出勤、上官への報告
シャルが屋敷で働きはじめて、数日が経った。
ドジや失敗は未だに多いが、彼女に対して使用人として接することに違和感がなくなってきた。
「おはようございますっ」
朝の到来を朗らかな笑顔で告げられ。
「いってらっしゃいませっ」
張りのある元気な声とともに送り出され。
「お帰りなさいませっ」
職務でへとへとになっていた疲れが癒やされる笑顔で出迎えられ。
「おやすみなさいませっ」
眠気とともに訪れる一日の終わりを教えられる。
久しく寄せられていなかった人間的な態度を受け、困惑した毎日を過ごしている。彼女の陽光が差してくるような天真爛漫な人当たりは、呪いに慣れきった暗い心を照らしてくれるようだ。
「エリク。君、なにか良いことでもあったのか?」
「!? な、何故でしょうか」
「いつもより元気があるというのかな。そう見えたんだが」
「・・・・・・・・・・・・・さて」
昼食を共にしていると、団長がそうした話を振ってきた。自分でも気づいていない指摘に、その正体にも見当がつかず動転しそうになる。
「王女殿下はいかがお過ごしなんだ?」
「いかがと申されても、変わりはありません」
「そうか」
そう報告するしかない。
「お命に危険はなく、毎日を過ごされていらっしゃります」
嘘は言っていない。
護衛対象であるシャルロット王女が、自ら望んで女中として働いている。先輩であるマリーにどやされ、それでも挫けず奮起している。そんな日々は命を落とすなんて危ないこととは正反対だ。
もしもそんなことを漏らしてしまえば、首が飛ぶだろう。
「誰にも怪しまれていないだろうな?」
「ええ。そうですね。買い物もさせていませんし」
「ん? 買い物?」
「あ、いえ。外に散歩に行かれるのも、欲しい物を買いに行きたがるのをお止めしています」
「うん? うん・・・・・・・・・・そうか。ずっとお屋敷に閉じこもっているのは退屈だろうしな」
「ええ。なので仕事の合間は俺が集めている本をよく読んでいます」
「仕事?」
「使用人達の仕事の合間にです。お側にいられないときもありますので」
「うむ・・・・・・・・・そうか。まぁ王女殿下は本がお好きだというしな」
「ですが最近はお茶を淹れてくれるのが上手になりましたよ」
「うん!?」
「俺の使用人がです」
いかん。つい女中としてのシャルを王女として話してしまいそうになる。
いや、女中として過ごしているときの王女、か? どちらにしてもややこしくて仕方がない。
「うん・・・・・・・・・・・・・問題がないならいい」
「それよりも、刺客のほうはどうなっているのでしょう」
「難しいな。なにせ王宮には百を越す者が働いている。一人一人の動向を見張り、情報を集めているが怪しい者はいない。人数を割いて、経歴や家の出も調べて目的を探ろうとしている最中だが」
遅々として進んでいない、と意味深げに吐いた溜息から察せられた。
「失礼します。団長、隊長。お客様が来ておりますが」
顔を見合わせている間に、案内されて来ていたのであろう、見覚えのあるエドモン・シャルロッド。彼が面倒臭いというのを隠そうとしないで入ってきた。
「なんだ、お前もいたのか」
「エドモン卿。親衛隊は離宮で警備任務では?」
「陛下の下へ定期的に伝令を出さなければならん。そのお役目を俺が務めているだけだ。ついでに聞きたいことがあったから立ち寄ったまでのこと」
断りもなく、長椅子に腰を掛けるエドモンに一度団長と顔を見合わせてしまう。
「騎士団は暇だな。こんな風に穏やかに過ごすことができるなど親衛隊では考えられんな」
「警護任務は、お忙しいのですか?」
「忙しいなんてものじゃないな。今日一日だけでなく、じっと王都で息抜きしていたいくらいだ」
任務だというのに息抜きをできている時点で、それも丸一日できるという余裕があるというだけで矛盾していないか?
「王女殿下はいかがで?」
(ん?)
「別にいかがもなにもない。王宮とは少し不便を感じていらっしゃるかもしれんが。文句も漏らさず過ごしていらっしゃる」
(んん?)
「そうですか。ではそちらに刺客が現れたりは?」
「ないな。警備は万全、昼夜問わず。蟻の通る隙もない。そんな窮屈な暮らしでも無理して気丈に振る舞われているんだろう。そんな王女殿下が早く戻って来られるように奮起しろ」
なんだかおかしいと思える団長とエドモンのやりとりが、それからも続いた。
「ところで、焼き菓子が美味い店を知っているか?」
「さて。どうだったかな、エリク隊長」
「は。私もあまり外には出歩かないので」
「なら、後でわかったら知らせてこい。王女殿下に献上しようとおもっている。お部屋でいつもいらっしゃる王女殿下を、少しでもお慰めしたいからな。俺は金糸の蝶亭にいる。明日の朝までだ。いいな」
「かしこまりました」
「・・・・・・・・・・・・団長。エドモン卿は王女殿下が影武者であることを知らないのでしょうか?」
エドモン卿の足音が遠ざかったのを確認して、さっきの違和感をたしかめた。
「おそらくな」
「では、私の屋敷にいるということも?」
「・・・・・・・・・・シャルロット王女の真実を知る者は限られている」
つまり、エドモンはその限られた内に入っていないということか。
「哀れだな」
同意はしたが、言葉にはできなかった。
(しかし、金糸の蝶亭とは・・・・・・・・・・・・・)
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