第5話 覚悟

 紅々町商店街進行組合のメンバーの中で、ミアは最古参である。橙はここに来てから六年が経過しているので、少なくともそれより長いということは確かだ。


「私は理事長より半年早く紅々町に来ました。つまり私の残りの命は、あと半年です」


 特に取り乱す様子もなく、ミアは言った。夕夏は驚きを隠せない様子だったが、ヘーゼルと共に何も言わず、彼女の言葉に耳を傾ける。


「組合の皆さんも当然このことは知っています。だから私の寿命を計算して、私が裏頭にいられる九十分という制限時間にお付き合い頂いています。私のことなんて考えなければ、みなさん本当はもっと長く動けるはずなのに」


 少し考えればわかることだったのだ。七年という決められた命の中でミアが最古参なのであれば、最初に消えてしまうのは彼女だ。夕夏がそれに気づかなかったのは、ミアが余りにも自然だったから。普通であれば残りわずかの命、何が何でも元の世界に戻ってやると鬼気迫るものである。しかしミアはいつでも自然に過ごしていた。橙や街の住民に頼られ、そしてからかわれ。


「それはみんながミアさんを好きだから……」


「私だって大好きです。本当は真面目なエヴィさん。いつだって落ち着いているワトさん。反抗期まっさかりのカメリア。どこまでも真っすぐな夕夏さん。そして――」


 ミアはそこまで言うと少しの間口を閉ざした。


「――そう、街の皆さんも良い方たちばかりです。本当に素晴らしい七年間を過ごすことができました」


 ミアはにっこりと笑うと、


「だからもう、思い残すこともないかなぁ、って思ってしまったんです」


「それは……!」


「わかってます! ヘーゼルさんの考えている通り、それは他の方たちを蔑ろにした発言です――でも」


 ミアはやがて走る速度を緩め立ち止まり、ミアとヘーゼルに振り返ってこう言う。


「――でも私、あと半年で死んじゃうんです! もうどうにかするには短すぎますよっ!」


 両手をぎゅっと握って、叫んだ。


「ミア……」


「先ほど滝口さんに言われる前まで、私はそう思っていました」


「……私にですか?」


「一昨日やってきたばかりの、私のことを何にも知らないはずの人が、こんなに心配してくれていているんです。滝口さんがそうなら、理事長たちはどれだけ心配しているんでしょう」


「まったく、筆舌に尽くしがたいだろうよ。だからこうして動いてるんだ」


「滝口さんのお陰で気持ちが変わりました。私は最後まで逞しく生きます」


「最後だなんて……言わないでください。ミアさんも、とお兄も……みんなみんな、紅々町で死なせたくありません」


「死のうが生きようが、今回の進行は私にとって最後の進行になります。しょぼくれている暇なんてありません」


「腹が決まったみたいだな」


「ええ。ヘーゼルさんに滝口さん、本当にありがとうございました」


 ヘーゼルの言葉にミアは微笑んでみせると、橙たちに向かって走っていった。


「行っちゃった」


「あいつのあんな良い顔、初めて見たかも」


「……ところでヘーゼルさん、最後にミアさんが言ってたことって」


「最後の進行ってやつか」


「はい」


「来る前にも言ったが、裏頭で進んだ時間は表平に帰ってくれば徐々にリセットされる。徐々にだ。これがミアの進行が最後だという大きな理由になるんだがな……やたらに遅いんだよ、戻るのが」


「どのくらいなんですか」


「今回、ミアが生存できる限界の九十分裏頭に滞在したとしよう。七年時計のギリギリの状態で表平に帰ってきてから、もとの寿命にリセットするまでに必要な日数は、だいたい四カ月だ。当然表平での日も進むから、その頃のミアの寿命はあと二ヶ月になる。だからもう次回の進行には参加できないってわけだ」


「なんだかごちゃごちゃしますけど……なんとなくわかりました」


「今日はミアの進行者引退日でもあるんだ。あいつが腹を括った今、悔いの残らないようにしような」


「はい。帰ったらお鍋にしましょう!」


「ウチ、昨日も食ったけど」


「みんな食べましたよ」


「はは、それもそうだな」


 差し迫った状況であったが、二人は不思議と笑みがこぼれてしまう。


 みんなでいつものように事務所に集まり、みんなで鍋を囲もう。その食卓にミアがいないなんて、想像もできない。



「きゃああああああああああああ!!」



 耳をつんざく金切り声が鼓膜を叩いたのはそんな時。前を走るエイヴリィの声だった。


「エイヴリィ! 何があった!」


 慌ててヘーゼルはエイヴリィに呼びかけた。すると少々の間を置いてから、彼女から返答があった。


「……り、りじちょーが……りじちょーが急にいなくなっちゃったの! どこにもいないの!」


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