目覚め

 オーラン騎士団長がアランを伴ってきたのは、早朝を過ぎた頃だった。エリクとシャルロットを団長から聞かされたときほどの動転はなく、平静を装えている。


 副隊長という役職上、オーランと接する機会はあるものの完全な二人きりで過ごすことなどほぼない。エリクとシャルロットの緊迫した状況と相まって、若干の居心地の悪さを味わってしょうがない。


「しかし、まさかエリク隊長の元に王女様がいらしたとは」

「誰にも漏らすなと厳命されていたからな」


 それはそうなんだけどなあ・・・・・・・・・と苦笑いするのを止められない。


 大臣と刺客の関係性はもう問題視されていない。公然の事実として、二つの事件は繋がっているという共通認識がある。自分の隊は職務上、最前線で捜査するものだと準備をし、覚悟をしていた。


 その矢先、上官であるエリクと王女のことを唐突に明かされたのだ。いくら付き合いが長く、エリクを知り尽くしているとはいえ水臭いと感じずにはいられない。そしてシャルロット王女のことと同様に、エリクの無事かどうなのかと。


「エリク隊長は大丈夫なのでしょうか」

「命は無事だが、今後どうなるかわからんそうだ」

「それは、そうでしょうね。しかし、因果なものだ」


 うん? とオーランは初めてアランの話に興味を持った。


「隊長とは七年の付き合いになりますが、彼は呪いで手にしていた物のほとんどを失いました。そして今度は呪いで命を落とすかもしれない。誰よりも騎士に憧れ、騎士らしくあろうとしたのにです。側で見ていた俺としては、なにかを感じずにはいられませんよ」

「彼は幸せ者だな。貴公のような友情に厚い部下がいるのだから」

「・・・・・・・・・・」

「しかし、エリク隊長も本望だろう。忠誠を誓っている王族のために命を落とす。名誉なことだとな」


 たしかに。エリクならありえそうだとアランはおもった。弱気を助け、悪を挫く。愛と友情と忠誠を重んじるのが騎士道精神なのだから。


 だが、そうだろうかと感じる。


 彼は心残りはないのだろうか?


「それに、報告だとエリク隊長は充分良いおもいをしただろう」

「?」


 どういうかと聞く前に、馬車が到着した。二人がエリクの屋敷に来るのは初めてだが、屋敷の外観に感想を抱く前に、玄関へと進む。だいぶ時間が経ってから庭師を装ったジャンヌが招き入れる。


 以前覚えていた顔だが、アランと違ってジャンヌはスルーした。素っ気ないというよりもとてつもなく疲れている色がへばりついているのだ。そのまま応接室へと通され、お茶を用意されることなくそのまま打ち合わせの体を様す。


 シャルロットとジャンヌの荷物は纏めてあり、いつでも出発できる。あとはシャルロットが準備を整えるだけ。なんとも悠長なことだとおもったが、そこは王族で女性。どんなときであっても身支度は必要なのだろう。


 本当ならばエリクの様子を見に行きたいのだが、優先順位を考えると許されないだろう。


「では、待とうか。どれだけ時間がかかる?」

「そうですね・・・・・・あと一時間ほどでしょうか。今日は天気が曇っていますし」

「うん?」

「いつもより時間がかかるでしょう」


 天気と関係があるのかとアランは不思議におもった。


「こほん。ところでジャンヌさん。王宮の人で香水に詳しい人はいますか?」

「?」


 触れてくるなから、どういうことかという空気に変わった。


 エリクの入手した香水、あれが手がかりになるとおもい情報収集をおこなった。その結果、王都にある店を調べてどこにも同じ香水は売ってなかったということがわかったのだ。


 王国で売買されている物、それか市販されている物ではないということだ。だとするなら特殊な方法で手に入れた可能性が高い。そちらの方向から刺客と、そして大臣逮捕に繋がると光明が差した。


 香水といえば女性。そして王宮には各地から貴族の女性が集い、話題にしているのではないかとアランは説明した。


「さあ、どうでしょうか。わかりませんね」

「そういう話はしないのかい? シャルロット王女もそういうことは――――」

「副隊長」


 おもわずびくついてしまうほど、オーランの声が固く低かった。


「口が軽いのは感心しない。みだりに情報を漏らすな」

「は、すみません・・・・・・」

「少し王女様のほうへ。もう乾いていることでしょう」


 一体王女はなにを? と心の中だけで呟く。


 ジャンヌが立ち上がり二人に背を向けたとき、扉が音をたてる。ゆっくりと開いていくと、黒髪の青年が姿を現す。


 年齢はアランと同じくらいだろうか。長年切っていないかのような肩を越すほどの黒髪に隠れ、表情が読めない。服装は軽装でシャツのボタンがほとんど止められていない。とてもではないが、男でも人前に出るのにふさわしくはない。


「誰ですか?」


 長くここで過ごしていたはずのジャンヌの問いかけに、ここの使用人ではないという事実が遅れてやってくる。


 この青年は誰だと警戒心が徐々に沸き上がってくる。病人と同じく、すぐにも倒れてしまいそうな足どりも、不気味におもえてくる。


 アランのほうへむけられ、ぼ~~~~っとたしかめているような視界がしっかりと定められているのを感じる。


「一体、どうしてここにいる? オーラン団長、アラン? ・・・・・・・・・」

「「え?」」


 しかもどういうことだろうか。正体不明の青年は、自分達の名前を言い当てたではないか。ここに住んでいる使用人はシャルロットとジャンを含めて四人だったはずだ。しかも屋敷の主を除いて、アラン達とは面識などあろうはずもない。


「ジャンヌウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!! 大変です旦那様がエリク様が寝室からいなくなってしまいましたああああああああああ!! お洗濯物を取り込んでいる間にいいいいいいいいいいいいいい!!」

「ちょ、このお馬鹿!」


 バタバタバタ、と騒々しい足音のまま部屋に侵入し、うわあああああああああああああああああああん!! と泣きじゃくっている女中をシャルロットだと気づく余裕はない。


 というか情報過多すぎて色々と追いつかないのだ。この場にいる全員。


「どうしましょうどこに行かれたのでしょうわだぐじはもうこのままごごをはなれるどいうのに~~~~~!」

「ああ、もう!」

「シャル・・・・・・・・・・シャル?」

「ひ、ひ、ひっぐ、えぐ!」

「え~~~~っと?」

「貴様は、誰だ?」


 立ち上がり、剣の柄に手をかけた団長が鋭く問いかけた。底冷えのするようなおそろしく厳しい声音。隣にいるアランもつい意識を引っ張られるほどに。


「誰って、どういうことでしょうか・・・・・・・・・・」


 しかし、青年は逆に当惑している。ちらりと覗く表情、そして瞳には違和感を覚えるほど、この状況に対して現実味が薄い。


(? どこか見覚えがあるような?)


「そうだ、マリーはどこだ? あの腕輪の影響は?」

「え?」

「昔、俺が襲われたときと同じなにかを感じた・・・・・・・もしかしたら――――」


 そこで躓いて、膝を折った。立ち上がろうとしても足と支えている手が震えて、成せていない。荒い呼気が痛々しい。


「もしや、あなたは」


 シャルが青年の前に蹲り、髪の毛を掻き上げる。くっつきそうなほど顔を近づけ、じ~~~~っと穴があくほどに見つめながら顔中をペタペタと触ってたしかめていく。


「エリク様・・・・・・・・・・ですか?」

「は?」

「あなたは、エリク・ディアンヌ様ですの?」

「シャルロット王女、一体なにを申されているのですか?」

「・・・・・・・・・・王女? エリク? え? え?」

「なにを、言っている。俺がそれ以外の誰かに見えるのか?」

「「「                                」」」

「う、」

「?」

「っうわああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああん!! エリク様ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「おい!?」


 なにかに打ち震えるように、ブルブルしていたシャルは、急に抱きついてきた。勢いに勝てず、そのまま仰向けの体勢で


「お、おい、シャル?」

「わあああああああん!! わんわんわああああああああああん!!」

「お前、エリクなのか?」


 おそるおそる、アランが近づいてまじまじと見つめる。記憶の中にあるエリクの面影が、どことなく感じられる。


「だから、そうだって・・・・・・・・・・」


 マジかよ・・・・・・・・・と呟いたが信じられない。


 エリクが目覚めた。それも呪われた姿ではなく、元の人の姿として。


 周囲の反応は様々だ。驚愕しているオーラン。思考停止しながら天井を仰ぐアラン。号泣しているシャル。狼狽しているジャンヌ。そして誰よりも困惑しているエリク。


「一体どうなってるの?」

「俺が一番知りたい・・・・・・・」


 誰もこの状況を正しく把握できておらず、収拾できるはずもなく。


 歓喜の泣き声だけが、屋敷中に響き渡っていく。


 


 


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