夢みたいで実感が沸かない。
「けど、なんだか懐かしいぜ。昔のお前がそのまま成長したみたいだ」
二人しかいないからだろうか。軽い調子で笑いながら髪を乱雑に扱い、腹や肩を小突いたり。
「おいやめろっ」
「はっはっは。おいなんだよ喜べよ。せっかく元に戻れたんだぜ?」
「実感がないんだよっ。というかお前は俺をからかいに来たんじゃないだろっ」
ふざけているというより、からかってないか? こいつ。
強引に払い除けるとぶうー、と文句を垂れる。ノリが悪いなぁという態度に、たしかな嬉しさが滲んでいる。
「しょうがねぇだろ。王女様達は団長に連れてかれたんだから」
「だったらお前も同行しろよ」
「団長に命令されたんだもーん」
なにがもーん、だ。オーラン団長を見習え。
「それで、王女は今後もここにいるということでよいのだな?」
「ああ。別のところに移る必要はなくなったからな。お前も嬉しいだろう」
「は? なんでだ」
「なんでって、これからもシャルロット王女様と一緒にいれて」
「・・・・・・・・・・!」
下卑た考えが、ニヤニヤした笑みから感じとれる。それが余計神経を逆撫でする。
「だってあんなに泣いてたしお前に離れなかったし。それにお前も王女のこと愛称? で呼んでたじゃん」
「そんなことよりもっと大切なことがあるんじゃねぇかなぁ・・・・・・?!」
「まぁ? 一つ屋根の下に若い二人が暮らしていたんだ。そりゃあ仲良くなったとしてもおかしくはねぇよ? うん」
「話を聞く気ないな? お前・・・・・・!」
「どこまで関係進んだんだ?」
「しつこいぞお前! あの子は――――」
「・・・・・・・・・あの子は?」
「~~~~~~~~! ただ俺の体だけが目当てだっただけだ!」
「お前とんでもないこと言ってるってわかってる!?」
アランはこう言いたいんだろう。シャルが俺に対して特別な感情を抱いていると。ああ、たしかに特別な感情だ。愛玩動物に対するのと同じ感情だ。
「ただ使用人に扮して正体を隠す。それだけであんなに取り乱しはしねぇよ」
「~~~~! それよりも、もっと捜査について詳しく聞かせろ! そっちのほうが大切だ!」
「お前は捜査加わらんだろ」
「あのなあ・・・・・・・・・! うを!」
「おいおい、大丈夫か?」
椅子から倒れた。そのまま起き上がろうとしても、上手くできない。訝しくおもったアランに支えられるも立つだけで辛い。
たった数日体を動かしていないだけだが、かなり体力を失っている。
「もしかして、元に戻ったのも影響してるんじゃねぇかな」
「どういうことだ?」
「お前、かなり体格縮んでるぞ。それに体重も軽くなってる。足の大きさもだ。体の動かし方が今の体に合ってねぇんじゃねぇの?」
歩幅や体幹、腕の振り。日常生活に関わる体の動かし方はそのまま大きさに依存する。いつしか変貌した体に馴れきっていたのだろう。
「こんなところで弊害が・・・・・・・・・・!」
「そんなんじゃあ剣を振るのも戦うのも難しいんじゃね? 暫くはリハビリがてらゆっくりしてろよ」
「病人扱いするなよ・・・・・・・・・・・・・! それじゃあシャルを守れんだろう・・・・・・!」
「ははは。そうだな~~~。そんなざまじゃあやっぱり王女様はここから移動させるってことになりかねないしな~~~。頑張らないとな~~~。王女のためにも」
またその話か!
カラカラと笑うアランに怒りが芽生えていくが、このままだと本当にそうなってしまう。そうなったら俺は・・・・・・・・・・・・。
俺は・・・・・・!
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
「なあエリク。本当にお前は王女のことなんともおもってねぇの?」
「・・・・・・・忠誠心と護衛対処以外のものはな」
あの子は、シャルは、シャルロット王女は身を守るためにここにいた。あくまでも命令。護衛のため。
騎士としての職務を忠実に果たそうとした結果に他ならない。そもそもが自分で望んだわけではないんだ。
そうだ。それだけだ。その必要がなくなったというだけにすぎない。
だからこの微妙なモヤモヤも途中で離脱することになるかもしれないという忸怩たる気持ちに他ならない。いざというとき職務を果たせない悔しさだと。
それしかない。
「それに、彼女と俺とじゃ身分が違いすぎる。俺の給与じゃ王宮での暮らしほどもさせてやれないしなにより殿下も陛下も認めないだろう」
「いや、好きじゃんお前」
「どこがだ!?」
「そういう考えがある時点で結婚とか意識したってことじゃん。万が一付き合ったらって想像したってことじゃん」
「してない! ただ自分とあの子を一般論と重ね合わせただけだ!」
「重ね合わせた時点で無意識に好きってことしゃん」
「違う!」
そんな話をしていると団長、ジャンヌ、そしてシャルが部屋に入ってきた。話が終わったのだろう。そのまま隣に腰掛けてしきりに心配そうな声をかけてくる。
「エリク様、大丈夫でございますの?」
「今のところは大して問題はないシャル・・・・・・ロット様」
「それならばよろしいのですが、あまりご無理はなさらないでくださいまし!? またなにかありましたら・・・・・・・あ、なにかお飲みになりますか? それとも」
「・・・・・・・ヴ、う゛う゛ん! 殿下よろしいですかな?」
「は! あらやだわたくしったら! 申し訳ございません!」
眼光鋭いオーラン団長とにやにやしているアラン。シャルのと含めて六つの目がこちらに注がれている。
「こほん、どうぞ団長様」
息と同時に王女然とした姿を整える。しかし、それでもオーランは顰め面を解こうとしない。
「王女殿下、そのままでよろしいのですか?」
「?」
気づいていない。例え下女の装いをしていても、今はシャルロット王女として振る舞っている。なのに護衛、家臣であるエリクの隣に座っているのだ。それも肩に触れあうほど。
「大臣の手配書を出すことが決まりました」
ニヤニヤしているアラン。不思議そうなシャル、そして立つ瀬のないエリクを見回した。
「あくまでも反乱を企てていたという記事です。手配書も。いつまでも内密にというのは無理があります」
「はい」
「今現在、シャルロット王女をどこかに移せば、そこを襲われるかもしれません。国王陛下は財務大臣がいなくなったため、多忙となっています。王子殿下が中心となって反乱・暗殺について調査しておりますが、以前より連絡がとりづらくなるでしょう」
「いたしかたございませんわ」
しっかりとした受け答え。とてもではないが、いつものシャルを知っている側からすれば違和感しかない。
「それよりも、他にはなにかありませんの?」
「特にございません」
「そうですか・・・・・・・ではわたくしがどこに住まうかについて・・・・・・はどうでしょうか」
気取られないようにか。ほんの一瞬だけこちらに流し目をむける。不意をつかれ、ドキッとするのを止められない。
「今王女様をどこかへお移しすれば、目立つやもしれません。遠からず逮捕されることになってもです。いたずらに敵に居場所を知られるおそれもあるとの判断です」
「では・・・・・・私はまだここにいられるのですね?」
「・・・・・・・・・そういうことになります。今は」
それを聞いてシャルは、喜びの表情となった。
しかしなにかにハッとして、沈痛な、なにかおもいつめたような複雑な表情を浮かべる。彼女には似合わない皺が眉間に刻まれているほど。
(なんだ?)
「護衛について不安があるのなら、人数を増やしますが」
「とんでもございませんわ!」
「「!」」
「エリク様はわたくしにはもったいない御方です! エリク様が倒れられたのだって元を辿ればわたくしが原因です! 不安などとあるはずもございませんわ逆にエリク様に――――」
「王女様?」
「! あ、あう・・・・・・・・・・」
ぽ~~~~~~っと桜色になったシャルは、今までと違う恥り方だ。
「エリク隊長。貴公はどうおもう?」
「俺、ですか?」
「今の貴公に、王女をお守りできる自信があるか?」
万全とはほど遠い。
いざというとき、戦えるとは口が裂けてもいえない身の上だ。
本当にシャルのことを考えるならばオーラン団長の提案に同意すべきだろう。半分以上、答えは決まっているのだ。
「俺は――――」
そう。騎士であるならば答えるのは容易いはず。
「どうした?」
なのに・・・・・・・・・・言葉が喉につっかって出てこない。
「よろしいのではありませんか?」
答えに窮していると、アランが遮った。
「今の隊長の姿を、大臣は知りません。いっそのこと攪乱になるかもしれません」
「うむ・・・・・・・」
「まあ隊長に自信がないのでしたら。いずれにしても隊長の気持ち次第でしょう」
そして意味深げに片目を瞑って見せてきた。
こざかしい。お節介。まださっきの話の続きのつもりなのか。気持ち次第などという言い方に、別の思惑を感じる。
不愉快さから隣に視線を逃す。
「っ」
シャルの顔が目に映った。
「・・・・・・・・・・守ります」
それだけで意志が決まった。
「っ」
「願わくば、このままシャルロット王女をお守りしたいとおもいます」
「ならば、任せよう。そのぶん、アラン副隊長には隊長のぶんも働いてもらわなければならんが」
「え゛」
「異論あるまいな? 副隊長」
「も、勿論であります・・・・・・・・・ははは」
「呪いがどうなっているかもわからん。だが、油断するな」
「はい」
守らなければという義務感、使命感からでなく。
守りたいという願いだった。
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