焼き菓子と庭師
終業後の道のりをいつもと変えて歩いていた。少し遠回りになってしまうが、エドモンが言っていた焼き菓子を買うためだ。
人づてに聞くと、王都に最近できたばかりの菓子店が評判らしい。華やかな店が立ち並ぶ中央街は若い隊員達にとって馴染みが深い。甘い物に興味がなくともご令嬢と交流を持っていたり関心の種にする名目もあり、詳しく教えてくれた。
ただ俺がその店を知ろうとしているのを不審がられていたが。
(しかし、人が凄いな)
中央街に足を踏み入れると、人の波にまず圧倒される。劇場や高級な食事ができる店が多いとはいえ、王都中の人間が集まっているのかと錯覚するほどだ。
件の店の名前と特徴、位置も把握しているので探すのに造作もない。だがいつも以上に怪訝がった視線が殺到する。人が多いため、いつものフードと顔の前で隠者風に布を被せているのが悪目立ちしてしまっているのだ。
早くすませたい・・・・・・・・・・・・・心の中で願いながら進むと歩幅と歩速が早まる。そうしていたらすぐに目当ての店名の看板を発見した。しかし、店先で並んでいる人の列に眩暈がしそうになった。
(嘘だろ・・・・・・・・・・?)
買うのに時間がかかるという心配だけじゃない。行列にいるのはほぼ女性。ちらほらと男もいるが、女性の付き添いだ。男一人でいる猛者はいない。
こんなところに俺が並んだら・・・・・・・・・・・・・存在が浮いてしまうどころではない。布とフードで隠しているとはいえ、距離が近ければ毛深さや角に違和感を持たれてバレてしまうだろう。そうなったら大騒ぎだ。
「あ、旦那様」
行列の前で項垂れていると、覚えのある声が雑踏中から上がった。目で追っていたらなんと庭師のジャンがいた。
「どうしてこちらに?」
「野暮用だ。お前は?」
「頼まれた買い物ついでにお土産です。旦那様もこちらのお店に用事が?」
「ああ・・・・・・・・・・」
「もしよければ、一緒に並びますか?」
「いいのか?」
「他にもそうしている人がいますよ」
「いや、いい。ついでに俺の分も同じのを買ってくれ」
列に割り込む形になるから、ジャンにそう頼みながら代金を渡し、建物の側で待つことにした。菓子屋というよりも、喫茶店のようだ。ガラス窓の奥の内装はモダン調で纏まっていていて落ち着いた雰囲気だが、中にいるお客と席数が少ない。改めて観察していると、列は店内に繋がっているんじゃなく、小さな小窓から何かを受け取っていた。
外で焼き菓子の持ち帰りを販売できるようにしていたのか。店にいる客よりも多いところを見ると、よほど味が良いのか。
「旦那様、こちらを」
「ん、ああ。ありがとう」
焼きたてなのか、受け取った包み袋が温かい。布を少し持ちあげながら一つ食べてみる。
おもわず目を見ひらくほど美味しかった。しっとり柔らかい生地。果実と胡桃が練り込まれているし中にはマーマレードのジャムが。夢中で齧りつくのを止められない。空腹に滲みていき一息に食べ尽くしてしまった。
「買い物のついでだと言っていたが」
「市場で明日の朝食の分を。マリーさんが行けなかったので。シャルも徹底的に指導を受けられるでしょう」
「・・・・・・・・・・・・・しかし、ジャン。よく俺だとわかったな」
「ええ。歩き方や佇まいでなんとなくわかったので」
それだけで俺だと見抜けるのだろうか?
只の庭師が。騎士や軍人なら、職務柄歩き方や癖で違和感を持つことはあるだろう。しかしまだ数日しか経っていないというのに。
「もしそうだとしたら、お前は密偵や騎士に向いているな」
「一緒に暮らしていると、その人の癖やらがなんとなくわかるのですよ。きっとマリーさんやサムさんでも旦那様だとわかったでしょう」
「そうかな」
「ええ。そうです。あのお二人は僕やシャルよりも一緒にいる時間が長いのでしょう? 旦那様のご実家にいたときからの付き合いだとか」
「サムから聞いたのか?」
「ええ。旦那様が小さい頃、マリーさんのおしめを変えていたこととか。三人でよく遊んだこと。そして兄の真似をして登った木から下りれなくなったことも」
サムのやつ・・・・・・・・・・・・・余計なことを。
「家族同然といってもよい間柄だとおっしゃっていましたよ。でしたら、きっとわかるはずです」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「それにまぁ、この王都でその図体と顔を隠そうとする人は他に思い当たりません」
やっぱりこいつ失礼だな。
「ですが、シャルならもっと早く気づけたでしょう。それこそ匂いで識別できるほど旦那様のことを詳しく知ろうとしていますし」
「そんなこと・・・・・・・・・・・・・・・土産はシャルにか?」
シャルだったらありえそうだ。
そうおもってしまい、話題を急変更した。
「皆さんにです。それに頑張っているあの子にご褒美が与えられてもいいでしょう」
ジャンの言うとおり。シャルは正体を知らないマリーから徹底的にしごかれている。失敗は減りつつあるみたいだが、それでも所々でマリーの怒号や叱責を目にしている。泣かないのが不思議なくらいだ。
そして、日々どうしてシャルを解雇しないのかという無言の圧が強くなっていく。主に俺に対する疑惑と怒りの圧だ。
「ジャンはシャルに優しいな。惚れているのか」
「あは。あはは。あははは。あはははは」
乾いて抑揚のない笑いが、劇場から出て来た人だかりにかき消される。動きがない表情がより不気味だ。
「ご安心ください。僕とシャルはそういう関係ではありません。単なる同僚です」
なにを安心しろというんだ? もしもジャンがシャルに恋心を抱いて粉をかけているとしてもなにもないというのに。
いや、ダメだ。もしそうなったら国王や殿下にどんな目に遭わされるか。俺もジャンもただではすまない。
「しかし、シャルと良く話しているだろう」
「ええ。仕事の件で」
「夜お互いの部屋を訪れているのも仕事の件か?」
「あは。あはは。あははは。あはははは」
「旦那様は誤解をなさっていますね。シャルが旦那様にお熱だというのは誰の目から見ても明らかです」
「冗談はやめろ。女性というのは好きな男の尻尾に見惚れたりなにかと毛を触ろうとなんてしないだろう」
好意に近い感情を抱かれているのは、なんとなく察している。だがそれは俺に対する恩義だとか彼女自身の性格に因るものが大きい。なにより彼女は動物が好きだ。そういう様々な因子が絡みあって、無駄にドキッとさせられてしまっている。
そうだ。そうに違いない。
「シャルは普通ではない子なので。旦那様も」
「お前なぁ・・・・・・・・・・」
「あ。もしかして旦那様もシャルに渡そうと? そうだとしたら」
自分の持っている包み袋からいくつか焼き菓子を取りだして俺のに入れてくる。
「直接渡してください。僕が渡すよりも旦那様が渡したほうが喜ぶでしょう」
「いや、そうじゃない」
入れられた分をまた取り出し、ジャンに戻そうとするが軽やかな動きでバッ、バッ、シュババババババ、と焼き菓子の押しつけもとい避け合いが繰り広げられた。
「誰か他に好きな人でもいらっしゃるのですか?」
「そうじゃないっ。なんでそうなるっ」
「頑なさを見ていればそうとしかおもえません」
「あのなぁ」
気軽なもんだなこいつは。俺とシャルの関係を知ってもそんなこと言えるのかと試してみたい。
「俺は、この後、用が、ある。そのためにあの店で菓子を買おうとしただけだ」
「え?」
動きが鈍くなった隙を見逃さず、一気に空いた手に積み上げた。そしてそのまま少し距離をとり、そのまま維持する。
「そうだ。帰ったら俺は遅くなると伝えてくれ。いつ頃帰れるかわからん」
「ご、ご用件とは? どちらに?」
「人に会うだけだっ」
往来の中央を横切り、反対方向へと走った。ジャンは追ってこようとしたが、馬車に遮られたようだ。遠ざかっていくうちに人の波に呑まれ姿は見えなくなった。
「お菓子・・・・・・・・・・・・人に会う・・・・・・・・・・・・・・・・手土産・・・・・・・・・」
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